2024.6.27 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

生成AIと競争法・序説

Image by Sayedur Rahman from Pixabay

はじめに

近時急速に生成AIの開発・普及が進んでいる。生成AIとは、大量のデータを深層学習させた基盤モデルを用いてプロンプト入力という自然言語による質問や指示等に基づき、文章、画像や動画等を生成するなど一定の出力を行うシステムである。生成AIには、利用者が入力した音声やテキストに応じて自然な文章を生成する「対話型生成AI」や、画像やイラストを生成する「プロンプト型画像生成AI」等がある。

これらには多方面で生産性向上を実現し、人々の生活、働き方を変える潜在的可能性があるほか、これまでのビジネス構造を大きく変える動きさえ認められている[1]。実際の動きとしても、ChatGPTを手がけるOpen AIが最新のAI基盤モデル「GPT-4o」の公表に続き、後継となる新たな基盤モデルの開発への着手を発表しており、他方でGoogleも「Gemini 1.5 Flash」を発表するなど、事業者間でその技術ないしサービス競争が激しさを増している。

もっとも、生成AIの普及によって、個人情報保護法や著作権法との関係などについて新たなリスクが生じる可能性も懸念されている。実際にも生成AIを活用してコンピューターウイルスを作成したとして不正指令電磁的記録作成罪の容疑で逮捕者が出る事例も生じている[2]。このように急速に発展している生成AIの開発・普及によって、公的にも私的にも広く影響が及ぼされつつある。

このことは、競争政策の場面においても同様に当てはまる。生成AIの汎用性の高さゆえに、多様なサービスの実装者や利用者に影響を及ぼす可能性があることはもちろん、特に基盤モデルとの関係に着目すると、計算資源の確保やデータの収集、学習の創意工夫などができる事業者は限定的となる可能性もあり[3]、優位な立場の事業者がそれ以外の事業者に対してその立場を濫用する危険性がある。それゆえ、近時、世界の競争当局によって生成AIの開発・普及に関する競争法上の懸念が公表されつつある[4]

そこで、本稿では、これらの公表文書の分析を通じて、生成AIをサービスとしてビジネス展開していく際に競争法との関係でどのような懸念があるかについて概観することで、生成AIと競争法の関係性について序論的考察を加える。

1.生成AI関連ビジネスのレイヤー構造とその特徴

まず、生成AI関連ビジネスのレイヤー構造について整理する。生成AIの開発から実装、サービスの提供に至るまでの過程は、大きく3つのレイヤーに分けて説明することができる(図1参照)[5]。第1に、生成AIを支えるインフラの調達・整備の段階である。生成AIの開発には、大量のデータが必要となるが、そのような大量のデータを利活用する前提としてクラウドサービスやチップなどの計算資源を必要とするほか、機械学習やデータ工学等について高度の専門的知識を有した人材も必要となる。また基盤モデルの開発等には多額の費用がかかることから、資金も重要なインフラとして数えることができよう。

第2に、生成AIの開発段階である。生成AIに用いられる基盤モデルとは、入力を出力に変換する固定化された計算ネットワークのことである。基盤モデルは、収集した膨大なデータをもとに事前学習を行うことで高い汎用性を備えたものとなる。具体的な種類としては、例えば、大規模言語モデル(Large Language Model)や拡散モデル(Diffusion Model)などがあるが、事前学習後、さらに、ファインチューニングを施すことでモデルを改良して実用化することになる。その際には、事前学習時と比べると相対的に少量のデータセットを用いることとなるが、データ精選のためのクレンジングに多大な労力と費用がかかるとされている[6]。なお、これらの基盤モデルの方向性としては、企業内で開発されてモデル関連情報へのアクセスも管理・制限されるクローズドソースのもの(プロプライエタリ)と、無料で共有されてライセンスに従って無償で利用することが可能とされているオープンソースのものが想定される。

第3に、生成AIの実装段階である。生成AIを実際のサービス提供のために実装する方向性としては多様なものが想定される。例えば、「ChatGPT」や「Amazon Code Whisperer」のようなテキストやコードの生成、「Sora」や「Runway Gen-2」のような画像や動画の生成、さらには近時Googleが発表した「Music AI Sandbox」のような音声や音楽の生成などがある。これらの生成AI活用サービスには一般的なものだけでなく、金融、建設、医療、法律等の特定分野に特化したものの提供も見られる。例えば、法律に特化したサービスを見てみると契約書のレビュー支援や管理、リサーチの補助をサービス内容とするものがある。昨今そのようなサービスの提供によって事業者の生産性向上や消費者の利便性向上が図られつつある(図1)。

【図1】生成AI関連ビジネスのレイヤー構造

【図1】生成AI関連ビジネスのレイヤー構造
(出典: Competition and Markets Authority, AI Foundation Models: Initial Report
<https://assets.publishing.service.gov.uk/media/65081d3aa41cc300145612c0/Full_report_.pdf,
final access: 24/5/30>)

2.競争環境を特徴づける要素

それでは、以上のレイヤー構造は競争環境としてどのような状態にあり、あるいはどのような要素が競争環境の維持に重要となるのだろうか。まず重要となるのは、基盤モデルの開発である。基盤モデルの開発が活発化することで開発段階の競争が促進される。また、それだけでなく、生成AIを活用したサービスとの関係でも競争が促進される可能性がある。というのも、基盤モデルが複数存在することで、当該モデルを活用したサービスが開発されたり、その機能等が既存サービスに搭載されたりすることが想定されるからである[7]

ただし、先述のとおり、基盤モデルの開発には大量のデータ収集や計算資源等多くのインフラが整備されている必要がある。そうすると、これらのインフラ整備が参入障壁となって競争原理が働きにくくなり、そのような状況を利用した不当な学習用データの収集や利用が競争原理によって是正されないとの懸念がありうる[8]。もっとも、Wikipediaをはじめ学習データとして一般的に入手可能なデータセットが存在することや、計算資源についてはクラウドサービスが活用できることなどからすると、基盤モデルの開発環境それ自体が直ちに競争法上の問題を提起することにはならないことには注意を要する[9]。実際に、データ収集に有利と考えられる有力なデジタルプラットフォーム事業者以外の事業者が、画像生成AIなどの基盤モデルを開発・提供している。

次に重要となるのは、多様な選択肢が用意されていることである。特定の用途向けにファインチューニングされたモデルの提供事業者が基盤モデルを利用する選択肢としては、①独自の基盤モデルの開発、②確立された基盤モデルの提供事業者との提携やAPI利用、そして③オープンソースの基盤モデルの利用が想定される。

このうち、①については資力も含めて一定程度インフラ整備が可能であることが前提となる。②についても提携やAPI利用のための料金がかかるほか、品質等の改良についても基本的には開発事業者の努力に依存することとなる。これに対して、③については①、②の場合に想定される費用がかからず、生成AIの開発・利用への参入障壁を下げることに一役買っていると言えよう。さらに、オープンソースモデルの透明性が高まることで、モデルの精度や信頼性の評価が容易になるほか、モデルの改良もしやすくなり、より品質が向上することも望める[10]。このように、選択肢が複数存在することは、多様な事業者の新規参入、新規サービスやイノベーションの促進等良好な競争環境の確保につながると考えられる[11]。

3.競争上の懸念

それでは、生成AIの開発・普及に際しては、どのような競争上の懸念がありうるだろうか。以下では特に明確に競争上の懸念が現実化するように思われる類型について取り上げることとする。

第1に考えられるのは、アクセス拒絶である。先述のとおり、生成AIの開発に際しては、基盤モデルの事前学習時に大規模なデータセットが、ファインチューニング時に特定の利用目的に特化したデータセットが必要となる。そのため、生成AIの開発段階では、データセットへの広範なアクセスが可能な事業者が競争優位性を確立し、その地位を継続させる可能性が高い。

このような競争優位性を保持している事業者が、新規参入者や競合他社等のデータセットへのアクセスを拒絶ないし制限することで、競争の機会が損なわれる可能性がある。また、基盤モデル提供事業者が生成AIを活用したサービスも提供している垂直的統合の場合には、当該事業者が、下流市場であるサービス提供市場の競争者による基盤モデルへのアクセスの拒絶ないし制限をすることで、サービス提供市場における競争が阻害される可能性がある[12]。

第2に考えられるのは、抱き合わせである。先述のとおり、生成AI関連ビジネスは複数のレイヤーに区分できるが、あるレイヤーにおける有力事業者が他のレイヤーにおいて自社が提供するサービスを抱き合わせて提供することが想定される。例えば、クラウドサービス市場で有力な地位にある事業者が、当該サービスの提供条件として自社の生成AIの基盤モデルの使用を抱き合わせて提供する場合、基盤モデルの開発・提供で競合する事業者による競争の機会が損なわれうる[13]。

第3に考えられるのは、自己優遇である。基盤モデルの提供事業者が、競合他社と比べて自社の提供商品・サービスが有利に出現するように当該モデルを開発することがありうる。このような自己優遇について、具体的に何が自己優遇に該当し、どのような意味で反競争効果が生じるのかは議論の途上でもある[14]。しかし、少なくとも、近年では巨大デジタルプラットフォーム事業者による自己優遇に、競争法上の悪影響がある、ないし相当程度グレーな評価がありうると考えられており[15]、その意味では生成AIとの関係でも競争上の懸念が生じうる一つの場面であると考えられる。

むすびにかえて

以上のとおり、生成AIの開発・普及に際しては競争法との関係でも懸念が生じうる。もっとも、現段階では抽象的なレベルでの競争上の懸念の想定にとどまるものであり、今後独占禁止法という具体的な法令の解釈論としてどのように対処することになるのかは検討を要する。特に、生成AIに関する各市場自体が未だ発展途上にあることから、実際に競争法を適用する際の考慮事情や判断枠組みの構築自体にも検討すべき課題が存在する[16]。

また、繰り返し述べているとおり、生成AIの開発に際しては膨大なデータの収集が肝となるため、やはり一定程度デジタルプラットフォーム事業者が開発事業者となりやすい状況にある。そうすると、生成AIと競争法との関係については、デジタルプラットフォーム規制をも視野に入れつつ検討する必要性が高いと言える。いずれも改めて整理・検討の機会を持ちたい。

[1] 情報通信審議会「『2030年頃を見据えた情報通信政策の在り方』最終答申」(2023年6月)
<https://www.soumu.go.jp/main_content/000888 370.pdf 最終アクセス日:2024年5月30日>21頁。

[2] 朝日新聞2024年5月29日朝刊25頁。

[3] 角田龍哉「生成AIと競争法―デジタル・経済安全保障・環境政策を踏まえて」NBL1252号(2023年)44頁。

[4] See, e.g. Federal Trade Commission, Generative AI Raises Competition Concerns <https://www.ftc.gov/ policy/advocacy-research/tech-at-ftc/2023/06/ generative-ai-raises-competition-concerns, final access: 24/5/30>.

[5] 競争政策研究センター「生成AIを巡る独占禁止法上及び競争政策上の論点」(2023年11月)
<https://www.jftc.go.jp/cprc/events/symposium/20 23/231109sympo1.pdf 最終アクセス日:2024年5月30日>1頁。

[6] 競争政策研究センター・前掲注5)2頁。

[7] 競争政策研究センター・前掲注5)3頁。

[8] 角田・前掲注3)46頁。

[9] 角田・前掲注3)47頁

[10] Competition and Markets Authority, AI Foundation Models: Initial Report <https://assets.publishing.service.gov.uk/media/65081d3aa41cc300145612c0/Full_report_.pdf, final access: 24/5/30>, at paras 3.49‐3.50.

[11] 競争政策研究センター・前掲注5)4頁。

[12] 競争政策研究センター・前掲注5)4頁。

[13] 競争政策研究センター・前掲注5)4頁。

[14] 例えば、近時の講学上の議論として、宍戸聖「独占禁止法における『自己優遇』の実態と課題」成蹊法学98号(2023年)171頁。

[15] 例えば、EUにおけるデジタル市場法6条には、ゲートキーパー事業者に対する規制内容の一つに自己優遇の禁止が挙げられている。

[16] 角田・前掲注3)44頁参照。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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