AIとマーケティング
2年前の本誌では「生成AIの登場」について、昨年は「AIエージェントの可能性」について取り上げた。そして現在、「2025年はAIエージェント元年になった」と広く語られている。単なる壁打ちのツールではなく、自律的に仕事を行う様々なAIツールが、まだ試行錯誤の段階にあるものも含めて一気に登場した一年であったと感じる。あまりにも多岐にわたる分野でAIツールが展開されているため、今回はマーケティングの世界に絞って少し眺めてみたい。
私自身もマーケッターの端くれとして約20年間、光インターネットサービス(フレッツ光等)の営業・マーケティングの現業に取り組んできた。可能な限りの科学的な分析に加え、経験や勘にも頼りながら、より多くのお客様にリーチできる営業の仕組みづくりや、より多くのお客様に関心や共感を持っていただくためのマーケティング施策、プロモーション施策を実践してきた。例えば、新規のお客様すべてに対して割引キャンペーンを長期間継続するといった、最大公約数的な施策を行ってきたわけである。一方で、心の中では、そうした大雑把な方法ではなく、「本当は個々のお客様の課題を個別に解決できるような、きめ細かい営業スタイルが望ましいのだが」と考えていたのも事実である。とはいえ、営業マンの人的リソースを考えれば、専属の営業担当者を配置できるのは一部の大手企業のお客様に限られる。中小企業やマスユーザーに対しては、マーケティング施策やプロモーション施策を駆使し、ウェブやコールセンターといったチャネルを効率的に活用しながら成果を最大化する方法を模索し続けるのが実態であった。お客様満足の最大化は重要な目標の一つではあるものの、実際にはある程度の割り切りも必要であり、歯がゆい思いを重ねてきた。多くの企業も同様の状況にあったのではないだろうか。
現在、AIがマーケティングに与えている影響は、単なる効率化やコスト削減にとどまらず、これまでのような大雑把なマスマーケティングの世界から、本来は望ましいと考えられてきたOne to Oneコミュニケーションを実現し、マスではなくパーソナルを意識した効果的な施策を、大量かつ迅速に展開することを可能にしている点にある。結果として、それが売り上げ向上にも貢献している。さらに、素晴らしい顧客体験(Customer Experience: CX)を実現し、お客様接点そのものを革新している点も見逃せない。長年マーケティングの現場で悩んできた者としては、目が覚めるような思いでこの変化を実感している。
AIが様々なお客様データを分析し、ニーズやインサイト(行動の根底にある心理・本音)を導き出し、最も効果的なアクションを自動的に提案・実行してくれる時代になった。具体的には、購買履歴や行動データをもとに、詳細なペルソナやカスタマージャーニーを短時間で分析・作成し、現在および将来のお客様ニーズやインサイトを具体的に推測したうえで、一人ひとりにパーソナライズされた最適な提案を、自動的かつ大量に行うことができるようになった。しかも、その分析に用いられる行動データは、営業、マーケティング、カスタマーサポート、故障修理、アンケート、口コミ情報、SNS情報、クレーム情報など多岐にわたり、リアルタイムで組織横断的に把握できるように進化している。
さらに、コンテンツ作成の領域でもAIの活用が急速に進んでいる。ブログ記事や見出し画像、SNS投稿内容、広告のキャッチコピー、メールマガジンの文面、広告用バナー素材、レコメンド、ホワイトペーパー、提案書、ウェブサイトなどを自動生成し、パーソナライズされた最適な情報をお客様に自動的に届ける仕組みが整いつつある。私自身も実際に少し触ってみたが、ペルソナ分析からキャッチコピーの作成、具体的なメール文や提案用資料、さらには動画の作成までがあっという間に行われ、まるでプロのクリエーターやデザイナーを部下に持ったかのような錯覚を覚えた。「AIに作業をさせ、人間は創造的な業務を行う」という単純な分業論ではなく、AIとともに共創していく、AIは良きパートナーであるという感覚を強く持った。その他にも、キャンペーン最適化、SEO対策、MA(マーケティングオートメーション)、離反予兆の検知等、マーケティングに不可欠な一連の業務が、AIを活用することで効率的かつ効果的に実現されている。そして何より重要なのは、こうした環境が整ったことで、人間が本来取り組むべきマーケティングの本質的な課題に、本格的に向き合える余裕が生まれた点である。商品・サービス自体の価値とは何か、お客様とのコミュニケーションを通じてどのような付加価値を届けるのか、そして本当にお客様の役に立つためにはどうすべきかといった問いに、より深く向き合えるようになった。また、「ファンマーケティング」のように、中長期的にブランド価値を高める取り組みも、本格的に実施できる環境が整ってきたと考える。お客様のインサイトを深く掘り下げることが可能になったこと、そしてお客様自身もAIを活用して自分に合った商品やサービスを検索する時代になっていることを踏まえると、企業側にとって、人間にもAIにも共感される本質的価値の提供が重要になっていると考える。
さて、2026年はどのようなことが起こるのだろうか? 私が特に注目しているキーワードは、「グラウンディング(Grounding)」と「世界モデル(World Models)」である。グラウンディングとは、AIが抽象的な言葉や概念を、具体的な表現や画像などを通じて、物理的なリアルな世界と結びつけて理解する仕組みや概念を指す。これによりハルシネーションを低減し、人間が話す言葉をより深く理解した、より人間らしい会話や課題解決を可能とするAIの実現が期待されている。カスタマーサービスやCXの更なる向上に貢献するものとして注目されている。一方、世界モデルは、現実世界の物理法則や因果関係を学習・再現し、未来の状態や行動の結果をシミュレーションできるようにする技術である。AIに「想像力」と「判断力」を持たせることが可能となり、AIエージェントなどに対して、より柔軟で正確な対応能力を与えるとされている。NTTも「4Dデジタル基盤」の構築を発表しているが、これは、緯度・経度・高度・時刻という4次元の情報を可能な限り精緻かつリアルタイムに収集し、実世界の途切れることのない一瞬一瞬を、正確にサイバー空間上に再現する、高精度で豊富な意味情報を持つ「高度地理空間情報データベース」である。これにより、高度な未来予測、分析、シミュレーションが可能となる。その結果として、例えば道路交通の整流化(自動運転や安全で快適な移動)、都市アセットの最適活用(安心・快適な生活)、社会インフラの維持管理、環境対策や防災対策など、様々な領域で社会課題解決の可能性が広がることが期待されている。
このようにAIがさらに能力を強化することで、日本の勝ち筋と言われている「フィジカルAI」や「AIロボティクス」も一層進化していくだろう。そしてマーケティングの更なる高度化にとどまらず、人口減少、働き手不足、生産性向上、生産能力向上、カーボンニュートラルといった社会課題の解決が進む時代へと向かっていくと考えられる。もちろんその一方で、AI活用に伴う「個人情報・機密情報の漏洩防止」「ハルシネーション対策」「著作権侵害対策」「倫理的・差別的表現への配慮」「ブラックボックス化リスクへの対策」といったリスク管理や、「AI人材の育成」も並行して進めていく必要がある。急速な技術やサービスの進化、試行錯誤、成功と失敗、そして新たな課題の出現など、2026年もにぎやかな年になるだろう。それらの課題を一つひとつ乗り越えながら、前向きに進んでいける良い年になることを期待している。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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