2025.12.18 ITトレンド全般

「信頼」と「ポイント文化」が融合する: 日本型ステーブルコインが描く資金決済の未来

1.はじめに
~なぜ「安定」が必要だったのか

2025年秋、日本で円建てステーブルコイン(Stablecoin)がいよいよ発行される。資金決済法の改正から2年余りを経て、制度が実際の発行という形で現実のものとなる瞬間である。JPYC株式会社(以下、「JPYC」)をはじめとする事業者が資金移動業者として登録し、信託銀行による準備金保全と即時償還を条件に、「現金や預金と同じ価値が保証された、ブロックチェーン上で自由に流通するデジタル通貨」が社会に登場する。これは、日本の金融制度史においても画期的な出来事といえよう[1]。

そもそも、なぜ今ステーブルコインが必要とされているのか。その背景には、暗号資産の価格変動の大きさ(ボラティリティの高さ)がもたらす社会的不安定性がある。2009年にビットコインが登場し、「通貨の代替」として世界的に注目を集めた。しかし価格は需給に左右され、数日で数十%変動することも珍しくなく、2022年には世界全体で約2兆ドルもの損失が生じたとも報告されている[2]。これにより、投資対象としては成功したものの、決済や給与支払い、国際送金といった社会的基盤としての実用性を欠くことが明白になった。こうした経験を経て、各国は「安定」を制度で担保する新たな仕組みを模索し始めた。その答えの一つがステーブルコインである。

ステーブルコインとは、ブロックチェーンの利便性に法定通貨の安定性を組み合わせたデジタル通貨であり、投機的リスクを抑え、制度で安全性を担保するものだ。日本が2023年に資金決済法を改正し、円建てステーブルコインを「電子決済手段」として制度化したのは、この国際的潮流に呼応した動きでもある。同時に、それは日本が独自の社会文化──「信頼と慎重な制度運営」に基づく金融設計──をデジタルの世界に持ち込もうとする挑戦でもあった。

2.制度と仕組み
~「安定」を支える制度設計

日本のステーブルコイン制度は、世界的に見ても異例の厳格さを備えている。発行体は銀行・信託会社・資金移動業者に限定され、利用者から預かった円は信託銀行に信託財産として分別管理される。発行体が破綻しても資金が保全される「倒産隔離」の仕組みが整い、制度の根幹に「信用」が置かれている点が、まさに日本的である。さらに、利用者から償還の請求があれば即時に応じる義務が課されている。単に「1コイン=1円」と価格を固定するだけでは十分ではなく、「いつでも円に交換できること」──流動性と信頼性の両立──こそが安定性の核心である。この仕組みが「安定した価値を保ちながら、自由に動かせるデジタル円」というステーブルコインの根幹を支えるものであり、単なる暗号資産規制ではなく、「信用設計の革新」とも言えるのである。

準備金の運用先は、現金、銀行預金、短期国債など流動性の高い安全資産に厳しく限定されている。事業者はそこから得られる利息収入を主な収益源とし、利用者は低廉な手数料で利用できる。また、事業者にとっては、金利環境に応じて収益モデルを維持できる点も特徴だ。ゼロ金利時代には収益性が乏しいが、金利上昇局面では持続可能なビジネスモデルとして成立しやすくなる。もっとも、JPYCが登録する第二種資金移動業では一回あたりの送金上限が100万円に制限されている。そのため、個人間送金や小口決済には十分対応できるが、法人間の大口取引や国際商取引には不向きである。ただし、これは限界ではなく、むしろ「慎重な進化」の段階といえる。将来的に第一種資金移動業による発行が広がれば、法人決済や国際取引への展開も見込まれる。

こうした制度的な堅牢性は、日本がステーブルコインを単なる通貨ではなく、社会インフラの一部として制度化したことを示している。暗号資産、ポイント、プリペイド電子マネー、クレジットカードなど、既存の電子的金銭価値サービスはいずれも利便性を持つが、「安定性・安全性・通貨性」という三拍子を同時に満たすものはなかった。暗号資産は裏付け資産を持たず価格変動が激しいため、投機対象としては魅力的でも通貨としての信頼には欠ける。ポイントは企業が発行する負債であり、利用範囲や換金性に制約がある。プリペイド型電子マネーは利便性と安全性のバランスを保つが、主に国内利用に限定される。クレジットカードは与信に基づく後払い型で国際的に普及しているが、加盟店手数料や金利といったコスト面での負担が重い。これら既存の手段には見られない特徴こそ、ステーブルコインが持つ「三拍子の調和」である。すなわち、制度的な堅牢性を確保しつつ、利用者保護の仕組みを備え、同時に通貨としての流動性と汎用性を実現しているという点だ。信託による資金保全が安全性を担保し、1対1の価値連動が安定性を保証する。さらにブロックチェーン基盤が通貨としての機能と透明性を支えている。結果として、ステーブルコインは暗号資産が追求してきた自由度と、電子マネーが担ってきた信頼性を融合する存在となった。まさに「電子マネーでも仮想通貨でもない第三の制度通貨」として、日本が明確に位置づけた先進的な事例といえる(次ページ表1)。

さらに、この制度設計は財政・金融の観点からも重要な意味を持つ。ステーブルコインの準備金は短期国債や現預金といった安全資産で運用されるため、発行残高が増加すれば、それ自体が国債市場に安定的な需要を生む。米国では、USDT[3]やUSDC[4]の裏付け資産の多くが米国債で構成され、「ドル覇権の維持」と「国債需要の確保」という二重の狙いがあるといわれている。実際、バイデン政権もトランプ政権も、ステーブルコインを金融戦略の一部として位置づけてきた。日本でも、円建てステーブルコインの発行残高が数兆円規模に達すれば、その準備金が短期国債市場に安定的な需要をもたらし、金利上昇期における政府の資金調達コストを和らげる可能性がある。利用者保護を目的とした制度設計が、結果として国家財政の安定にも寄与することへの期待も高まっている。

このように、日本のステーブルコイン制度は、厳格な法的枠組みのもとで「安定性」「安全性」「通貨性」を三位一体で実現し、同時に金融政策や財政運営の安定化にも資するという多層的な構造を持っている。単なる技術革新ではなく、制度と市場の信頼を結び付ける「信用設計の革新」である。その延長線上に、次章で扱う国際比較や社会実装の展開が位置づけられる。

3.国際動向と日本の進路

2025年第1四半期、世界のステーブルコインの取引額は約6兆ドルを超え[5]、同期間のVisa決済処理額を上回った[6]。米ドル連動型ステーブルコインの時価総額は3,000億ドルを突破し、暗号資産取引や国際送金の決済インフラとして定着しつつある[7]。米国ではGENIUS法[8]の制定を経て、ステーブルコインはもはや「事実上のドル」として機能している。欧州ではMiCA[9]規制が2024年から施行され、発行体の認可制度や準備資産の裏付けが厳格化された。欧州は「規制による信頼確立」から「市場融合」へという順序で動いており、国家が透明性を確立してから民間市場に委ねるという戦略を採っている。対照的に中国は、民間ステーブルコインを抑制しつつ、e-CNY[10]やmBridge[11]といった国家主導のデジタル人民元を推進している。

こうした中で、日本は独自の進路を描いている。信託銀行による準備金保全と即時償還を条件に、利用者保護を最優先する慎重な制度設計を選択しつつ、民間の創意工夫に発展の余地を残している。生活に深く根ざした「ポイント文化」との親和性を持ち、金融制度と生活文化をつなぐ独特の進化を遂げようとしているのである。日本の進路は、過度な国家統制にも市場優位にも陥らない、調和型の制度進化モデルとして注目されるだろう(次ページ表2)。

4.生活・ビジネス・地域に期待される実装例

制度や市場規模の議論だけでは、ステーブルコインはまだ遠い存在に思えるかもしれない。しかし、生活やビジネス、地域の現場に目を向ければ、その価値は驚くほど具体的で身近なものとなるだろう。ここでは、生活・ビジネス・地域という3つの層から、期待される代表的な活用シーンを見ていく。

①国内外送金:生活と労働を支える国際インフラ

家族への仕送りや外国人労働者の本国送金など、国内外送金には高い手数料と時間的制約が伴う。ステーブルコインを使えば、数秒で送金でき、手数料はほぼゼロに近い。遠隔地に暮らす家族を支援する個人にとっても、海外で働く労働者にとっても、低コストで即時性のある「新しい送金経済圏」は生活の安心につながる。

InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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5.ポイント経済圏と融合する日本型モデル

6.最後に~融合が描く新しい「お金のかたち」

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] 本稿は、2025年10月1日時点の情報および制度動向に基づき執筆したものである。

[2] World Economic Forum, "2022 was a hard year for crypto — but it may have been just what the industry needed", April 13, 2023(https://www.weforum.org/stories/2023/04/2022-was-a-hard-year-for-cryptocurrencies-but-it-may-have-been-just-what-the-industry-needed/)

[3] Tether社が発行する、世界最大の流通量を持つドル建てステーブルコイン。1USDT=1米ドルの価値を維持する設計で、暗号資産取引や国際送金で広く利用されている。時価総額は約1,700~1,750億ドル。

[4] 米Circle社が発行するドル建てステーブルコイン。米ドルや米国短期国債で100%裏付けられ、毎月の監査報告を公開するなど透明性の高さが特徴である。時価総額は約750億ドル。

[5] Phemex News, “Stablecoin Transactions Exceed Visa's Volume in Q1 2025”, July 30, 2025(https://phemex.com/news/article/stablecoin-transactions-exceed-visas-volume-in-q1-2025-14009)

[6] Katherine Ross, "Stablecoin transactions outpaced Visa payments last quarter: Bitwise", Blockworks, April 18, 2025(blockworks.co)(https://blockworks.co/news/stablecoin-transactions-visa-payments-q1)

[7] The Block, "Stablecoin market cap surpasses $300 billion", October 3, 2025(https://www. theblock.co/post/373314/stablecoin-market-cap-surpasses-300-billion-for-first-time-amid-crypto-rebound)

[8] GENIUS Act(Guaranteeing Essential Non-bank Issuance of US Stablecoins Act)の略。2025年に米国で成立したステーブルコインに関する初の包括的連邦法。民間発行のドル連動型ステーブルコインについて、100%の裏付け資産(現金・短期国債)の保有と定期的な開示を義務づけ、ドル覇権維持を戦略的に位置づけた規制枠組みである。

[9] Markets in Crypto-Assets Regulationの略。2023年にEUで採択され、2024年から段階的に施行された暗号資産・ステーブルコインに関する包括的規制。発行体の認可制度、準備資産の完全裏付け、定期的な情報開示、利用者保護を義務づけ、域内統一ルールとして暗号資産市場を規律化している。

[10] 中国人民銀行が開発するデジタル人民元(electronic Chinese Yuan)。中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)の一形態で、実証実験や限定的な流通が始まっている。

[11] Multiple CBDC Bridgeの略。国際決済銀行(BIS)を中心に、中国、タイ、香港、UAE、サウジアラビアの各国中央銀行が共同開発を進めるプラットフォームプロジェクト。複数のCBDCを相互接続し、国際送金を迅速かつ低コストに実現することをめざしている。

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