サイバネティック・アバター(CA)と選挙運動〜サイバネティック・アバターの法律問題季刊連載第二期第2回
第1 はじめに
筆者は、かつて、サイバネティック・アバター(CA)に関連する重要な問題として、選挙を挙げた1。しかし、その際は残念ながら簡単に言及するにとどまっていた。よって、本稿では、公職選挙法(以下、同法の条文引用時においては条数のみを引用する。)を踏まえ、CAと選挙運動に関する諸問題を検討したい。 但し、原則自由とされる政治活動2と異なり、選挙運動については、公職選挙法による厳しい規制が存在する。 つまり、特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為3等である「選挙運動」は、選挙の公示又は告示日から選挙期日の前日までしかできず、立候補届出前に選挙運動を行うことは、事前運動として禁止されている(公職選挙法129条)。 ここで、アバターには、メタバース上のアバター等の非有体物アバターとロボット等の有体物アバターとが存在することから、まず、事前運動(第2)について説明した上で、共通するディープフェイク問題に言及し(第3)、さらに非有体物(第4)及び有体物アバター(第5)について論じる。 なお、アバターと選挙運動については、湯淺4が詳細に論じており、湯淺の見解を参照しながら議論を進めたい。
第2 事前運動
1 はじめに
公職選挙法129条は、事前運動の禁止を定めている。選挙運動期間外に本人の氏名等を表示することもこれに該当すると考えられているため、選挙運動期間外にアバターを利用して選挙運動を行うことは違法と解される5。それでは、何が(選挙運動期間外に行うと)違法となる選挙運動であって、何が適法な政治活動なのだろうか。
2 選挙運動の定義
判例6・通説に従って選挙運動を定義すれば「特定の公職の選挙につき、特定の立候補者又は立候補予定者に当選を得させるため投票を得若しくは得させる目的をもつて、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすること」となる7。 アバターを利用した活動が、そもそも選挙を特定していないとして事前運動にならない場合はあるだろう8。 また、当該活動は、特定の候補者のために行われる必要があるので、単に「アバターを推進する政策を実現しよう」といった形の、特定の候補者のためではない活動は含まれない9。 さらに、当選を目的とする、つまり当選を容易ならしめることが目的なので、たとえ当選に有利な要素が存在しても、当該活動が当選そのものを目的としていなければ選挙運動にならない10。例えば、(第3で述べるとおり、別の規制は問題となり得るが)対価を得るためにアバターを作成する行為は、単にそれだけでは選挙運動にならないだろう。 加えて、ある行為が選挙運動とされるためには、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為であることが必要である。周旋、勧誘、誘導その他の方法で直接選挙人に働きかけ、その内心を動かして投票させようとする行為はその核心である11。ただ、立候補準備行為や選挙運動準備行為は選挙運動と区別される12。例えば、瀬踏行為(メタバース上で有力者とコミュニケーションを取る行為も含まれるであろう)、候補者選考会・推薦会(メタバース上のものも含まれるであろう)等は立候補準備行為とみられる13。また、文書図画の準備等の選挙運動準備行為も選挙運動ではない14。
3 対応
政治家や候補者がアバターを利用して活動をするのであれば、まずはそれが届出後当該選挙の期日の前日までにのみ許され(129条)、かつ、厳しい規制に服する選挙運動なのか、それとも政治活動、選挙運動準備行為や立候補準備行為等であるかを明確にすべきである。この点の整理が曖昧なままで活動をしてしまえば、事前運動禁止等に抵触しかねない。単に候補者や現職の政治家が選挙運動期間外にメタバース上で自分の顔や名前が表示されたアバターを利用して活動するだけで、ただちに事前運動とみなされるわけではない。しかし、仮にそれを政治活動として行うのであれば、それぞれの活動について、なぜ選挙運動の要件該当性が否定されるのか、というロジックを準備する必要がある。そのような検討の結果、それが選挙運動だとなれば、選挙運動が可能な期間において、選挙運動のルールを厳守して行うべきこととなる。 ここで、物理空間におけるポスターについては、一定の要件を満たした政治活動用ポスターの掲示が認められる等、むしろ「この範囲であれば政治活動になる」という点が相当程度明確になっている。メタバース上の政治活動についても、政治活動として認められる範囲を明確にすることで、安心してアバターを利用できるようにすべきである。
第3 ディープフェイク問題
1 はじめに
いわゆるディープフェイクは「本物または真実であるかのように誤って表示し、人が発言または行動していない言動を行っているかのような描写をすることを特徴とする、AI技術を用いて合成された音声、画像、あるいは動画コンテンツのこと」とされている15。既に選挙においてディープフェイクが利用されて問題となっているところ16、湯浅は、ディープフェイク規制と選挙におけるアバター利用との関係については、さらに検討する必要があると指摘する17。この点は、誰がどのような目的でどのようなディープフェイクを用いているかが重要であろう。
2 当選を得ようとする目的
すなわち、候補者A氏やA氏と意を通じた者が、A氏の当選を狙って、現実とは異なるA氏のアバター等を利用したディープフェイク動画等を作成して、世の中を騙すという方向性の事案であれば、これは、「当選を得又は得させる目的をもつて公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者の身分、職業若しくは経歴、その者の政党その他の団体への所属、その者に係る候補者届出政党の候補者の届出、その者に係る参議院名簿届出政党等の届出又はその者に対する人若しくは政党その他の団体の推薦若しくは支持に関し虚偽の事項を公にした」として虚偽事項の公表罪に該当し得る(235条1項)。 但し、「虚偽」というのは、「真実と符合しない事項」18とされるところ、単に美化する(イケメンアバター・美人アバター等)等だけであれば、(それが有権者からどのように受け止められるかはともかく、)ただちに真実と符合しないとして、虚偽事項の公表罪となるとまではいえないと思われる。
3 当選を妨害しようとする目的
これに対し、A氏を落選させようとするB氏がA氏の名誉等を毀損する虚偽の動画等を作成したのであれば、それは名誉毀損罪(刑法230条)等になり得るだろう。公職選挙法上も、「当選を得させない目的をもつて公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者に関し虚偽の事項を公にし、又は事実をゆがめて公にした」(235条2項)として犯罪になり得る。
第4 非有体物アバターを利用した選挙運動
1 非有体物アバターの利用方法
非有体物アバターとしては、メタバース上のものと物理空間のものがあるだろう。 例えば、メタバース上のものとして、メタバース上で候補者に似た、又は外観自体は候補者と似ていないものの、(候補者のマスコットキャラクターのアバター等、)候補者と関連付けたアバターを利用して演説や挨拶等の選挙運動を行うということが考えられる。 また、例えば、物理空間において、候補者のアバターを映写等して、演説をさせることが考えられる。
2 いずれの利用方法でも問題となる事項
(1)二馬力選挙
令和6年兵庫県知事選等では、いわゆる「二馬力」選挙19が問題となった。今後別途対策が講じられる可能性があるものの20、本稿は現行法を前提とする。なお、兵庫県知事選は特定の候補者の支援のため、立候補までした事例であるが、本稿では、立候補をしない場合であっても、第三者が特定の候補者のアバターを利用して選挙運動を行うことについて検討したい。 アバターを利用すれば、例えばA候補を支援するBがAを模したアバターを利用してA候補のために活動する等、支援が簡単になる。ある意味では、支援者が1万人いれば、同時に1万体のアバターを操り、「一万馬力」選挙が可能となるだろう。 ここで、個人演説会においては、「当該公職の候補者以外の者も当該公職の候補者の選挙運動のための演説をすることができる」とされている(162条2項)。そこで、湯淺は候補者以外の者がアバターを利用して演説を行うことも可能であろうとする21。 しかし、この規定が想定するのは、A候補の選挙運動のためにB氏が応援演説をするという場合であろう。A候補の選挙運動のために、A氏不在中、B氏がA氏のアバターを利用して、まるで自分がA氏であるような振りをして演説するといったことは、B氏がA氏を当選させるために、まるで、B氏がA氏であるような虚偽の事実を公表するものであり、虚偽事項の公表罪に該当しないか(235条1項。第3・2参照)。 ここで、同項(条文につき第3・2で引用したもの参照)がそれに関して虚偽の事項を公にすると犯罪にすると定める「身分」は「社会上の地位」22とされており、身元(A氏とB氏の同一性)は必ずしも含まれない。ただ、A氏とB氏の社会上の地位は異なるし、「経歴」等も異なる。そこで、精巧なアバターを利用することで、まるでA氏自身がその場にいて選挙運動を行っているかのように見せかければ、同条違反の可能性は否定されない。 とはいえ、「これからB氏がA氏のアバターを利用して演説します」等と説明・表示した上であれば、虚偽事項の公表罪に該当しない可能性も十分にあるだろう。
InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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第5 ロボット等の有体物アバターを利用した選挙運動
第6 選挙運動の未来
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものである。本稿を作成する過程では慶應義塾大学新保史生教授及び情報通信総合研究所栗原佑介主任研究員に貴重な助言を頂戴した。加えて、T&S編集部には詳細な校閲を頂いた。ここに感謝の意を表する。
- 松尾剛行『サイバネティック・アバターの法律問題』(弘文堂、2024)242頁。
- 「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対し、又は公職の候補者を支持し、若しくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為」から「選挙運動にあたる行為」を除いたもの。関口慶太ほか『こんなときどうする? 選挙運動150問150答』(ミネルヴァ書房、第2版、2024)2-3頁。但し、選挙運動の期間前における立候補予定者又は後援団体の政治活動用ポスターに関する143条16項等、規制がないわけではない。
- 最判昭和38年10月22日刑集17巻9号755頁。
- 湯淺墾道「インターネット選挙運動に関する近時の論点」選挙75巻2号(2022)11頁。以下「湯淺」という。
- 湯淺16頁。
- 「公職選挙法における選挙運動とは、特定の公職の選挙につき、特定の立候補者又は立候補予定者に当選を得させるため投票を得若しくは得させる目的をもつて、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいうものであると解すべきである」とした最判昭和52年2月24日 刑集 第31巻1号1頁参照。
- 黒瀬敏文=笠置隆範編著『逐条解説 公職選挙法 改訂版』(ぎょうせい、2021)(以下「逐条解説」といい、末尾に巻名を示す上中下を付す。)中1060頁。
- とはいえ、公示・告示されていなくても、任期満了の接近や議会解散が予想される事情の下で選挙の特定が認められていることに留意すべきである。逐条解説中1060頁。
- 但し、候補者が数名であっても特定すれば足り、数名中1名が必ず立候補する場合にそれらの者のために投票を依頼する行為も選挙運動となる。逐条解説中1060-1061頁。
- 逐条解説中1061頁。
- 同上。
- 同上。
- 同上1065頁。
- 同上1065-1066頁。
- 松尾剛行『生成AIの法律実務』(弘文堂、2025)381頁。
- 湯淺墾道「米国大統領選挙とディープフェイク」情報処理65巻7号(2024)<https://ipsj. ixsq.nii.ac.jp/records/234964>(2025年9月4日最終閲覧、以下同じ)344頁。なお、SNS選挙については、放送倫理・番組向上機構放送人権委員会「「SNS時代の選挙報道 局の垣根を越えて議論」2025年2月3日<https://www.bpo.gr.jp/?p=12337>も参照。
- 湯淺18頁。
- 逐条解説下1987頁。
- 特定の候補を応援する目的で自らの当選を目的とせず立候補して、選挙活動を行うこと。
- 二馬力選挙については、公職選挙法2025年改正附則において「選挙に関するインターネット等の利用の状況、公職の候補者間の公平の確保の状況その他の最近における選挙をめぐる状況に対応するための施策の在り方については、引き続き検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。」として検討が明記された。
- 湯淺16頁。
- 68条の文脈だが、逐条解説上666頁参照。
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