2016年9月29日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

ネットワークスライシング技術の効用と課題ー設備効率の向上と多様なサービス開発が狙いー


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NTTドコモとEricssonは6月13日、「ネットワークスライシング技術」の実証実験を行い、複数の異なるサービスをそれぞれのサービスに見合った効率的なネットワークに収容することに成功したと発表しました。目新しい言葉ですが、「ネットワークスライシング技術とは、低遅延・高信頼・高セキュリティ等、様々な要求条件が求められる5Gにおいて、ネットワークを仮想的に分割(スライス)することで、お客さまが利用するサービスの要求条件に合わせて効率的にネットワークを提供する技術」(2016年6月13日、NTTドコモ報道発表資料より)で、複数の異なるサービスを最適なネットワークスライスを通じて提供するものです。

これまでのネットワーク技術の方向は、1つのネットワークにすべてのサービスを同じ基準で収容する運用でしたが、このネットワークスライシング技術では、共通のネットワーク基盤上にサービス面の要求条件に応じてネットワークスライスを仮想的に構築・収容することで、要求条件を効率的に実現できるようになります。これはコアネットワーク上のアーキテクチャーなので無線区間とは独立の技術であり、5G規格と離れて既存のLTEの下でも導入が可能で、3GPPでは5Gとは独立して2017年の標準化をめざしているようです。標準化されたネットワーク基盤上で種々の要求条件を満たして統合的なサービスを効率よく行えるようにすることは、多くのネットワーク研究開発者の目標でしたので、その実現に一歩近づくことになります。例えば、ネットワークスライシング機能を有するネットワーク上では、1つの端末で異なる要求条件(例えば高セキュリティ・低遅延と広帯域の組み合わせ)を持つ複数のサービスを相互に独立して利用することができるようになります。つまり、コネクテッドカーで自動運転技術につながる高セキュリティ・低遅延が必要なV2X通信と映像・音楽、地図情報など広帯域を求めるインフォテイメントサービスが1つの端末とネットワークで可能となり、利便性と効率性の両方を高めることができます。

今回の発表はNTTドコモとEricssonからの実証実験成功の発表でしたが、既に今年の2月にDeutsche Telekomと華為技術 (Huawei) は5Gのネットワークスライシングのエンド・ツー・エンドのデモを実施したと発表しています。両社はこの共同デモにより、1つの物理ネットワークで複数のサービスに対応するイノベーションの可能性を示したとする、今回と同様のコメントを当時述べていました。この新技術の標準化を展望すると、世界第1位と第2位のベンダーと世界で有力なモバイルオペレーターとがそれぞれタッグを組んで標準化で競合している姿が浮かんできます。標準化となると先ずは巨大ベンダー間の競合がメインであり、彼らの技術開発と事業戦略に多大な影響を与えますので、両社の今後の動向からは目が離せません。一方、モバイルオペレーター側では、この新しいイノベーションをどうサービスに活用していくのかというサービスに関する基本構想が求められ、それに応じた効率的なネットワークスライスの設計に注力することになります。多様なサービス開発に重きを置いて柔軟にネットワーク機能を開発していく必要があります。

今後のネットワークスライシング技術の開発動向を想定してみると、そもそもスライシングの定義付けをどうするのか、規格化されたレディメイド型なのか、フリーなオーダーメイド型なのか、仮想的に分割する場合いくつに分けるのか、分け方の組み合わせは可変なのか、スライスの多様性・柔軟性はどこまであるのかなど、技術開発や標準化の過程で考慮しなければならない項目は数多くあります。その場合にも、今後想定されるサービス構想や開発の動向とそのサービスの要求水準の方向をあらかじめ十分に取り込んでおくことが何より大切になります。さらに実際にどのネットワーク基盤を使うのか、無線技術とは独立したコアネットワーク技術なので既存のインフラネットワークを含めて多様な異種無線アクセスまで取り込むことが可能であり、HetNet (Heterogeneous Network) 技術を組み合わせることで多様性はさらに大きくなります。こうなるとサービス開発の基礎となる将来構想までつながるイノベーションを展望して、それまでにない複合的なサービスの開拓努力と需要予測が必要となります。今は技術開発の段階であり、これから標準化の議論の中で実際の姿が見えてくることになるでしょう。ネットワークの構築と活用という経済性のバランス、ネットワークスライシングに応じるデバイスの開発と普及という古くて新しい課題がここにも存在しています。

ネットワークスライシング技術の展開によって、まずコアネットワーク設備の効率化が図られ、コアネットワークのコンパクト化・シンプル化が進み、設備量も従来の予測より何割か削減できると予想されています。今後とも増大が避けられないコアネットワーク設備への投資額を抑制できることがこの技術の第一の効用です。それと同時に設備効率向上を意識したサービス開発構想も技術開発と並行して進めておくことが不可欠です。既存のLTEだけでなく、Wi-Fiや新しいIoT技術のNB-IoT、Sigfox、LoRaなども広く利用してソリューション開発を行う必要があります。考え方としては、ここ数年前から追求されてきたHetNetを取り込んだものとならざるを得ません。技術イノベーションと同時にサービスイノベーションに取り組む時です。5Gの追求する個々の要素は、それぞれを必要とする通信利用者の需要に基づくものであり、サービスが想定されているものです。問題は、個々のサービスは時間的にも場所的にも一度に均一に起こるものではなく、どのサービスをどこで、いつ開発し提供するのか、市場開拓が何より大切なことになります。その際、タイミング良くサービス構築ができること、すなわちソリューション開発の手際の良さが求められるということです。そこで、これまで蓄積してきたHetNet技術の取り組みが活きることになります。

今回のネットワークスライシング技術の本質は、高速化・低遅延化・大容量化・高信頼性という大きな流れに対し、低速化・省電力化・低コスト化などこれまであまり考慮されてこなかった要素に経済性と需要対応という観点を加えて統合化しようとするものです。しかし、実際の設備構築には時間を要するので、当面は既存の経験が蓄積されているLTEとHetNet技術との共存・競合を考えておかないと早期に求められる各種のソリューション、特にBtoBtoCサービスに応じられなくなり、5Gのネットワークソリューションも絵に描いた餅になってしまいかねません。ネットワークスライシング技術の標準化の推進と同時に、複眼的なサービス開発の視点が必要です。ネットワーク技術の適用領域とサービス普及のタイミング/コストとの力点をどこに置くのかを今から考えておかなければなりません。何でもできる統合ネットワークは通信技術者・研究者の目標であり夢ですが、容易に実現できないこともまた真実です。R&Dを担当する研究陣にはネットワークスライシング技術の研究開発領域だけに止まらず、サービス開発の構想をリードする意気込みを期待しています。LTEをはじめ既存のコアネットワークに適用・導入可能な技術であるだけに、標準化が進み数年後に製品が登場すれば直ちに、競合する通信事業者やソリューションベンダー、さらに既設のいろいろなネットワークを組み合わせて提供するアグリゲーターなど多彩な人達が具体的なサービスを始めると思います。2020年の5G開始を待って取り組むのでは遅きに失すると考えます。

ネットワークスライシングとHetNetとの同時適用となると、インフラを担っている通信事業者だけで対応することは実行上不可能なのではないかと想定されますので、ネットワークの卸売やコラボレーション活動を通じた提携関係によるサービス提供が中核になると考えます。HetNetを取り入れたアグリゲート領域で誰が中心を占めるのか、サービス開発構想と併せて今後の市場競争・事業戦略の要となるでしょう。ネットワークスライシング技術を具備した5Gネットワークの完成形を理想に描きながらも、他方で現実に自由な形で存在しているWi-Fiなどの通信資源を複眼的に利活用するイノベーションを同時並行的に追求しておく必要があります。コアネットワーク設備なので、時間的にもネットワークスライシング技術の標準化や製品化は早いと想定できます。その後に続く5Gアクセスの時代に市場構造が外国勢や競争者に固定化されることがないよう、今からサービス開発構想を世界に向けて発信し、アグリゲーターの役割を追求してコラボレーションの実績をあげておくことが重要な戦略となります。ネットワークスライシング技術の持つ事業面のインパクトは思っている以上に大きいものがありそうです。技術の移行期に早めに構想を発信し、素早く行動し柔軟に対応した者が勝者として生き残ることを忘れてはいけません。

今回、実証実験に成功したネットワークスライシングは5Gアクセスとは独立したコアネットワーク分野の技術なので、既存のLTEとも異種無線ネットワークにも適用できる新しい通信ネットワーク基盤となるものです。ネットワーク卸売にまで広がるものだけに、決して規制の網がかかることのないようあらかじめ願っておきます。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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