2024.2.28 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

経済効果は5兆円!?AI信号機導入について

Image by Alberto Adán from Pixabay

1.国内でAI信号機が導入へ

日本における車両用信号と歩行者用信号の総数は207,738機[1]であり、これを1平方km当たりの密度で比較すると、英国の5倍、米国の16倍となり、世界最高である。都道府県別で挙げると、「東京」「愛知」「北海道」の順で特に信号機が多く、その都市部の車両平均時速は約15〜17km/hで、ランニング並みと例えられたりしているほどだ。また、もちろん安全であることが第一条件だが、特に地方や夜間などの誰もいない交差点で赤信号を待つときなど、ドライバーなら誰もが非効率に思った経験があるのではないだろうか。そうした交通の非効率は、ガソリン消費量やCO₂排出量の増加、労働の停滞による経済への損害など、様々なロスを生んでおり、SDGsの観点からも課題が多いといわれ続けている。

そんな中、2023年10月に警視庁より「渋滞対策の一環として人工知能(AI)に信号機を制御させる取り組みを始める」というニュースが発表された。具体的には「AIが交通量や平均速度といったデータをもとに30分後の渋滞の長さを40メートル以下の誤差で予測し、スムーズな走行を手助けできるよう青信号の長さを迅速に調整する」とのことだ。警視庁では2022年度からAIによる交通予測精度や実効性を確認しており、まず、国内数カ所の交差点の信号機制御をこのAIに切り替えて効果を検証したのち、導入を広げていく方針であるという。

2.日本の渋滞事情とは

位置情報テクノロジーの世界的事業者であるオランダのトムトム(TomTom)は、2023年3月に世界の交通状況の年次レポート「トムトム・トラフィック・インデックス 2023年版[2](調査期間:2022年1月1日〜2022年12月31日)」を発表している(図1)。

【図1】トラフィックインデックスランキング

【図1】トラフィックインデックスランキング
(出典:Tomtom社)

これによると、世界で最も渋滞が激しい都市(超都心を中心に半径5km以内のエリア)は、10kmの走行に平均36分以上(時速17km)が必要な英国のロンドンであった。日本も札幌エリアが4位、名古屋エリアが9位、東京エリアが22位と3つの都市が上位にランクインしており、日本の都市部における交通渋滞の常態化も明らかとなった。

また、同レポートでは例えば東京エリアで片道10kmの通勤に車(ガソリン車)を使った場合、年間での渋滞による損失時間は71時間、CO₂排出量は217kg、燃料費が15,241円であるとの試算も発表されている(図2)。

【図2】ラッシュアワー時の運転コスト

【図2】ラッシュアワー時の運転コスト
(出典:TomTom社)

もちろん、これは一人当たりの数値であり、人口が密集する都市圏では、交通の遅延による損失は深刻な問題であることが分かる。

また、ある調査では、世界および都市部の温室効果ガス排出量の大部分は道路交通が占めているといわれている。特に都市部の交差点は車両が頻繁に停止および始動することで、より多くの燃料を消費(=より多くの二酸化炭素を排出)し、「公道よりも汚染が29倍も高くなる可能性がある」とされる。このことからも、今回のAI信号機の導入による交通効率化には大きな期待が集まっている。

3.AI信号機導入のメリット

現在運用されている多くの信号機システムは、通常、一定のパターンに基づいて動作するプリセットプログラムによって制御されているという。ここにAIが導入されると、信号制御データの更新間隔の短縮や近未来の交通予測の反映が可能となり、さらに予測結果を評価して次回予測にフィードバックすることも可能だ。こうした一連の流れを自動化できれば、

  • 燃費向上:渋滞によるアイドリング状態や低速走行が減れば、燃料消費を効率化でき輸送コストの低減につながる。
  • 生産性の向上:移動時間、荷物の配送サービスの遅延が低減することで、様々な効率が向上。
  • 心理的ストレスや環境負荷の軽減:ドライバーや通行人の心理的ストレスが軽減されるとともに、渋滞時の排出ガスによる大気汚染が原因とされる健康被害の医療費低下にもつながる。

など、多方面に改善の効果を及ぼすことが期待できる。

4.AI信号機導入の懸念点とは

一方で、AI解析による信号システムの導入におけるデメリットも考えてみたい。まず、最も大きな課題と考えられるのは、セキュリティ面でのリスクである。信号機はこれまでも改善を重ねてきた安心・安全なシステムであるが、システム障害があれば混乱は避けられない。AIや管制システムがサイバー攻撃の対象となってしまうことは、これまで以上に警戒する必要がある。また、交通事故の発生やイベントの開催といった突発的な渋滞の要因を認識するのも難しいようである。警視庁は様々な障害に備え24時間体制で保守点検を行うとしているが、それと同時に様々に発生するであろう課題を、試行錯誤しながら改善していくことが重要となる。

また、もう一つ大きな課題と考えられるのが、設備に関するイニシャル(導入)コスト、システム改修コストや新システムのエンジニア養成などが必要になってくることだ。さらに、そうした表向きの課題以外にも、現行型の仕組みを構築・運用してきた関係各所の調整のほか、旧システムのエコシステムにおける利害関係者の調整なども必要となるだろう。

一方で、こうした信号機制御システムの変更では、私たち道路利用者へのインターフェース(青・黄・赤のランプの表示や意味)に大きな変更はないとのことであり、利用者への混乱は限定的となるだろう。

5.他国での導入事例とその成果

前述のとおり、AI制御による信号機の設置は今回が国内初となるが、海外では先行して取り組みが始まっているところも多く、定量的な効果も報告されている。

台北市:

2019年に監視カメラとAIアルゴリズムを組み合わせた「スマートAI信号制御システム」を導入している。実際の交通量に基づいた柔軟な信号調整を行い、交通の流れを効率化。監視カメラが、車や歩行者の状況をデータとして収集し、AI画像検知機能によって人や車の位置を計算、必要に応じて、青信号を延長したり応答信号を作動させたりするなどリアルタイムの信号機調整を行っている。この「スマートAI信号制御システム」の導入後に行った統計分析によると、異なるタイムスパンで「車両の平均待ち時間が15〜78%減少し、夜間の幹線道路の赤信号での待ち時間が35%減少、幹線道路の青信号の表示時間が7〜79%増加し、交通の効率が上がった」との報告があった。この効果を省エネ・省炭素データに換算すると年間約23トンのCO₂排出量を削減したことになり、年間約183万台湾ドルの経済効果が得られたとしている。[3]

モントリオール(カナダ):

港湾地域にある2,500以上の信号機、センサー、カメラからは1日当たり8Gバイトのリアルタイムデータが生成される。収集/保存されたそのデータは、AI活用ソフトウェアプラットフォームによって分析され、交通の正常化に生かされている。このソリューションには、プロセスを最適化するCCTVと画像AI分析、渋滞の検出と交通流の分析、交通流に基づくリアルタイムな信号機の同期のほか、除雪車やごみ収集車など行政サービスを行う車両に最適走行ルートを提供することも含まれている。また、このソリューションは、配置されたセンサーや検出装置から収集したデータを、中央のデータベースに無線で送信し、AI解析によって次の15分間の交通も予測している。モントリオール市では、同プロジェクトの成功を受けて、その後1年間で首都圏全域に展開することを目指している。[4]

フェニックス(米国アリゾナ州):

2020年8月より、信号の切り替えシステムを定周期式から実際の車両の動きに基づき調整する方式に変え、車両や歩行者の渋滞を減らすシステムを導入。同システムでは、交通の遅れを最大40%改善できた事例もあるという。この交通網管理システムには、“緊急車両を優先する”(ファーストレスポンダーの車両に最も空いた経路を提供する)機能も備わっている。また、交差点に接近する物体をトラッキングし、リアルタイムで交差点に最適なサービスを提供し、その結果に応じて信号を自律的に切り替えることも可能となっている。

また、同じくAI活用ではあるが、Google社(米国)の違ったアプローチによる渋滞回避への取り組み「Project Green Light[5]」についても紹介したい。このプロジェクトは、“Googleマップで活用されるデータをAIアルゴリズムで分析し、信号のタイミングを微調整する“というものだ。シアトル(米国)の交差点70カ所に導入した時の効果検証では、調整前後1カ月で“3,000万台の車が停止する時間の30%、排出ガスの10%が削減された“と報告されている。

同プロジェクトは、導入が容易でリスクも少なく、無料かつ比較的シンプル(既存の交通インフラを活用できる)であり、世界的に利用者が多く、一定の信頼性があるGoogleマップの交通データを活用している。そのため、ジャカルタやリオデジャネイロ、ハンブルクを含む4大陸の12都市で同様のプロジェクトが進んでおり、その他の世界各都市からの利用意向も急増しているという。

6.日本におけるAI信号機の可能性と期待

実は、信号機へのAI導入発表に先行する形の実証実験が2022年3月より、警察庁と静岡県警の協力のもと、国立研究開発法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO)と一般社団法人「UTMS協会」によって行われていた。信号機にAI(人工知能)を搭載する「軽やかな交通管制システム」[6]の実証実験である。

実験では、低コストでの高度な交通信号技術の確立、維持管理コストの低減、安全・安心な道路交通社会の実現を目指し、静岡市内の12カ所の交差点に、AIユニットを搭載した交通信号制御機が設置された。取得した歩行者や車の位置をもとに“全体の流れ”として交通情報を生成し、AIにより最適な制御を行う信号制御機に入力する。ほかの交差点の信号機とも制御情報を交換することができ、一定区間の道路単位で信号機の表示時間を変えられる適応型の交通管制方式とのことだ。

シミュレーションでは、現行の信号機と比較して平均旅行時間が15~20%程度短縮できると期待されており、「仮に全国約20万か所の交差点について20%の時間を短縮できた場合、時短による便益は年間で約5兆5200億円」との試算も出されていた。一方の課題として、車両感知器や有線の通信回線、大規模な中央制御装置などの設置にともなう、維持管理コストの増加も想定されていた。しかし、現行システムによる渋滞計測用車両検知センサーを半減(国清寺交差点の場合、車両検知センサーを計14基から7基に削減)しても従来比で渋滞状況に変化はなく、信号制御の性能を維持できることが確認された。そのため、一部のインフラコストを低減できる可能性があること、また車両検知センサーが少ない交差点でも適切な信号制御が可能になるという示唆が得られている。

以上のことから、AI信号機の導入によりビッグデータを活用し、実際に流せる交通容量を最適化する対策が交通渋滞減少につながり、その経済的効果は絶大であることがわかった。しかし、何よりドライバーや通行人の心理的ストレスを軽減し、都市の魅力向上にもつながるといった効果が絶大である。設備や運用のためのコストや体制づくりなど、AI信号機導入へのスイッチングコストは決して低くないが、日本の交通、経済、環境にもたらす長期的な利益を考慮して、新しい次元への価値創造に向けスピード感をもって対応が進められることを願いたい。

[1] 道路交通センサス/国土交通省


[2] https://www.tomtom.com/traffic-index/


[3] https://blog.advantech.co.jp/topics/iiot/10679


[4] https://www.fujitsu.com/jp/about/resources/case-studies/vision/montreal/


[5] https://sites.research.google/greenlight/


[6] https://trafficnews.jp/post/116607

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。InfoComニューズレターを他サイト等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。また、引用される場合は必ず出所の明示をお願いいたします。

情報通信総合研究所は、先端ICTに関する豊富な知見と課題解決力を活かし、次世代に求められる価値を協創していきます。

調査研究、委託調査等に関するご相談やICRのサービスに関するご質問などお気軽にお問い合わせください。

ICTに関わる調査研究のご依頼はこちら

関連キーワード

清水 栄治の記事

関連記事

InfoCom T&S World Trend Report 年月別レポート一覧

メンバーズレター

会員限定レポートの閲覧や、InfoComニューズレターの最新のレポート等を受け取れます。

メンバーズ登録(無料)

各種サービスへの問い合わせ

ICTに関わる調査研究のご依頼 研究員への執筆・講演のご依頼 InfoCom T&S World Trend Report

情報通信サービスの専門誌の無料サンプル、お見積り

InfoCom T&S World Data Book

グローバルICT市場の総合データ集の紹介資料ダウンロード