自治体DXの新たなフェーズ(次ステップ)に向けて(庁内DXから地域DXへ)

2025年度、自治体DXが一つの区切りを迎える。
目指すデジタル社会のビジョン「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会 ~誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化~」の実現に向けて、住民に身近な行政を担う市町村の役割が極めて重要であるとして、総務省は、2020年12月に「自治体DX推進計画」を策定した。
その対象期間は、2021年1月から2026年3月(2025年度末)までであり、同計画の中で示された重点的な取組事項について、市町村は国から示された手順書やガイドラインを参照しながら、自らの地域課題解決に必要な取組事項についても併せて検討し、独自のDX推進方針・推進計画を策定して取り組んできた。
その結果、市町村ごとに差はあるもののマイナンバーカードの普及促進、行政手続きのオンライン化等について、それぞれ一定の普及が進んだと言える(図)。
ここまでの市町村のDXへの取り組みを振り返ると、庁内(市区役所・町村役場)向けに注力してきたものが多い。それは限られたリソースの中で、取り組むべき課題が多様化・複雑化の一途をたどっていることへの強い危機感が表れたものとも言える。その背景には、多くの市町村において、総人口の減少による「税収減」、「少子高齢化の進行」、生産年齢人口の減少による「地域経済の縮退」や若者の都市部への流出による「地方の空洞化」の進行などにより、現行の社会モデルが将来においては成り立たなくなるとの見通しがあること、あわせて、職員の数もピーク時の1994年の328万人(地方公共団体定員管理調査結果)から15%程度の減となっていることなどがある。
実際に、多くの市町村では限られた財源の中で新しいことに取り組む余裕がなく、デジタル技術を使って、住民や地域のためにサービスを変革したいという思いはあるものの、今ある業務だけで「疲弊」してしまっているという実態がある。まずは、職員の業務の進め方や働き方の改革という観点で庁内のDXから始めなければ、その先の大きな変革には進めないということの証左でもある。
また、市町村のDXの現場では、省力化に関する知識を得る、知恵や工夫を共有する、新たなツールについて学ぶといった、「はじめの一歩」のための時間すら、容易には確保できない状況にあり、「DX」という新しい取り組みに明らかな抵抗や不快感を示すケースも少なくない。
そうした中で、庁内向けのDXから着手し、一定の取り組みを進めてきたということは評価できよう。そして2026年度以降に向けては、地域独自のDXにシフトしていく動きが顕在化するものと思われる。その枠組みとなるものが、自治体DX推進計画[1]の後継計画なのか、新たな取組指針なのかは現時点で不明である。だが、新たな考え方の下で、これまでのように市町村が画一的な取り組みとして進めるのではなく、それぞれが抱える課題に対して独自のアイデアや切り口、方法で住民サービスの在り方を変革していくことが求められる段階に入っていくことになる。
そこでは、行政内部だけで考えるのではなく、地域の企業・団体、有識者など外部の知見を活用していくことが期待される。地元の高校生など若い世代の声を取り入れていくことも有効であろう。自分たちの地域がどう変わるべきなのか、将来に向けて何を継承していくべきなのかを議論しながら、地域の未来を描いていくということが自治体に対して求められていくことになる。
一方で、小規模の市町村においては人手不足が慢性化し、デジタル技術に明るい人材が少ないケースも多く、DXについては「やらなければならないのだろう」とは思いながらも、その余裕がないこともある。庁内の情報システムをはじめデジタル関連施策を一人で担当し、実質的にシステムの標準化・共通化(ガバメントクラウドへの移行)で手一杯となってしまう「一人情シス」の課題を抱えるところも多い。また、デジタルで何ができるのか、何に、どのように取り組んだらよいのか分からないという声が依然として根強い市町村も多く存在する。
本来、こうした小規模の自治体ほどDXの効果が期待されるところではあるが、それができていないのが実情である。国は、都道府県の役割として外部のデジタルの専門家による「人材プール」をつくって、市町村のDX支援を行う体制を構築することを大きく期待している。実際に都道府県の事業として、管内の市町村DXの支援を行う事業を委託するケースが増えており、今後もその流れは加速するものと思われる。だが、そこで求められるものは単にデジタル技術に関する知識や経験だけではない。どれだけ市町村の現場の業務の実態について把握しているか(デジタル担当・原課における市町村職員としての実務経験等)はもちろんのこと、「職員と目線を合わせて話せる」ことや、職員の稼働負担や市町村の予算規模・計画を踏まえ「現実味のあるアドバイスができる」ことが重要となる。総じて、全庁的なDX推進に向けて首長・幹部や職員に納得して動いてもらうための高いコミュニケーション力を有することが「外部デジタル人材」には期待されるのである。
また、あえてもう一つ加えるとすれば、「市町村の実施領域まで踏み込みすぎない」ことである。筆者も自治体のDXコンサルタントとして常に自制するようにしているが、つい、職員の業務領域まで踏み込んだサポートをしてしまうことが起こり得る。しかしながら、永続的に外部の力に頼るのではなく、将来的には市町村の「自立・自走」が必要であり、そのことを念頭に置いた支援が必要なのである。
今後、自治体のDXは新しいフェーズに入っていく。地域に必要なものが何かを考え、そのためにどういう施策が必要なのか、技術やツールをどう取り入れるか、といったことを考えることが一層必要になる。生成AIの例を引くまでもなく、技術の進歩がこれまでよりもさらに加速度を増している現代においては、今まで以上に「使いこなすために必要な知識や知恵」、「取捨選択するための判断力や決断力」が大事な素養になるのである。
また、そのためには、市町村の職員がデジタル技術を使って、もっと「楽に」、「楽しく」仕事ができるようにしていくことが不可欠である。
事業者や外部デジタル人材には、知識や技能のアップデートはもとより、今まで以上に市町村に寄り添い、それぞれが抱える課題の解決や目指す将来像の実現に向けて伴走していくことが期待されているのである。
[1] 本稿執筆現在は第4.0版。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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