2025.12.17 InfoCom T&S World Trend Report

世界の街角から:「フランクフルトへの乗客」または、旅の危険とハプニング

Image by Gerald Friedrich from Pixabay
【写真1】ドイツのビール

【写真1】ドイツのビール
(出典:文中掲載の写真は
すべて筆者撮影)

アガサ・クリスティーの著作のひとつ『フランクフルトへの乗客』では、ジュネーブを経由するはずだった飛行機が、濃霧のためフランクフルト空港にダイバート(目的地外着陸)するところから物語が始まる。出張先からロンドンに帰ろうとしていた、人生を楽しもうとする性格が災いし、官職では不遇の外交官スタフォード・ナイは、フランクフルト空港のトランジットラウンジで、魅力的な女性から、自らの命を救うために上着とパスポートを貸してほしいと頼まれる。しかも、女性はナイに、(わざと)目を離したそのすきに、眠り薬が入れられたビールを飲み、盗みの被害者になってほしいと言うのである(もちろん「眠り薬」とはいうものの、何が入っているかわかったものではない)。そして、ナイは「気晴らし」のために、このとんでもない依頼を受けてしまう(写真1)。

これはファンタジーであり、もちろん現実世界でこんな「冒険」をしてはいけない。しかし、現実世界の旅でも、ここまでファンタスティックではなくても、いろいろなハプニングが起こる。今回は、筆者自身が体験した旅のハプニングのいくつかをご紹介したい。

アメリカの空港の待合室:「PC貸して」

アメリカの空港の待合室で、搭乗前にPCを開いてメールチェックをしていたら、横に座っていた若い男性にがぶつぶつ言っている。飛行機の予約手続きがうまくいかないとか何とか……ボヤキ屋さんかと思ったら、「自分のPCの調子が悪いので、あなたのPCを少しだけ使わせてほしい」と声をかけられた。もちろん、あーこれ絶対に関わってはダメなやつだ、とわかったので、英語がよくわからないふりをしてごまかした。もし、お人好しにもどうぞと言って貸してしまったら何が起こったのだろうか? 想像したくもないが、PCに何か仕込まれる程度では済まなかったかも知れない。

日本でも、治安が良いと思ってなのか、カフェなどで、PCを置いたまま飲み物を取りに行ったり、洗面所に行ってしまったりする人をよく見かけて、こちらがひやひやする。PCが盗難に遭う危険もあるが、短い時間でもログインした状態のPCを放置してしまうと、何をされるかわからない。自分のビジネスを公開したまま席を立ってしまうのもいかがなものかと思う。筆者がITの講義をする時には、セキュリティの基本中の基本として、いつもこの話をすることにしている。

空港のタクシー乗り場:「白タク」

あちこちの空港で、よく白タクの案内(らしき人)に声をかけられる。かなり昔のことだが、ニューヨークだったかで、公式の案内かと勘違いしてうっかりついていったら(疲れていたのかも知れない)、美しい大きな白い車が止まっている。もちろんこんなものに乗ったらいくら取られるかわからない。慌てて退散して事なきを得る。無理やり連れ込まれていたらと思うとぞっとする。

最近でも、「白タク注意」の掲示は多くの空港で見かけるが、実際に白タクはいるのだろうか。問題は、公式の案内人や運転手でも皆カジュアルな格好をしていることである。特に夜間などは、その辺のオジサンなのか、公式の案内人や運転手なのか、一見しただけではわからない。UBERやLyftなどライドシェアなども普及し、そもそも空港からタクシーに乗ることも減ってはいるのだが、やはり知らない街では、メーターや運転手の顔写真を確認しながら恐る恐るタクシーに乗らざるを得ないこともある。

ちなみに、フランスではパリその他で、空港から市内までのタクシーには定額料金が定められている(例えば2025年8月現在、シャルルドゴール空港からパリ右岸は56ユーロ、左岸は65ユーロ。ただし市内初の荷物、予約料金は別)。こういうのはありがたい。

イタリア・イスキア島:「荷物代」

とはいえ、警戒心が強すぎるのも考え物。かなり昔のことだが、イタリア・カンパーニャ州のイスキア島で、港からホテルまでタクシーに乗ったらメーター以上の料金を請求された。これがぼったくりかと思い「メーターがこの金額なのに」と主張してしまったが、後で地元の方に聞いたところ、公式に認められた荷物代だったのである。そういうものは車内のどこかに貼っておいてほしいが、運転手のイタリア語の説明が理解できなかったこちらも悪い。申し訳ないことである。チップはそれなりに払ったはず。

羽田発フランクフルト行:「お客様にお医者様は」

「お客様にお医者様、医療従事者の方がいらっしゃいましたら客室乗務員にお知らせください」

羽田からフランクフルト行の夜行便に搭乗していた時のことである。離陸してしばらくたち、夜も更けて機内が静かになった頃、医師を呼び出すアナウンスがあった。この手のアナウンスを聞くのは初めてだった。医師を必要としている人は自分の周囲にはいないようなので、前方席の方だろうか。無事を願いつつ、正直、千歳などに緊急着陸となると予定に差し支えるな……とも思ってしまった。その後しばらく静かだったのだが、突然「機長でございます」とのアナウンスが始まった。おお、これは何かあるなと思って聞いていたところ、何と、体調が優れなかったのは副操縦士の方であった。回復しないため、当機は羽田に引き返すとのこと。なお、コックピットクルーは3名が乗務しており、他の2名が操縦するので、安全性にはまったく影響がないとの説明もあった。

これは何とも致し方ない。ほぼ満席の機内も平穏であった(もっとも、ぐっすり眠っていてすぐに事態に気付かなかった人もいたかも知れない。羽田でさぞかし驚いたことだろう)。ディスプレイの航路地図を見ると、飛行機が北海道沖あたりでくるりと向きを変え、羽田に向かっている。

深夜に羽田に着陸。もちろん通常とまったく変わらない安定した着陸だった。全員降りて、再び日本に入り(正確にはパスポートに「出国中止」のスタンプが押される)、先程預けた荷物を受け取る。

その後は諸々あって、とにかく次の最も早い便に搭乗することができた。乗り継いで目的地にたどり着くのももちろん大幅に遅れたが、こればかりは避けようがない。

ちなみに、降りる時に伺ったところ、副操縦士の方は大事には至らなかったそうで、何よりのことである(写真2)。

【写真2】フランクフルト空港

【写真2】フランクフルト空港

旅にハプニングはつきものである。このようなことは確率的に起こることで、用心で防げるものではないし、もちろん飛行機のダイバートなどは避けようがなく、安全第一での対応を願うばかりである。犯罪にしても、旅の達人のような人でもやられているので、「旅慣れているか」も関係ないように思う。明日は我が身である。

ただ、飲み物からは目を離してはいけない。旅行中の空港でも、その他の場所でも、一人で飲み物を飲むたびに、冒頭のアガサ・クリスティーの小説のことを思い出し、あの話を読んだのに、危機感が薄いのはまずいよなあ、と思って自戒している。もちろん、席を立つ前に飲み干せば安全である。そう思ってさっさと片付けると、次の一杯がほしくなってしまうという別の問題はあるのだが。

皆様、安全で良い旅を。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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