2023.12.13 InfoCom T&S World Trend Report

EUで進む「公正な貢献」制度の議論

欧州委員会は2023年2月23日、ギガビット・インフラ法(Gigabit Infrastructure Act)草案、「公正な貢献(fair contribution)」に関する議論を含む「電子通信インフラの将来に関するコンサルテーション[1]」、およびギガビットコネクティビティを促進するための勧告草案を発表した。以下ではこのうち「公正な貢献 (fair contribution)」の背景に焦点を当てる。

通信事業者は長年オンライン・プラットフォームが膨大な量のデータを消費しているにもかかわらず、その容量にかかる費用を支払わないことに対する不満を訴えてきた。大手ITと通信業界の力の不均衡に対処する目的で、デジタル市場法が制定されたことは周知のとおりである。通信事業者(および関連業界)は、EUデジタル化10年計画(2030 Digital Compass: communication on the 2030 Digital Compass)のコネクティビティ目標の下における膨大なインフラ投資を控えている。「公正な貢献」コンサルテーションは大手ITがどのようにしてインフラ投資のコスト負担に参加できるかを検討する作業である。

「公正な貢献」のバックボーン
~「デジタルの権利と原則に関する欧州宣言」

今回のように市場参加者にインフラ投資の負担を求めるような仕組みは何に基づいているのか。その背景にあるのが以下の宣言である。

欧州議会、欧州委員会、欧州理事会は2022年12月15日、「デジタル10年に向けたデジタルの権利と原則に関する欧州共同宣言(European Declaration on Digital Rights and Principles for the Digital Decade)[2]」に署名した。

この厳粛な宣言は、「欧州の価値観とEUの基本的権利に基づき、普遍的人権を再確認し、すべての個人、企業、社会全体に恩恵をもたらす、人々を中心に据えたデジタル変革のための欧州の在り方を推進する」ことを目的としている。同宣言は、コネクティビティ、人工知能、プライバシー、デジタル・インクルージョンのほか、教育、環境、労働環境、サステナビリティなど極めて幅広い分野を取り上げている。

宣言には法的拘束力はない。既存のEU法の内容に影響を与えることなく、その上に構築されるものである。EUとその加盟国がそれぞれの権限の範囲内で、「政治的コミットメントと責任を共有する」とされ、加盟国と欧州委員会が、2023年初めに発効した「デジタル10年政策プログラム」で定められた2030年に向けたデジタル目標の達成に向けて協力する際の指針となる。欧州委員会は2022年1月に宣言案を発表していたが、最終的なテキストは当初のものと大きな違いはない。

宣言は「チャプター2 連帯とインクルージョン(Chapter II: Solidarity and inclusion)」において

「我々は以下を約束する。……
c. デジタルトランスフォーメーションの恩恵を受けるすべての市場関係者が社会的責任を果たし、EUに住むすべての人々の利益のために、公共財、サービス、インフラの費用に対して公平かつ相応の貢献をするための妥当な枠組みを策定する。」

と述べている。

その「枠組み」が策定されれば、この権利は通信業界にとっては、デジタル経済の深化で潤うビッグテックにEUデジタル化計画で必要となる膨大なインフラ建設のコスト負担への参加を義務付けることを可能にできる。これは事実上、インフラ投資に対する補助金であり、欧州市民の便益に資することになるビッグテックに対する間接税の役割が期待されていることになる。

現実として、どのように貢献額や受領額を定めるかが重要になるが、既にコンテンツアプリプロバイダーの大手一部(Alphabet、Amazon、Apple、ByteDance、Meta、Microsoft)は2022年デジタル市場法の下でゲートキーパーとして規制対象に指定[3]され、追加的な規制の下に置かれている。これら企業はISPの求めに応じて、ネットワーク使用のコストに対する公正かつ適切な支払いを行うための交渉および協定締結を行う義務も負うとみなされる[4]。だが、公正な額の貢献とは何か、それを確実にインフラ投資に振り向けるメカニズム、すなわち事業者の利潤として蓄えられるなど消費者利益に結び付かない資金に変わらないようにするための設計はどうするか、など多くの検討事項が横たわっている。

詳細なコンサルテーション

多くの電子通信ネットワーク事業者は、大規模なデジタル・コンテンツおよびアプリケーション・プロバイダー(CAP)が、超大容量ネットワーク(VHCN)の展開に貢献すべきだと考えている。

コンサルテーションで提示されたアンケートでは、

  • ネットワークの仮想化、クラウドべースRAN、6G、低軌道衛星通信などの今後10~20年の技術および市場の見通し
  • データトラフィック増大が引き起こす電子通信事業者各社の投資増分コストのデータ目安、ならびに投資予想
  • CAPのデータトラフィック増大に対する課金を求める場合のハードル

といった技術に関する項目のほか、

CAPおよび大規模トラフィック発生企業(large traffic generator)からのコントリビューションメカニズム(ISPやネットワーク事業者への直接的な支払いか基金への集中か)の在り方について尋ねる質問が並ぶ。質問内容は、そのほかにも多岐にわたっている。

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投資と暗黙の税

国際的な波及も狙う

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] 意見提出は5月19日締め切り。https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/consultations/future-electronic-communications-sector-and-its-infrastructure

[2] https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/library/european-declaration-digital-rights-and-principles

[3] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/QANDA_20_2349

[4] 例えばデジタル市場法前文(42)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=uriserv%3AOJ.L_.2022.265.01.0001.01.ENG&toc=OJ%3AL%3A2022%3A265%3ATOC

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