眠れる資産から始まる未来 ~循環価値の再発見
はじめに(循環経済の必要性)
今年の夏はとても暑い。観測史上でも屈指の猛暑となり、8月5日、群馬県伊勢崎市で41.8℃を記録し、国内の観測史上最高気温を更新した。
今年6月に環境省が公表した「令和7年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書」は、人類の活動は地球の限界を超えつつあり、自らの存続の基盤である自然環境を破壊し、気候変動や生物多様性の損失、深刻な環境汚染など様々な環境問題を生じさせていると指摘するが、まさに今夏の異常な暑さは、この指摘に現実味を与えている。1970年代に放映された『宇宙戦艦ヤマト』に喩えるなら、地球を破壊するガミラスは人類自身であるが、現時点では、救世主となるイスカンダルも、革新的なコスモクリーナーDも存在しない。現在、大気中の二酸化炭素(CO₂)を直接回収し、それをエネルギーなどに再利用する「DAC(Direct Air Capture)とカーボンリサイクルの融合」による最先端の環境技術の開発が進められているが、実用化に向けては多くの課題が残されている。
地球の平均気温上昇を1.5℃以内に抑えなければ、生態系の崩壊が避けられないとされる分岐点までの残り時間を示す「Climate Clock」は、既に4年を切っている状況であり、今すぐにでもできることを着実に進めていくことが必要だ。
江戸に根付いた循環経済の仕組み
白書では、持続可能な経済社会システムの実現に向けて、炭素中立(ネットゼロ)だけでなく、循環経済・自然再興の観点からの統合的な取り組みが紹介されている。このうち循環経済[1]は、江戸時代の地域経済のエコシステムにも見られた。
代表的な例として、「下肥(しもごえ)」の再利用による食の循環がある。人口が急増した江戸では、食の一大消費地として肥料の需要が高まり、周辺農村部では下肥の確保を巡って競り合いが起こり、高値で売買されたという。他にも、かまどの灰を藍染めの触媒や肥料として買い取る「灰買い」、貴重な布を扱う古着屋の存在など、江戸の町には循環経済を支える仕組みが確立されていた。
現在、循環経済は気候変動をはじめとする社会課題の解決手段として注目されているが、江戸時代の事例が示すように、供給サイドと需要サイドの双方に経済的・体験的な価値や共感がなければ、持続性は生まれない。
マッチングによる新たな価値の創出
供給サイドと需要サイドの双方にメリットをもたらすためには、遊休資産となっている「今あるもの」と、その資産を活用することで価値をもたらす「潜在ニーズ」をマッチングすることが肝要だ。
昨今、日本の空き家に対して外国人の関心が高まっている。外国人労働者の居住地としての利用に加え、日本の自然や歴史に魅了された人々によるセカンドハウス需要や、リノベーションを通じた投資目的など、日本人が気づいていない価値を見出す人々とのマッチングによって、新たな価値が生まれている。
循環価値という視点
このように循環経済を発展させるには、「今あるもの」が一見価値のないものとして扱われながらも、ある視点から見ると価値を持ち、それを再利用することで新たな価値が生まれる。このような価値の再循環=循環価値こそが、持続可能な社会に不可欠な要素となる。先に紹介した「下肥」「灰買い」のほか、江戸時代には、壊れた器を金継ぎで修復し、美しさと物語を加える文化もあった。一見無価値に見えるものでも、視点を変え、手を加えることで新たな価値を生み出すという発想は、まさに循環価値の本質である。異なる文化・価値観との出会いに価値創出の機会を見出すこと、つまりは、オープンイノベーション的な発想が新たな循環を創り出すことにも求められている。
活かしきれない価値の保有は社会的損失と同義
遊休資産には、使われていない物理的資産だけでなく、活用されていない知的資産、ブランドやネットワークなどの資産、そしてスキルや経験を十分に発揮できていない社員や定年退職を控えたベテラン社員といった人的資産も含まれる。
これらの資産を活かしきれないままでいることは、個々の組織にとっての機会損失であると同時に、社会全体にとっても価値の損失と捉えざるを得ない。
循環価値とは、モノだけでなく「人」や「知恵」にも宿るものである。外部とのマッチングや視点の転換を通じて、見過ごされていた価値を再発見することは、持続可能社会の実現に向けた、確かな一歩となるだろう。
[1] 資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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