2020年4月28日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

COVID-19:突然のライフスタイル変化が情報通信産業に突き付けた課題



(1)はじめに

世界中で新型コロナ(以下、COVID-19)の感染が急拡大する中、外出自粛や在宅勤務の激増により、多くの人が予期せぬ形で突然のライフスタイル変更を余儀なくされている。その影響は広範囲に及んでいるが、本稿では欧米の情報通信業界を襲った混乱の現状と対応について紹介する。

以下、同業界におけるCOVID-19の影響について、トラフィック集中の問題、通信事業者の対応(英国BTのケース)、規制機関の対応の順に概説する。

(2)トラフィック集中の問題

COVID-19により自宅滞在を迫られる人が増えたことから、ネットワークのトラフィック増大やピークタイムの変化が情報通信業界を揺さぶっている。COVID-19はグローバル規模の脅威だが、最もダメージを受けた国の一つである英国では、最大手通信事業者のBTが3月20日にネットワークへの影響を発表した。それによれば、在宅勤務が本格化した3月17日以降、同社では平日昼間の固定回線トラフィックが35~60%増大し、ピーク時には7.5Tb/秒に達したという。同時に、この数字は同社のネットワークの最大能力である17.5Tb/秒と比べると、まだ管理可能な範囲内にあるとアピールしていた。しかし、3月の最終週以降も、英国のみならず世界中で感染拡大が沈静化する気配はなく、通信事業者の間には高い緊張感が張り詰めている。

映像やゲームなどのデジタルコンテンツがダウンロードではなく常時ストリーミングされる今日のネットワーク混雑では、ネットワーク事業者だけではなくプラットフォーマーの協力が不可欠である。そのため、感染拡大時におけるプラットフォーマーのコンテンツ配信戦略の変更を呼びかける声が世界中で相次いでいる。規制機関はプラットフォーマーへの働きかけを行うと同時に、ユーザーにも利用行動の変更(Wi-Fiオフロードの推進など)を求める啓蒙、周知を強めている。

その先鞭を付けたのは欧州連合(EU)である。EUの行政機関の欧州委員会(EC)は3月19日、域内市場担当委員であり、情報通信も監督するThierry Breton氏(2002~2005年にFrance Telecom(現Orange)のCEOであった)が、ストリーミング事業者、通信事業者、エンドユーザーにネットワーク混雑を避けるように要請した。それを受けて、Netflixの会長兼CEOのReed Hastings 氏はBreton氏と会談を行い、30日間の期限でEU域内と英国のビデオ配信の品質(ビットレート)を高精細(HD)ではなく標準精細(SD)に引き下げることで合意している。3月24日のWIRED誌によれば、欧州ではNetflixの他にも、YouTube、Amazon Prime、Disney+などもストリーミング品質を低下させている。同誌はYouTubeのビデオ品質は通常は利用するネットワーク速度に応じてHDとSDに自動的に振り分けられているが、感染が流行している期間は一律SDに引き下げられ、その後はHDで見ることも可能だが、手動で精細度の変更を行わなければならないと報じている。そして、親会社であるGoogleの スポークスパーソンによれば、YouTubeは3月16日の週からEU内で上記の対応を取ってきたが、3月24日からはその変更を世界的に拡大しているとも付け加えている。

影響は南半球にも及んでいる。The Guardian紙は3月20日、「豪州政府がブロードバンド混雑回避のためにNetflixとStanにデータ削減を要請」と題する記事を掲載した。Stanは同国で人気のサブスクリプション型ビデオ配信事業者である。その記事によれば、この要請はFletcher通信大臣が3月16日に開催した電気通信事業者などを招集したラウンドテーブルの場で行われた。そこでは、特にインターネットに負荷を与える懸念材料として、①Netflix、Stan、Disney+などのビデオ配信、②ゲームの大容量ファイル・アップデートが挙げられた。そして、データ利用が夜間から昼間に、また、ビジネス地区から郊外にシフトしていることを受けたトラフィック管理の調整が、電気通信事業者の課題とされたとのことだ。

ゲームトラフィックの制御に関しては、CDN、ネットワークセキュリティ大手のAkamai TechnologiesがCOVID-19対策として4月1日にブログで発表した、「MicrosoftやSonyをはじめゲーム業界と協力することで、ピーク使用期間の輻輳管理を支援しています。これは、ゲームソフトウェアのダウンロードのために特に重要な対策です。更新がリリースされると、インターネットトラフィックが急増します。最新ゲームのソフトウェア更新の場合、ウェブページ 30,000 ページ分に相当するトラフィックが生成されます」という説明が興味深い。

ネットワーク混雑の問題は映像やゲームのコンテンツにとどまらず、音声トラフィックにも波及している。それは、今や音声通信の大きな担い手となっているソーシャルメディア企業にとって、既存の電話会社と同じように頭の痛い問題である。そのことを裏付けるように、3月19日のFinancial Times紙の記事「EUは数百万人が自宅から作業した結果のブロードバンド混雑に警鐘」では、FacebookのMark Zuckerberg氏が報道機関に対して、同社が提供するWhatsAppやMessengerを通じた通話が倍増するなど、ソーシャルメディア企業は音声トラフィックの「激増」にさらされていると述べたと報じている。そして同紙はZuckerberg氏が、その程度は新年における通話の急上昇をはるかに超えており、トラフィック激増をコントロールすることは難題であると語ったと続けている。

トラフィック集中はブロードバンド品質の問題も提起した。ブロードバンドの下り速度だけを気にしていればよいビデオストリーミングとは異なり、在宅勤務や対面の打ち合わせ自粛で出番の増えたビデオ会議では、ブロードバンド回線の上り速度の制限が課題となってくる。モバイルブロードバンドはもちろんのこと、欧米では固定ブロードバンドでも下りに比べて上りの速度が遅いことが多い。FTTH(速度は基本的に上下対称)の普及が日本ほど進んでおらず、上下非対称のADSLやせいぜいVDSL(ラストマイルの顧客宅内寄り部分が銅線)がブロードバンドの主流だからである。感染騒動が一段落した後には、各国でより高速のブロードバンド(FTTH、5Gなど)の整備や加入が加速するかもしれない。

(3)通信事業者の対応-英国BTのケース

英国ではチャールズ皇太子がCOVID-19に感染するなど被害が広がっているが、BTは3月12日、同社CEOのPhilip Jansen氏(53才)の感染が確認され、直ちに自己隔離に入ったことを公表した。同CEOはそれに先立つ3月9日、主管庁であるデジタル・文化・メディア・スポーツ(DCMS)省のOliver Dowden大臣が主催した、過疎地におけるモバイル設備の共同利用に関する会合(図1)に出席していたため、Three UK、Vodafone UK、O2など同席していた英国の主要なモバイル事業者のトップが自宅待機を行う事態となった。

英国デジタル・文化・メディア・ スポーツ(DCMS)省で開催された会合

図1:英国デジタル・文化・メディア・
スポーツ(DCMS)省で開催された会合
(前列中央がDowden大臣、
後列の右から2人目がBTのJansen CEO)
(出典:英国デジタル・文化・メディア・
スポーツ省のTwitter)

トップが混乱に巻き込まれるなどBT自身が不自由な環境の中、同社は在宅勤務や外出自粛などに伴う顧客からの問い合わせ増大やトラフィック集中への対処に追われている。図2のように、3月13日には、BTの最高技術情報責任者(CTIO)が自宅からビデオを通じて、アウトブレイク以降の「大量自宅勤務(mass home-working)」下のトラフィック変化を説明し、それでも同社のネットワークは安定していると語りかけた。

自宅から訴えかけるBTのHoward Watson CTIO

図2. 自宅から訴えかけるBTのHoward Watson CTIO(3月13日)
(出典:BTホームページ)

3月27日の「BTは英国をつなぎ続けるために大きな役割を果たしています」と題するプレスリリースでは、顧客からの問い合わせや注文が激増しており、それに対応するためにオペレーターやスタッフを増員していることが説明されている。この発表はBTの社会への貢献をアピールする内容だが、他方で、一部の従業員が出社して勤務せざるを得ないことに対する理解も求めている。

BTによれば、過去数週間、両親のもとに帰省する学生や親族が増えており、インターネット回線の需要が伸びている。BTグループのモバイル事業者であるEEでは、顧客の10人に1人が2本目の回線を求めており、タブレット端末への需要も高まっている。また、WhatsAppが利用できないという理由で、ガラケーからスマホへの乗り換え希望も増えている。また、家計、財務状況の困難に直面している顧客から、支払い方法や加入パッケージの見直しについての相談も寄せられている。 BTのコンタクトセンターでは、感染拡大が本格化する前の2月の最終週では、新サービスや新規加入、料金請求、その他の問い合わせなどで毎週80万以上の通話に対応していた。しかし、3月16日の週に入ると、顧客と話ができる要員が減る一方で、問い合わせ通話は20%近く増えたため、既存サービスの対応回線を16%、新サービス関連の相談回線を27%増設した。しかし、それでも問い合わせ急増には追い付かず、EEでは通常よりも30%、BTでは45%ほど待ち時間(ビジー)が増大している。

問い合わせに対応するコンタクトセンターには、BTグループ全体でパートナー企業を含めて約17,500人の要員が存在する。在宅で勤務している者もいるが、多くはまだ出勤をせざるを得ず、1万人が全国45カ所のサイトで勤務を続けているようだ。BTは職場に出勤せざるを得ない従業員への対策として、人々をより離れて座るようにし、訓練や共同エリアを開放するなど、すべてのセンターで厳格な社会的距離の確保を行い、無料で食事を提供するなどの対応も行っている。

(4)欧米の規制機関の対応

ここ数年の情報通信業界のキーワードは「コネクティッド」であった。例えば、EUの情報通信主管部門の略称は数年前から「コネクト総局(Directorate General Connect)」となっている。しかし、COVID-19の流行以降、Connectという言葉には「対面で会えなくなった親族といつでもつながっていられる」「在宅勤務でも支障なく仕事ができる」などの切実な意味が込められている。本稿執筆時点(4月中旬)において、米FCCのトップページには「Keep Americans connected」、英Ofcomでは「Stay connected」というスローガンが大きく踊っている。そして、それを受けてBTサイトには、巨大な「Helping you stay connected」というバナーが掲げられている。

まずEUでは、4月13日に表示されている最新ニュースが、図3のように3件ともCOVID-19に関連している。図の左から順に紹介すると、4月8日には、欧州統一的なモバイルアプリを利用した、感染防止策の啓蒙やロケーションデータの収集・活用に関する勧告が発表された。3月20日には、EC、欧州ネットワーク・情報セキュリティ機関(ENISA)、欧州コンピューター緊急対応チーム(CERT-EU)、欧州刑事警察機構(Europol)が共同声明を発出し、人々の恐怖心や在宅勤務ニーズに付け込んだ詐欺行為に一致して対抗すると警告した。そして、前述のとおり、3月19日にはThierry Breton委員がストリーミング事業者、通信事業者、ユーザーにネットワーク混雑を避けるように要請した。具体的には、ECと加盟各国の通信規制機関トップから構成されるBEREC(Body of European Regulators for Electronic Communications)の間で、各国のトラフィック状況を相互交換する報告体制が構築された。プラットフォーマーが通信事業者と協力してコンテンツをSDにダウングレードすることもこの場で求められた。

図3:ECの情報通信サイトのトップページのニュース(4月13日)

図3:ECの情報通信サイトのトップページのニュース(4月13日)
(出典:ECの情報通信ポータルサイト(「デジタル単一市場」))

続いて、Ofcomのサイトが全面でアピールしている「Stay connected」コーナーを訪問すると、感染流行中につながり続けるために大切なポイントが説明されている。それは、(1)可能ならばモバイルではなく固定回線やWi-Fiで通話して下さい、(2)ルーターを他の機器からできるだけ離して下さい、(3)Wi-Fiに同時接続する機器数を減らしてみて下さい、(4)ブロードバンド速度向上のためにWi-Fiではなく固定回線を試してみて下さい、(5)ルーターは延長コード経由ではなく回線のメインソケットに直接差し込んで下さい、(6)ブロードバンド回線の速度をOfcomの公式チェッカーで測定してみて下さい、(7)それでも上手く行かない場合には、ブロードバンド事業者に相談して下さい、という点である。これらは、基本的だが非常に実用的なアドバイスである。COVID-19によるブロードバンド利用の変化に伴い、どんな相談が消費者から増えているかが分かり興味深い。

最後に、FCC(図4)はPai委員長が「Keep Americans Connected」イニシアティブを発表し、米国民がパンデミックのためにブロードバンドや電話接続を失うことがないよう、事業者や業界団体に対して誓約(Pledge)を出すことを求めたと説明している。FCC画面には誓約書のひな型がアップされているが、下記の3点を守ることが要請されている。FCCは4月中旬時点で700社以上が誓約を出しているとして、AT&TやVerizonをはじめとする誓約者の名称をサイト上で公表している。

FCCのトップページ

図4:FCCのトップページ-Keep Americans Connectedのスローガン(4月13日閲覧)
(出典:FCCサイト)

FCCの「Keep Americans Connected Pledge」

① コロナウイルスのパンデミックから生じた破綻により料金を支払えなくなったすべての住宅や中小企業の顧客について、そのサービスを停止しない。

② コロナに起因する経営状況の変化から料金支払いが遅れているすべての住宅や中小企業顧客について、そのような支払い遅延を猶予する。

③ Wi-Fiホットスポットを、必要とするすべての米国民に開放する。

(5)まとめ

ドイツのメルケル首相のように、COVID-19の流行を第二次世界大戦以降で最大の試練と表現する声が多い。事実、本稿で見てきた規制機関、プラットフォーマー、ネットワーク事業者の対応やスローガンを見ると、まさに戦時下のような趣である。この災いが一刻も早く終息することを願ってやまないが、その暁に情報通信業界が本格的に取り組むべき教訓が、既にいくつか示されている。それは例えば、ピークタイムの不規則な変動や長時間化に対応可能なネットワーク管理の一段のフレキシブル化であり、また、CDNなどを通じたネットワーク負荷軽減の加速である。本稿でも言及したAkamaiやNokiaなどは非常時におけるCDN利用の効果をアピールしているが、今後もコンテンツ業界を広く巻き込んだ動きになっていくであろう。コンテンツ配信におけるネット中立性制問題で対立することも多かったプラットフォーマーとネットワーク事業者が、互いの存在を尊重しあう機運が醸成されたのも大きな成果であった。その協調は一時的ではなく永続的に維持されるべきである。そして、ユーザー側では、職場を越えたより快適で効率的なネットワーク空間の構築やリテラシー向上が必須となるだろう。世界が災い転じて福となす行動に一致団結することを期待したい。

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