2025.12.25 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

アバターと立法〜サイバネティック・アバターの法律問題季刊連載第二期第3回

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第1 はじめに

筆者はサイバネティック・アバター(CA)と法を研究しているが、特に統治機構との関係では「統治機構の機械化」というテーマでAIが統治機能に利用されるようになる中で生じる法律問題について検討してきたところである1。最終的には立法(本稿)・行政(2026年3月号予定)・司法(2026年4月号予定)それぞれについて検討したいものの、本稿では、まずは立法のアバター化について検討する。なお、公職選挙法との関係は「CAと選挙運動」(以下「別稿」という。)2を参照されたい。

第2 アバターと選挙

1 アバター時代に問い直される選挙のあり方

別稿はあくまでも現行の公職選挙法のアバター選挙への適用に関する限定された議論を行なったものに過ぎない。しかし、アバターが日常生活のありとあらゆる場面で使われるようになるアバター社会においては、選挙のあり方そのものが問い直される。よって、以下は現行法にとらわれない、将来のアバター社会におけるあるべき選挙制度の構想と理解されたい。

2 アバター時代の区割り

(1)地理的範囲に基づく現行区割りの合理性が問い直されること

現在は参議院比例代表の全国区を除き、住民票所在地(≒物理的居住地)の地理的範囲に基づき選挙区の区割りが行われる。しかし、多くの国民の生活の中心がメタバースへと移行するアバター時代において、このような物理的な地理範囲を基準とすることの合理性が問い直されるだろう。

(2)全国比例の議員の活動を可能にするアバター選挙

ここで、アバターを利用した政治活動や選挙運動により、全国比例の議員の活動が楽になるだろう。つまり、全国比例の場合には日本中に(潜在的)支持者が存在する以上、理論的にはそのような日本中の(潜在的)支持者の支持獲得のための活動を行わなければならない。もちろん、実際には、特定の支持母体等が存在し、その支持母体との関係を良好なものとし続ければ足りる、という場合もあるだろう。しかし、もし全国比例の議員候補にとって全国の支持者(候補)へのアプローチが困難となり、結局のところ、特定の支持母体がなければ全国区で当選しないとすると、全国区は「支持母体を有する議員選出システム」となる。それが不適切と考えるのであれば、そのような支持母体を有しない人であっても全国で支持を集めることができるような方法を考えなければならない3

ここで、元々、(メタバースに限られない)インターネット上の政治活動や選挙運動は、このような全国区議員にとって、全国の支持者候補に対して政策を伝え、支持を獲得するための有力な手段ではあった。とはいえ、2025年時点では、なお物理的な交流(いわゆる「ドブ板」選挙を含む、例えば集会や演説会における交流)を行うことを通じて、「その候補者を直接見聞きした」ことを投票するかの判断において重視する有権者も多い。小選挙区等の地域密着選挙であれば自己の選挙区内の有権者の相当部分との交流が可能であろうが、全国でこれを行うことは現実的には困難である。

だからこそ、アバターを利用した選挙活動や、有権者の意識を変える可能性が高いアバター時代の到来が全国区の議員の多様化をもたらす可能性は大いに注目に値する。物理的に離れていても、メタバース上の同じ「ワールド」等でイベントを開催する等して交流することで、有権者は親近感を覚え、また、政策をよく理解した上で投票行動に出ることが期待される。このように、アバターでの政治活動や選挙運動により、全国区において、より多様な候補が当選する可能性が高まるところ、別稿のとおり、現行の公職選挙法においてはアバターを利用した選挙活動に制約があることから、同法を改正して、メタバース上の選挙運動を十全に行うことができるようにするべきである4

(3)全く新しい区割りの可能性

例えば最高裁が、投票価値の平等が問われた事案において、候補者と地域住民の密接性を指摘するように5、現行の区割り制度は、地理的範囲を基準とすることこそが、候補者と選挙人の密接な関係を維持する上で重要だという前提に立って設計されていると思われる。

しかし、アバター時代において、人々はメタバース上を中心に活動し、個々人が物理的な空間のどこに所在するかという点そのものの重要性が低下する。例えば、起床している時間の50%以上はメタバースの特定のワールドにおいて活動しているという人にとって、もっとも密接な関係がある対象は「そのワールドに存在する仲間」なのであって、アバター時代において、物理的な居住地域との関係性は少なくとも現在と比較して希薄になっていくだろう。すると、例えば「メタバースのワールド」を基準に選挙区割りを設けることも全くあり得なくはないだろう。つまり、それぞれのワールドがそのワールドの中から代表を選出して国会に送り出す、ということである。

このような時代においては、地方自治においても、住民票所在地を基準とした現在の都道府県・市町村における自治ではなく、活動の本拠地とするワールド単位で構成された「新たな自治体」における自治が認められるようになるかもしれない。

(4)新しい区割りの課題

とはいえ、このような新たな区割りには課題もある。例えばゲームメタバースと交流用メタバース等、複数のメタバースを併用している人も存在するだろう。そのような場合にどのワールドを基礎にすべきかが問題となる。また、複数のアバターを利用して活動する人もいるだろう。

そこで、現在の公職選挙法が、住民基本台帳を基礎に選挙人名簿を作成する(同法21条参照)のと同様に「メタバース上の住民票」のようなものを作成して、そのようなものをベースに新たなメタバースのワールドを基礎とした区割りにおける選挙人名簿を調整していくべきことになるだろう。

その際はアバター認証6が重要となるだろう。即ち、各人が、認証機関において、このアバターがメインのアバターである、として任意に一つのアバターを登録し、そのアバターが属するワールドを基礎に区割りを決定することがあり得る。

とはいえ、地方選挙の選挙権については「三箇月以上」「住所を有する」との要件(公職選挙法9条2項、3項)7が存在するところ、都道府県議会議員と市町村議会議員については、被選挙権についても求められている(同法10条1項3号及び5号の「その選挙権を有する者で」参照)。そして、ここにいう住所とは、「生活の本拠」8であることから、単に住民票を置いているだけでは足りない9

メタバースのワールドにおいても、その登録したワールドにおいては実際には活動しておらず、そこを「生活の本拠」としていない、という判断がされる可能性があるだろう。現在は水道使用量等の間接的な要素で「生活の本拠」かを判断することがあるところ、少なくとも技術的には例えばワールドへのログイン履歴等の客観的な基準により判断することが可能となるだろう10

今後は、そもそもメタバースを基準とした選挙において生活の本拠要件を設けるかや、設けるとしてどのような基準を定めるか等が問題となるものと思われる。

3 メタバース時代の公営選挙

(1)現行の選挙公営

選挙公営(公費負担)とは、平等でお金のかからない選挙を実現するため、一定の費用を公費で負担するというものである。確かに、物理空間における選挙活動にはポスター、選挙カー等の費用がかかり、これを公費で支援することで、資金力の不平等を是正する必要性は高かった。

(2)メタバース選挙と費用

しかし、メタバース上の選挙活動であれば、紙のポスターの印刷代、選挙カーのレンタル代金等は不要になる。その意味では、費用が大幅に抑えられる。

もちろん、選挙用有料アバター代金11等、新たな費用は発生するだろう12。そこで、新たに必要となる支出について一定範囲で公費で補助する形に変革されるべきである。

(3)新たな時代のあるべき形

基本的には、アバターの外観とアバターの学習、アバターの設置の3点が問題となる。

アバターの外観というのはいわゆる有料アバターの利用である。アバター時代には、ポスター代の代わりにアバター代を補助するということも一つの考えである。とはいえ、その時代においては、最低限の「何らかのアバター」であれば誰しもが既に保有しているという状況になるだろう。そのような状況で、選挙だけのために特殊なアバターを発注・製作することがどこまで必要かといった点が問題となるだろう。

むしろ、アバターの学習、つまり、候補者の代わりに有権者とコミュニケーションするAIアバター構築のための学習が重要となる可能性がある。つまり、アバター時代においては、中身の人間が入るアバターだけではなく、その生身の人間の代わりに他の人間や場合によっては他のAIアバターと交流するAIアバターの重要性が高まるだろう。そして、実質的で意義深い交流をするためには、多くのデータから学習させた「本物そっくり」なアバターとする必要があるところ、そのような良質のAIアバター構築のためには一定の費用がかかってもおかしくないことから、「〇TB以下のデータを提供すれば、それに基づき一定の方法で学習したものを選挙委員会が作成してその費用を公費で負担する。」等という形(技術水準によりPB単位となる可能性もある)でそれを補助することはあり得る。

ここで、そのアバターを適切に設置することも重要である。このようなアバターとのコミュニケーションを通じて候補を選ぶことは、有権者にとって有益である以上、当該学習済みアバターを、従来のポスターのように所定の場所(物理的なものに限らず、メタバース上の空間も併用すべきである)に設置し、有権者とコミュニケーションできるようにするべきである。そしてその設置費用は公費で負担すべきである。つまり、従来のような紙のポスターを貼る場所の代わりに、「ここに行けばアバターがいる」という場所を提供することで、メタバース時代に対応させる、ということである。

とりわけ、公職選挙法上過去に存在していたものの、既に廃止済みの、立会演説会制度13には、確かに候補者が一堂に会することから、有権者として比較できるというメリットがあった。しかし、候補者と聴衆たる有権者の双方が同時にその会場に赴かないといけないために、時間が合わない場合等による非効率性というデメリットがあり、結果的に廃止された。そうであれば、そのような「ポスター代わりのアバター」がAI駆動で、聞きたいことを何でも本人のように答えてくれるということであれば、リアルな中の人が常にいる場合と比べ、候補者の負担も少なくなり、特に、特定の場所(メタバース上の空間を含む)に行けば、そのようなAI駆動アバターがずらっと揃っている、となれば、有権者としては複数の候補者と交流してその人柄や政策を比較することが容易になる。要するに、立会演説会のメリットを残しながら、デメリットを解消することになるだろう。

4 アバター投票

(1)課題の大きい電子投票・インターネット投票

2024年、8年ぶりに電子投票が行われた14。電子投票は、開票作業の手間等を減らすことが期待されるが、機械やサーバートラブルの可能性15等から利用が中断され、その後長く利用されてこなかった。また、平成30年にはインターネット投票の在外投票における利用が提案されたが16、現在も議論中17で、導入には至っていない。

(2)アバター投票の可能性

もっとも、これらの課題は決して解決不能ではない。アバター時代においては、例えば認証についてはアバター認証18を利用することで対応が可能である。また、秘密投票の確保は、メタバース上に、他の人がアクセスできず、誰に投票しているかが見られないような「投票所」空間を設置し、そこで投票することで、リアル空間同様の秘密性を確保することができるだろう。

5 その他

(1)有権者のデジタルデバイド対応(アバターデバイド対応)

このようなアバター時代にもアバターを利用することができない有権者は必ず存在する。そのようないわゆる「アバターデバイド」対応のため、アバターを生活保護の「健康で文化的な最低限の生活」(憲法25条)のための用品として実物を提供する、または金銭的支援をする、アバターの利用方法を教える等、デジダルデバイド同様の対応が必要である。そのような対応をした上で、移行期間には、アバターを利用したもの以外の投票可能性を担保せざるを得ないだろう。

(2)常に制度をアップデートしていくことの必要性

これは選挙制度すべてに言えることだが、「無名より悪名が良い」として意図的に炎上させること等が一番合理的な選挙活動になるような選挙制度となることを回避する必要がある。様々な(無名だが良質な)候補者に触れる可能性も担保しつつ、同時に選挙に当選するつもりもなく、選挙制度を本来とは別目的で利用する者による制度「ハック」を実現させるシステムにならないよう、常に制度をアップデートしていかなければならない。

ここで、ルールをあえて抽象的な、いわば「技術中立」なものとした上で、その解釈をガイドライン等で後追いで示し続けることで、常に新たに生じる課題に対応することは可能だろう。ただ、政治活動の自由の重要性に鑑みると、この選挙という文脈で、いわば「後出し」で、「実はそれはダメだった」ということが適切なのか、という問題もある。ある意味では、一度は問題のある利用がされる可能性があることを認めた上で、その時その時の問題を適時に(下記第5・1のとおり、会期にとらわれずに)解決するような、いわば「迅速にパッチを当て続ける」改正を行う方が望ましいかもしれない。

◇◆◇

本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものである。本稿を作成する過程では慶應義塾大学新保史生教授、情報通信総合研究所栗原佑介主任研究員に貴重な助言を頂戴した。加えて、T&S編集部には詳細な校閲を頂いた。ここに感謝の意を表する。

InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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第3 アバターと国会出席

第4 アバター時代の熟議

第5 その他の問題

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

  1. 松尾剛行『生成AIの法律実務』(弘文堂、2025)207頁以下等。
  2. 季刊連載第二期第2回<https://www.icr. co.jp/newsletter/wtr438-20251014-keiomatsuo.html>(2025年12月8日最終閲覧、以下同じ)
  3. なお、元々知名度が高かったり、メディアで取り上げられたりする「タレント候補」もそのような全国区での有力な候補とはなり得るものの、メディア上で注目を集めることは、(当選可能な)規模の支持母体の支持を得ることと同程度か、又は、それ以上に困難と思われるので、この点を詳論しない。
  4. なお、アバター社会が到来して有権者の意識が変わり、その候補者を信頼する上で直接対面で会うことの比重が低下することも重要であるように思われる。
  5. 最大判昭和51年4月14日民集30巻3号223頁。但し、中選挙区についてのものである。
  6. 季刊連載第二期第1回<https://www.icr. co.jp/newsletter/wtr435-20250711-keiomatsuo.html>
  7. なお、衆議院選挙の選挙権に3カ月居住要件を求めていた時代があり、その時代に、当該規制のため投票できなかったとして、国家賠償訴訟が起きているが、棄却されている(東京地判平成28年6月24日訟務月報63巻8号1935頁及び東京高判平成28年11月21日訟務月報63巻8号1917頁)。なお、2025年には、短時間に転居を繰り返した結果として参議院選挙で投票できなかったとして訴訟が提起されている<https://x.com/yuiin78/status/199 5451790163095561>ところ、これは同条の問題ではなく同法21条の問題と理解される。
  8. 渡辺康行ほか『憲法II』(日本評論社、第2版、2025)433頁。
  9. この点については、神山智美「地方議会議員被選挙権の三か月住所要件についての一考察令和2年公職選挙法改正(住所要件厳格化)を受けて」富山大学紀要. 富大経済論集, 第69巻第2-3号(2024)<https://toyama.repo.nii.ac.jp/records/2000196>等も参照のこと。
  10. とはいえ、ログインだけはしているが、活動をしていない等もあり得るので、新たな「居住実態」の認定が必要となるかもしれない。
  11. その代金の支出が現行法上課題があることは別稿参照。
  12. 従前どおりメタバース上にもオンラインポスターを貼るのであれば、ポスターのデザイン代は必要だが、そもそもポスターが今後も重要な選挙の手法であり続けるかは問われるところだろう。
  13. 立会演説会制度は公職選挙法152条(「衆議院議員、参議院(地方選出)議員及び都道府県知事の選挙については、この法律の定めるところにより公営の立会演説会を行う。」)が定めていたが、昭和58年改正で廃止された。
  14. 「選挙の電子投票が8年ぶり実施…全国の自治体は及び腰、サーバートラブルで無効の過去」讀賣新聞(2024年11月15日)<https://www.yomiuri.co.jp/national /20241115-OYT1T50039/>
  15. 無効とされた事例として岐阜県可児市事件(最判平成17年7月8日判例地方自治276号35頁)参照。
  16. 投票環境の向上方策等に関する研究会「投票環境の向上方策等に関する研究会報告」(平成30年8月)<https://www. soumu.go.jp/main_content/000568570.pdf>
  17. 内閣官房「デジタル行財政改革 課題発掘対話(第5回)」<https://www.cas.go. jp/jp/seisaku/digital_gyozaikaikaku/taiwa5/taiwa5.html>
  18. 公的認証が考えられるが、一定の要件を満たした民間認証の利用可能性は否定されない。

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