2023.5.30 DX InfoCom T&S World Trend Report

医療のデジタル化に向けた取り組み ~SIP第2期を終えて

内閣府が推進する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期が5年間に及ぶ期間を経て実質的に終了した。SIPは科学技術イノベーションを実現するため2014年に創設された国家プロジェクトで、日本経済・産業競争力にとって重要な課題を選定し研究開発を推進することが目的だ。第2期については12課題が実施された。その中で、情報通信総合研究所は医療分野の「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」の一部を担当した。

「AIホスピタル」では高度で先進的な医療サービスの提供・医療機関における効率化・医師や看護師等の医療従事者の負担の軽減を目的として、机上ではなく、現場の多くの医療従事者とともにデジタル化・AI利用の実証を積み重ねていく手法で各種取り組みを実践した。その事例の概要をいくつか紹介するとともに今後の展開について考察したい。また、取り組みの関係者の皆様に対し、この場を借りて深く感謝を申し上げたい。

セキュリティの高い医療情報データベースの構築

各医療機関で日々行われる医療行為を通じて蓄積されるビックデータを活用し、AI等で分析することで、高度で質の高い医療の提供や医療効率の向上が期待され、各病院においては、他病院との比較により強み弱みを見える化でき、経営改善等につなげることもできる。しかし、これらのデータには個人情報が多く含まれ、極めて慎重に取り扱わなければならない。例えば、データ分析を企業等へ委託する際には、個人情報が見えてはならないのである。そこで、秘密計算・秘密分散方式を導入することで、データに暗号がかかった状態のまま、高い機密性・安全性を確保しながら、高度な分析を行うことができるようになった。現場の医療機関で、様々な分析を実証することにより、実際の効果も検証することができた。具体例を少し挙げると、がんにおける生存率や再発率等について、複数の病院をまたがる多くのデータを分析することにより、インフォームドコンセント時における的確な説明が可能となるバックデータを提供することが可能となった。病院経営についても、病床稼働率・在室日数・各種資源投入量等の経営指標を病院間で比較分析できるようになり、それぞれの病院の強み・弱みが浮き彫りとなり、質の高い医療の提供と、より健全で効率的な病院経営実現への可能性が大きく開いた。

災害やサイバーセキュリティに強い医療情報データベース

日本は自然災害の多い国であるとともに、ランサムウェア等のウイルス攻撃による被害も増えており、重要な医療情報データベースを、様々な脅威から守ることの重要性は益々高くなっている。そこで秘密分散・秘密計算方式を用いて、医療情報のバックアップストレージを分散配置し、その一部が利用できなくなったとしても復元可能か否かの実証を行い、効果を確認することができた。

AIを用いた診療時記録・看護記録の自動文書化

医師や看護師等、医療従事者の負担が増す中、事務処理負担を軽減し、最も大事な患者と向き合う環境を充実させるため、診療室内での医師と患者の会話、入院病棟等における看護師と患者の会話をAIが自動的に文書化し、記録化する仕組みを検証した。これにより、患者を見ずに電子カルテ・パソコン投入ばかりしていると批判されている状況が改善される可能性が広がった。特に看護記録については実用化に耐えられる好評な結果となった。また、救急車内等の救急現場における記録の自動化とリアルタイムの構造化データベースの構築も検証し、病院に着く前に情報が共有化され、病院へ到着後、迅速な対応が可能な仕組み作りが可能であるという実証結果となった。

以上、様々な取り組みを、医療現場で、現場の医師や看護師とともに真剣に試行錯誤を続けてきた。AIの活用やDXでは日本における取り組みの遅れが指摘されているが、多くの現場からその必要性やニーズを改めて確認することができた。現在、様々な医療機関で、AIやDXが導入されつつある。まさに黎明期であると考えるが、混乱した状態にならず、適切かつスピーディーに進むことにより、競争による切磋琢磨と国として統一して行うべきことを間違えずに的確に行われることを期待したい。各種DXでは、様々な医療機関や企業等が知恵を出し、現場実装で試し、切磋琢磨の中で良いものが生まれ、改善もされていく環境整備と、その効果が見える化され、良いものが普及拡大されていくような仕組み作りが必要である。また、マイナンバーカードの活用や複数の電子カルテメーカーのデータ互換性の仕組み作り、データを連携するプラットフォーム作り、ビックデータの利活用のルール作り等は国主導で統一的に早期の取り組み強化が求められるものである。

また、一方では、地方や小規模のクリニック等では、なかなかDXが進まない現実もある。危機感の共有化が必要であると考える。DXの目的については、シンプルに、「大災害が発生した際に、マイナンバーカードさえあれば、どこの医療機関に行こうが、これまでの医療履歴や服薬履歴がわかり、命が助かり、医療従事者の活動も効率的に行える」というメッセージが響くのではないかと考える。わかりやすいメッセージと方針で国民や医療関係者の理解を深め、迅速な普及拡大が進むことを期待したい。また、現実的には小規模クリニック等におけるICT導入へのアレルギーが課題であり、それを払しょくするためのICTサポートの仕組み作りも必要なのではないかと考える。医療ベンダー頼みで、院内の配線やシステムがどのようになっているのか把握しているクリニックは少ないのではないか。通信環境を提供する大手通信キャリアと各種ソリューションを提供する医療ベンダーとの協力関係をさらに強化し、身近なICTサポートの態勢を整え、多くの小規模クリニックが安心してICTを導入できる環境を作ることも必要であると考える。

ここ数年が日本の医療のデジタル化に向けた正念場である。国民と医療関係者の深い理解(危機感の共有)のもと、医療関係者・民間企業・大学・自治体・国等の、それぞれの役割に応じた取り組みの更なる強化・スピードアップを期待したい。

情報通信総合研究所は、先端ICTに関する豊富な知見と課題解決力を活かし、次世代に求められる価値を協創していきます。

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