2020.12.15 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

フードテックで変貌する食ビジネス ~キッチンOSで進む食のパーソナライズ化

人工知能(AI)、IoT、ロボティクス、バイオテクノロジーなど、先進のICTおよびサイエンステクノロジーを食領域のビジネスに活用するフードテックが世界的な注目を集めている。米調査会社PitchBookによれば、2014年以降、フードテック領域への投資額は増加傾向を強めており、2019年には150億ドル(約1兆6,000億円)と、5年間で約5倍の規模に成長している。2025年の市場規模は全世界で700兆円まで拡大するとの試算もあり、多様なサービスを生み出す数多くのスタートアップのみならず大手企業も参入し、欧米を中心にその進展は加熱の一途を辿っている。

フードテックが担う領域は、食に関わるすべてに及ぶ。現在、生産から製造・加工、物流・配送、小売り・外食、調理といった広範な領域において、先進テクノロジーと既存のビジネスとの融合が進展し、新たなサービスが続々と誕生している。

また、フードテックが急激な進展を見せる背景には、食糧危機とフードロス、地球温暖化などの気候変動の問題、農業を始めとした食に関わる就労人口減少の問題などの世界的な社会課題の解決策としての期待値の高さがある。あわせて、健康へ配慮した豊かな食生活への寄与という面でも有望視されており、現在のアプローチは概ねこれら2つの類型に当てはめることができる。

【図1】フードテックの類型

【図1】フードテックの類型
(出典:各種資料をもとに筆者作成)

 

フードテックは欧米、特に米国が先導している。日本でも多様なスタートアップがサービスを展開しているが、今のところ、特にサプライチェーン間のつながりという面で後塵を配している。巻き返しを図るべく、農林水産省は、フードテック分野における官民連携の推進を掲げ、2020年10月2日「フードテック官民協議会」を設立し、第1回官民協議会を開催している。また、同月、シリコンバレーと日本をつなぐアーリーステージのVC(ベンチャーキャピタル)Scrum Venturesが日本の食のスタートアップを大企業により支援する仕組みFood Tech Studio-Bites!の構築を主導。支援するパートナー企業として、日清食品ホールディングス、不二製油グループ本社、伊藤園、ユーハイム、ニチレイ、大塚ホールディングスなど、食品関係大手が名を連ねる。

本稿では、進展するフードテックについて、その全体像を俯瞰しつつ、現在、注目を浴びる食のパーソナライズ化に焦点をあて、概説する。

各領域で進む食とテクノロジーとの融合

前述のとおり、フードテックは、生産から調理まで、人が食事を摂るために営まれるあらゆるビジネスの領域に及んでいる。ここでは、各領域において注目される主な動向を紹介する。

生産の領域

農業や畜産に先進テクノロジーを導入し、生産の効率化を図る試みが進んでいる。

日本では、既に農地管理をデータ化して効率化する「アグリノート」、牛群管理を効率化するIoTソリューション「Farmnote」などが提供されている。さらに、ドローンと画像解析技術の活用による農薬散布の効率化も進んでいる。

また、生産地を既存の農場という枠を超え、消費地近隣へと拡大する試みも進んでいる。「垂直農場」といわれるもので、流通コスト削減に寄与する。例えば、独Infarmはスーパーマーケット店内にガラス張りのプランターを設置。IoTと機械学習技術により、生育環境を維持しつつ、野菜を栽培できるソリューションを提供しており、日本ではJR東日本と提携し、紀ノ国屋店舗への導入が進められている。

製造の領域

この領域においては、次世代食品として、代替肉・培養肉・昆虫食等の開発が進んでおり、食糧危機の解決、健康的食生活の維持などの社会課題解決が期待されている。代替肉では、米Beyond Meat、米Impossible Foodsが先端を走る。

また、3Dフードプリンティング技術の近年の目覚ましい飛躍は、ある意味、製造プロセス革新への道程を示しており、今後、更なる技術の進展と機器の普及により、プロセスそのものを根底から覆す可能性も想定される。

また、製造の現場においては、AIを活用した生産計画の高度化や、ロボットによる作業の自動化も進んでいる。

流通の領域

この領域では、長時間配送における食材の鮮度維持という面で新しいサービスが誕生している。日本のデイブレイクは特殊冷凍テクノロジーを活用し、形やサイズの問題などで市場に出せなかったフルーツを鮮度を落とさず商品化して提供。食品ロス問題の解決を目指している。

また、生産者とユーザーを直販ECサイトで結び、仕入れ価格の高止まりの抑制、食材のタイムリーな入手を可能とするサービスも提供されている。

さらに、食品ロス削減に向けては、製造から消費までのサプライチェーンを最適化し、需給予測のためのデータを共有・利活用することで、生産数や発注数などを適正化する仕組みが提供されるなど、様々なソリューションが開発され、導入が進んでいる。

小売り・外食の領域

外食の現場においては、接客や配膳のみならず、調理のプロセスにもフードロボットを導入し、省人化により、労働力不足の問題を解決する試みが進んでいる。接客・配膳ロボットやコミュニケーションアプリの導入は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大対策としても、効果を発揮している。また、ユーザーの好みに合わせたサラダやスムージーなどを提供できる次世代自動販売機の開発も進んでおり、今後導入が進むことが期待される。

また、コロナ禍による飲食店利用の落ち込みにより、現場の料理人による店舗以外のルートを使った収入確保の試みも増加している。ミールキット(調理済みの食材セット)の監修や、ネットを使った料理番組の提供、クラウドキッチンと呼称されるデリバリーに特化した飲食店の寄り合い所帯の活用などだ。

調理・消費の領域

調理においては、ネットで配信される料理レシピをドライバーとしてIoT家電を制御することで、調理の省力化・自動化や新しい調理体験の提供などが進んでいる。先端を走るのが、米Innit、米SideChefなどの米国のレシピ提供企業で、これら企業を中心に食ビジネスの川上から川下までをシームレスにつなぎ、消費者へ食をワンストップで提供するエコシステムの形成が進みつつある。さらに、この動きは食のパーソナライズ化へと向かっており、これについては、後の項にて詳述する。

進展する食のパーソナライズ化

前述のとおり、調理・消費の場にて進む、食のワンストップでの提供では、ユーザーの利便性を高めるのみならず、各ユーザーの健康状態、気分、細かな嗜好に合わせたメニューの提供を目指す食のパーソナライズ化が進められている。

そこで食のパーソナライズ化のドライバーとなるのが、InnitやSideChefなどが提供する料理レシピ提供アプリだ。既に米国では多くの調理用家電にこれら料理レシピ提供アプリが導入されており、ユーザーはアプリ上で、提案されたレシピを選択するだけで、レシピに必要な食材の購入から調理までを簡単に済ませることが可能となっている。近年、レシピの提案段階における入力パラメーターには、遺伝子情報なども含まれるなど、バイオテクノロジーの活用も進んでおり、料理の塩加減など微細な点まで個々人に合わせカスタマイズする究極のパーソナライズ化が実現されつつある。また、食材としてのミールキットの提供も進んでおり、ミールキットの監修に著名シェフが携わるケースが一般的となっている。

これらのレシピアプリは、いわゆる調理に関わる食のビジネスにおいて共通のプラットフォームとして機能することから、キッチンOSと呼称されている。

以下に、欧米の主要キッチンOS企業および対抗馬と考えられる日本の企業の動向を紹介する。

キッチンOSの代表的プレイヤー

Innit

同社は料理レシピを提供する米国のスタートアップだ。前述のとおり同社のサービスでは、専用のアプリが起点となる。アプリに食の嗜好、アレルギーの有無と種類、食に対する信条(ヴィーガンやベジタリアンなど)、保有家電などを登録しおくと、登録情報と食材に合わせたレシピを提案する。レシピをコマンドとして、家電の制御が可能で、調理の手間を格段に軽減する。小売り大手Walmart、食肉大手Tyson Foodsとも提携し、必要な食材キットをネットで取り寄せることも可能だ。独Bosch、米GE Appliances、韓LG Electronics、蘭Philipsなどの家電メーカーと提携、同社アプリは各社家電で採用されている。音声による家電の操作には、Googleの音声アシスタントが使われている。

SideChef

SideChefは、料理初心者向けのオンライン動画レシピサービスを起源とする米国のスタートアップだ。料理未経験の男性向けという当初のスタンスもあり、その動画はユニークで、食材や料理方法の丁寧な説明、楽しい見せ方に特徴がある。Innit同様、調理家電がレシピ通りに自動で調理をしてくれるサービスを提供。必要な食材のワンクリックでの購入およびデリバリーまたはピックアップを可能とする。家電メーカーではGE Appliances、Bosch、韓LG Electronics、Samsung、スウェーデンのElectrolux、日本のシャープ、パナソニックなどと提携。小売りではWalmart、AmazonFresh、音声アシスタントではGoogle、Amazonと提携している。

Drop

Dropは、料理用のIoT計量器の開発から始まったアイルランド発のスタートアップで、スマホのアプリと連動し、素材やレシピごとに温度調節や時間管理をしながら多様な料理を最適に仕上げるソリューションを提供する。レシピ開発には著名シェフも参加しており、著名シェフの名のついたレシピをコンテンツとして提供し、ユーザーを拡大する戦略をとっている。2020年6月、Android OS開発を指揮したスティーブ・ホロヴィッツ氏が取締役メンバーに就任。同社のアプリは100種以上の専用家電に搭載されている。

対抗する日本のプレイヤー

シャープ

日本の家電メーカーで最も充実したスマートキッチン関連のサービスを提供しているのが、シャープだ。同社のCOCORO KITCHENでは、キッチン家電をクラウドのAIと接続し、音声によるレシピの提案を行う。AIがユーザーの食の傾向や好みを学習することにより、提案内容は日々進化する。専用のアプリを通じて、同社ヘルシオ、ホットクック、冷蔵庫と連携し、レシピを家電に送信して制御することで、ユーザーは手間なく簡単に調理が可能だ。また、レシピをもとにした買い物リストの作成ができる。食材として、一流シェフや料理研究家が監修したミールキットの宅配サービス(ヘルシオデリ)も提供する。

ニチレイ

日本の食品メーカーのニチレイは、食嗜好分析システムconomeal kitchen(このみるきっちん)を応用した個人向けのアプリconomealを開発するなど、フードテックにおけるパーソナライズ化に積極的に取り組んでいる。conomealは、ユーザーの味の好みや気分、食事をとる場面などに応じて、作り置きに特化した自家製ミールキットを使った献立を提案する。提案に向けた分析には、同社と中央大学理工学部が共同研究した「心」を見える化する技術、計量心理学(サイコメトリクス)が応用されている。同プロジェクトは最終的には食意識マーケティングツールなどをつくり、収集したデータとともにconomealのAPIを開放し、多様な関連事業者の参加を促すことで、食のOSづくりを目指す。

クックパッド

日本最大級の料理レシピのコミュニティサイトを展開する同社は、2018年5月よりスマートキッチンサービスOiCyを提供している。OiCyは、ユーザーに合わせたレシピの提案、レシピと連動したOiCy搭載調理家電の操作を可能にする。ユーザーは自律的に調理を実行するOiCy搭載調理家電と協調しつつ、創意工夫を取り入れ、調理体験を豊かなものにすることができる。シャープ、タイガー魔法瓶、日立アプライアンスなどとパートナー契約を締結しており、2018年12月にはパナソニックのHome Xと戦略的パートナーとして共同開発を開始している。同社のスマートキッチンの方向性と目標性を示した「スマートキッチンレベル」では、2026年には、機器同士の物理的連携により、人間の最小限の支援で、料理の全自動化が実現すると予想されている。

【表1】その他のフードテックの例

【表1】その他のフードテックの例
(出典:各種資料をもとに筆者作成)

まとめ

欧米のキッチンOSが提供するサービスは、機能的には、一見したところ、スマートキッチンの名のもとに日本で提供されているサービスと際立って大きな差はない。唯一大きな差といえるのが、スマートキッチンのプラットフォーム化が進行し、サプライチェーンをつなぐエコシステムの形成が急速に進んでいる点だ。日本のスマートキッチンでは、主として各家電メーカーがメーカーごとにレシピアプリを用意し、サービスを提供している。レシピ提供企業としてはクックパッドが各家電メーカーとの連携を進めているが、普及という点で米国の域には達していないのが現状だ。この差は、利便性のみならず、ユーザーデータの収集と活用という面で大きく跳ね返ってくる。ユーザーデータの収集と活用がユーザーの裾野の広がりを生み、相乗効果的なシェアの拡大へとつながっていくのは、自明の理だ。

そうした意味で、日本の食の業界は重要な岐路に立っているともいえる。

食のパーソナライズ化においては、今後、3Dフードプリンターも活用されるなど、利便性はさらに高まり、個々人に合わせた豊かな食体験の提供が可能となってくるだろう。過渡期にある現在、世界では、既存の食ビジネスの大きな転換が起こり始めている。

幸い、日本の食文化には世界に誇れるものがある。世界に先駆けカップラーメンを発明し、食に変革を起こしたのも日本である。日本の食品メーカーには、食に関する無尽蔵のノウハウが蓄積されている。そうしたアドバンテージを生かすためにも、世界的潮流を見据えながら、日本におけるフードテックが進展の度合を深め、豊かな花を咲かせることを期待してやまない。

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