2018年8月29日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

MaaS×ブロックチェーンがもたらす未来



最近MaaSという言葉を目にする機会が増えた。MaaSとはMobility as a Service(サービスとしてのモビリティ)の略であり、複数の移動手段を横断的に活用できるようにすることで、利用者が目的地へ移動する際の利便性を従来よりも高めるものである。最近では、トヨタ自動車が2018年1月開催のCESイベント(米国ラスベガス)においてモビリティサービスに取り組む姿勢を示したほか、小田急電鉄も同年4月にMaaSを盛り込んだ中期経営計画を発表するなど、国内の交通関連業界に動きがみられ始めている。

本稿では、まずMaaSとはどのようなものか説明したのち、MaaSのプラットフォームに蓄積される利用者の「移動データ」の価値に注目する。そしてその「移動データ」の価値を最大限に活用して私たちがより暮らしやすい社会を実現するために、MaaSプラットフォームへのブロックチェーンの活用について検討してみたい。

MaaSの代表例「Whim(ウィム)」

MaaSは現在も発展中の概念であり、地域や事業者等によって定義が異なる場合があるが、MaaSの事例としてはフィンランド発のサービスであるWhimがよく取り上げられる。MaaSの概念を理解しやすいことから、本稿でもWhimを取り上げてMaaSを説明したい。

フィンランド企業MaaS Global社がヘルシンキにおいて2016年に提供を開始したWhimは、スマートフォンアプリを介して利用するMaaSである。Whimアプリを起動し目的地を入力すると、現在地から目的地までの移動手段・ルートがいくつか提案される。提案された移動手段・ルートの中から利用したいものを選択すると、その予約や発券、さらには料金支払いまでもスマートフォンアプリ内で完了するというものだ(図1参照)。

Whimのモバイルアプリ画面

【図1】Whimのモバイルアプリ画面
(出典:MaaS Global社)

従来であれば、目的地まで複数の移動手段を利用する際は、移動手段毎に利用者が検索、予約、発券、支払いを行うことが多く、乗り換える際の手間となっていた。移動機関が異なる組織によって運営されている場合は尚更だ。Whimは各事業者が運営する複数の移動手段をスマートフォンアプリ上で統合したことで利用者の利便性を高めた。現在Whimを介してヘルシンキで利用できる移動手段は、鉄道・バス等の公共交通機関、レンタカー、タクシー、シティバイク(バイクシェア)と多岐に亘るが、今後これら以外の移動手段も統合していくことでMaaSとしてさらなる進化を遂げる可能性もある(図2はMaaSのイメージ図)。

複数の移動サービスを横断的に活用するMaaSのイメージ

【図2】複数の移動サービスを横断的に活用するMaaSのイメージ
(出典:筆者作成)

複数の移動手段が乗り放題となる定額プランも魅力

Whimはその料金プランも興味深い(図3参照)。毎回利用分のみを支払うプラン(「Whim To Go」プラン、月額料金なし)のほかに、毎月一定の料金を支払うことで指定の移動手段が乗り放題となるプラン(「Whim Urban」プラン、「Whim Unlimited」プラン)も存在し、利用者のニーズに合わせて選択することが可能だ。複数の移動手段が定額で乗り放題となる仕組みは、各移動手段の「定期券」をバンドルしたものと言え、MaaSならではだ。

Whimの料金体系

【図3】Whimの料金体系
(出典:MaaS Global社サイトの内容に基づき筆者作成(2018年8月時点))

日本国内のMaaSはまだこれから

出発地から目的地までの移動手段・ルートを検索できるサービスでは、日本国内でもGoogleマップ、ナビタイムなどがある。どちらも便利なサービスでMaaSの一形態だが、アプリ内で支払いまで実施でき、さらには定額制の料金プランがあるWhimの方が、利用者にとってより利便性の高いサービスと言えるだろう。スウェーデンのチャルマース工科大学の研究の中では、MaaSをレベル0~4の5段階に分類する考え方が述べられているが、それに従うとGoogleマップやナビタイムはレベル1(複数の移動手段を横断したプランニングや料金情報提供)にとどまる一方、Whimはレベル3(複数の移動手段を横断的に活用でき定額制プランも提供)に分類される。日本のその他ほとんどのサービスは未だレベル0(サービス範囲がひとつの移動手段のみ)であるという指摘もなされている(図4参照)。

MaaSのレベル定義と該当サービス(例)

【図4】MaaSのレベル定義と該当サービス(例)
(出典:チャルマース工科大、日経クロストレンド、国土交通政策研究所等の資料に基づき筆者作成)

MaaSによって都市渋滞の解消も

MaaSにおける利用者メリットは「移動における利便性向上」のほか、「交通費の削減」もあるだろう。Whimの一部プランのように公共交通機関や近距離のタクシー等が乗り放題であれば、1カ月間の交通費総額が以前よりも安く収まる。MaaS利用によって、個人での自家用車所有のメリットがなくなれば、利用者の費用削減効果はさらに高まる点も忘れてはならない。

また、都市における自家用車利用の減少は、利用者個人だけでなく都市全体にとってもメリットがある。都市を走行する自家用車が多いことで渋滞が発生している場合、一般的に輸送効率の低い自家用車から輸送効率の高い公共交通機関へと利用者がシフトすることで、都市を走行する車両の総数が減少し渋滞が緩和されるだろう。また、排気ガスが都市の空気環境を悪化させている場合は汚染を改善する効果も期待できる。

実際のところ、MaaS Global社がWhimユーザーに対して実施した調査結果によると、Whimの提供開始前後でヘルシンキにおけるWhimユーザーの移動に占める公共交通機関の割合は大幅に増加(48%→74%)しており、都市交通における公共交通機関利用を促進する効果が出ている(図5参照)。

ヘルシンキにおけるWhimユーザーの移動手段の変化(2016~2017)

【図5】ヘルシンキにおけるWhimユーザーの移動手段の変化(2016~2017)
(出典:MaaS Global社)

「移動データ」をひとつのMaaSプラットフォームに蓄積することで、さらなるデータ活用も可能に

利用者がMaaSを介して移動することで、MaaSプラットフォームにはその利用者の「移動データ」が蓄積されていく。前述のレベル定義においてより高いレベルのMaaSであればあるほど、「誰が」「いつ」「どの交通手段で」「どこからどこまで」「いくら支払って」移動したかという「移動データ」をより横断的に情報収集・分析できるだろう。ここで都市圏のあらゆる交通手段とすべての利用者のデータを1カ所に集めたMaaSプラットフォーム(以下、『統一MaaSプラットフォーム』と呼ぶ)を考えてみたい。『統一MaaSプラットフォーム』が蓄積するデータはその都市に関するすべての移動データであるから、そのデータを分析・活用することでその都市圏に関連する事業者・組織は長期的には以下のような恩恵を得ることができると考えられる。

『統一MaaSプラットフォーム』の「移動データ」による恩恵

運輸業界(鉄道、バス、タクシー、レンタカー、カーシェア、等)

提供する移動サービスの「提供エリア」「運行経路」「提供キャパシティ」「運行頻度」などの検討に活用でき、サービス内容の適正化を図ることができる。(例:バス会社は、現在のバス運行経路外における移動ニーズが他サービスへと流れている場合は、バスの運行経路を変更もしくは新設することで利用者の増加を見込むことができる、等)

不動産業界

都市における人やモビリティの状況から、都市開発計画や商業施設・住宅施設の供給計画等の検討に活用でき、投資効果の向上を図ることができる。

行政

都市における人やモビリティの状況から、住人が住みやすく、来訪者が訪問しやすい都市計画の策定や、都市運営に関わる業界との効率的な連携を図ることができる。

またこれら恩恵によって、都市圏の住民の利便性が向上し、『統一MaaSプラットフォーム』のさらなる利用が促進されるだろう。筆者も住みよい都市は大いに歓迎したい。

日本における『統一MaaSプラットフォーム』実現の課題は何か

東京のような大都市を想定した際の『統一MaaSプラットフォーム』実現の課題について、大きく2点を指摘したい。

1点目は「『統一MaaSプラットフォーム』の魅力を利用者にどのように訴求するか」である。MaaS利用者の(短期的な)恩恵である「目的地までの移動の利便性向上」は、現在の交通系電子マネーの利用可能範囲を考えると、既にある程度達成されていることに気づく。東京圏においては、SuicaやPASMOは、JRや東京メトロ等の各種鉄道、バス、タクシーなどの支払いに加え、一部の駐車場や駐輪場の料金支払い等にも利用可能である。Whimのようにスマートフォンアプリ内で完結するわけではないが、Suicaであれば最新iPhoneを含めおサイフケータイ(FeliCa)に対応するスマートフォンを読取機にかざすだけで支払いが完了するため、前述のGoogleマップやナビタイム等との組み合わせによりWhimに近いユーザー体験は既に実現されている。そのため、『統一MaaSプラットフォーム』には新たな利用者メリットが必要となるだろう。

2点目は「誰が『統一MaaSプラットフォーム』を構築するか」である。今日の東京圏のように、各交通機関が異なる事業者で運営される競争市場において、特定事業者のMaaSプラットフォームに他の事業者が「移動データ」を提供する形態での『統一MaaSプラットフォーム』の実現は困難だろう。事業者が自らのユーザーから取得した「移動データ」を他の事業者のMaaSプラットフォーム上に蓄積することは競争上の優位性を自ら手放すようなものであろうから、事業者はインセンティブを感じづらい。

また利用者側としても、出発地(自宅等)から目的地(職場等)までの日々の「移動データ」はまさに個人のプライバシーそのものであるから、特定の事業者にすべてのデータを渡すことに心理的なハードルを感じる場合もあるだろう。

そのため、行政など中立的な立場の組織がプラットフォームを構築・運営するなど、別の仕組みが必要ではないか。

『統一MaaSプラットフォーム』実現のカギはブロックチェーンかもしれない

前述の課題2点の解決策として、本稿ではブロックチェーンの活用を検討してみたい。

(参考)ブロックチェーンとは
仮想通貨ビットコインの基幹技術として提案・構築された分散型台帳技術。インターネットなど不特定多数が参加するオープンなネットワーク上において、重要データを高い信頼性で記録するもの。記録されたデータは参加者間で共有され、最新の記録を共同で管理する仕組みのため、仮に参加者の一部がデータを改ざんしようとしても改ざんの達成は極めて困難となっている。ブロックチェーンの応用例のひとつが仮想通貨であり、ビットコイン以外にも多くの仮想通貨(トークンと呼ばれる場合もある)がそれぞれ独自のブロックチェーン等を土台として発行されている。

課題1:『統一MaaSプラットフォーム』の魅力をどのように利用者に訴求するか

解決案:ブロックチェーンを用いてMaaSの支払いに使えるトークンを発行し、「移動データ」を提供してくれる利用者に報酬としてトークンを還元する

『統一MaaSプラットフォーム』を既存サービスと差別化する要素として、MaaSの支払いに使えるトークンを導入する新たなエコシステムを検討する。ここで参考となるのが、交通サービス用途のブロックチェーンプロジェクトであるDOVU(ドーヴ)である。DOVUは、エコシステムに貢献する個人が報酬を得るメカニズムが現状ほとんど存在しないことに問題意識をもち、サービスプロバイダへのデータ提供等を通じてエコシステムに貢献する個人に対し報酬(DOVトークン)を支払う仕組みの確立を目指している(図6参照)。DOVUと独BMWが共同で実施したトライアルでは、BMW側に車両の走行データを提供したドライバーに対して情報提供1回あたり1DOVトークンを報酬として支払う実験を行っている。この仕組みをMaaSに応用して、『統一MaaSプラットフォーム』に「移動データ」を提供してくれた利用者にはMaaSの支払いに利用できるトークンを還元する仕組みとすれば、利用者にとって新たなメリットとなるだろう。

DOVUのエコシステム

【図6】DOVUのエコシステム
(出典:DOVUホワイトペーパー)

課題2:誰が『統一MaaSプラットフォーム』を構築するか

解決案:ブロックチェーン上に分散型アプリケーションを構築して多数の関係者間で共同運用する(特定の事業者に依存しない)

ブロックチェーン上で動作する分散型のアプリケーションを構築することで、特定の事業者による「移動データ」の専有を回避し、どの事業者も平等に「移動データ」を活用できるプラットフォームの確立を目指す。例えば、MaaSを介した利用者の「移動データ」はスマートフォンアプリに搭載されたアプリケーションの処理によって匿名化され、個人を特定できない状態でブロックチェーン上に記録される。ブロックチェーンに記録された「移動データ」の分析結果を得たい事業者は、プラットフォームに対し利用料を支払うことによって個人を特定できない集合データとしての分析結果を得る。利用料は「移動データ」を提供した利用者に還元される、という仕組みが考えられるだろう(課題1の解決案であるトークン報酬の仕組みともリンクする)。この分散型アプリケーションを行政等の中立組織が管理することにすれば、特定の事業者に依存しない平等なプラットフォームを実現できるのではないだろうか。

さいごに:日本版MaaSの今後の展開に注目

本稿で述べたように、MaaSには複数の事業者や行政が連携することで「移動における利便性の向上」にとどまらず、都市規模での課題解決にも貢献できるポテンシャルがある。しかしながら、実際の交通サービス市場には、行政と民間の役割分担や民間事業者同士によるサービス競争など様々な事情があり、ステークホルダー間のコンセンサスを取りづらいという潜在的な課題がある。またWhimが登場したフィンランドとは既に異なる形態で利用者の利便性向上が図られている日本市場において、MaaSのメリットを利用者に対してどのように訴求するかも課題となるだろう。本稿ではそれらを解決し『統一MaaSプラットフォーム』を実現するアプローチとして、ブロックチェーンの活用を考察してみた。

今後、日本の交通関連の各事業者がどのようなMaaSを志向し、どのようなプラットフォームを構築していくのか、展開に注目したい。

MaaSのプラットフォームに蓄積される利用者の「移動データ」の価値に注目し、MaaSプラットフォームへのブロックチェーンの活用について検討する。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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