2025.10.30 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

フランスに見るブロードバンド政策の変遷とユニバーサルサービス理念(3)

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本誌2025年9月号および10月号では、フランスの歴代政権によるブロードバンド政策の変遷を振り返ってみた。本号では、9月号冒頭で予告したように、昨今のユニバーサルサービス(以下、「ユニバ」と略する)政策の議論動向を踏まえて、フランスのユニバ政策の基底にある理念とはなにかに焦点を当てていくこととする。

3.フランスに見るユニバ理念とは

(1)2021年以降のユニバ議論

2018年12月の「欧州通信法典(EECC)」の発効に伴い、2年に及ぶフランス国内の法制化作業を経て、2020年12月末に、フランスの通信基本法である「郵便・電子通信法典(CPCE)」におけるユニバ制度の枠組みは、既存の枠組みを踏襲しつつ、「2020年12月3日の法律第2020-1508号」(通称:DDADUE法)の成立により、部分的に改定された。この法改正の趣旨は、EUが目指すデジタル時代の社会的ニーズに合致させるため、電話サービスの提供とブロードバンドサービスを包含したユニバ制度に刷新することであった。これが、筆者が9月号にて、電話サービスのみを対象としたユニバ時代から、ブロードバンド主体のユニバ時代が到来したと称するゆえんである。

本稿では、ユニバ制度の現行化から約4年を経て、現政権がいまだに正式なユニバ事業者を指定する手続きを開始していない事実(注:2025年9月末執筆時点)を契機として、筆者の私見により、政府のユニバ政策の立ち位置を考察することを主眼としている。したがって、改正後のユニバ制度の概要については必要最低限にとどめ、最近のユニバ政策議論の特徴を示した文献や記事を中心に紹介する。

この観点からまず紹介するのは、10月号で引用したCGEレポート(「私有地における超高速ブロードバンドへの複雑な接続」、2024年11月発表)である。同レポートでは、メタルから光への移行に伴い、重要な課題となっている個人負担の最終接続費用の問題を取り上げる中で、行政側の視点から、以下のように簡潔にユニバ制度の現状を記載している(表1参照)。

【表1】フランスのユニバの現状

電子通信のユニバーサルサービス

ユニバーサルサービスは、誰もが手頃な料金(注)で公衆ネットワークへの固定接続、並びに、良質な電話サービスや、様々なサービス(メッセージングなど)を利用可能とする高速インターネットへの妥当なアクセスを可能にする。これにより、希望する者は誰でも、インターネットアクセス抜きで、電話のみにアクセスすることができる。

ユニバーサルサービスは、まずは、市場で入手可能なサービスによって提供される。そのようなサービスが入手不可能な場合、電子通信担当大臣は、このサービスを提供する1社以上の事業者を指定することができる。この枠組みの導入は、政府によって進行中である。

なお、2020年12月3日以降、ネットワーク接続サービスおよび電話サービスの提供に関係するユニバーサルサービスを担当する事業者は存在しない。ただし、Orangeは、以前はユニバーサルサービス事業者に指定されており、政府に対して、2027年までは、電話とインターネット加入に関して社会的福祉料金を維持し、光ファイバーへのマイグレーションを含め、同一料金で電話加入のみを維持する可能性があることを約束している。

(注)郵便・電子通信法典によれば、「手頃な料金」とは、低所得であるかまたは特定の社会的ニーズを持つエンドユーザーが、自らの請求に基づいて、市場の機能に応じて(特に消費者物価指数や国民所得との関係から小売料金レベルに基づいて定義される)オプション、パッケージ、または料金割引を享受することである。

(出典:CGE「私有地における超高速ブロードバンドへの複雑な接続」(p.30)、2024年11月発表)

上記のとおり、2020年末までの電話ユニバの時代には、政府が定める入札手続きを経て、既存事業者のOrangeがユニバの提供事業者として正式に指定され、当該事業者の過度な負担分を補填するためのユニバ基金についても、ARCEPが純費用を算定した結果に基づいて、毎年発動されてきた。通信法改正後においても、上記の基本的な枠組みは維持しつつ、政府は、新たなブロードバンドユニバに関する施行細則の制定および導入に2、3年程度は要すると見込み、政府内にユニバのワーキンググループを設置し、2023年1月1日までに運用を開始するための準備を進めていた[1]。

運用開始までの暫定的措置として、2021年5月に、政府とOrangeは、2023年1月1日まではOrangeがメタルの電話サービスに限定されたユニバの提供を維持することで合意した。この合意では、電話サービス品質の維持のため、毎年5億ユーロ相当のメタルインフラ保守予算をOrangeが確保することについても合意されている。この合意の背景として、メタル廃止時期を公表したOrangeにより提供されている既存のメタルサービスの品質低下に関して、深刻な懸念が生じていたことが挙げられている[2]。とりわけ、ルーラルエリアの議員からは、メタルネットワークの老朽化が露呈しており、長年、地域住民の接続環境に不平等が生じている問題に直面してきたことが報告されている。そのような懸念から、国会議論の中では、「ユニバ事業者の指定期間は、改正前は原則として3年であったが、サービス品質確保の見通しと規制機関の効果的な監視のため、5年から10年程度に延長すべき」という意見も出ていた。

(2)「光ファイバーのユニバーサルサービス」構想

2021年5月にOrangeとの暫定的ユニバ合意を実現させたデジタル移行・電子通信担当大臣セドリック・オー氏[3]は、通信法改正段階でユニバ政策の今後が議論されていた2020年9月に、「光ファイバーのユニバーサルサービス」構想を表明した。同氏は、「光ファイバーは、水や電気と同様に日常生活にとっての必須サービスである」と位置付け、ユニバという概念を、「光ファイバーネットワークの全域にまで拡大することができるはずである」と述べた[4]。また、「2025年までに100%光ファイバー」という政府スローガンの提唱者でもあり、2025年までにすべての地域を100%光ファイバー化し、次に最も困難な「複雑な接続」に公的資金を提供した上で、最終的に光ファイバーのユニバを構築するという3段階のステップを想定していた[5]。

この100%光ファイバーのスローガンは、光ファイバーをメタルに代替する社会的インフラ基盤とする政治的意欲を示したものと見ることができる。実際には、広大な国土を持つフランスの地勢的特徴から見て、100%のカバレッジ達成は困難である。オー大臣は、地方自治体の広報誌において、以下のように述べている。「モンブランの麓の避難小屋にまで光ファイバーが設置されることを保証するものではないが、いつかメタルが消滅する時には、100%(あるいは99.99%の)FTTHが到来するだろう。メタルと光ファイバーという2つのネットワークを維持することは経済的に実行可能ではない。」[6]

なお、2020年9月初旬に、政府はコロナ後の経済復興のため、多額の予算をデジタル分野に投入することを決定している。このことから、デジタル移行担当大臣の発言は、政府のデジタル化政策の本気度を示す意図があったのかもしれない。

オー大臣がこのように光ファイバーを必須インフラと位置付けることについて、政権内で難色を示す大臣も存在した。2017年からPFTHD(Plan France Très Haut Débit:フランスの超高速ブロードバンド計画)を担当する都市住宅大臣であったジュリアン・ドゥノルマンディ農業大臣は、必須インフラ(水や電気)そのものと、全国民に保障する「光ファイバーへの権利」とは厳密には異なるので、国民に混乱が生じることを懸念していたようだ[7]。

また、国会議員の中からも、政府は、新たなユニバへの移行措置の実施に消極的であると指摘する者もあった。同議員によれば、Orangeに対するユニバ使命が11月末に終了するにもかかわらず、政府の取り組みが遅いのは、PFTHDの目的と新たなユニバの目標が重なっているためである。同議員は「新たなユニバの範囲は、手頃な料金で、固定音声通信に加えて高速インターネットアクセスを可能にするよう拡大されており、このユニバの枠組みによって、PFTHDのメカニズムが阻害されるのでは、と政府は考えている」と説明する[8]。

市場の欠陥または機能不全とは

上記の視点、すなわち、ブロードバンドユニバの目標とPFTHDの目標の重複という問題には、EU共通のユニバ制度の原則に関わる論点が存在する。それは、前述したCGEレポートの「電気通信のユニバーサルサービス」の中に記載されているように、「ユニバーサルサービスは、まずは、市場で入手可能なサービスによって提供される」のが、EUにおけるユニバの本質的な概念であることに起因する[9]。「そのようなサービスが入手不可能な場合、電子通信担当大臣は、このサービスを提供する1社以上の事業者を指定することができる」という制度設計となっている。この基本原則の考え方は、通信法改正段階の2020年7月の国会答弁においても、以下のように取り上げられている。「政府が2017年に定めた野心的なPFTHD目標は、事業者と地方自治体の努力により、今も稼働中である。政府の支援で穴埋めできない市場の欠陥が存在する場合にしか、ユニバ事業者は指定されない。この場合、法律上は、全国または地域ごとに指定可能である。」[10]

上記の政府答弁の文脈から政府の意図を推察すると、以下のようになる:約10年前から取り組んできた官民一体ブロードバンドサービスへのアクセスが実現しつつある。要するに、フランス国内では、政府の支援策が機能している以上、超高速ブロードバンド市場に欠陥や機能不全が生じているとは言い難く、そうであれば、直ちにユニバ事業者を選定する必要はないであろう。このような現状肯定が、政府答弁の基調にあるようにみられる。

その後の行政側の動きとして、経済省内で通信行政を担当する「企業総局(DGE)」は、ブロードバンドユニバの最低速度に関する省令の策定に向け、2021年10月から11月にかけて公的諮問を実施した。政府が国会に提出した原案によれば、最低限のブロードバンドユニバ速度は、PFTHDの中間目標で設定された速度と同じく、8Mbpsとすることを想定していた。しかし、この原案は結局、具体化することなく、お蔵入りとなった。

ユニバは「法的空白」状態?

行政側の動きが停滞する間、2022年4月に開催された有識者のシンポジウムでは、2023年以降のユニバの行方をテーマとする活発な議論が展開されている[11]。このシンポジウムで発言したある弁護士は、「メタルの普遍的なサービスがもはや存在しないため、このテーマには法的な空白が存在する。ユニバの適用範囲は、もはや『接続』とは関係しないから(注:筆者の解釈では『接続を担当する事業者』と同義であり、後述するように、この『接続』問題が重要な論点となる)、メタルのユニバと同様な方法で(注:筆者の解釈では、事業者が負担する方法で)資金を調達する必要はないであろう」とコメントしている。

このシンポジウムに参加したOrange側の代表者は、「わが社は2020年11月以降、ユニバ事業者には指定されていないが、義務でなくなったとしても、現在もサービスを引き続いて提供しており、この使命を継続することを約束する」とコメントし、事実上のユニバ事業者の立場にあることを是認している。なお、この発言が示す意味を知るには、Orangeの成立過程に踏み込んで言及する必要がある。Orangeの前身は、元国営事業者のFrance Telecomであり、1990年代の公社時代には、法律によってユニバ事業者としての地位を規定されていたが、民営化の過程でユニバ事業者としての法的地位は解除された。このFrance Telecom時代に公共サービスの提供を社命とする定款が作成され、それが現在も、政府が23%出資するOrangeの定款の中に引き継がれているという事実がある[12]。これは、同社が置かれている立場を知る上で重要である。

(3)ユニバに代替する「超高速ブロードバンド権」構想

政府は、10月号で述べたように、PFTHDに基づく超高速ブロードバンドの100%カバレッジ目標が2022年に達成されたことを公言した。同年12月16日に、オー大臣の後任としてデジタル移行担当大臣を引き継いだジャン=ノエル・バロー氏は、「ユニバーサルサービスに代替して、すべての国民が享受可能な、手頃な料金による30Mbpsの『超高速ブロードバンド権』を新設する」構想を発表した。「これは、フランスをデジタル列強国にするための欧州でもユニークな野心である」と大臣自ら力説したものの、その具体的内容は明らかではなく、当該権利に関連する条文の制定手続きに言及することもなかった。ただし、通信担当大臣が、「超高速ブロードバンド権は、ユニバに代替する」政策であると明言したことは、ユニバ政策の法的空白状態を政府自身が容認したことになるだろう。

バロー大臣は、翌2023年3月の国会答弁時に、「超高速ブロードバンド権」構想の詳細について問われた際、以下のように述べた:「国民はどこにいても、30Mbpsの超高速ブロードバンドにアクセスできるようにしなければならない。政府による光ファイバーへの移行の取り組みにより、超高速ブロードバンド権がすべての国民にとって実現することになる。この最低速度(の権利)には、かつてのユニバがそうであったように、社会的弱者向けの社会福祉料金が含まれている。この社会福祉料金については、事業者と協議中であり、2023年半ばまでに完了する見込みである。」[13]

社会福祉サービスの重要性とOrangeとの合意

この「社会福祉料金」は、かつては電話ユニバ制度の主要な構成要素のひとつであり、社会福祉手当の受給資格者(低所得者、障がい者等)を対象として基本電話料を減免した措置を指している[14]。このことから、政府が考えるユニバ代替の条件とは、「社会福祉料金」が電話ユニバの重要な要素であったことに配慮して、超高速ブロードバンド権に社会福祉的措置を反映させることであった。

政府とOrangeは、電話ユニバの維持に関する2021年5月の暫定的合意の後、2023年11月に、光ファイバーの展開の約束に関する新たな合意を締結した。ここで、社会福祉サービスの維持に関する内容が盛り込まれているので、バロー大臣の国会答弁にあった、超高速ブロードバンド権とのつながりが見えてくる。社会福祉サービスの維持とは、2027年までは社会福祉料金(手頃な料金)によるFTTHサービスが維持されるようにするため、VoIP電話加入のみのFTTH小売製品を提供することである(従来のFTTH製品はネットアクセスとのバンドルプランが主流であり、VoIP電話単独のプランは提供されていなかった)。

なお、この合意内容の大部分は、光ファイバーの展開の加速に関する内容であり、主に、2024年から2025年にかけて人口密度別に指定されたエリアへのFTTH展開計画を完了させることに力点が置かれている。この合意の背景には、FTTHの普及ペースが減速傾向にあること(2022年から2023年の間に、FTTH加入者の純増率が前年比で25%減少)が挙げられている。2023年11月8日のOrange報道資料は、2022年4月にCEOに就任したクリステル・ハイデマン氏による以下のコメントを掲載している:「2022年にフランスの超高速ブロードバンド計画の成功に大きく貢献したOrangeは、2025年までに光ファイバの普及を確実に実現するために、再び政府と協力する」[15]

以上で挙げた、2021年5月の電話ユニバの暫定的継続に関する合意や、2023年11月の光ファイバーの展開加速に関する合意に見られるように、政府が難局を打開するためにOrangeとの直接の合意形成によって事態を進めていくやり方を我々は度々見てきた。これは、フランスの通信政策の特徴を示す常套手段と言えるかもしれない。

[1] https://www2.assemblee-nationale.fr/content/ download/328893/3212880/version/1/file/GT+ SUT+-+Communication.pdf

[2] 同上

[3] 通信担当大臣としての在任期間は2019年3月から2022年5月まで。後任はジャン=ノエル・バロー氏。

[4] https://thomaslestavel.com/wp-content/uploads/2020/11/publication-tres-haut-debit.pdf

[5] https://www.vie-publique.fr/discours/276303-cedric-o-21092020-economie-numerique

[6] Maire Info, 2020年10月22日記事。 https://www.maire-info.com/numerique/tres-haut-debit-le-plan-de-financement-regle-le-100--fibre-face-%C3%A0-des-difficultes-operationnelles-article-24632

[7] DegroupTest, 2020年9月28日記事。https://www.degrouptest.com/actualite/fibre-optique-gouvernement-va-muscler-jeu

[8] Banque des Territoires, 2020年11月19日記事。https://www.banquedesterritoires.fr/le-service-universel-des-telecommunications-etendu-linternet-au-bon-debit

[9] EECC第84条に規定。

[10] 中小企業担当大臣アラン・グリゼ氏による2020年7月8日の国会答弁から引用。“Adaptation au droit de l’Union européenne  en matière économique et financière”, https://www.senat.fr/ cra/s20200708/s20200708.pdf および、Maire Info, 2020年10月22日記事。https://www.maire-info.com/numerique/tres-haut-debit-le-plan-de-financement-regle-le-100--fibre-face-%C3%A0-des-difficultes-operationnelles-article-24632

[11] CREDO, April 2022, ”compte-rendu jeudi de la fibre,’la fin du réseau cuivre’”, https://www.cercle-のPFTHD政策(9・10月号参照)により、その成果として、全国民を対象とする超高速credo.com/wp-content/uploads/2022/06/CR_Jeudi-de-la-Fibre_CREDO_2022_final.pdf

[12] 定款第2条:「同社の目的とは、郵便・電子的通信法典に合致して、公共サービスに関する使命を確保すること、とりわけ、場合により、電気通信のユニバーサルサービスおよび義務的サービスを提供することである」

[13] 2023年3月8日のバロー大臣の国会答弁。Commission de l'aménagement du territoire et du développement durable : compte rendu de la semaine du 6 mars 2023

[14]電話ユニバ時代の2020年度の純費用の内訳を見ると、この社会福祉料金の要素が全体の約8割を占めていた。

[15] “Orange gives new impetus to widespread fiber deployment by 2025”, November 8, 2023, https://newsroom.orange. com/orange-gives-new-impetus-to-widespread-fiber-deployment-by-2025/

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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