アバター法は「馬の法」か「サイバネティック・アバターの法律問題」第13回(完)

サイバネティック・アバター(CA)と法に関する13回にわたる連載は今回でついに最終回を迎える。最終回は、「アバター法」というものが憲法、民法、刑法等に並ぶ法領域として成立するのかという問題と、これまでの連載で検討できなかったいわば「残された課題」に関する初歩的な考察を行うことで、連載の締めくくりとしたい。
第1 アバター法は「馬の法」か
1 はじめに
前回までで既に12回もの間、本連載を継続することができた。それらの各記事に共通する問題意識として、「アバター法は『馬の法』か?」というものがあった。ここで「馬の法」というのは、サイバー・スペース法が「馬の法」であるかに関するローレンス・レッシグとイースターブルック判事の間の論争1において論じられた問題のことを意味している。つまり、イースターブルック判事は馬の不法行為に関する問題が、単なる不法行為法の馬の事案への適用の問題に過ぎず、また、馬の契約に関する問題が単なる契約法の馬の事案への適用の問題に過ぎないとした上で、まさに「馬の法」という法分野が存在しないのと同様に、サイバー・スペース法という法分野は存在しないと主張した。
これに対し、レッシグは、サイバー・スペース法には固有の特徴があるとして、特にアーキテクチャー、とりわけコードの重要性を強調した。少なくとも日本では「情報法」という分野は既に確立した分野と評することができるだろう2。
そして、本連載における重要な問題意識の一つというのは、アバターに関する法律問題というのは、まさにイースターブルック判事がサイバー・スペース法を評したように、例えば、アバターの名誉毀損(第3回参照)等の不法行為であれば、単なる不法行為法のアバターへの適用の問題、アバターに関する契約(第11回参照)の問題であれば単なる契約法のアバターへの適用等の問題に過ぎないのではないか。
つまり、アバターに関する法律問題を研究したところで、既に確立している、憲法、民法、刑法等の各法分野の、既存の法解釈に影響を及ぼさず、単にその当てはめの例が新しく加わるというだけであって、新たな法領域たる「アバター法」など存在しないのではないか、という問題意識である。
ここで、既に情報法が法分野として確立済みであることは指摘せざるを得ない。例えば、CAの活動範囲がアーキテクチャー、とりわけメタバースの創造者であるプラットフォームが定義するところのアーキテクチャーやコード3に制約されるという部分は、まさに情報法の取り扱うサイバースペースの特徴であり、このような特徴をより適切に捉えるというのが、情報法(サイバー・スペース法)が固有の法領域たる所以である。
そうすると、メタバースにおけるアーキテクチャーやコードによる制約という点を捉え、それをよりよく説明するための法分野が必要だ、という議論は、少なくとも既に情報法が存在する現時点において、新たにアバター法を確立すべき理由にはならない。要するに、メタバースやアバターに関して生じる特徴の多くは、必ずしもアバターだから生じる特徴なのではなく、それがサイバースペースにおけるもの(又はリアルとサイバーが交錯する領域におけるもの)である限り、いずれにせよ生じ得る特徴である。そして、これらの特徴は、情報法において既に論じられている。
だからこそ、現代においてアバター法を法分野として確立する上では、メタバースがインターネット上に存在することから必然的に発生する、情報法において既に論じられている点のみを指摘し、これを論じるために新たな法領域が必要だと論じるだけでは全く説得性がない。
だからこそ、そのような意味におけるアバター・メタバースのみで生じ得る、新たな固有の特徴は抽出することが可能なのかというのが、アバター法が「馬の法」かという問題における、「リアル・クエスチョン」であるように思われる。
以下では、この点に関連する、新保教授の見解、小塚教授の見解及び成原准教授の見解を検討したい。
2 新保教授の見解
新保教授は2021年の段階では「CAを用いた諸課題の検討にあたって法的検討対象を明確化するため、CAに係る法的課題を便宜上『アバター法』と称して論じるに過ぎない、ゆえに、アバター法という新たな法分野の創設を試みるものではない」4としていた。
即ち、当初新保教授は、ローレンス・レッシグとイースターブルック判事の間の論争で言うと、イースターブルック判事の立場に近い立場を志向していた、と評することができるだろう。
その後、2022年になると、新保教授は、「(CAの活動する空間が)これまで所与の前提と考えてきた現実空間とは異なるがゆえに、実社会の法や倫理規範をそのまま適用できない場面が増えることが想定される。MV〔メタバース:引用者注〕と現実空間の双方で自分の分身であるCAで活動するにあたって遵守すべき社会規範や法的課題を扱う法分野として、『アバター法』の検討に着手する時が来たと考えている。」5とするようになった。
これは、(イースターブルック判事に反論した)レッシグと類似した立場から、現実空間と異なるメタバースを含む活動範囲を有するCAに関する法は、既存の法分野の単なる応用にとどまるものではなく、そのような特殊な位置付けから、固有の問題が多く生じる以上、そのような固有の問題に通有する、アバター法の固有の特徴を析出できるのではないか、そしてもしそうであれば、「馬の法」ではない意味における、新たな法分野たる「アバター法」を確立することも可能なのではないか、という問題意識を示したものと理解される。
3 小塚教授の見解
小塚教授は「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点」6の中で「仮想空間と現実世界の抵触に際しては、「現実世界の優位」という原則が妥当すると考えられる」とする。
要するに、アバターの世界において何らかの法律問題が生じた場合においては、原則としてまずは現実世界の法律としてどのようなものが存在するかが問題となり、その問題がアバターの問題であったとしても、まずはその現実世界の法律の要件充足の有無が検討されるべきであって、要件が充足していれば原則として効果が発生するということになる、という考えである。
小塚教授は、現実世界で確立されている政策判断や価値判断は、仮想空間内の活動に関しても損なわれてはならず、他方で、仮想空間に対する影響を考慮して現実世界での行動が制約されることは、少なくとも当面は、想定しにくいことがこのような現実世界の優位原則の根拠とする。
このような見解を採用すると、現実世界の法とアバターに関する仮想空間の法を比較すると、仮想空間の法は現実世界の法に劣後するということになりかねない。いや、むしろ、アバターに適用される法が何かというものを考える上では、単に現行法の解釈・適用だけを考えればいいのであって、仮想空間固有・アバター固有の法の問題など存在しないのだ、という理解にさえ至り得る。これは、イ―スターブルック判事のような、アバター法を「馬の法」とする見解に親和的であるものと評することもできるだろう。
4 成原准教授の見解
成原准教授は、CAの法律問題の「根底には、現実世界と仮想世界の間で主体や客体のアイデンティティ(例えば、アバターと利用者とのアイデンティティ、現実の土地・建物とバーチャルな土地・建物とのアイデンティティ)をいかなる場合にどこまで認めるべきなのかという問題を見いだすことができる。」7とする。
5 私見
本連載第3回においては、大阪地判令和4年8月31日8のようなVTuberの名誉毀損・名誉感情侵害事案を紹介した。この事案では、VTuberに対する「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」という侮辱的投稿がVTuberの中の人の名誉感情を違法に侵害するものかが問題となった。そして、特に重要な問題として、VTuberの名前を利用したこのような侮辱的な投稿は、VTuberという架空のキャラクターを傷つけただけであって、現実世界の人間である「中の人」に対する侮辱にはならないのではないか、という同定可能性の問題があった。裁判所は、最終的には同定可能性を肯定して、名誉感情侵害を認めた。その際には、以下のとおり述べた。
「『宝鐘マリン』としての言動に対する侮辱の矛先が、表面的には『宝鐘マリン』に向けられたものであったとしても、原告は、『宝鐘マリン』の名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって、動画配信などの活動を行っているといえること、本件投稿は『宝鐘マリン』の名称で活動する者に向けられたものであると認められる」
これはあくまでも1例に過ぎないものの、アバターにおいては、甲というVTuberの「中の人」が乙である場合において、「乙はバカだ」と投稿すれば、それは当然のことながら乙に向けた投稿ということになる(同定可能性が肯定される)ものの、「甲はバカだ」と、乙という表現を一切使わない投稿であっても乙に向けた投稿として同定可能性が肯定されるか等のアイデンティティが問題となることが多い9。
また、連載第8回では、いわゆるなりすましの問題を取り上げ、アバター時代においては、少なくともある側面においては、他人になりすます事案が増加し得ること、つまり、アイデンティティが偽られる事案が増加する可能性があることを指摘した上で、だからこそ、アイデンティティ権等の問題が重要になることを指摘した。
さらに、人格権以外であっても連載第11回においては契約問題を検討したところ、アバターを通じた契約の場合において誰と誰の間で契約が成立するのか、特に複数人が中に存在する、複数人共有アバターの場合において、その契約当事者の認定に関して大きな問題が生じ得るところ、この問題を認証によって一定程度解決することができる可能性はあるものの、それでもまだ課題は残ることを明らかにした。
なお、連載第9回及び第10回で指摘した知財の問題は、必ずしもアイデンティティの問題と同一ではないものの、著作者人格権・実演家人格権の問題や、商標による出所表示機能等は、広い意味でのアイデンティティの問題と評することもできるかもしれない。
これらはあくまでも一部を列挙したに過ぎない。CAの問題においては、様々な意味におけるアイデンティティの問題が溢れている。このような状況を踏まえ、個人的には、以下のように、成原准教授の見解をもとに、そこで問題となり得るアイデンティティの範囲を拡張した上で、そのような修正された成原准教授の見解に賛同したい。
CAの世界では以下のような形で様々な同一性(アイデンティティ)が問題となり、このような同一性(アイデンティティ)問題に関する新たな挑戦をどのように法学として受け止めるべきかが重要な問題となる。
- 中の人とアバターの同一性
- 仮想世界1におけるアバターAと仮想世界2におけるアバターBの同一性
- 現実世界における(例えばテレエグジスタンスロボット)アバターと仮想世界におけるアバターの同一性
- 中の人が複数のアバターを自己の分身として用いる場合のアイデンティティ
- 複数の中の人が同一のアバターに関与する場合のアイデンティティ
- その他、将来的に無限に広がり得るCAの利用形態の拡張に伴う、新たな同一性の問題
確かに、同一性(アイデンティティ)が問題となる事態は、SNS上でハンドルネーム等を使って交流する場合にも一定程度生じており、連載第3回では、このようなSNSの文脈等で既に形成されてきた議論を踏まえた考察を行った。とはいえ、複数の中の人が同一のアバターに関与する場面として、VTuberを挙げることができるところVTuberにおいて大量の誹謗中傷事件が生じている。そこで、どのような理論的根拠に基づき、誰に当該誹謗中傷の被害を帰属させるべきか、という問題が急務になっている10。そして、上記のとおり、その問題は従来のSNSにおける「SNS上の匿名アカウントと『中の人』の同一性」といった単純な問題ではなく、多数の問題群へと発展している。また、上記のとおりこれは単なる人格権だけの問題ではなく、契約や知財等の他の分野にも広がりを持っている。
だからこそ、同一性(アイデンティティ)問題に関する新たな挑戦をどのように法学として受け止めるべきかが重要な問題となり、この問題について今後、更なる検討が必須である。
そして、このような点を検討する営為の中で、もし、同一性(アイデンティティ)に関する(特に従来の情報法における議論と異なった)新たな議論が生まれるのであれば、まさにその部分について「馬の法」ではない、アバター法(CA法)を他とは異なる固有の法領域として新たに確立するだけの価値が生じ得ると考える。
本連載の段階では、そのような新たな議論を明確に提示するに至っておらず、その意味では、議論は未完成である。もっとも、本連載の各論文において、そのような将来の新たな議論の土壌となるような、様々な問題意識を示したつもりである。
よって、本連載をいわば「叩き台」として、今後さらに議論が盛んに行われるようになり、その結果として、「馬の法」ではない意味におけるアバター法(CA法)の議論が生まれるようになるのであれば、1年以上の期間集中して研究を重ね、そして、自分一人だけではなく、新保教授、栗原主任研究員を含む多くの関係者と協力しあって本連載を継続してきたことに意義があったことになるだろう。
読者諸氏におかれては、是非このような観点でご検討いただきたい。かつ、筆者として、本稿及びそれ以外の本連載の各論文が誤りを含まないとは全く考えていない。そこで、本連載の議論において批判すべきことがあれば、忌憚なき批判を願いたいところである。
第2 残課題
1 AITuber等AIとCA
(1)AITuberとは
AITuberとは、バーチャルな身体を用いたAIが配信するYouTuberである11。技術的にどのようにAITuberを実現するかについては様々な仕組みがある。特に最近はChatGPT等の生成AI技術が発展していることから、ある意味では、これらの技術を組み合わせることで、様々なAITuberを作成し、配信することが可能となっている。
例えば、YouTube上で配信する場合、その配信を聴きながら、視聴者はコメントを投稿することができる。そこで、YouTube上のコメントの文字列を取得し、これをもとに生成AIで返答を作成し、その返答を音声として発話する等の仕組みが考えられる。そのような方式でのAITuberの実装事例としては、「蛍という名前の16歳の女子高生で、寝ることと夜の散歩が趣味で、お寿司が好きだがナスが嫌い、思いやりがあるが優柔不断でおっちょこちょい」12というような、特定のキャラ設定に基づき、YouTubeのコメントに対する回答をするように指示する(プロンプトを入れる)ものがある。
いずれにせよ、人間の「中の人」がやりとりをするのではなく、AIが発話をしたり、視聴者とやりとりをしたりするところに、AITuberのVTuberとは異なる特徴が見られる13。
(2)AITuberに関する法的権利義務の帰属主体
AITuberは「中の人」の代わりにいわば「中のAI」が存在する。そしてAIは現行法上権利帰属主体とはならないところ、「中の人」がいないのだから誰にも権利が帰属しない、ということになるのではないだろうか。
この点については、AITuberの発話そのものがAIによって行われるとしても、そもそもAITuberはゼロからは生じない14。そこで、少なくとも現時点においては、AITuberを作成し、運用する自然人又は法人が存在するところ、そのような「背後者」が特定のプログラム(又はプロンプト)を利用してAIに配信を指示している。そこで、このような背後者への帰属の可否が問題となるだろう。もちろん、具体的な回答を背後者として想定できない15ことはこの問題を検討する上でVTuberの場合との重要な相違である。ただ、その相違が背後者への帰属を否定するようなものなのか、というのが重要なポイントであるように思われる。
(3)AITuberが加害者になる場合(名誉毀損を例に)
では、AITuberが加害者になる場合において、誰にどのような責任が発生するのだろうか。
例えば、コメントをするファンAが「Bに殴られかけた」と発言し、AITuberが上記(1)で述べたキャラ設定に伴い、その「思いやり」精神を発揮して「そうだったんですね! Bさんはひどいですね、お怪我はないですか?」と回答し、当該摘示内容が、BがAを殴りかけていたという事実摘示と、それに対してひどいという論評をしたと解釈される場合を考えてみよう。
この場合には、BがAを殴りかけるようなことをしたという事実摘示及び「ひどい」という意見論評が、Bの社会的評価の低下をさせたと判断され得る16。
もちろん、公共性・公益性・真実性があれば事実摘示部分について真実性17の抗弁が成り立ち、また、公共性・公益性・真実性・論評の域を超えないことが認められれば、上記の意見論評について公正な論評の法理抗弁が成り立つ可能性がある。
しかし、例えば、人間ではなくAIに公益性、即ち、専ら公益を図る目的に出た場合18と言えるかであるかは重要な問題となる。またAIは、あくまでも、学習したデータに基づき、例えば単に確率論的に次に来る可能性が高そうな単語を並べただけである。そうすると、確かにAIが繋げた複数の単語から、文脈上理解されるその文章の意味が、事実の摘示ではない、つまり、それが証拠等を持ってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ではない19という場合はあるだろう。しかし、ただそれだけで、公正な論評の法理の背景にある考え方である、「意見ないし論評については、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉毀損の不法行為が成立しないものとされているのは、意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであることを考慮し、これを手厚く保障する趣旨によるものである」20という考えを適用すべきか、つまり、「思想の自由市場」においてインセンティブを与えて促進すべき意見論評だ、として手厚く保護すべきか等、さらに検討すべき課題が存在するように思われる。
(4)AITuberが被害者になる場合
では、AITuber甲に対して、「甲はバカ女で、子供の頃から母親に見捨てられて、ナスの煮物の作り方も教えてもらえていないから精神的に未熟だ」21というような投稿をSNS等で行った場合、このような(人間の)行為は誰かに対する人格権侵害(名誉感情侵害)が成立するのだろうか。
ここでは、AITuber甲そのものがただのAIであって、人格権等の権利義務の主体ではないことを再確認しておこう。しかし、背後者乙が甲を運用しているという場合に、乙に対する人格権侵害が成立しないかが問題となる。
そして、人間のVTuberについて、特にそれがパーソン型と言われるものである場合に、VTuberの名前を持って行う投稿の同定可能性が肯定され、「中の人」への人格権侵害が成立しやすいことは既に第3回連載及び松尾学習院法務研究論文22で述べたとおりである。但し、AITuberは比較的キャラクター型に近接するという特徴を踏まえ、背後者への帰属をどのように考えるべきかが問題であろう。
2 ユーザーの死後のCA
(1)はじめに
CAのユーザーが死亡した後はどのような問題が生じるだろうか。例えば、ユーザーが自分自身の肖像をアバターとしてメタバースで活動していたが、その死後に同じ肖像をアバターとする者が現れるといった場合が一つの類型として考えられる。
もう一つの類型としては、AITuberのような自律型CAを前提に、そのような自律型のCAについては、背後者死後も勝手にコミュニケーションを継続し得るが、そのことをどう考えるかという問題意識がある。
(2)死後の権利義務
まず、死亡によって相続人に権利義務が移転する。例えば、ユーザーがアバターの3Dモデルを作成することで著作権を得ていれば、その著作権が相続人に引き継がれることになる。
しかし、一身専属権はそのような相続による承継の対象とならない(民法896条但書)。ここで一般に人格権は一身専属権であるとされる23。
もっとも、パブリシティ権等を中心に、死後の人格権の解釈論による保護が論じられている24。
よって、この問題は、これらの議論をもとに、さらに検討すべき問題であると考える。
(3)自律型CAの問題
自律型CAであれば、背後者の死後もメタバース上で活動を続ける可能性がある。そこで、典型的にはメタバースプラットフォームと本人の間で本人死後の扱いについてどのような契約をするか25や、実際の死亡の場合にその契約をどう実現するかが問題となる。なお、Facebookが「追悼アカウント」機能26を有し、また、SNS上で自動で会話するいわゆるbotが、作成者の死後も会話を続けるように、そのユーザーが死亡したことが明示された上で自律型CAと他のユーザーの間でなおコミュニケーションが続く可能性がある。
3 消費者法
第11回でメタバースと契約法について検討した。このようなメタバース上のCA間の取引においては消費者保護も問題となる。
例えば、消費者契約法には、様々な勧誘規制が存在する。例えば、同法4条3項1、2号は「退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しない」「退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させない」ことを取消し事由として挙げるが、そこでいう「場所」が物理的場所であれば、メタバース上に物理的場所は存在しないところ、メタバース上のプライベート空間に入り込み、そこから退去しない等、物理空間であれば同号に該当しそうな行為をメタバース上で実施した場合において消費者契約法上の不当勧誘行為であると認定できるか等が問題となる。
4 労働法
メタバースにアバターで「出勤」する時代が既に来ている。このような出勤は、VRゴーグルをかぶるだけで一瞬で出勤できるという通勤時間の節約と、同じ(バーチャル)スペースで一緒に働くことによるコミュニケーションの促進が同時に実現できるという観点で魅力的である。もっとも、プライバシー等のリスクの課題も存在する27。
5 宗教
宗教については、刑法において、メタバース上の宗教施設が教会等として保護されるかについては既に第11回で検討したところである。
法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律の寄付規制については、特にメタバース上における寄付勧誘活動であれば、例えば、「当該寄附の勧誘を行う法人等を特定するに足りる事項を明らかにするとともに、寄附される財産の使途について誤認させるおそれがないようにする」(3条3号)等が重要となるだろう。なお、同法4条は消費者契約法4条3項に類似することから、上記3を参照のこと。
6 政治
メタバース上の政治活動については、特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為28等である「選挙運動」は、選挙の公示又は告示日から選挙期日の前日までしかできず、立候補届出前に選挙運動をする事前運動は禁止されている(公職選挙法129条)。
しかし、これに対し、「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対し、又は公職の候補者を支持し、若しくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為」から「選挙運動にあたる行為」を除いたものとされる政治活動は原則として自由である29。
そこで、何がメタバース上の選挙運動か、何がそれに至らない政治活動かが問題となるだろう。
7 ロボット固有の問題
例えば国会における「出席」(憲法第56条第1項)については、「原則的には物理的な出席と解するべきではあるが」「例外的にいわゆる『オンラインによる出席』も含まれると解釈することができる」とするのが衆議院憲法審査会の大勢だったとされている30。出産前後の女性議員や、障がいのある議員との関係での出席要件緩和も検討されている31。この点、完全にオンラインで参加するよりは、物理的には、本会議場に分身ロボットが鎮座し、その上で、本人が自宅や病院等からコントロールするということの方がオンライン出席よりも物理的出席に近づくのではないか、という議論があり得る。このような問題は、将来的にはより重要な問題となってくると思われる32。
なお、製造物責任についてはCAにおける固有性が認められる問題が考えつかないので、省略する33。
第3 連載を終えるに当たって
本連載そのものの書籍化の話とは別に、まずは、本年5月にアバター法に関連する筆者の実務経験と研究成果をメタバース利用者、ビジネス利用者、プラットフォーム及び弁護士・法務担当者に向けて紹介する『メタバース・サイバネティックアバターの法律相談(仮)』(出版:シティズンシップ)を刊行予定である。加えて、これらの残課題について、さらに検討を進め、別途論文として公刊したいと考えている。筆者は、アバター社会はますます発展していくと信じている。そこで、アバター社会の発展に伴い、アバター法の研究を、いわば筆者自身のライフワークとして進めていくつもりである。
本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものである。本稿を作成する過程では慶應義塾大学新保史生教授及び情報通信総合研究所栗原佑介主任研究員に貴重な助言を頂戴し、また、早稲田大学博士課程杜雪雯様及び同修士課程宋一涵様に裁判例調査及び脚注整理等をして頂いた。加えてWorld Trend Report編集部の丁寧なご校閲を頂いた。ここに感謝の意を表する。
- Frank H. Easterbrook, Cyberspace and the Law of the Horse, 1996 U. CHI. LEGAL 207(1996)、Lawrence Lessig, The Law of the Horse: What Cyberlaw Might Teach, 113 HARV. L. REV. 501(1999)
- この点については「中央大学国際情報学部国際情報学科 カリキュラムマップ」<https://www.chuo-u.ac.jp/uploads/2023/12/academics_faculties_itl_guide_curriculum_06_t1.pdf?1712183588851>の「情報法」が情報法として論じられている主な分野を網羅していて参考になる。なお、成原慧他『情報法』(法律文化社、近刊)において、筆者も共著に参加して、情報法の体系的な素描を実現しようとしている。
- 「メタバースのシステム構成は、メタバースの『自然法則』を作り出すことにより、仮想空間での利用者の活動を可能にしたり、制約する」とする成原慧「メタバースのアーキテクチャと法:世界創造のプラットフォームとそのガバナンス」Nextcom52号(2022)25頁を参照。
- 新保史生「サイバネティック・アバターの存在証明─ロボット・AI・サイバーフィジカル社会に向けたアバター法の幕開け─」人工知能36巻5号(2021)571頁<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsai/36/ 5/36_570/_article/-char/ja/>(2024年4月4日最終閲覧、以下同じ)
- 新保史生「サイバー・フィジカル社会の到来とアバター法」ビジネス法務2022年4月号6-7頁。
- 小塚荘一郎「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点:現実世界との『抵触法』的アプローチ」情報通信政策研究6巻1号(2022)75-87頁<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jicp/6/1/6_75/_article/-char/ja/>
- 成原・前掲注3)27頁。
- 大阪地判令和4年8月31日判タ1501号202頁。
- なお、この点については松尾剛行「仮名・匿名で活動する主体に関する名誉権等の人格権法上の保護─サイバネティック・アバター時代を背景として」学習院法務研究18号(2024年)35頁以下も参照されたい。
- 松尾光舟=斉藤邦史「アバターに対する法人格の付与」情報ネットワーク・ローレビュー22巻(2023)45-66頁<https://www.jstage.jst.go.jp/article/inlaw/ 22/0/22_220001/_article/-char/ja/>
- 阿部由延@sald_ra『AITuberを作ってみたら生成AIプログラミングがよくわかった件』(日経BP、2023)11頁。
- 阿部・前掲注11)34頁。
- 阿部・前掲注11)20頁以下参照。
- 今後、AIが自律的にAITuberを開発・運用する時代が来るかもしれないが、そのような時代が到来した場合には別途考察を行いたい。
- 例えば、「こんにちは」というYouTubeのコメントに対し「こんにちは」と答えるかもしれないし、「今日は眠いからもう寝るね、おやすみ〜」と答えるかもしれない。
- なお、仮定であることは名誉毀損性を下げる要素ではあるが、絶対的ではない。松尾剛行=山田悠一郎『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版 [勁草法律実務シリーズ]』(勁草書房、2019)119頁。
- AIの「発言」に関する相当性の抗弁については更なる検討課題としたい。
- 松尾=山田・前掲注16)216頁。
- これが一般的な事実と意見の区別基準であることにつき松尾=山田・前掲注16)280頁。
- 最判平成16年7月15日民集58巻5号1615頁。
- 阿部・前掲注11)68頁の設定に基づく。なお、上記注7の大阪地判も参考にしている。
- 松尾・前掲注9)。
- 谷口知平=久貴忠彦『新版注釈民法(27)相続(2)相続の効果--896条~959条』(有斐閣、補訂版、2013)57頁参照。
- 斉藤邦史『プライバシーと氏名・肖像の法的保護』(日本評論社、2023)249頁及び栗原佑介「デジタルアーカイブ化されるオープン型コンテンツの権利処理において残存あるいは生成されるパブリシティ権の限界」情報処理学会論文誌56巻3号(2015)1099頁<https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_action_common_download&item_id=141428&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1>参照。
- 中川裕志「本人死後のサイバーネティック・アバターに関する考察」日本ロボット学会誌41巻1号(2023)9-13頁<https://www.jstage.jst.go.jp/article/ jrsj/41/1/41_41_9/_pdf/-char/ja>
- https://www.facebook.com/help/150486848354038
- 松尾剛行『AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務』(弘文堂、2019)、山本龍彦=大島義則編著『人事データ保護法入門』(勁草書房、2023)
- 最判昭和38・10・22刑集17巻9号755頁。
- 関口慶太ほか『こんなときどうする? 選挙運動150問150答』(ミネルヴァ書房、第2版、2024)2-3頁。
- 衆議院憲法審査会「憲法第56条第1項の『出席』の概念について」(2022年3月3日)<https:// www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/2080303haihusiryou.pdf/$File/2080303haihusiryou.pdf>
- 衆議院憲法審査会事務局「『国会におけるオンライン審議の導入』に関する資料(衆憲資第97号)」(2022年2月)14-15頁<https://www.shugiin.go.jp/ internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shukenshi097.pdf/$File/shukenshi097.pdf>
- その他、南澤は「ロボットのアバターを海外から遠隔操作して日本に入国する場合、肉体は入国していないが、アバター越しに犯罪行為もできてしまう。この場合、日本で裁けるのか。そもそもロボットアバターでの入国は、入国にあたるのか。」(ムーンショット型研究開発事業@JST「『もう1つの身体』での活動を通じて制約から解放され生きられる社会へ」(2023年12月15日)<https://note-moonshot.jst.go.jp/n/n237 6381da314#90778d95-290d-4798-a494-4b030a7f a6fa>)とする。
- サイボーグについては小名木明宏「科学技術時代と刑法のあり方:サイボーグ刑法の提唱」北法63巻5号(2013)524頁も参照。
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- WTR No432(2025年4月号)
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より実効性のある公益通報者保護制度の確立に向けて
- ICR Insight
- WTR No433(2025年5月号)
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MWC2025に見る通信業界の転換点:“次のG”ではなく“次のAI”
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- WTR No433(2025年5月号)
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ビジネスフェーズへと向かうネットワークAPI ~日本の通信事業者はどのように取り組めるか~
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- WTR No433(2025年5月号)
- イベントレポート
- モバイル通信事業者(国内)
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