2022.8.30 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

価値を高める行政手続きオンライン化に向けて

行政手続きオンライン化の取り組みの経緯

行政の手続きについては、窓口に行くことや申請書の記載が面倒、手続きに時間がかかり待たされる、受付対応時間が短いといった声が聞かれます。その解決策として求められるのが、手続きのオンライン化ですが、これについても、利用するまでの準備が面倒、サービスが使いづらいなど、利用者から必ずしも評判がよくありません。周知のとおり、新型コロナ禍における特別給付金支給の申請に際しては、混乱が生じました。そこで浮き彫りになった課題がその後の国のデジタル改革の動きにつながったことも記憶に新しいところです。

行政手続きのオンライン化の取り組みは、最近始まったものではなく、本格的な取り組みが進められてから、実に20年以上が経っています。その間、行政手続きオンラインサービスの改善の取り組みが進められてきました(表1)。

【表1】行政手続きオンライン化に関する主な取り組み経緯

【表1】行政手続きオンライン化に関する主な取り組み経緯

これだけの期間、取り組まれてきたにもかかわらず、未だ評価が必ずしも芳しくないのはなぜでしょうか。行政手続きのオンラインサービスの利活用が、民間に比べて遅れがちであるのには、背景として、以下のような根本的なところに理由があると考えます。

行政手続きのオンライン化が進みにくい理由

利用者側の理由:

利用機会・頻度が相対的に少ないこと

読者の方は、個人として、どれだけ行政に申請・届出等の行政手続きを行う機会があるでしょうか。多くの方は、確定申告や証明書の交付、子育てや介護等の個別の手続き等、年に数回程度というのが平均的ではないでしょうか。行政手続きは誰にとっても必要なサービスである一方、利用頻度が少ないのが特徴です。頻度が少ないがゆえに、オンラインによるサービスが提供されていること自体、知られていないということも多いのではないかと考えます。

このような利用頻度が少ないサービスに対しては、利用の準備に必要ないわゆるスイッチングコストがより大きなハードルになります。行政手続きをオンラインで行う場合、本人確認等の厳密性が求められる手続きではマイナンバーカード(公的個人認証)が必要な上、カードリーダー、端末環境設定等が必要なものもあります。そのマイナンバーカードも即日交付されないとなると「今回は窓口で済ませよう」となりがちです。

利用者の層が幅広い

行政サービスは、民間のサービスと違って、デジタルサービスを好んで利用したい層にだけ提供すればよいサービスではありません。情報機器やネット環境に必ずしも慣れていない利用者も対象になり、オンラインサービスを普及することに一段むずかしさがあります。

提供者側の理由:

新たな業務負担・コスト負担を生みがち

民間においてオンラインサービスは、収益を生む顧客とのチャネルです。そのため思い切った投資も可能であり、そのサービスレベルは利益に直結し、サービス改善のモチベーションも高く保てます。また企業の判断で、窓口サービスを削減したり廃止したりすることの自由度もあります。これに対して、行政では、従前からの窓口を直ちに廃止することは困難です。このため行政手続きのオンライン化を図ることは、システム導入・運用コストに加え、窓口業務との二重管理や新たな業務負担を増やすことにつながりかねず、取り組みの腰を重くさせています。

安全性が優先

行政手続きは、利用者の重要な権利・義務に関わることや個人情報に関わる内容が多く、社会的に間違いが許容されにくい性格のものです。「間違いを起こさない」「安全性確保」が重視され、オンライン化に際しても保守的で、使い勝手の悪いシステムになりがちです。

近年の環境変化

一方、行政手続きオンライン化の取り組みが始まった20年前と現在を比べた場合、環境は大きく変わってきています。

例えば20年前に比べ大きく環境が違う点として、スマートフォンの普及が挙げられます。スマートフォンを活用することで、オンライン化のハードルを下げることができます。

また、マイナポイント付与等の普及促進施策の成果もあり、マイナンバーカードも、2022年度末に普及率100%という国の目標達成にはほど遠いものの、ようやく全国平均で半数近い45.9%(2022年7月末時点)[1]まで普及してきています。

現在、住民にとって一番身近な地方自治体の行政手続きに活用されるサービス・システムとして表2のようにさまざまなものが揃ってきています。行政手続きオンライン化のための専用のサービス・システムの他、SNSサービスが進展し、利用者が慣れているプラットフォームの活用も選択肢になってきています。

【表2】地方自治体の行政手続きに関する主なサービス・システム

【表2】地方自治体の行政手続きに関する主なサービス・システム

行政手続きにおけるオンライン決済手段は、当初電子納付(Pay-easy)が中心でしたが、より手軽に使いやすいクレジットカードやモバイル決済等多様な決済サービスがオンラインで利用できるようになっています。

このような環境変化を捉えながら、行政手続きサービスの向上を図っていくことが求められます。

今後の方向性

行政サービスのオンライン化を一層進め、その価値を高めるために、今後以下のようなことに取り組んでいくことが重要と考えます。

行政手続きサービスの全体のデザイン

行政手続きにも、発生する権利・義務やセキュリティ確保の面で厳重な本人確認が必要なものと、厳密性を求めないものが混在しています。特に後者については、スマートフォンやSNS等利用者にとって馴染みのある手段を積極的に活用し、事前準備を含め、極力オンラインで完結することで、利用に当たってのハードルを下げ、利用者の利便性を向上させることが期待できます。

民間のサービスでは、利用者の行動を「カスタマージャーニー」として捉え、利用者目線でスムーズなサービス利用や購買を促すよう、顧客との接点全体を設計し、サービスの提供が行われています。

行政においても、利用者の視点で最適なサービスを適材適所で選択し、窓口や広報媒体等を含め、全体をデザインすることが必要と考えます。

オンライン起点の業務・システムの改革

行政手続きサービスも、今後は原則デジタル化され、オンラインサービスへとシフトしていきます。現在行われている行政手続きサービスのオンライン化は、窓口サービスの置き換えから始まったものであり、必ずしもデジタル処理を起点としていません。

今後は、まさに「行政のデジタル化に関する基本原則」の「デジタルファースト」「ワンスオンリー」「コネクテッド・ワンストップ」に沿って業務・サービスの組み直しを行い、利用者にとって便利であるとともに、オンライン化が進めば進むほど、業務負担も減る仕組みに変えていく必要があります。大前提として、行政間の一貫したデジタル処理を進め、不要な手続き自体を削減することも必須です。

対面審査・相談もオンラインに

行政手続きには、対面での相談や説明、審査を伴わないと対応がむずかしい内容のものがあり、サービスのオンライン化のひとつのハードルとなってきました。このような手続きについては、新型コロナ禍で一気に普及が進んだWeb会議システムやビデオ通話等を組み合わせることで、オンライン化を図れる可能性があります。またオンラインサービスの利用に当たってのサポート手段としての活用も考えられます。ただし、利用者目線で使いやすいサービスとするには、まだソリューション面での工夫の余地がある領域です。優れたサービスの登場が待たれるところです。

住民との新たなチャネルとして

オンラインサービスの仕組みは、住民と行政をつなぐ新たなチャネルであり、窓口や紙では困難であった住民とのインタラクションを可能にする手段となり得ます。オンライン化の仕組みを既存の手続きオンライン化というだけでなく、行政と住民との接点として捉え直し、行政や住民にとって新たな価値創出の手段として活用していくことも、視点として必要ではないかと考えます。例えば、今後、行政の政策・施策の実施に当たってはEBPM(Evidence-based policy making)の取り組みが求められます。政策・施策の効果検証に当たっては、住民の意見や評価等を反映する仕組みが不可欠になります。オンラインサービスの仕組みを、住民の意見や評価を収集するツールとして積極的に活用するような取り組みも一案として考えられるのではないでしょうか。

[1] https://www.soumu.go.jp/kojinbango_card/kofujokyo.html

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。



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