2020年5月29日掲載 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

スマート農業の社会実装に向けた経営効果の重要性 ~大規模稲作経営体における現地観察研究結果を例に



本稿は、No.357(2019年1月発行)に掲載したレポート「農業ICTによる経営改善効果~稲作栽培の現地観察研究から見えてきたこと」で紹介した実証研究報告の続編である。

実証研究では、水田センサと自動給水栓を利用した稲作栽培における経営効果を3年間にわたり検証した。本稿ではその結果を報告し、そのうえでスマート農業が普及するために必要な方策について検討する。

米をめぐる環境変化と秋田県の地域課題

稲作経営は長期にわたる米価下落の影響を受けて収益性が悪化しており、生産者は経営向上に向けて様々な施策に取り組んでいる。実証研究に参加した秋田県内の大規模稲作経営体では、販売先を自ら開拓したり、地域の水田を借り受けて経営面積を拡大したり、米以外の作物を栽培する複合経営を始めたり、飲食業運営により事業を多角化したり等、生産から流通・小売に至るまで新しい取り組みを取り入れながら経営の維持・発展に日々邁進している。

秋田県では、2022年度にデビュー予定の極良食味米「秋系821」、ブランド米として広く知られる「あきたこまち」、業務用としてもニーズのある多収米など様々なラインナップがあり、これらを供給先のニーズに応じて提供していく方針を打ち出している。その生産体制として、大規模経営体への農地集積や省力・低コスト安定生産技術の開発などを推進しており、ICTはそれを実現する技術のひとつに位置づけられている。

なぜ水管理の省力化が必要なのか?

稲作における水管理は、生育のコントロールや急な気象変動による稲への影響を和らげるなどの目的がある。田植えから稲刈りまで地域や品種ごとに適切な水温・水位があり、生産者は管理する水田1枚1枚の特性に合わせて管理をしている。米の品質や収量に影響することから高い技術・スキルが求められる業務であり、実証研究に参加した大規模稲作経営体では高い技術を有する経営層を中心に担当している。

これらにより経営層への負担が重なり、経営面積を急激に拡大している経営体においては、充分な水管理ができずに米の品質が低下したり、水管理作業の負担の大きさから経営面積を拡大できなかったりといった問題も起きている。そのため、水管理作業の省力化は喫緊の課題になっている。

水田センサと自動給水栓の導入による経営効果

通信機能を備えた水田センサや自動給水栓は、水田に設置して水位・水温のモニタリングから給水・止水までの作業を遠隔から一貫してできるもので、水田に赴く回数・時間を減らすことによる省力化を目指している。実証研究では、水田センサは株式会社イーラボ・エクスペリエンス、自動給水栓は積水化学工業株式会社が開発した試作品を使用し、秋田県内の経営規模拡大や複合化を推進、また高品質米安定生産を目指す大規模稲作経営体にて検証を行った。(図1)

【図1】水田センサと自動給水栓で構成される水管理省力化システムの概要

【図1】水田センサと自動給水栓で構成される水管理省力化システムの概要
(出所: 低コスト水管理省力化システムの開発・普及コンソーシアム「『農業経営体とのサービスサイエンス型水管理作業分析に基づく水管理省力化システムの低廉化と
社会実装へ向けた実証研究』研究成果報告書」2020年)

水田センサと自動給水栓を設置すると、水位確認だけ、給水・止水作業だけを行うために水田に行く必要がなくなることから水管理作業にかかる時間が削減された。削減率は設置した条件により差があるが10a当たり3~8割となり、水管理作業にかかる人件費削減効果は10a当たり133~3,114円と試算[1]した。水田センサのみ設置した場合も効果が得られた。その他の経営効果として、以下が挙げられる。

(a)ガソリン代の削減

水田までの移動には軽トラックを使うが、移動距離・時間の削減に伴いガソリン代も削減された。13㎞圏内に分散する水田のうち遠隔地エリアの水田に設置した例では、6月下旬の中干し前までに1,776円のガソリン代削減効果があると試算[2]した(1km当たりの削減額は12円)。

(b)除草作業の効率化

除草剤散布の際の適正な水位確保につながり、除草効果が向上した。それによって中後期の除草剤散布回数を減らすことができ、除草剤の経費や除草にかかる稼働が削減された。除草剤散布にかかる除草剤費用・作業時間の削減効果は10a当たり4,336円と試算[3]した。

(c)業務の効率化

水管理作業で削減した時間を他の作業に充当することができる。削減した時間は「なかなかできなかった稲の観察や雑草対策などの栽培管理」、「体制整備などの経営業務」、「地域活動」に充てたという声があった。出張先からスマホで水管理作業をしたという、従来の働き方を変える使い方も見られた。

(d)人材育成(栽培技術向上)

データの可視化は、栽培技術の向上につながる気づき・コツを得るきっかけになっている。具体的には「データの推移から新たに管理をしている水田の特性を把握するヒントを得て管理方針を決めることができた」、「直播栽培において重要な初期生育の水管理を精緻に行うことができて、その後の生育が順調であった」等が確認された。

(e)増収効果

秋田県には秋田県農業試験場が開発した高品質・良食味米を安定的に栽培できる技術がある。生育ステージに合わせて人為的に水位をコントロールして生育をコントロールしていくものであり、正確な水位管理が求められる。そこで水田センサと自動給水栓を用いて水位管理を行い、10a当たり9%程度の増収効果、さらに全量一等米で、玄米タンパク質6.0~6.4%という品質面の効果も得られた。(図2、表1)

】高品質・良食味米生産のための水管理体系

【図2】高品質・良食味米生産のための水管理体系
(出所:低コスト水管理省力化システムの開発・普及コンソーシアム「『農業経営体とのサービスサイエンス型水管理作業分析に基づく水管理省力化システムの低廉化と社会実装へ向けた実証研究』
研究成果報告書」2020年)

水田センサと自動給水栓を用いた水田の収量等

【表1】水田センサと自動給水栓を用いた水田の収量等
(出所:低コスト水管理省力化システムの開発・普及コンソーシアム「『農業経営体とのサービスサイエンス型水管理作業分析に基づく水管理省力化システムの低廉化と社会実装へ向けた実証研究』
研究成果報告書」2020年)

上記のほか、栽培期間中には近隣との水争い(筆者が同行調査で現地に行ったときには、水路に石や木を置いて、自分の水田だけに引き入れるように水の流れが変えられ、下流側は干上がっていた)や畦畔の崩れ、その他さまざまな理由により排水でトラブルが発生するということだが、現地に行く前に排水トラブルの発生有無が分かって心の準備ができるので、不安が軽減されるという声もあった。

得られた効果のうち時間短縮効果と増収効果から便益を試算したところ、10a当たり14,000円程度となった。(表2)

時間削減効果と増収効果による便益

【表2】時間削減効果と増収効果による便益
(出所:低コスト水管理省力化システムの開発・普及コンソーシアム「『農業経営体とのサービスサイエンス型水管理作業分析に基づく水管理省力化システムの低廉化と社会実装へ向けた実証研究』
研究成果報告書」2020年)

機器の設置場所や作業手順については、機器を設置するだけでは効果が限定的になる可能性があり課題となった。「いつもの習慣で、つい水田を見に行ってしまった」ということがあり、現場全体で活用されないためだ。現場全体で機器を活用するための仕組みと、生産者の主体的な取り組みが必要だ。実際にそうしてみたところ生産者は機器の活用を自分事化し、現場で役立つ利用方法を検討・実践し、効果を実感するようで、それがさらなる利用につながるという好循環が生まれた。

実証研究に参加した大規模稲作経営体の中には、得られたデータから生育のメカニズムを解明して高収量の栽培技術確立に向けた研究を始めたり、蓄積したデータを社員教育に活用したりしたいという経営者もいる。このような動きをふまえて大規模稲作経営体が享受し得る経営効果を整理すると、省力化やコスト削減の効果は短期的に得られる効果であり、そのほかに人材育成や収益力の向上といったデータの蓄積に伴って長期的に得られる効果がある。これらの経営効果はデータの蓄積やデータ分析の習熟度向上とともに、段階的に発現していくものと考えられる。

スマート農業の普及に向けて

企業がICT投資で成功するためには、投資のPDCAサイクルを回すこと、つまり事前評価と事後評価が重要だと言われている。経済産業省では、新たな価値創造、経営革新、収益水準・生産性の向上をもたらすICT利活用を行う企業の中から「攻めのIT経営銘柄」を毎年選定しているが、2018年に選定された企業の70%が「IT投資に対する事後評価のルール・プロセスを評価している」と回答[4]していることからもその重要性がうかがえる。さらに、事務局を務める一般社団法人日本システム・ユーザー協会によれば、「攻めのIT経営銘柄」に選定された企業の特徴として、「経営者がIT活用に積極的で、担当とのコミュニケーションが密であること」があるという。

農業においても同様に、事前評価と事後評価がスマート農業の導入判断や有効活用のためのアクションにつながっていくだろう。そのプロセスにおいては、経営者の積極的な関与が有効だと考えられる。実証研究における経営効果が評価材料として活用されることを期待してやまない。経営効果に関する研究成果を集約し情報提供する仕組みがあれば、必要とする経営者に情報を届けることができる。

地域には、行政・民間企業・研究機関・地域の組織などの産地の競争力を支えるステークホルダーが多数存在する。そのためスマート農業は産地全体で地域課題解決や産地力向上を目的に活用していく方向性もある。そのためには、スマート農業をインフラとして整備し、データドリブンな農業の実現やステークホルダー間の連携が促進できる機能の整備と技術提供が必要になると考える。

スマート農業が経営体の経営力向上や産地の競争力向上のために有効に活用されながら普及し、ワクワクする農業の未来が切り拓かれていくことを期待したい。

本稿で紹介した実証研究は、農研機構生研支援センターの革新的技術開発・緊急展開事業「農業経営体とのサービスサイエンス型水管理作業分析に基づく水管理省力化システムの低廉化と社会実装に向けた実証研究」(研究代表者:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構農業技術革新工学研究センター革新工学研究監 吉田智一)により実施した成果である。

[1] 削減金額:水管理削減時間×時間単価(国の統計資料に基づく水稲作全国平均10a作業単価より)
時間単価は、22,930円(直接労働費)÷14.36時間(直接労働時間)=1,597円/時間。

[2] 1㎞あたりガソリン代=ガソリン価格140円/ℓとして算出した。

[3] 除草にかかる時間は、農薬工業会を適用。https://www.jcpa.or.jp/qa/a6_18.html

散布する除草剤は、中・後期除草剤を想定。除草剤の種類や購入店舗により金額は異なる。

[4] 経済産業省「攻めのIT経営銘柄2018」(2018年5月30日)https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/report2018.pdf

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