2018.10.26 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

リアル店舗の無人化の動向と今後の展望

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人手不足感の強まり

2018年6月の日銀「全国企業短期経済観測調査(短観)」によると、雇用人員判断DI(人員が「過剰」と答えた企業の割合から「不足」と答えた割合を引いたもの)は全産業でマイナス32と低水準にある。特に中小企業の製造業はマイナス29、非製造業はマイナス39と、非製造業の人手不足感が著しい。先行き(3ヶ月後まで)については、中小の製造業はマイナス34(変化幅▲5)、非製造業はマイナス45(同▲6)と、今後さらに人手不足感が強まる見込みである。

このような環境下で、小売業、外食店等サービス業での人件費は上昇している。例えば、外食大手主要20社の2018年度第1四半期(もしくは第2四半期)決算では14社(20社の7割)の最終損益が悪化した。新規出店等で売上高が増加しているものの損益が悪化している「増収減益型」の企業は5割となり、これは人件費や原材料費等のコストの増加が要因である。

国内の人手不足への対応策として、店舗の省力化/無人化が始まっている。本稿では、国内のリアル店舗の省力化の取り組み動向を取り上げ、海外のICT事業者の事例(米Amazon「Amazon Go」、中国Alibaba(アリババ)、Tencent(テンセント)の小売業参入)との違いに言及したうえで、今後の国内動向を展望する。

課題解決策としての店舗の省力化/無人化

国内では既存のリアル店舗を運営するスーパーやコンビニの一部の事業者の一部の店舗で省力化の取り組みが始まっている(表1)。

国内小売業の店舗省力化/無人化の主な事例

【表1】国内小売業の店舗省力化/無人化の主な事例
(出典:本文中の図はすべて筆者作成)

スーパーを展開するトライアルカンパニー社(福岡県福岡市)では、タブレット端末付きのショッピングカートにバーコードリーダーを付け、商品をかざしてカートに入れると、近くの棚にあるお薦め商品が表示され、会計はプリペイドカードで決済できる。これにより、消費者はレジ待ち時間を解消でき、店舗の現場ではレジスタッフの人手不足を解消できる。

コミュニティ・ストア展開の国分グローサーズチェーンでは、無人店舗(省人化)システムの開発を行っている。狙いは、工場内や研究所内等限定された顧客のみが利用可能な売店運営の業務効率化、収益向上である。セルフレジの設置により、店舗運営を発注と品出しに限定し、人件費を削減し、当該店舗の収益を向上させようとしている。

ローソンでは都内3店舗でスマートフォン(スマホ)アプリによるセルフ決済の実証実験を実施したところ、レジ決済時間の短縮、従業員のレジ作業の削減効果を得た。2018年下期以降、効果が見込めそうな多店舗への導入を検討している。ローソンが導入している、無人レジ「レジロボ」は生産から物流、店舗での販売までサプライチェーンの流れの一括管理も視野に入れており、小売りの現場にとどまらない、流通全体の効率化を志向している。

ただし、既存のリアル店舗を持つ事業者の省力化/無人化はレジ作業の省力化が中心である。

一方、EC事業者のリアル店舗への参入も行われている(表2)。

EC事業者のリアル店舗への参入の主な事例

【表2】EC事業者のリアル店舗への参入の主な事例

佐賀県佐賀市の「モノタロウAIストア」はB2B向けのECサイト[1]が運営する完全無人店舗だ。利用者はQRコードを出入り口の端末にかざして入店し、バーコードをアプリで読み取り、カードで決済できる。運営元のモノタロウは新たな無人レジは用意せず、自社のインターネットサイトの決済システムで決済を行っている。同社がオムニチャネルを志向する中で、倉庫をリアル店舗化したもので、ECサイトに比べ、すぐに商品を提供できるので、急用の顧客への販売機会を持てる。店内カメラで撮影した来店客の映像を画像解析システムで解析し、来店状況の分析や防犯検知にも役立てていく方向にある。

アーバンリサーチ(セレクトショップ運営のアパレル企業)は、「アーバンリサーチ ストア パルコヤ上野店」を2017年11月にオープンした。仮想試着機で洋服を脱ぎ着することなく試着可能で、体の動きや体勢に追随してリアルタイムに映像が動く「リアルタイムフィッティング」機能、「多言語対応」機能(日本語、英語、中国語)等を提供している。店舗内のタブレット端末で在庫状況を検索し、ECサイトでの購入も可能で、リアル店舗とECサイトとの連携を推進しており、新たな体験価値となる“仮想試着機”を提供することで、誘客効果を得ている。

小売店舗以外でも、飲食、銀行、旅行業や、スポーツジム、シェアオフィス、ホテル、レンタカー等サービス業で省力化の取り組みが行われている(表3)。

サービス業での省力化/無人化の主な事例

【表3】サービス業での省力化/無人化の主な事例


ロイヤルHDでは2017年11月に完全キャッシュレスの実証店舗を開始し、現金管理を無くし、売上管理業務の軽減、レジ締めの時間短縮を実現し、店長の働き方改革を実現した。

JTBや熊本銀行の事例では、店舗に接客対応を行う人間はいないが、遠隔で顧客の相談にのれるようにしている。JTBはショッピングモールの一角、熊本銀行は閉鎖店舗の跡地に立地させている。いずれも相談を必要とするサービス(旅行、金融サービス)であるが、店舗は無人化している。

スポーツジムを運営するFast Fitness Japanは、無人での深夜営業を実現して、新たな顧客層を開拓し、シェアオフィスの東急電鉄は無人化により運営コストを下げ、安価なサービス利用料を実現している。いずれも、会員制の限定された顧客に向けたサービスとなっている。

H.I.Sの「変なホテル」は人手不足の解消という供給側の課題解決と、宿泊客への新たな価値提供による、他社との差異化という両方を実現している。

東温モーターズが取り組むレンタカーの受付業務での無人化については、予約はホームページから行い、クレジットカードで個人を認証して、車の鍵を自動で受け取れる。同社は人手不足が深刻化する中で、レンタカーのチェーン店として、人件費の抑制を訴求し、全国展開を目指している。

国内事例での省力化の主な狙いは、顧客への新たな価値提供という付加価値の向上や、利便性の維持・向上にある。同時に、事業者サイドでは人手不足の課題解決を実現している。

効果としては、顧客に対する新たな楽しさやエンターテインメント性の提供があり、事業者サイドから見ると、これまで稼働していなかった時間帯における設備の有効活用による新たな顧客層の開拓や、運営コストの軽減をもたらしている。

国内の省力化支援のサービス提供事業者動向

国内の省力化を支援するサービスとしては、入店→接客→決済という流れの中で、主に決済の省力化を支援しており、セルフレジが提供されている。流通・サービス業向けのITサービスを提供するヴィンクスは2018年3月から、無人店舗(省人化)向け決済システムとして「タブレット型セルフPOSシステム」を提供している。POSシステムを提供する他社もセルフレジを提供しており、今後の普及が期待されている。

大手ICTベンダーは、自社の強みを活かした関連ソリューションを提供しており(Panasonicはロボットの要素技術やIoT、OKIはセンシング、メカトロニクス、NECは画像認識技術)、自社のソリューションビジネスの拡大を目指している。

一方、オプティムは、中長期の成長戦略として、「〇〇×IT」(IoT/AI/Robot)による新しい産業基盤の創造を掲げており、その一環として店舗向けのソリューションを提供している。リアル店舗で利用者のデータ(属性情報や売れ筋動向)を取得してマーケティングへの活用を推進している(表4)。

省力化/無人化を支える主なソリューション提供事業者

【表4】省力化/無人化を支える主なソリューション提供事業者

政府の取り組み

経済産業省は、2017年4月に「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」を打ち出し[2]、2025年までにコンビニエンスストア5社すべての取扱商品に電子タグを利用することで各社と合意した。この背景には、小売業の人手不足と労務コストの上昇という課題があるうえ、大量生産、多頻度配送を通じた高度に効率化されたロジスティクスが実現されているものの、サプライチェーン全体として食品ロスや返品といった課題が生じていることがある。

同省が実施している「IoTを活用した新産業モデル創出基盤整備事業(国内消費財サプライチェーンの効率化)」[3]では、2017年度にサプライチェーンで在庫情報等を共有するシステムを試作し、部分的にサプライチェーンを可視化できることを実証した。2018年度については、情報共有システムにおけるセキュリティ対策、データの権限付与、データの著作権等の検討や、複数の情報共有システム間のデータ共有モデルの構築を行う予定である[4]。

海外事例との比較

海外ではAmazon.comが開始した食品スーパー「Amazon Go」にはセンサーやカメラを使った決済処理が導入され、レジはない。読み取り機付きのゲートにスマートフォンをかざして入店する方式で、天井の設置カメラが、来店客の動きを捉えて購入予定の商品を識別し、アプリをダウンロードしたスマホ上で決済をする。中国でもアリババやテンセントがネットとリアル店舗の連携を図り、QRコードでのモバイル決済サービスや顔認証で決済が完了するシステムを実装した店舗が登場している。いずれも、個人を識別して、個人の購買行動、信用度等を捉えたサービスになっている。

狙いとしては1人当たりの顧客単価の向上、ロイヤルカスタマーの醸成等であり、その推進役はICT事業者で、当該業種のリアル店舗を持つ既存事業者の取り組みが中心の国内の状況とは異なる(表5)。

国内事例と海外事例の比較

【表5】国内事例と海外事例の比較

今後の展望

国内では、人手不足や2020年に向けた訪日外国人対応のため、店舗の省人化、無人化に向けた取り組みは今後進展していくことになるであろう。

その際に、供給側の効果である、人手不足の解消や、省力化がもたらすコスト削減に加えて、顧客への“おもてなし”が追求されていく方向性が挙げられる。その方法としては、各顧客に適したサービスや商品を提案するパーソナライズ化を目指していく方向と、リアルな店舗に行って得られる“楽しさ”・“目新しさ”の提供を目指す方向がある。前者については、店舗内での行動分析等を背景にした買い物客それぞれへの最適な商品の提案だ。後者については、買い物に行って楽しいと思える、新たな体験の提供であり、店舗に店員がいないというだけの無味乾燥なものとは異なるものである。デジタルサイネージやAR/VR等他のICTサービスの貢献余地がありそうだ。

また、省力化という点では、現状では決済のプロセスでの省力化が中心であるが、サービス業での接客等他のプロセスでのロボットの活用に向けた取り組みも始まっている。QBIT Robotics社[5]は2018年4月からサービス業向けのロボット導入事業を開始しており、今後5年間で外食およびテーマパークなどのサービス業向けに1,000カ所以上へのロボットシステムの納入と運用支援サービスの提供を計画している。決済以外のプロセスでのICT活用の動向も注目される。

省力化/無人化の取り組みが各店舗のコスト削減という部分最適にとどまらず、国内のサプライチェーンの効率性向上、物流におけるCO2排出の削減や、食品廃棄ロス軽減等、社会的な課題の解決につながることを期待したい。

[1]現場向けの工場用間接資材、農業資材、店舗要員等のECサイト

[2]経済産業省「『コンビニ電子タグ1000億枚宣言』を策定しました~サプライチェーンに内在する社会課題の解決に向けて~」(2017年4月18日) https://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170418005/20170418005.html

[3]経済産業省「電子タグを用いたサプライチェーン情報共有システムの実験を行います~サプライチェーンに内在する社会課題の解決に向けて~」(2018年2月2日)
https://www.meti.go.jp/press/2017/02/20180202001/20180202001.html

[4]経済産業省「『IoTを活用した新産業モデル創出基盤整備事業(国内消費財サプライチェーンの効率化)』の採択事業者を決定しました」(2018年8月23日)

[5]https://www.qbit-robotics.jp/

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