ソブリンAIを巡る各国の動向 ~制度・投資・地域連携に見る多様なアプローチ~
1.はじめに
生成AIは、業務効率化や生産性向上をもたらす技術として、社会全体へ急速に普及してきた。2022年11月のChatGPT公開以降、文書作成や翻訳、要約などの用途が拡大し、多くの業務プロセスに組み込まれている。一方で、技術の進展と実用化の拡大に伴い、新たな課題も顕在化しつつある。
そうした背景として特に注目されるのが、生成AIが単なる作業支援ツールにとどまらず、意思決定のための材料整理や選択肢の提示、前提形成にまで活用範囲を広げている点である。企画立案、リスク分析、政策検討の補助などにおいて、AIが提示する情報が人間の判断の参考資料として用いられる場面は増加している。このように、利用者が意思決定に必要な材料をAIに依存し始める中で、AIシステムが「どこで」「誰によって」「どのようなデータや前提のもとで」構築・運用されているのかが、利用者から必ずしも明確ではないという問題が指摘されている(図1)。
こうした状況を受け、近年の各国の政策議論においては、「AIインフラをどこまで自国の管理下に置くべきか」という点が重要な検討テーマとなっている。
本稿で取り上げるEU、英国、シンガポール、日本は、生成AIを巡るこれらの課題に対し、制度、インフラ、地域連携、運用面において、それぞれ異なる対応を進めている。本稿では、これらの国・地域の動向を簡単に紹介し、各国のAIインフラの構築における前提と具体的な取り組みについて整理する。
2.ソブリンAI(Sovereign AI)を巡る政策論点-管理と依存のバランスという課題
ソブリンAIについては、現時点で国際的に統一された定義が存在しないが、一般的には、AIの開発、訓練、運用に必要となるデータ、計算インフラ、モデル、人材などを可能な限り自国内で管理し、国外への依存を抑制しようとする方針を指す。こうした議論は、2018年に施行された欧州(EU)の一般データ保護規則(GDPR)を契機として進展した、データ主権やデジタル主権を巡る政策議論の延長線上に位置づけられる。
生成AIの登場により、検討の対象は単なるデータ管理にとどまらず、モデルの挙動や判断の前提、さらには社会的影響へと広がっている。このような流れの中で、2024年3月にはNVIDIAのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)が各国政府によるソブリンAI構想への支援姿勢を示し、この用語が政策や産業の文脈で用いられる機会が多くなった。もっとも、各国における自前AI基盤構築の動きは、GPUなどの計算資源への需要拡大とも強く結びついている。そのため、ソブリンAIを巡る議論を読み解く際には、政策的な問題意識と産業的な動向が重なり合いながら進んでいる点に留意する必要がある。
3.EU:制度を起点としたAI管理の枠組み構築
EUは、新技術が社会に与える影響に対して、法制度を通じた対応を重視してきた地域である。その代表例が、2018年5月に施行されたGDPRである。GDPRは、個人データの取り扱いに関する責任の所在や管理方法を明確化し、EU域内に統一的な法的枠組みを提供してきた。
一方、生成AIの普及により、データ管理を超えた新たな課題が浮上している。AIが人間の判断の前提形成に関与するようになると、その影響は個別のデータ管理の範囲を超え、社会全体に及ぶものとなる。こうした問題意識を背景に、2024年5月に成立したのがEU AI法(EU AI Act)である。EU AI法は、人工知能(AI)に関する世界初の包括的な規制[1]であり、主要な規制当局による法制化として注目を集めている。
この規制法は、外部クラウド上で提供されるAIを利用する企業に対して、継続的なコンプライアンス対応を求める制度設計となっている(表1)。一方で、ローカル環境においてAIを管理・運用するという選択肢を制度面から後押しする側面も有している。これにより、EU域内における自律的なAIインフラ構築を促進する狙いがある。
EUを代表する民間主導のAI基盤構築例:Mistral AI
こうした政策環境のもとで成長しているのが、フランス発のAIスタートアップ Mistral AIである。同社は2023年4月、MetaやGoogle DeepMind出身の研究者によって設立され、短期間のうちにEUを代表するAIスタートアップの一社として注目を集めるようになった。
Mistral AIの特徴は、学習済みモデルをオープンソースとして公開している点にある。一般的な生成AIサービスは、外部クラウド上に構築されたシステムをAPI経由で利用する形態をとるため、利用者がAIの内部構造や挙動を直接管理することは難しい。これに対し、Mistral AIは学習済みモデルそのものを公開し、企業が自社のサーバーやローカル環境でAIを運用できる仕組みを提供している。
この方式により、企業は機密データを外部クラウドに送信することなくAIを活用でき、学習データの管理やモデルの挙動の検証、監査対応を自社内で実施することが可能となる。このような特徴は、EU AI法の下で求められる説明責任や透明性への対応という観点からも、実務上の有力な選択肢となっている。
さらに、2025年6月には日本への進出も発表されており、NTTデータとのエンタープライズ向け「プライベートAI」の共同展開に関する包括的な戦略提携が明らかにされている。
4.英国:成長戦略としてのAIインフラ国内確保
英国の取り組みは、規制主導のEUとは異なる方針から出発している。英国政府は2025年1月に「UK AI Opportunities Action Plan」を発表し、AIを国家成長戦略の柱に位置づけた。この計画では、経済安全保障の観点から、安全かつ持続可能なAIインフラの構築と同時に、AIがもたらす機会を最大限に活用することを目指している。
具体的な施策としては、自国製AI開発を主導するUK Sovereign AI部門の新設が挙げられる。あわせて、AI専用の計算資源、データ、人材といったAI研究資源(AIRR)を、現在の20倍以上に拡充する方針が示されている。さらに、国家的に重要性の高いプロジェクトに対する予算配分や、電力供給能力の高い地域を「AI Growth Zones」として指定し、AIデータセンターへの投資を誘致する取り組みなど、国内のAIインフラ整備を積極的に進める姿勢が明確にされている。
【参照ウェブサイト】
- EU Artificial Intelligence Act
(https://artificialintelligenceact.eu/) - UK AI Opportunities action plan
(https://www.gov.uk/government/publications/ai-opportunities-action-plan/ai-opportunities-action-plan) - Mistral AI(https://mistral.ai)
- Singapore SEA-LION (https://sea-lion.ai)
- 内閣府「人工知能基本計画(概要)」
(https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_plan/aiplan_g_20251223.pdf) - 日本経済新聞「ロボ向け国産AI開発、経産省1兆円支援 ソフトバンクなど新会社構想」(2025年12月21日)
(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA210CV0R21C25A2000000/)
InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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5.インフラを超えた論点:言語と社会文脈への対応
6.日本:実用を重視した段階的なAI基盤整備
7.おわりに
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] EU Artificial Intelligence Act(https://artificialintelligenceact.eu/)
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