2022.11.11 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

3Dプリンターハウスで住宅ローンから解放される 未来は来るのか

Mohamed Hassan from Pixabay

人件費、建築資材高騰で不動産価格は上昇中

2022年に入り、日本では幅広い業界の商品/サービスにおいて値上げが続き、度々ニュースをにぎわせているが、建築業界ではその数年前から値上げトレンドが続いており、一生の買い物とも言われるマイホームの価格も上昇し続けている。国土交通省発表の「不動産価格指数(住宅)」(図1)によると、マンション価格は2013年ごろから、戸建て価格も2020年ごろから上昇を続けている。

【図1】不動産価格指数(住宅)(令和4年4月分・季節調整値)※2010年平均=100

【図1】不動産価格指数(住宅)(令和4年4月分・季節調整値)※2010年平均=100
(出典:国土交通省 https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/content/001492200.pdf)

直近の不動産価格上昇の背景には、コロナ禍を受けた政府による大規模緩和の影響もありそうだが、その数年前からの上昇の要因には住宅建材費と人件費の高騰などが挙げられる。まず建材費についてであるが、「ウッドショック」、「アイアンショック」と呼ばれる木材・鉄価格の世界的な高止まりに始まり、その他建設資材(生コンや鉄筋、鋼材など)の原材料となる鉄鉱石やアルミニウムの価格上昇なども、大きく影響した。これら資材の価格上昇の原因は、経済の回復が先行していた米国や中国での建設需要の急拡大により原材料やその輸送コストなどが高騰しているため、と言われている。

また人件費の高騰については、日本の建築業界における人材不足による影響が大きい。国土交通省 不動産・建設経済局発表の「建築投資、許可業者数及び就業者数の推移」によると、建設業者数(令和2年度末)は約47万業者でピーク時(同11年度末)から約21%減、建設業就業者数(令和2年平均)も492万人で、ピーク時から約28%減となっている。

こうした状況は、国土交通省が公表している「建設工事費デフレーター」(図2)と呼ばれる建設工事に係る「工事費額」に表れている。このデフレーターは、「労務(賃金、社会保険料)」、「資材」、「サービス(運送、金融、広告)」、「小売り商品」の4分類の数値により算出されるものであるが、現在は2013年以降最高水準となっている。

【図2】建設工事費デフレーター

【図2】建設工事費デフレーター
(出典:国土交通省 建設工事費デフレーターをもとに作成 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/jouhouka/sosei_jouhouka_tk4_000112.html)

これらの課題については抜本的な解決策が見いだせていないため、今後地方の不動産では若干の下落可能性はあるが、都心や都市部近郊などでは、引き続き価格が上昇する可能性が高い、との見方が大勢を占めている状況だ。

一方、住宅購入者(消費者)の賃金上昇がなかなか進まない国内情勢の中、マイホームを取得できたとしても重い住宅ローンを背負うこととなる、厳しい現実が待っている。

そうした中、“建築業界に新たな一石を投じる可能性を秘める技術“と注目が集まってきているのが「3Dプリンターによる建築物(3Dプリンターハウス)」である。

3Dプリンターハウスとは

3Dプリンターハウスとは、3DCADの設計データをもとにできる3次元造形物で、マテリアル(素材)を層にして重ね出力(プリント)するこの工法は古くは2012年ごろより世界各国で研究開発が始まり、昨今、欧州、米国、ドバイなどで盛んに行われている。

ここで建築物を3Dプリンターで作るメリットとデメリットを確認しておきたい。

■メリット:

  • 建築費を低減(人件費の抑制、工期短縮による)
  • 環境にやさしい(=余剰材料を出さない)
  • デザイン性の向上が可能

 

■デメリット(越えるべき課題/国内):

  • 建築基準法
  • 木造建築ができない
  • スペースの確保が必要(3Dプリンター機器の構造上の課題)

注目したいのは(メリットはもちろんであるが)デメリットの部分である。これらのデメリットは、日本のようには地震が多くない/広い土地の確保がそれほど難しくない国・地域では大きなデメリットにはならない、という点である。そのためメリットのみを大きく享受できると考える国・地域を中心に、建設用3Dプリンター市場は今後大きく拡大することが見込まれている。

以下は、米国の調査会社SmarTechによる建設用3Dプリンターの市場予測(図3)である。同社によると「人々の関心が高まりデジタル技術の発展に伴う急速な拡大が見込まれ、2027年には約400億ドル(約5兆6,000億円)規模に成長する」と予想されている。

【図3】建設用3Dプリンターの市場予測

【図3】建設用3Dプリンターの市場予測
(出典:SmartTech analysis https://www.smartechanalysis.com/news/construction-industry-3dp/ )

建設用3Dプリント技術は、昨今建設業におけるビルディング・インフォメーション・モデリング(BIM)の採用が進んでいることからも、未来の住宅危機を解決できるソリューションとして考えられており、世界の建設市場の成長を後押しする要因と見込まれている。あわせて各国政府がこうした取り組みを本格的に支援する動きを続ければ、さらに市場成長を加速させる可能性を秘めているとみられる。

以下では、先進各国における建設用3Dプリント技術の活用動向について見ていく。

3Dプリンターハウス先進各国の動きは

例えば欧州ではオランダで、政府が積極的に3Dプリント技術を採用しようと資金面の補助を行っており、既に橋づくりなど3Dプリンターによる公共施設の建設も盛んに行われている(図4)。また2021年には不動産投資会社Vesteda(ベステーダ)が所有する広さが約94平方メートルのコンクリート製の3Dプリンター住宅が賃貸(月額800ユーロほど)に出され話題となった。

【図4】オランダ アムステルダムに設置された3Dプリンター橋

【図4】オランダ アムステルダムに設置された3Dプリンター橋
(出典:MX3D https://mx3d.com/industries/infrastructure/mx3d-bridge/)

また米国では、カリフォルニア州に3Dプリントハウスで構成される集落(図5)が建設され、アラブ首長国連邦ドバイ首長国では政府が「2030年までに、建築物の25%を3Dプリント技術で建てる」といった長期的な戦略を発表するなど、とにかくニュースが絶えない状況となっている。

【図5】米国 カリフォルニア州の3Dプリント住宅村

【図5】米国 カリフォルニア州の3Dプリント住宅村
(出典:Mighty Buildings https://www.mightybuildings.com/developments/)

国内の3Dプリンターハウスの現状は

一方、日本国内における3Dプリンターハウスの動向については、残念ながら海外に比べるとやや消極的であると言わざるを得ない。

導入がなかなか進まない理由はいくつかあるが、根本的な要因としては、古くからの地震の多い地理的特性ゆえに、日本では建築物に関して、厳しい建築基準法への準拠が求められる点がある。つまりこの新しい建築技術が現行の「建築基準法に適合しない」ため、導入へのハードルが高く、なかなか活用事例としては出てこないということである。

こうした状況の下、現在の日本で3Dプリンターハウスを建築するには、以下2つの方法がとられている。

一つは、「建築確認申請が不要になる形で実現」する方法である。

具体的に、建築確認申請が不要になる条件とは

  • 防火地域、準防火地域以外で計10平方メートル以内の増築や改築を行う場合
  • 建築基準法上による建築物に該当しない場合
  • 都市計画区域外などで四号建築物を建築する場合

などとされるが、いわゆるプレハブ物置などはこれらの条件を満たしていれば建築確認申請が不要とされるため、これに準拠するものであれば建築可能となる。

そしてもう一つが、「正式に建築確認申請をして、合意を得て建築」する方法である。

前述のとおり、この方法は簡単ではない。例えば、3Dプリンターで多く使われる建材の「モルタル」は、日本の建築基準法の規定にない素材となっている。コンクリート建材が使われるものも出てきているが、日本の建築基準法では、現状壁の内側には鉄骨を入れて強度を出す必要があり、現時点の3Dプリント技術では未対応となっているなどの課題も残っている。越えるべき課題は他にも多数あり、これらの条件下で実現するには、かなり大きなハードルがあると言わざるを得ない。

2022年は日本の3Dプリンターハウス元年か

このように、地震の多い日本では3Dプリンターによる建築には様々な壁があったが、2022年に入り3Dプリンターを使った建築事例の発表が続いており、いよいよ日本も「3Dプリンターハウス元年」と言ってよい状況となってきている。

まず2022年2月、東京発のスタートアップ 株式会社Polyuse(ポリウス)は、建築基準法に準拠する形(17平方メートル強)での3Dプリンターによる建築物の施工を国土交通省中国地方整備局広島国道事務所、広島大学との産官学連携で実施した。同建築では、使用用途を倉庫用途とすることで許可を得て、12個に分けたブロック型のパーツを、あらかじめ3Dプリンターで製作し、現場にて組み立てるという手法で施工を実現した(図6)。

【図6】ポリウスが3Dプリンタ施行した建築物

【図6】ポリウスが3Dプリンタ施行した建築物
(出典:PRTimes https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000010.000049711.html)

またこのポリウスは、2022年1月 国土交通省 四国地方整備局土佐国道事務所で進められている国道55号南国安芸道路の改良工事において、公共工事では国内初となる建設用3Dプリンターによる土木構造物(集水桝)の製作を請け負ったことでも話題となった。

その他、2022年8月には兵庫県発のスタートアップ セレンディクス株式会社がグランピング用に設計・開発された3Dプリンター住宅「Sphere(スフィア)(図7)」を、一般販売(広さ10平方メートルで300万円、基本はコンクリートベース)すると発表した。

【図7】セレンディクス「Sphere」

【図7】セレンディクス「Sphere」
(出典:セレンディクス https://serendix.jp/)

また同社は慶応大学と連携し、床面積49平方メートルの平屋の3Dプリンター住宅「フジツボ」の販売を2023年春に計画(価格は500万円台を検討中と発表)しており、さらに将来「100平方メートル300万円で作れる家を実現したい」ともコメントしている。

その他、建築大手も動き出している。大林組は国土交通大臣認定を国内で初めて取得し、2022年5月に同社の技術研究所内(東京都清瀬市)にて3Dプリンター建築(図8)に着工。こちらはセメント系建設用の3Dプリンターを使った延べ面積約28平方メートルの平屋建てであり、2022年11月ごろの完成予定とのことである。

【図8】大林組の3Dプリンターの建築物 外観完成予想図

【図8】大林組の3Dプリンターの建築物 外観完成予想図
(出典:大林組プレスリリース https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news20220610_1.html)

車を買い替えるように家を替える時代へ

現在、世界ではおよそ10億人もの人々が住む場所を持っていない、と言われており、安価な住宅へのニーズは常に高い。また日本国内においても、災害時における早期の仮説住宅や特殊部材の供給という面でも3Dプリンターハウスの活用ニーズは、高いと考えられる。

日本は「地震大国」と言われ、古くから厳しい建築基準法への準拠が求められてきたが、そうした障壁を越えて、前項のような3D建築を実現させる試みが少しずつ広がりつつある。こうして3Dプリンターハウスへの期待が集まり、関わる企業や人材、テクノロジーが成熟していけば、まさに「車を買い替えるように家を替える」という未来が、夢の話ではなくなる。このようにテクノロジーの活用が、家計に重くのしかかる住宅ローンから人々を解放し、より豊かな生活に貢献する、そうした未来が早期に実現することを期待したい。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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