2018.1.1 ITトレンド全般 風見鶏 “オールド”リサーチャーの耳目

SIMのイノベーションが進む-マルチプロファイルSIMとeSIMの取り組み-

2018年、明けましておめでとうございます。新年恒例なのでICTに関して今年はどのような年になるのか予想したいところなのですが、残念ながら特定のサービスや製品では新しく注目を集めるものについて私自身語れる材料がありません。申し訳ありません。きっと当社情総研の研究員が例年同様に予測をレポートしてくれると思いますのでそちらを御覧下さい。

ここでは近い将来に大きな変化をもたらすと感ずることがありましたので取り上げてみます。昨年11月28日にNTTドコモがマルチプロファイルSIMを開発したと発表しました。オランダのジェムアルト社と「通信サービスのご利用に必要な電話番号や契約内容などの加入者情報(以下、プロファイル)を1枚のSIMに複数社分格納し、渡航国や地域に応じてプロファイルの切り替えが可能なマルチプロファイルSIMを開発しました」との内容で、スマホやタブレットを利用した音声通信やデータ通信など人の利用を想定したものでは世界初とのコメント付きでの発表でした。

このマルチプロファイルSIMは通信事業者との接続に必要なプロファイルを1枚のSIMに事前に複数(今回の開発では6社分)格納し、滞在国や地域に応じて利用するプロファイルを自動的に切り替えるSIMアプリケーション(アプレット)を実装していて、またジェムアルト社の持つ高いセキュリティ技術ノウハウを活かしたものとなっています。今はタイのTrueMoveHとベトナムのVNPTの2社を提携先とした実証実験の段階(2017.12.1~2018.3.30)ですが、2018年度内のサービス開始をめざすとのことです。さらに、プロファイルの自動切替えに加えて、手動でのプロファイルの切替えも可能で利用シーンに応じた柔軟性を確保しているので、多様なサービス内容が想定できる勝れ物です。このSIMを利用すれば、これまでの渡航先でのローミングサービス利用や現地通信事業者のSIMへの差し換えなどを行わずに、そのまますぐに現地通信事業者のサービスが受けられることになり、利用者の選択肢が広がり利便性が一層向上することになります。

他方、このマルチプロファイルSIMでは端末実装に依存する機能を利用するためスマホやタブレットの機種によっては正常に動作しない場合があるので注意が必要です。ただ、後述する類似の機能を持ち先行して提供されているeSIMと比べると、対応機種が限定されているeSIMよりはより多くのスマホ・タブレットで利用できるようです。eSIMとの関係には結構悩ましい事情がありそうです。でも、SIMの分野にも、SIMフリー端末の増加だけでなく、いろいろなイノベーションが起こって新しいサービスが生まれてきていることがよく分かります。モバイル通信事業者にとっては新しいレジームチェンジの始まりかも知れませんので新たな挑戦です。

このマルチプロファイルSIMを利用したサービスの本格化には、当然通信事業者間の交渉と決め事が必要で、現在はまだ技術検証が済んだ段階なのでサービス開始までの道のりを思うと気が遠くなる感じがします。NTTドコモの今回の発表でも「現時点でのサービス提供時期、提供対象の国や地域、契約形態、ご利用条件などは未定です」とあるように、通信事業者間の相対の交渉には各国・地域の法制度、規制、商慣習、事業戦略などを踏まえた通信事業者間の利害(損得)調整が絡むので困難が想定されます。しかし、利用者の後押しがある以上、当事者として進めないといけません。その際、やはり交渉当事者としては今回の技術検証でも基盤となった既存の提携関係「コネクサス・モバイル・アライアンス」を活用することが何よりの近道と思います。このコネクサス・モバイル・アライアンスは2006年4月に発足して10年以上の実績があり、現在はNTTドコモも含めアジアの通信事業者9社がメンバーとなっていて、相互のビジネスや観光、留学など人の交流の多いところなので、今回のマルチプロファイルSIMの活用が大いに期待できるアライアンスです。ここで、一定のサービス(MVNOなどを含めて)方式や契約形態、料金水準や請求・決済方法などを通信事業者間の基本規約(憲章のような)の形で取りまとめて考え方と取り組みをアライアンス内で共有しておくことが先決ではないかと考えます。過去を振り返って、ローミングサービスの発展・拡充の過程での相対交渉の煩雑さを思い出して大変でしょうが新しい基本原則作りに取り組んでもらいたいと思います。これこそ利用者・消費者のためです。

ところで、マルチプロファイルSIMと類似のものにeSIMがあり、こちらには既に世界で多くの通信事業者やベンダーが参入しています。eSIMには、M2Mモデルとコンシューマーモデルの2タイプがあり、前者のM2Mモデルでは2014年6月30日にNTTドコモが法人向けに提供を開始しています。これは「docomoM2Mプラットフォーム」を利用する法人向けのソリューションとして提供するもので、単一のeSIMを機器や製品に組み込んで後から輸出先の通信事業者の電話番号等のプロファイルを随時書き込むことを可能としています。遠隔からeSIMのプロファイルを管理・制御するもので、サブスクリプションマネージャー(SM)というネットワーク側の回線管理プラットフォームによって行います。このM2Mモデルには既に輸出企業(自動車や建設機械など)に実績があり、BtoBtoXのサービスの流れを形成しています。ただ、もう一方のコンシューマーモデルのeSIMには、通信事業者が通信機器と一緒にSIMを提供する(利用者にSIMを貸出す)という確立した事業モデルへのダメージを懸念する向きがあり標準化が遅れていましたが、昨年2月23日にNTTドコモが“コンシューマ機器向け「eSIMプラットフォーム」を開発-SIMカードへの加入者情報の遠隔書き込みにより、お客様の利便性向上を実現-”を発表して、利用者端末からプロファイルを遠隔で即時にSIMに書き込むことができるようになっています。さらに、このeSIMプラットフォームに対応した端末として、昨年5月に「dtab comact d-01」を発表しています。

現在までのところ、このコンシューマーモデルのeSIMはデフォルトでドコモ回線のプロファイルが格納されていて他の通信事業者のプロファイルの設定を行っておらず、店頭での作業効率向上や契約者の開通手続きの簡素化などのメリット追求がeSIM採用の理由となっています。eSIMは契約者が自分で遠隔からプロファイルを書き込めることから、渡航先で現地通信事業者のプロファイルを設定して利用できる利便性の向上だけではなく、そもそも契約者が自分で通信事業者を選択して開通できるという、これまでの通信事業者が築き上げてきた事業モデルをレジームチェンジする可能性があり、関係者間に利害得失を巡り懸念や思惑が広がっています。NTTドコモでもコンシューマーモデルのeSIMの提供が始まっているものの、現実にスマホ・タブレットでの海外通信事業社のプロファイルを書き込むサービスは提供しておらず通信事業者間の交渉には至っていないとのことです。この通信事業者間の取り決めといういわばサービス面のプラットフォーム構築は、前述のマルチプロファイルSIMが自動的にプロファイルを切り換える機能を有しているので通信事業者間をまたがってサービスを行う必然性があり、関係者間の交渉・調整が先行して行われることでしょう。ここで10年以上に渉りアジア地域をカバーして活動してきたコネクサス・モバイル・アライアンスの役割に一層の期待が集まります。

イノベーションと言えばこれまではネットワーク(5G、IoTなど)、デバイス(スマホ、タブレット、VR、ウェアラブルなど)、ITサービス(AI、ロボット、ビッグデータなど)に集中してきましたが、最近になってSIMにまでその流れが及んできていることに、モバイル通信事業者はこれまで以上に注意して対応していく必要があります。現に昨年7月には、NTTコミュニケーションズが「日本でMVNOとして初めて、eSIMの実証実験を開始」を発表しています。SIMの取り扱いの弾力化・自由化は大きな事業構造の変化をもたらします。しかし、利用者・消費者が求める流れ、利便性の向上の動きは避けられません。レジームチェンジに対応するしか途はないのです。通信事業者も国境を越えて、他国・地域でMVNOや通信再販(小売)サービスの形をとって、その国の通信事業者と連係してeSIMやマルチプロファイルSIMなどの新しいSIMイノベーションを活用する途を探る時です。

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