2023.11.29 イベントレポート InfoCom T&S World Trend Report

生成AIにメタバース、杭州アジア大会におけるテクノロジーの活用動向

【図1】AIカスタマイズシルクスカーフ製造の流れ (出典:中国中央テレビ局「央視新聞」)

はじめに

2023年9月23日~10月8日、中国・杭州市で開催された第19回アジア大会では、イノベーションとグリーンを開催理念として、試合観戦や大会運営、選手サポートにおいて、生成AIやメタバース、5G-Advancedなど、様々なICT技術が導入された。加えて、スマートフォンを活用して、参加者にグリーンの生活方式を選択するよう促すなど、カーボンニュートラルを意識した取り組みも一部見られた。本稿では、同大会におけるICT技術活用およびカーボンニュートラルの取り組み動向について考察する。

生成AIの活用

大会メディアセンターでは、杭州市の名産品であるシルクスカーフのAIによるデザインと製造を体験できるコーナーが設けられていた。タッチパネルもしくはスマートフォンでミニアプリ(ミニプログラム)[1]を操作し、好みの競技項目か杭州市を表すスタイルをデザイン用のテーマとして選び、サインやメッセージなどを入力すれば、AIでカスタマイズされたスカーフの画像が生成される(冒頭の図1、図2)。生成されたスカーフの画像はとなりのデジタル製造機器に伝送され、独自のデジタル印染技術によって完成品に反映される(図3)。利用者は、デザインから製造までわずか2時間でAIでカスタマイズされたスカーフを入手できる。

【図2】AIカスタマイズシルクスカーフ製造の画面操作

【図2】AIカスタマイズシルクスカーフ製造の画面操作
(出典:中国中央テレビ局「央視新聞」)

【図3】AIカスタマイズシルクスカーフ製造の印刷

【図3】AIカスタマイズシルクスカーフ製造の印刷
(出典:中国中央テレビ局「央視新聞」)

大会メディアセンターでは、シルクスカーフの他、中国郵政と阿里巴巴(Alibaba)が共同開発した生成AIを活用して絵はがきを印刷できる「アジア大会AIGCスマートポスト」も設置された。同スマートポストはAlibaba Cloudの画像生成AI技術「通義万相」を搭載し、タッチパネルでキーワードを入力するだけで、1分程度でAIにより生成された画像を描いた絵はがきが印刷される(図4)。

【図4】AIではがきを生成できる「アジア大会AIGCスマートポスト」

【図4】AIではがきを生成できる「アジア大会AIGCスマートポスト」
(出典:央広網)

さらに、大会では、Alibabaの大規模言語モデル「通義千問」を用いれば、記者は選手の名前、競技項目、文章スタイルを入力するだけで、30秒ほどで300文字程度の金メダル獲得記事を生成可能だ。これに編集した動画や写真を挿入すれば、即時に報道として発表できる(図5)。

【図5】Alibabaの大規模言語モデル「通義千問」を用いたニュース記事生成イメージ

【図5】Alibabaの大規模言語モデル「通義千問」を用いたニュース記事生成イメージ
(出典:Alibaba)

また、同大会の開会式のパフォーマンスが開始する前に放送されたショート動画においても、AIにより生成された画像が使用されていた。

メタバース、ARの活用

生成AIの他、メタバースやARも導入され、同大会は、メタバースを導入した初のアジア大会となった。

杭州アジア大会組織委員会は中国の通信事業者である中国移動(China Mobile)と共同でメタバース・スマート・サービス・プラットフォーム「アジア大会メタバース」(図6)を開発した。「アジア大会メタバース」はオープンソースのWebインタラクティブな3Dグラフィック・エンジン「Galacean」[2]]をもとに開発され、デジタルツイン技術を用いて同大会の各スタジアムをメタバース上に再現した。ユーザーはAlipay(図7)、China Mobileネットショップ、MiGu動画(China Mobileの動画サービス)などのアプリから「アジア大会メタバース」にアクセスし、バーチャルヒューマン(アバター)のイメージを設定すれば、メタバースを利用することが可能になる。「アジア大会メタバース」では、ユーザーはバーチャルヒューマンとして、アジア大会クイズ、バーチャル試合(図8)、メタバース観戦、NFTコレクションなどの機能を利用することができる。例えば、メタバース観戦では、「アジア大会メタバース」において再現された、メインスタジアムである杭州オリンピック・スポーツ・エキスポセンターおよびその他の6つのスタジアムの中に、2D観戦中継スクリーンが設置され、ユーザーはメタバース内で好きな場所を選んで試合や開閉会式などを視聴できる。

【図6】アジア大会メタバースイメージ

【図6】アジア大会メタバースイメージ
(出典:杭州第19回アジア大会公式サイト)

【図7】Alipayからアクセスした「アジア大会メタバース」の利用画面:メインスタジアムの前

【図7】Alipayからアクセスした「アジア大会メタバース」の利用画面:メインスタジアムの前
(出典:「アジア大会メタバース」ミニプログラム画面キャプチャ)

【図8】Alipayからアクセスした「アジア大会メタバース」の利用画面:セーリング競技バーチャル試合

【図8】Alipayからアクセスした「アジア大会メタバース」の利用画面:セーリング競技バーチャル試合
(出典:「アジア大会メタバース」ミニプログラム画面キャプチャ)

大会観戦者の利便性を向上するために、大会組織委員会はAlipayの協力のもと、ワンストップデジタル観戦サービスプラットフォーム「SmartHangzhou2022(智能亚运一站通)」(図9)を提供した。ユーザーはAlipayのアプリ内で「アジア大会」を検索すれば、「SmartHangzhou2022」のミニプログラムが利用可能となる。「SmartHangzhou2022」では、ミニプログラム一つで試合チケットや大会日程、グルメ情報など大会と現地のローカルの情報の入手や、交通路線ナビ、観光プラン作成、翻訳など各種サービスの利用ができる。例えば、同ミニプログラムの「One Pass」機能は、QRコード一つで観光スポット、ミュージアム、地下鉄などの公共交通機関や施設の利用が可能で、ホテルの予約にも対応している。

【図9】「SmartHangzhou2022」利用画面

【図9】「SmartHangzhou2022」利用画面
(出典:「SmartHangzhou2022」
ミニプログラム画面キャプチャ)

また、「SmartHangzhou2022」にはARサービス「アジア大会ARプラットフォーム」(図10)も搭載され、杭州市の観光スポットで大会マスコットとAR記念写真を撮影できるほか、スタジアムの近くでマスコットのARパフォーマンスも鑑賞可能だ。

【図10】「SmartHangzhou2022」の ARサービス利用画面

【図10】「SmartHangzhou2022」の
ARサービス利用画面
(出典:「SmartHangzhou2022」
ミニプログラム画面キャプチャ)

さらに、同ARプラットフォームにはSense Time社が開発した「ARスタジアム場内案内」、「ARスマートサイネージ」、「ARスマートバス」など複数のARサービスも搭載されている。「ARスマートサイネージ」には、各スタジアムに配置されたデジタルサイネージを利用して試合日程やスタジアム情報を調べたり、マスコットとAR記念写真・動画を撮影したり、ミニゲームをしたりすることができる機能がある。「ARスマートバス」は選手村とメディアセンター間のシャトルバスにも使用されている。同バスは、L4レベルの自動運転ソリューションにより、車線、信号機の状態を正確に識別し、歩行者と車両の進行方向を予測し、迅速に有効な判断とルート計画の作成が可能だ。さらに、「ARスマートバス」により、バスのフロントガラスにはARスクリーンが搭載され、移動中の杭州市のリアルタイムの景色とアジア大会の要素を融合した画像が表示され、乗客に新たな体験をもたらした。

大会運営におけるDX

同大会では、大会運営の効率化や選手など参加者の利便性向上のために、スマホアプリによる大会運営のDXに取り組んでいた。

選手などの参加者の入国から試合参加、出国までの一連の流れにおけるニーズを考慮した上、同大会はデジタル試合参加サービスプラットフォーム「杭州亜運行」をリリースし、デジタルID登録カード、試合成績サービス、メディアサービス、選手村サービスなどのサービスを提供した。特に、デジタルID登録カードサービスは、外国籍参加者が身分証の紛失・未携帯等の原因でスムーズに入国できない場合等の課題を解決するために提供されたもので、外国籍参加者は登録時に個人情報を入力し、「杭州亜運行」発行のデジタルID登録カードを申請・取得することで、出入国する際に、取得したデジタルID登録カードとパスポートを提示すれだけで、スムーズに通関できる。さらに、同デジタルID登録カードを用れば、選手村へのチェックイン・チェックアウトも可能で、カフェテリアやジム、お花の予約等のサービスも利用できる。

また、大会運営の効率化のために、Alibabaは運営側の関係者向けにコラボレーションアプリ「亜運釘」を提供した。同アプリには中国語、英語、日本語、タイ語など22言語の翻訳機能があり、アジア各国の選手をアシストするボランティアをサポートする。さらに、アプリを使用することで、スタジアム管理スタッフは館内稼働状況をリアルタイムにチェックでき、ボランティアはガイダンス資料を入手でき、選手はトレーニングする場所を予約できる。加えて、Web会議や医療サービスなどを提供する293のアプリケーションも組み込まれた。大会開催期間中に、「亜運釘」で送受信されたメッセージは300万件/月に達し、12,000の業務グループが作成され、各アプリケーション間でのデータ共有によるDXが図られ、業務効率化が大幅に進んだ。

5G-Advancedの実用化

中国工業・情報化部の統計によれば、2023年9月末までに、中国における5G基地局は318.9万局、5Gユーザーは7.37億人に達した[3]。さらに、5G産業用バーチャル専用ネットワークが2万件以上構築され、5G標準に必要な特許声明数は世界全体の42%を占めている[4]。このように、中国では既に世界最大規模の5Gネットワークが構成されているが、現在は5G-Advanced[5](以下、「5G-A」)の研究開発と商用化が推進されている。2021年、3GPPは正式に5G-Aを5Gエボリューションの第2フェーズとして指定し、リリース18での標準化を進め始めた[6]。5G-Aはネットワークのコネクティビティをさらに増強し、様々な業界においてネットワーク能力を10倍向上させることができるようになるという[7]。

杭州アジア大会では、5G-Aが初めて実用化された。具体的には、通信事業者のChina Mobileなどが、選手村やスタジアムなどの重点エリアで5G-Aのネットワークを構築し、物流車両と倉庫のデジタル管理、道路状況と通行車両のインテリジェント・センシング、ドローンの観測などを実現させ、選手村のスマート管理をより安全で効率的なものにした。特に、メインスタジアムから選手村までの観光名所の道路でもある「観瀾路」では、5G-Aを導入した結果、無線ネットワークの最高速度が10Gbpsを超え、移動中の速度も5Gbps以上に達するなど、5Gネットワークのパフォーマンスが10倍向上し、世界で最もネットワーク速度の速い道路となった[8]。

また、中国電信(China Telecom)は10万人の参加者の通信のニーズに対応するために、メインスタジアムにおいて300MHz帯域の5G pRRU(小型リモート無線装置)ネットワークを構築し、AIとビッグデータ分析を用いた5G時空センシングソリューションにより、ネットワーク体験を正確に予測して柔軟に配置することを可能とした。さらに同社はRIS(Reconfigurable Intelligent Surface)技術を応用し、電波が届かない、または弱いエリアに反射により電波を送信し、5Gのカバレッジと容量を大幅に増強した。RIS技術は消費電力が少ないため、グリーンな通信技術とも言われており、5.5Gと6Gにおいて重要な役割を果たすとされている。アジア大会でのRIS技術の活用により、同技術の研究開発は商用化に向け一層進展している。

カーボンニュートラルへの取り組み

同大会の選手村では、選手、技術スタッフ、メディアスタッフ、ボランティアなどが個人の「ローカーボンアカウント」を作成することができる(図11)。「ローカーボンアカウント」とはAlibaba CloudのAIアルゴリズムなどに基づき、グリーンモビリティの利用や、買い物時のレジ袋未利用などローカーボンの生活様式を実践するよう、利用者にスマートフォンで行動変容を促すものだ。利用者はローカーボン・テクノロジーを体験し、または関連イベント等に参加すれば、グリーンローカーボンのポイントを獲得でき、貯まったポイントを賞品に交換できる。9月12日にリリースされて以来、選手等は同アカウントを通じてカーボン排出量を15トン削減したという[9]。

【図11】選手村のアスリートが個人のローカーボンアカウントを示している

【図11】選手村のアスリートが個人のローカーボンアカウントを示している
(出典:人民網)

まとめ

杭州第19回アジア大会では、生成AIやメタバース、AR、5G-Aなどの最先端の技術を活用し、大会運営の効率化や参加者の利便性向上への取り組みが行われた。アジア大会の貴重なレガシーとして、開発されたワンストップデジタル観戦サービスプラットフォーム「SmartHangzhou 2022」はリリース以来、ユーザー数が1億人を超えており、大会開催後はレクリエーションや機能アップデートなどを通じ、引き続き開催都市にデジタルサービスを提供できる。また、アジア大会史上初のメタバースである「アジア大会メタバース」においては、大会開催後に「アジア大会金メダルの金屑収集」というイベントが開催され、ユーザーはメタバース上にあるスタジアムに行って金メダルの金屑を収集し、アジア大会金メダル3D NFTを獲得できる。今後、同メタバースではUGC(User Generated Content)とAIGC(AI Generated Content)モードをスタートし、ユーザーにクリエーターとして活動できる新たな体験を提供する予定である。また、マーケティングイベントなども行われる予定で、より多くのブランドに露出の機会を提供する。将来的に、アジア大会メタバースは様々な大型展示会やイベントの理想的な開催場所となり、ユーザーにイノベーションを楽しませながら、引き続き新たな価値を創造していくと見込まれている。

また、大会で初めて実用化された5G-Aなどの技術の実証実験で得られた経験は、次世代の通信技術の早期商用化の実現の推進を後押ししている。このように、大会におけるICT技術等の活用経験は他大会やイベントの運営に生かせるだけでなく、技術の進化や開催地のスマートシティへの変革にもつながる。今後は、パリオリンピックなどの国際大会において、どのようなICT技術が活用されるかが注目される。

[1] ミニプログラムは、WeChatやAlipayなどのアプリでそのまま他社サービスを利用できる機能。利用したいサービスなどのプログラムをアプリで検索すれば、簡単に起動できるため、個別のアプリのインストールも不要。

[2] https://galacean.antgroup.com/

[3] 中国工業・情報化部「2023年前三季度通信业经济运行情况」(2023年10月20日)https://www.miit.gov.cn/gxsj/tjfx/txy/art/2023/art_ab868ff2679040e48e6f435d7b8c5448.html

[4] 人民網「工信部:我国已建成全球规模最大、技术领先的5G网络」(2023年10月21日)http://finance.people.com.cn/n1/2023/1021/c1004-40100491.html

[5] または5.5Gと称される。

[6] Huawei “Huawei, 3GPP, and international partners launch a 5G-Advanced Core promotion initiative”, Jun 09, 2023 https://www.huawei.com/en/news/ 2023/6/5g-advanced-core-initiative

[7] Huawei「ファーウェイは、5.5G時代に向けて共に前進するため、業界発展の確実な方法を提案」(2023年3月2日)https://www.huawei.com/jp/ news/jp/2023/mwc2023-5-point-5g-era-huawei

[8] 中国工信新聞網「浙江移动5G-A闪耀亚运,让亚运更智能、更精彩!」(2023年10月9日)https://www.cnii.com.cn/tx/202310/t20231009_510747.html

[9] 人民網「触摸杭州亚运会的智能脉搏」(2023年10月10日)http://finance.people.com.cn/n1/2023/ 1010/c1004-40092174.html

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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