2025.3.31 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

スマホ特定ソフトウェア競争促進法の意義と課題(2)

前稿「スマホ特定ソフトウェア競争促進法の意義と課題(1)」では、スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(以下、「本法」とする)に関して、独占禁止法(以下、「独禁法」とする)との違いも踏まえつつ、制定背景(1.)および目的と基本構造(2.)について整理した。これに引き続き、本稿では規制対象事業者の指定等(3.)と具体的な規制の内容の一部(4.(1))について整理していく。

3.規制対象事業者の指定等

周知のとおり、本法の目的はスマートフォンに組み込まれる特定ソフトウェア(本法2条2項以下)の提供等を行う事業者の中で、特に強い地位にある者による特定の行為を規制することにある。そのため、独禁法と異なり、本法の規制対象事業者は、特定ソフトウェアの提供等に係る事業の規模が一定以上の者に限定されることになる。他方で、事業規模が一定以上ないし以下に該当することのみで、当然に規制対象となるか否かが決まるとすれば、規制の安定性が損なわれることになる。そのため、本法では規制対象事業者の指定等について以下のような仕組みが規定されている。

公正取引委員会は、特定ソフトウェアの提供等を行う事業者のうち、当該特定ソフトウェアの提供等に係る事業の規模が他の事業者の事業活動を排除し、又は支配し得るものとして特定ソフトウェアの種類ごとに利用者の数その他の当該事業の規模を示す指標により政令で定める規模以上であるものを、本法の規制対象事業者として指定する(本法3条1項)。この指定を受けた事業者を「指定事業者」と呼称する。

また、事業者には届出義務がある。すなわち、事業者の行う特定ソフトウェアの提供等に係る事業の規模が前記の規模以上であるとき、当該事業者は、公正取引委員会規則に従って、特定ソフトウェアの種類ごとに公正取引委員会規則で定める事項を公正取引委員会に届け出なければならないとされている(本法3条2項)。

本法における規制対象事業者の指定等に関する基準については、大きく2つの特徴が認められる。第1に、「他の事業者の事業活動を排除し、又は支配し得るもの」として一定の事業規模を問題としていることである。このような規定ぶりからは、先述の規制の安定性も考慮した形で、単純に事業規模のみを判断基準としているわけではないことがうかがわれる。また、上記のような具体的な条文の文言からも、本法が独禁法の補完的役割を担っており、特に独禁法の私的独占(独禁法2条5項)に該当しうる事業者の行為を本法の規制対象にするという姿勢が想起される[1]。

第2に、指定のために用いる事業規模の具体的指標である。規制対象事業者の指定に係る規定については、令和6年12月19日に施行されるとともに、具体的な指定基準を明らかにした政令(第376号)も公表されている[2]。当該政令によれば、事業規模を測る具体的指標は、本法で対象とされている特定ソフトウェアの種類ごとに、「年度における各月の当該事業者によって国内向けに提供されている当該特定ソフトウェアを月1回以上利用するスマートフォンの利用者の数を平均した数が4,000万人以上」であることとなる[3]。

このような具体的指標になったことについて、ひとまずのところ大要以下のように説明されている[4]。まず、何を指標とすべきかという点についてである。独禁法では、通常、行為者の地位を検討する際には市場シェアが重要な考慮要素とされるため、素直に考えれば、独禁法の補完的立法と位置付けられる本法についても同様に市場シェアを指標とすることになろう。他方で、先述のとおり、本法には事業者による届出義務も規定されている。そうすると、市場シェアそのものを事業者の地位を検討する際の指標とすると、事業者による届出義務への対応を困難にしてしまう可能性がある。

そのため、市場シェアに相当するような規模に係る数値を指標とすることになるが、スマートフォンにおける特定ソフトウェアのうち、OS、ブラウザ、検索エンジンは原則として無料で提供されていることなどの実情を踏まえると、売上高を基準とすることは必ずしも適切とは考えられない。他方で、前稿でも整理したとおり、スマートフォンにおける特定ソフトウェアについては、ネットワーク効果が働くことで、一定の利用者数を超えると市場における地位が相当程度強固なものとなる[5]。そのため、売上高よりも利用者数を指標とすることがより適切であると説明されている。

次に、具体的な数値をどのように設定するかという点についてである。本法が独禁法の補完的役割を担っていることからすると、この点についても独禁法における数値を踏襲するのが妥当であると考えられる。独禁法において、市場における有力な事業者に該当するか否かの目安は市場シェア20%を超えるか否かであるとされている。他方で、前稿でも整理したとおり、本法が類型的に反競争的と考えられる行為を事前に禁止するという強力な規制を内容としていることから、本法での目安は、さらに20%を加算した合計40%とされている。そして、日本国内におけるスマートフォン利用者数は約1億人であることから[6]、その40%に相当する4,000万人が具体的な基準値とされている。また、一時的ないし偶発的な要因を取り除くために、1年度における各月の利用者数の平均値をもって判断することとされている。

このように、本法における規制対象事業者の指定等に関する基準からは、スマートフォンに関わる分野の市場特性を考慮しつつ、これまでになかった強力な規制態様であることを踏まえた謙抑的な姿勢がうかがわれる。このような規制基準には事業者にとっての予見可能性と法的安定性の確保という機能があると言えよう[7]。現在のところ、当該基準に基づいて指定事業者とされるのはAppleとGoogleのみであると考えられる。

もっとも、このような基準設定に対しては、特定ソフトウェアに対して一律に同じ基準を用いることや、具体的な数値設定について異論も向けられている[8]。いずれにせよ、運用自体はこれからであるため、事業者にとっては本法に関する今後の動向を継続的に注視する必要性が高いと言えよう。

InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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4.規制対象事業者に対する規制とエンフォースメント

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] 滝澤紗矢子「スマートフォンソフトウェア競争促進法の全体像」ジュリスト1603号(2024)35頁参照。

[2] 公正取引委員会報道発表「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律の一部施行に伴い整備する関係政令等について」(令和6年12月10日)(https://www.jftc. go.jp/houdou/pressrelease/2024/dec/241210_smartphone.html, 2025年2月26日最終閲覧)。

[3] 政令第376号(https://www.jftc.go.jp/houdou/ pressrelease/2024/dec/241210_01-1_smartphone _seirei.pdf, 2025年2月27日最終閲覧)。

[4] スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する検討会「第2回検討会 議事録」(2024年10月25日)(https://www.jftc.go.jp/file/241025_gijiroku_2.pdf, 2025年2月27日最終閲覧)31頁〔稲葉僚太デジタル市場企画調査室長発言〕。

[5] 本誌429号(2025)13頁以下参照。

[6] スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する検討会事務局「第2回検討会 資料4 規制対象事業者の指定に係る基準」(2024年)(https://www.jftc.go.jp/file/2-4_ smartphone_jimukyokushiryou.pdf, 2025年2月27日最終閲覧)2頁によれば、総務省「令和5年通信利用動向調査」等をもとに推計したとされている。

[7] 滝澤・前掲注1)35頁。

[8] 公正取引委員会事務総局=経済取引局総務課デジタル市場企画調査室「『スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律第三条第一項の事業の規模を定める政令(案)』及び『スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律施行規則(案)』に対する意見の概要及びこれに対する考え方」(2024年12月10日)(https://www.jftc.go.jp/houdou/ pressrelease/2024/dec/241210_02_smartphone_publiccomment.pdf, 2025年2月27日最終閲覧)参照。

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