2024.3.28 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

電池の未来

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災害が発生し電気やガス、水(上下水道)などのライフラインが途絶すると日常生活に多大な支障をきたすことになるが、特に現代社会で、ほぼすべての経済活動において必要とされるのが電気だ。多くの電気を貯蔵するには、揚水発電や電力を水素、アンモニアなどに変えるのが一般的だが、いずれもコストが高いという問題がある。ある程度の量までであれば、最も身近で、利便性の高い形で利用されるのが電池だが、スマートフォンをはじめとしたあらゆる携帯用の電子機器で利用されていることもあり、最も技術革新が期待されている分野の一つと言える。
本稿では、最新の技術動向と合わせて、電池に関する社会課題と、その解決の可能性について考察してみる。

ここでは現在ほぼすべての携帯機器、今後のモビリティの中核となると思われる電気自動車、家庭で電気を効率的に使うために利用されている蓄電池、など多くに搭載されている二次電池の主流である、リチウムイオン電池に焦点を当てる。1980年前後から、携帯機器の普及に伴って、当時の二次電池の主流であったニッケル水素電池よりも高密度にエネルギーを保存できる電池の需要が高まった。そして新しい二次電池として発明されたのが、リチウムイオン電池だ。ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏が、コバルト酸リチウムを正極に、炭素を用いた材料を負極にし、電解質は主として有機溶媒を用いる、リチウムイオン電池の原型を完成させたのが1985年で、それ以降、電解質をゲル化したリチウムイオンポリマー電池、コバルトを使用しない、リン酸鉄リチウムイオン電池やチタン酸リチウムイオン電池など、改良が続けられているが、基本的な原理は同じだ。

電動アシスト自転車や電動キックボードなど、電気を動力源としたモビリティが急速に普及し、様々なウェアラブル機器が利用されるようになって、二次電池の現在の主流であるリチウムイオン電池の抱える問題点がクローズアップされると同時に、新たな電池に対するニーズも高まっている。問題点としてよく挙げられるのは、大きく次の3点だ。1点目は、安全性の問題だ。リチウムイオン電池は、電解質に有機溶媒を使っているため、電池に大きな衝撃を与えたり、高温になり過ぎたりすると、発火する危険がある。リチウムイオン電池を使用する機器には制御回路が組み込まれているため、万が一短絡した場合や過充電などでは保護回路が作動するはずだが、それでも充電しながら高負荷で機器を使用すると高温になるなど危険だ。短絡などを防ぐため、設計や製造も高水準での管理と品質の維持が求められる。2016年に、サムスン電子社製のスマートフォンであるギャラクシーノート7が、内蔵のリチウムイオン電池が原因での発火や爆発事故を相次ぎ引き起こし、航空機への持ち込みが全面的に禁止されたのは記憶に新しい。最近では、電気自動車に搭載の電池が衝突の衝撃で発火するなどの事故をよく耳にする。リチウムイオン電池は電気用品安全法の規制対象(ただし、自動車用などは除く)で、製造または輸入する事業者は届出の上、技術基準への適合検査を行い、所定のマーク(PSEマーク)を表示することが義務付けられているが、明示的に対象となるモバイルバッテリーを除いて、リチウムイオン電池を内蔵する機器は対象外となっており、リチウムイオン電池の発火事故を完全になくすことは難しい。

2点目は、3点目の問題点とも関連してくるのだが、コストと原料の確保の問題だ。リチウムをはじめとして、コバルトやチタン、ニッケルなど、リチウムイオン電池の原料に使われる金属の多くはレアメタルだ。経済産業省は、レアメタルを「『地球上の存在量が稀であるか、技術的・経済的な理由で抽出困難な金属』のうち、工業需要が現に存在する(今後見込まれる)ため、安定供給の確保が政策的に重要であるもの」と定義しており、種類によっては継続的に安価で調達することが容易ではない。国内で産出しない原料は輸入に頼るしかないのだが、政治的な理由で安定的に確保できなくなるリスクもあり、経済安全保障上の大きな課題の一つにもなっている。リチウムは他のレアメタルと比べ埋蔵量は多く、南米や豪州、中国など生産国も多いが、リチウムイオン電池に対する需要が年々急速に拡大しているため、このままだと将来枯渇する可能性も指摘されている。価格も直近では中国の電気自動車に対する需要が急減したため落ち着いているが、2、3年前には数倍に高騰した。こうした価格変動リスクもある。

そうであれば、使えなくなったリチウムイオン電池を回収して原料を取り出し再利用すればよいのではとなるのだが、それが容易ではないのが3点目の問題だ。リチウムイオン電池は、現在多くの自治体においてごみや廃棄物としての収集対象となっていない。小型の充電式電池については、2001年に施行された「資源の有効な利用の促進に関する法律」において、電池やそれを使用した機器の製造業者、輸入事業者等に、回収、再資源化が義務付けられ、リサイクル活動を行うJBRCが設立された。そして、モバイルバッテリーや、電子機器に使用されている小型充電式電池についてはJBRCに協力する電器店や自治体などに設置された回収拠点に持参すれば回収されリサイクルされる。しかしながら、このリサイクルの仕組みも課題を抱えている。まず、JBRCの会員企業以外のリチウムイオン電池は回収されず、携帯電話やスマートフォン本体に組み込まれている小型充電式電池なども回収対象外だ。意識せずに一般ごみとして捨ててしまう人がいるため、ごみ収集車やごみ処理施設での発火事故が相次ぎ、大きな問題となっている。さらに、2021年には、輸入された掃除機用の互換バッテリーが発火事故を起こしリコール対象となっていたものの、輸入元が倒産して回収できなくなった。結果、経産省は完全に放電させた上で各自治体の廃棄方法に従って廃棄してほしい、と周知し、多くの自治体ではJBRCの回収ボックスに入れるように、としているが、JBRCは当該電池については回収対象外として、どこにも廃棄できない状況となっている。

環境省は、2019年のリチウム蓄電池の排出個数は6,616万個、排出重量は16,094tと推計しており[1]、今後さらに増大していくと考えられる。そして、回収されたリチウムイオン電池は、電解質が有機溶媒のため、リチウムとして再利用されるのではなく、一旦焼却処理しスラグ化され路盤材として利用されるケースが多い。再び電池の材料として使用するために再精錬しようとするとコストがかかり過ぎてしまうからだ。そのため、容量の大きい電気自動車向けリチウムイオン電池などでは回収した電池から安価にリチウムを回収してリチウムイオン電池として再利用する技術開発が進められている。今後、携帯機器向けの小型二次電池の需要がますます拡大する中で、安全に利用でき、廃棄やリサイクルがしやすい、安価で大容量の新しい電池への需要が一層高まっていくだろう。

リチウムイオン電池の生産は、車載型、据置型などの大型バッテリーセルを中心に中国が大きなシェアを持っており、日本としては次世代電池の開発、生産で巻き返しを図りたいところでもある。レアメタルであるリチウムの代わりに、資源としては豊富にあるナトリウムを使ったナトリウムイオン電池や、その他の金属を使う多価イオン電池など、リチウムイオン電池に代わりうる二次電池の研究開発は各国で進められているが、残念ながら、日本のナトリウムイオン電池の特許取得数は、中国にかなり引き離されている。その他、大型の蓄電設備としては、電極や電解質を循環させる、電極と電解質の劣化が非常に少ないレドックスフロー電池の開発も進む。一方、日本が先頭を走っているのは全固体電池だ。原理的にはリチウムイオン電池と同じではあるものの、有機溶媒ではなく個体材料を電解質に用いることで安全性を大幅に高めている。全固体電池は、10年以上前から開発が進められ、容量の非常に小さなものなどは一部既に実用化されてはいる。しかし、リチウムイオン電池に置き換わるレベルのものでは、克服しなくてはいけない課題が多く、量産化され市場に出ているものはまだない。早期の開発が望まれるところだ。

さらに、充電というプロセスの代わりに、水素などを補給することで電池として利用できる燃料電池を小型化する研究開発も進められている。燃料電池自体は既に実用化されているが、超小型の固体酸化物形燃料電池(SOFC)が普及すれば、ロボットやドローンなどの小型モビリティ機器が格段に便利になると考えられる。海外では、AIを活用した電池材料の開発も進んでいる。日本がこの分野で再びリードを取り、IT社会を牽引していくことが期待される。

[1] 環境省「リチウム蓄電池等処理困難物対策集」(2022年3月31日)

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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