ICT雑感:バレンシアガのパーカーとメタバース
「僕、バレンシアガのパーカーを買いたいんだ」
今から2年程前、当時小学生の息子が夕飯時に突然口にした。バレンシアガといえば言わずと知れた高級ブランドであり、パーカーでも10万円を超えるものも少なくない。およそ小学生には似つかわしくないものではあるが、頭ごなしに否定するのも野暮かな、などと考えを巡らせていると、「自分のお小遣いで買うからいいでしょ?」とさらに続ける。よくよく聞いてみると、『フォートナイト』というインターネットを介して複数のプレイヤー間で戦うゲームの中で、キャラクターのデザインを変更できる「スキン」なるアイテムを欲しがっていることが分かった。
「実際にそのスキンを買うと、ゲーム内でどんなメリットがあるの?」と尋ねると、息子は「強くなれるわけじゃないけど、キャラクターをかっこよくできるし、他のプレイヤーに見られて自分をアピールできるんだ」と説明してくれた。ゲーム内でのスキンはあくまでキャラクターの個性表現に関連しており、プレイヤー間の競争力には直接的な影響を与えないというわけだ。『フォートナイト』や他の多くのオンラインゲームでは、一般的にプレイヤーは本名ではなく、ハンドルネームを用いて、仮想のアイデンティティを構築し、他のプレイヤーとボイスチャット等を通じて交流する。その際に、バレンシアガのパーカー(のスキン)が一役買うというわけだ。その後の会話で、ゲーム内のイベントで世界的に有名なアーティストがライブを行うこともあることを教えてもらった。米国の人気ラッパーのトラヴィス・スコットが新曲をゲーム内で披露したほか、韓国のBTS、日本からは米津玄師がバーチャルライブを行ったとのことで、トラヴィス・スコットのライブには1,200万人以上が参加したというから驚きだ。ライブが行われる日は、普段より多くのユーザーがゲームにログインするためサーバーがパンク状態で、ライブ開始の5、6時間前から接続待機することも珍しくないようだ。コロナ禍でイベントが制限されていたという背景もあるが、それ以上に3.5億人以上とも言われる同ゲームの登録ユーザー数あってのものだろう。当時、Facebook社が新たなコーポレートビジョンとして「メタバース」を打ち出すとともに、社名も文字通り「Meta」に変更したばかりということもあり、いよいよ本格的なメタバース時代が到来するかも知れないと感じたことを鮮明に覚えている。
それから2年たった今、当時の期待とは裏腹に「メタバース」という言葉自体、ややもするとがっかり感を伴うものとなってしまった。スピルバーグ監督が映画『レディ・プレイヤー1』で描いたような、多くの人々が普段の生活を送る仮想空間が生まれていないことはもとより、比較的実現性が高いと思われていた教育やビジネスでの利用も未だ限定的だ。Gartner社が毎年発表している「先進テクノロジのハイプ・サイクル」を見ると、2022年版では「黎明期」にある技術として期待されていたものの、2023年版では「『過度な期待』のピーク期」を通り過ぎ、一気に「幻滅期」に落ち込んでしまった。仮想空間の構築・運用の基盤を提供するUnity Software社は、メタバース関連銘柄の本命の1社と目されていたが、2021年11月時点で200ドル近くあった株価を2023年10月時点で30ドル前後まで落としてしまっている。果てして、これらの幻滅を乗り越え、本格的なメタバース時代は到来するのだろうか。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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