2023年、インターネット投票のいま ~コロナ以降のエストニアにおけるインターネット投票
2023年3月から4月にかけて、日本では各地で統一地方選挙が行われた。同期間中には、衆議院・参議院でも合わせて5つの選挙区で補欠選挙が行われている。2021年秋の衆議院議員総選挙、2022年夏の参議院議員通常選挙と毎年選挙が続いており、自身の投票はもとより報道等でも選挙を目にする機会が多いと感じる読者も多いだろう。
「選挙は民主主義の根幹をなすもの」といわれる。選挙の度に報道特番が組まれ、一晩かけて開票が行われる。有権者は選挙期間中に投票所に赴き一票を投じるが、その度に若年層の投票率の低さが話題となる。その要因の第一として挙げられるのが、投票所まで赴くことの手間であり、手元のスマートフォンで投票できれば良いのに、という意見もみられる。
開票・集計に係る事務作業の手間と、有権者が投票所に赴くための負担を軽減するためにインターネットが活用できないのかという議論は、実は国内ではもう20年以上前から行われている。
本誌ではこれまでも、世界各国のインターネット投票について紹介してきたが、今回は国内外における「インターネットによる投票」の歴史を振り返るとともに、コロナ以降のエストニアの地方議会選挙、国会選挙の状況を解説する。
世界と日本のインターネット投票
世界初のインターネット投票といわれているのは、2000年3月に米国アリゾナ州において行われた民主党の大統領選挙予備選である。
当時の資料を紐解くと、きっかけは米国民主党における投票率の向上が主たる目的であったといわれる。実際にその前の同選挙において12,800人しか投票数がなかったものがインターネット投票を可としたことで86,000人以上の投票数に跳ね上がった。
有権者は、4日間のネット投票期間に、投票サイトにアクセスして、送られてきた識別番号を入力し、生年月日等で本人確認を行った上で投票を行うことができるものであったが、ウェブサイトへのアクセスが集中したことにより動作が遅くなったこと、旧バージョンのブラウザーを投票に利用したことによる操作が進まないという問い合わせが多発したことなどの事象はあったものの、概ね好意的に捉えられ、認知されるに足る結果だったようである。
同時期に、我が国ではIT基本法が施行され、e-Japan戦略等において電子政府・電子自治体の取り組みが始まったところであり、選挙、特に投票に係る電子化という意味合いの「電子投票」という言葉が使われ始めたのもこの頃である。
我が国における「電子投票」は、旧自治省(現 総務省)による「電子機器利用による選挙システム研究会」における検討に端を発する。その検討の方向性としては、当時「インターネットによる投票」は、実施の際に投票の秘密の確保や、買収・脅迫による投票の強要などを防ぐことが困難であることから、将来的な実現を目指すという意味で「第三段階」に位置付けられ、まずは「第一段階」として従来の「投票所における投票」を電子化することから具体の検討が行われた。結果、2002年、電磁的記録式投票法(通称「電子投票法」)が施行され、自治体が電子投票を導入することを選択し、条例を定めた場合において、地方選挙で電子投票を採用することが可能となった。
それから20年近くの年月が経ち、現在我が国においても「第三段階」のインターネット投票について、海外在住の日本人による在外選挙を対象とした導入に向けた具体の検討が進められている。そう遠くない将来に実現することが期待されるが、民主主義の根幹たる選挙においては、安易な導入をすべきではなく、解決すべき課題も多いのが実情である。
一方で、党の大統領予備選で世界初のインターネット投票を行った米国では、一部の州の在外選挙においてインターネット投票が導入されている。また、それ以外の国でも、エストニア、フランス、豪州といった各国でインターネット投票が実際に行われており、これらの国の状況については本誌でも既報のとおりだ。
特にエストニアについては既に国政選挙でインターネット投票が継続的に行われており、世界の耳目を集めている。例えば、直近では2023年3月にエストニア議会(Riigikogu)議員選挙(以下、「国会選挙」)が行われた。
各国の取り組みについては、課題がなく順調に進んでいるものばかりではないが、これらの国々の取り組みや彼らが直面し乗り越えてきた課題への対応については、我が国への導入にあたっても大きな参考となる。
エストニアについては過去にも本誌で紹介してきているが、改めて最新の選挙の模様を踏まえ同国のインターネット投票について解説したい。
エストニアにおけるインターネット投票
人口133万人(2021年)、面積は4.5万平方キロメートル(日本の約9分の1)に過ぎないエストニアでは、2005年の地方議会選挙以降、インターネット投票が一度も中断することなく続けられている。エストニアの国民はとても思い切りが良く、この最初の選挙から、一部の有権者ではなく全有権者がインターネット投票を選択可能であった(もちろん事前のテストなどは行われた)。
これまでも小さなトラブルはあったようだが、選挙自体や手段としてのインターネット投票が中断したことは一度もなく、今なお、すべてのエストニア人およびエストニア居住で選挙権を有する外国人を対象にインターネット投票が認められている。エストニアのインターネット投票の特徴を整理すると以下のとおりとなる(表1、図1)。
- 世界で唯一、国政選挙における全有権者が対象となるインターネット投票
- 投票するためには国民ID(日本でいうマイナンバー)が必要
- インターネット投票は「期日前投票」として実施
- PCから投票し、モバイル端末から自身の投票内容を確認可能
- 同一IDで「何度でも」投票可能であり、再投票した内容で上書きされる
- システムはスクラッチで構築される
最も特徴的なのは5.の何度でも投票できる点で、例えば脅迫され不本意な投票がなされたケースにおいて、有権者の意思で投票内容を書き換えできるという対策手段となっている。
2021年10月エストニア地方議会選挙におけるインターネット投票
2020年のCOVID-19感染拡大以降におけるエストニアの最初の選挙は、2021年10月の地方議会選挙であった。コロナ禍の選挙におけるインターネット投票として、この選挙は注目された。
インターネット投票の実施方法は、2005年以降実施されてきたものと同様の形態、つまり前述の6項目を踏襲するかたちで行われた。しかしコロナ禍の影響を受け、この選挙全体では2つの変更点があった。
1つは投票可能期間が従来10日間あったものが7日間に短縮されたことだ。期日前投票であるインターネット投票は、投票日(日曜)を除く6日間(月~土曜)に行われた。
また従来、指定の投票所でのみ可能であった紙の投票を、選挙区内のどの投票所でも実施できるようにしたことが大きな変更点であった。
エストニアでは、インターネット投票が可能な選挙はこれまで計13回実施されている。それぞれの投票状況をインターネット投票とあわせて整理したものが表2である。なお、表内で「i-vote」とあるものが、エストニアにおけるインターネット投票を指す。
2021年の地方議会選挙においては、全投票率に占めるi-vote投票率は46.9%であり、前回2019年の欧州議会選挙と比べて0.2ポイントの微増であった。しかし、期日前にインターネット投票をしたにもかかわらず、選挙日に投票所で紙で投票をした人が多く、その場合はインターネット投票の方がキャンセルされるため(前述の5.のケース)、全投票に占める有効i-vote投票率は前回より0.1ポイント下回る結果となった。
なお、表2に示したように、この選挙では「i-voteの再投票」もこれまでより多くなされている。
2023年3月エストニア国会選挙におけるインターネット投票
直近のエストニアでの選挙は2023年3月に行われたRiigikoguと呼ばれる国会の議員選挙である。
4年に1度実施される国会選挙は前回は2019年に行われた。今回は2022年11月30日に全国選挙委員会(National Electoral Committee)が国会選挙実施のスケジュールを発表しており、投票日は2023年3月5日に決定し、2月27日から3月4日までがインターネット投票が可能な期日前投票期間となった。これは投票日7日前から選挙日前日までの6日間(月~土曜)に当たり、2021年の地方議会選挙と同様である。
また、紙の投票が同一選挙区内のどの投票所でも認められたことも同様であった。ただし、2019年の国会選挙では451カ所あった投票所は、2023年の選挙では405カ所となっており、投票所自体は削減されているようである。
国家選挙事務所(State Electoral Office)は、誰もが監査が行えるよう、インターネット投票の技術的な詳細や手順、セキュリティ対策などについての公開セミナーを実施した。これは表3に示す国会選挙法第483 条(6)に定められた動きであると思われる。
選挙の結果は、先の表2に示したとおりだ。注目すべきはこの選挙で初めて、全投票に占めるインターネット投票の割合が50%を超えたことだ。また、2021年地方議会選挙に続き、期日前にインターネット投票を行ったにもかかわらず選挙日に紙の投票を行い、i-voteの投票がキャンセルとなった数もやや多い。この理由については、現時点では明らかではない。
エストニアのインターネット投票からの考察
前述のとおり、国政選挙ですべての投票者にインターネット投票を認めている国は世界でエストニアただ1つだ。しかも、この国では2005年以降、19年間中断することなく続けられているのだから驚異的だ。
図2で示すとおり、過去13回の選挙でi-voteの投票率は伸び続けている。ただし、これだけインターネットが普及した時代にあって、ようやく50%を超えたともいえる。さらに選挙日に紙で投票を改めた数の伸びも興味深く、「紙の投票」もなかなか捨てがたい向きもあるようだ。
また、冒頭でも述べたとおり、「インターネット投票の導入で投票率を上げよう」という期待の声も日本国内では散見される。残念ながら、表2でエストニアの投票結果をみると、i-vote投票率は伸びているが「投票率」自体には影響がないことがみてとれる。インターネット投票が投票率を上げる効果がほとんどないことについては、エストニアの議員も発言の中でこれを認めている。
ちなみに、エストニアは1991年の独立以来、親欧米政策を取り、2004年にはNATOとEUに加盟した、歴史的に隣国ロシアへの警戒心が非常に強い国である。しかし、エストニア国民の実に4分の1はロシア系住民だ(ウクライナにおけるロシア人は2割弱)。
ロシアによるウクライナ侵攻の影響もあり、2022年にエストニアでは、ロシアやベラルーシからのロシア人の入国を規制するなどの脱ロシア政策が進んだ。エストニアのロシア系住民は同紛争に何の関与もしていないが、実生活では様々な制約があるとも聞き、胸が痛む。2023年3月の選挙は、そのような状況の中で国会議員を選ぶ選挙であったことを本稿の最後に付け加えたい。
世界のインターネット投票については、これまで非常に注目度が高い状況となっており、筆者としても感謝に堪えない。今後も引き続き注視していくとともに、適宜動向を報告したい。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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