ICT雑感:商用化目前?――ヒューマノイドに立ちはだかる"常識"の壁

「こんなこといいな できたらいいな あんなゆめ こんなゆめ いっぱいあるけど……」[1]
子どもの頃、ドラえもんの主題歌を口ずさみながら、未来にワクワクしていた。いつも励まし、困った時に助けてくれる、かけがえのない友達のような存在。「こんなロボットがいたら」と願っていたし、同じように思っていた人も多いはずだ。
いま、2020年代も半ばを迎え、AIやロボット工学が飛躍的に進化する中で、私たちはいよいよその"夢"の実現を目前にしているのだろうか?
最近、人型ロボット(ヒューマノイドロボット)に関する話題を目にする機会が増えている。TeslaのOptimusに代表されるように、人間のように二足歩行し、物を運び、スクワットをしたり料理を手伝ったりするロボットが次々と紹介されている。一見すると、いよいよそんな時代が来たのかと、そう思わずにはいられない。
こうした未来の到来について、OpenAIの最高経営責任者(CEO)サム・アルトマン氏は、2025年5月21日に「The Humanoid Hub」というYouTubeチャンネルが公開したインタビュー動画[2]の中で、次のように語っている。
「AIは間違いなく多くの仕事を変えていくだろう。一部の仕事は失われ、また新たな仕事が生まれる。それはテクノロジーの進歩では常に起きてきたことだ。実際、人類の歴史を振り返れば、それはずっと繰り返されてきた」
「だが、世界はまだ"その瞬間"を迎える準備ができていないと思う。多くの人が漠然と『AIが自分より優れたプログラマーになるかもしれない』とか、『カスタマーサポート業務でもAIに置き換わるかもしれない』と考えてはいる。けれど、街中を複数の人型ロボットが歩いている光景を、私たちはまだリアルに体験していない」
「ある日、街を歩いていて、7体の人型ロボットが目の前を通り過ぎる。そんな光景が現れたら、それはまるでSF映画のように感じるはずだ。そして、その瞬間、人々は直感的に"人間がやっていた多くのことを、ロボットが担う時代が本当にやって来たんだ"と感じるようになる。私は、それがそう遠くない未来に起きると思っている」
ChatGPTという、一昔前ならまるでドラえもんの"ひみつ道具"のような機能が、今では日常生活や仕事の場面で欠かせない存在になりつつある。その開発元であり、AIの進化をけん引する世界的企業の代表がそう語るのなら、こうした未来の到来に一層の現実味が感じられる。
だが、果たしてそうなのだろうか。
実際には人型ロボットが職場や家庭で「人間の代わり」として自然に受け入れられるには、なお多くの課題があるとされている。
中でも最も根深いのが、「人間らしい常識」をどのように理解させ、それを行動にどう反映させるかという点だ。
この「常識」について、AI研究者のゲーリー・マーカス氏とニューヨーク大学のコンピューター科学教授アーネスト・デービス氏は、2025年1月6日付のブログ記事「AI Still Lacks Common Sense – 70 Years Later」[3](仮訳:「AIはいまだ常識を欠いている――70年後の現在も」)の中で、次のように論じている。
「人間にとって当たり前のことが、いまだに機械には当たり前ではない。AIに常識を理解させることは、"fiendishly difficult(悪魔的に困難)"であり、これは70年前から未解決の中心課題であり続けている」
さらに2人は、信頼できる常識をAIに持たせるための近年のアプローチについても言及している。具体的には、①物理シミュレーション(仮想環境で物理法則を再現する手法)、②大規模言語モデル(LLM)を用いることで、膨大なデータから常識が自然に"創発"されるという考え、③OpenAIの映像生成AI「Sora」のような汎用ビデオ生成システムによって、映像から物理的な推論を行う手法の3つが注目されてきたが、いずれも本質的に限界があると指摘している。
つまり、現状では、AIやロボットがどれほど流暢に会話できたとしても、それだけで人間のような「文脈理解」や「社会的判断力」を完全に備えた存在になることは、まだ難しいということである。
例えば、実際の開発現場では、植物に水をやるよう指示されたロボットが、「じゃあ、あの人にも水を掛けて」と冗談めかして言われた際、それを冗談と理解できず、区別なく実行してしまったという逸話が専門家の間で半ば笑い話として共有されているらしい。この話は、先日、米国在住のICT専門家から聞いたもので、次のような見立てだった。
「ニュースを見ていると、人型ロボットがあたかも今後2、3年で実用化されるかのような印象を受けることもある。でも、第一線の現場で開発に携わる人たちからすれば、依然としてクリアすべき課題は多く、本格的な実用化にはまだまだ時間がかかるというのが実際の温度感だ」
加えて、ハードウェア面の課題もある。現在のヒューマノイドロボットは、バッテリー稼働時間が2~3時間程度にとどまっているモデルが多く、長時間の労働には向いていない。人間の筋肉に相当するアクチュエーターも、しなやかさや安全性、繊細な動きという点で、現状では人間の身体にまだ及ばないのが実情だ。
これらの技術的課題が解決されたとしても、「過失でロボットが他人を傷つけたら、家財道具を破損させたら、誰が責任を負うのか?」といった法的・倫理的問題もあるだろう。これは、自動運転車をめぐる議論にも通ずる問題である。
それでも、アルトマン氏が言うように、世界は確実に"その瞬間"に近づいている。
「私たちは常に、AIの影響についてできる限り正直に語ろうとしてきた。もちろん、多くの予測は外れるだろう。でも、それでも向き合うべきだと思っている」
いつの日か、ロボットたちが夜には自宅のコンセントに据え付けられた充電型ベッドに「あぁ、今日も疲れたなぁ」とつぶやきながら戻り、翌日の業務に備える――そんな未来が当たり前になるかもしれない。そして、ロボットが眠っている間(充電中)にクラウドから、新たな家事対応サービス機能の追加や修正などが日々行われるような未来がやって来るだろう。
そのとき、私たちにとって何が求められるだろうか。それは、ロボットに「何ができるか」ばかりを期待するのではなく、「何をさせるべきか」を正しく判断できる、"常識"と倫理観を、人間として持ち合わせていることかもしれない。
[1]「ドラえもんのうた」より引用(作詞:楠部工、補作詞:ばばすすむ、作曲:菊池俊輔、歌:大杉久美子)
[2] https://www.youtube.com/watch?v=AGEBOZzqmUA
[3] https://garymarcus.substack.com/p/ai-still-lacks-common-sense-70-years?utm_source=chatgpt.com
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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池田 泰久 (Yasuhisa Ikeda)の記事
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