2019.12.13 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

台頭するギグ・エコノミーの光と影

ギグ・エコノミーとは

Uberドライバーを代表とするネットを通じて単発の仕事を請け負う働き方や、そうした働き方で形成される経済が活性化しており、それらは「ギグ・エコノミー(Gig Economy)」と呼ばれている。もともと「ギグ(Gig)」という言葉は音楽分野で使われており、ライブハウスなどでミュージシャン同士が短いセッションを行うことを指した。それが働き方の観点から単発や短期間の仕事のことを意味するようになった。

代表的なギグ・エコノミー

代表的なギグ・エコノミーの例としてはUberドライバーのような運転の他、配達、家事といった誰もがすぐに参画できるようなものから、プログラミングや人工知能の技術提供といった高度な専門スキルを提供するものまで幅広く存在している。それらはインターネット上の各種プラットフォームを介して、そのサービスを必要とする利用者(ユーザー)とサービス提供者(ギグ・ワーカー)がマッチングされる仕組みで成立している。

こうしたギグ・エコノミーは、従来のように特定企業に雇用されて労働を提供するという形式とは違う「働き方」を提供することに貢献している。

経済規模

米MasterCardの調査によると、ギグ・エコノミーは年々成長を続けており、米国におけるその経済規模は2018年に2,040億米ドル(約22兆円超相当)となっている。5年後の2023年にはその2倍を超える4,552億米ドル(約49.5兆円相当)に達すると予測されており、経済規模的に決して無視できない存在となっている。

米国におけるギグ・エコノミーの経済規模

【図1】米国におけるギグ・エコノミーの経済規模
(出典:Statista(MasterCard)をベースに情総研が加工)

基本は複数の仕事を掛け持ち

米国のギグ・エコノミーで働くギグ・ワーカーの仕事のスタイルを見ると、同じ時期に1つの仕事、プロジェクトだけに従事するのではなく、過半数が2つ以上の業務を同時にこなしていることが分かる(図2)。

 

米国におけるギグ・ワーカーの現在従事している業務またはプロジェクト数(2018年)

【図2】米国におけるギグ・ワーカーの現在従事している業務
またはプロジェクト数(2018年)

(出典:Statista(Morning Consult)をベースに情総研が加工)

グローバルに広がるギグ・エコノミー

ギグ・ワーカーの広がりとしてはUber始めサービスの親近感から、米国がまず想起されるが、ギグ・エコノミーは確実にグローバルに浸透している。

図3は国別にギグ・エコノミーのプラットフォームサービス利用者が収入源としてギグ・ワークをどう位置付けているかを表している。

ギグ・エコノミープラットフォーム利用者の収入源としての割合

【図3】ギグ・エコノミープラットフォーム利用者の収入源としての割合
(出典:Statista(BCG)をベースに情総研が加工

各国ともに共通しているが、利用者はギグ・ワークを主な収入源ではなく、副収入源としていることが見て取れる。

ギグ・ワーカーになるきっかけ

それではギグ・ワーカーになるきっかけは何か?これは世代によって特徴が分かれる。次ページ図4は米Prudential Financialが米国でギグ・ワーカーに対してその仕事を始めたきっかけを聞いた結果を世代別に示したものだ。

米国における世代別ギグ・ワークを始めた理由(2018年)

【図4】米国における世代別ギグ・ワークを始めた理由(2018年)
(出典:Statista(Prudential Financial)をベースに情総研が加工)

36-55歳、56歳以上の年齢層ともに共通して最も多かった理由としては「期日までに支払わないといけないお金が必要だった」という、経済的必要性に迫られて、ということが挙げられる。これはギグ・エコノミーがネット上のプラットフォームから提供され、手軽に始められることと、ギグ・ワーカーのほとんどが副業であることとも整合する。

その一方で、18-35歳までの若い世代では、ギグ・ワークを始めた理由として、「自分にとって重要なことのためにもっと時間が必要であった」が最も多く、次いで「自分の情熱を追求したかった」となっており、お金そのものではなく、時間の使い方や個人の自己実現、ライフスタイルの追求といった理由が多くなっていることが分かる。

また、56歳以上の層についても、積極的に何かを追い求めている訳ではないが、これまで組織で長年働いてきたことからの脱出手段として、「官僚主義から脱出してもっと自由がほしかった」という回答が、経済的理由の次につけていることは興味深い。

稼げるギグ・ワークは?

当然のことながら、ギグ・エコノミーにおいては単発で仕事を行うということは共通しているが、仕事の内容はそれぞれ異なる。米国での例を見ると時間当たりの賃金に直して高い報酬を貰えるのは、人工知能、ブロックチェーンそしてロボティクスといった高い専門性と技術を必要とする分野となっている。特に人工知能の分野は需要の拡大に労働市場が追い付いていない状態が続いており、時給換算で115米ドルを超えている(図5)。

米国で最も報酬がよいギグ・ワーク

【図5】米国で最も報酬がよいギグ・ワーク(2018年)
(出典:Statistaをベースに情総研が加工)

徐々に稼げなくなる単純労働

市場が拡大し、人工知能といった高度技術を持つ者がギグ・エコノミーにて高額な時給で求められている一方で、逆に徐々に稼げなくなっている職種もある。JPMorgan Chaseは2013年、2015年、2017年のオンラインプラットフォームを利用したギグ・ワーカーの平均月額報酬の推移を発表している。次ページ図6のグラフはこの調査での運送・配達について抜粋したものだが、その報酬は年々低下しており、2017年の時点で2013年と比べ約半額となっている。

つまり、ギグ・エコノミーの認知拡大で、参入障壁が低い運転手や配達といった業務では供給側の人数が急激に増加し、このことが一人当たりの平均報酬の低下を招いたと考えられる。

オンラインプラットフォームを利用した ギグ・ワーカーの平均月額報酬 (輸送・配達分野を抜粋)

【図6】オンラインプラットフォームを利用した
ギグ・ワーカーの平均月額報酬
(輸送・配達分野を抜粋)
(出典:Statista(JPMorgan Chase)をベースに
情総研が加工)

ギグ・エコノミーの影

ジェームズ・ブラッドワース著『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』(光文社)という極めてショッキングなタイトルの本がある。これはタイトルに記載された各企業への英国での就業時に著者自らが体験したことを書いたルポルタージュだ。著者の思想的な偏りは否めないところがあるが、実際に各社から著者へ提供される労働条件や環境についての記述は興味深い。Uberドライバーを行っていた際の記述について、以下に一部を抜粋する。

「このシステムについてもっとも注目すべき重要な点は、いったんアプリにログインしてしまえば、どの仕事を引き受けるかについてドライバーに選ぶ権利はほぼないということだ。つまり、ほとんどの場面においてドライバーは、ウーバーのアルゴリズムに指示されたところに行かなくてはいけないことになる。真夜中に40分かけてロンドンの反対側に行き、また戻ってこいとアプリが指示すれば、ドライバーはそのとおりにしなければいけない。さもなければ、ウーバーから罰を受けることになるだけだ(まずアプリからログアウトされ、次に事務所に呼ばれ、最後にはアカウントが永久に無効化されてしまう)。」

【出典】ジェームズ・ブラッドワース 『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した~潜入・最低賃金労働の現場~』 (Kindle の位置No.3599-3605) 光文社、Kindle 版.

このように、当然ドライバーは条件次第でマッチングをキャンセルできるが、そうすることでドライバーの評価等に何らかの不利益が発生するため、供給過多になりつつあるドライバーは不本意な条件でも受け入れざるを得ず、システムやアルゴリズムに人間が振り回されていることを著者はこの本を通じて強調している。

求められるバランスとこれからの働き方

筆者は海外出張時にはUberを多用するため、その利便性に非常に恩恵を受けていることを感じる。

その一方で、提供側の労働条件が実際には過酷となっているとすると、それは利用者としては決して望むところではない。持続的なサービスとして、利用者、プラットフォーム提供者、ギグ・ワーカーとの間で適正に金銭と労働環境のバランスがとれる仕組みが出来上がることを期待したい。

昨今、日本において「働き方改革」がいたるところで提唱されている。そして、これまで通常の企業では困難であった副業解禁が徐々に広がりつつある。これまで会社勤めしか経験のない個々人が副業を始める際に、各種プラットフォーマーが提供するサービスは日本においても各個人へギグ・エコノミーへの参加を促していくことだろうし、その流れが拡大していくことは間違いない。しかし、まず個人が新しい働き方を始める際に気を付けないといけないことは、結局は「自分が提供できる付加価値は何か」という点だと考える。それを明確に見失なわずにいれば、ギグ・エコノミーは個人とって強力なツールとなることだろう。

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