2023.4.27 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

スマートシティ推進における都市OSの役割について

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スマートシティという言葉は今や耳にしない日はないというくらい広く普及しています。日本政府においては10年ほど前からスマートシティ構想、スーパーシティ構想、デジタル田園都市構想と進化を続けながらの取り組みが進められてきました。情報通信白書(総務省)には2012年度版から「スマートシティ」という用語が登場し、その後は毎年掲載されています。ではそもそもスマートシティについて定義はあるのでしょうか。これについて日本政府のスマートシティガイドブック[1]においては下記のように定義されています。

  1.  3つの基本理念(市民(利用者)中心主義、ビジョン・課題フォーカス、分野間・都市間連携の重視)、5つの基本原則(公正性・包摂性の確保、プライバシーの確保、相互運用性・オープン性・透明性の確保、セキュリティ・レジリエンシーの確保、運営面、資金面での持続可能性の確保)に基づき[コンセプト]、

  2. ICT 等の新技術や官民各種のデータを活用した市民一人一人に寄り添ったサービスの提供や、各種分野におけるマネジメント(計画、整備、管理・運営等)の高度化等により[手段]、

  3. 都市や地域が抱える諸課題の解決を行い、また新たな価値を創出し続ける[動作]、

  4. 持続可能な都市や地域であり、Society 5.0の先行的な実現の場[状態]

これらの根底には狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱したSociety 5.0がありますが、Society 5.0では、すべてのデータがデジタルでつながることで社会の変革(イノベーション)を起こし、それによって経済発展と社会的課題の解決を両立し、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることができる人間中心の社会を実現することが目標とされています。この目標の実現に向けて、日本政府も自治体も様々な取り組みをしているというのが実態です。

日本だけでなく海外においても政府からの補助金を活用したり、大手企業グループと連携したりしてスマートシティに取り組んでいる事例が数多く見られます。そういった意味では、世界中の多くの都市、住民がスマートシティに試行錯誤しながら取り組んでいるのが実態と言えます。最終的には何らかの共通的な規格に収斂されていく可能性もないとは言えませんが、社会的課題や考え方、価値観が地域によって異なっていることを踏まえると、少なくとも当面は地域ごとに異なる課題をそれぞれの地域が知恵を絞って解決していく試みが続いていくのではないかと思われます。

以下では、スマートシティの実現を推進するにあたって重要と考えられる公民連携、デジタルとアナログのハイブリット、データ連携の3つの観点から考察してみたいと思います。

<公民連携>

自分たちで課題およびその解決策を探し出していかなければならないとすると、まず何よりもその地域の課題を特定することが第一歩となります。一部の住民の意見だけでなく、より多くの住民からニーズを訊きだすことが必要です。その上で解決策を検討していくにあたっては一つの自治体だけでは人的リソース、金銭的リソースに加え、テクノロジーの知識等にも自ずと限界があります。そう考えると最新のテクノロジーを活用して日々事業展開している民間企業の参画は欠かせません。もちろん民間企業だけでも不十分で、自治体が一緒になって検討していると理解することで住民は安心して参画することができると思います。そういった意味で公と民がしっかり連携して、お互いの強みを活かし補完し合っていくことがスマートシティの実現には必要不可欠と思われます。各地で公民連携の組織を設置する動きは出てきていますので、その組織の活動をいかに活性化し、実効性を高めていくかが今後の課題と言えるでしょう。

<デジタルとアナログのハイブリッド>

次に重要なことは、デジタル技術だけでスマートシティを実現することはできず、アナログ的な要素も必要だということです。いくら5GやWi-Fiといった最先端の通信環境を整備しても、あるいは最新のスマートフォンを配布したとしても住民がそれを活用しないことには宝の持ち腐れとなってしまいます。特に高齢者比率の高い地域においては一工夫も二工夫も必要だと思います。解決策としてまず考えられるのは、スマホ教室を開催してスマートフォンの基礎的な使い方を教えることですが、それだけでは金銭的にも時間的にも限界があります。例えば地域内で住民同士がお互いに教え合うようなコミュニティの存在があれば拡がっていくのではないかと思われます。2月にNHK関西で取り上げられた、地元の中学生がボランティアでスマホ教室を開催し、高齢者にスマートフォンの使い方を教えるという大阪府豊能町の取り組みは、地元の中で教え合い、支え合っていくコミュニティの形成によってデジタルデバイドを解消する取り組みとしてとても微笑ましく、また素晴らしい事例と思われます[2]。住民同士による日頃のそういった地道な活動によってスマートシティを実現するための基盤が構築されていくのだと言えます。

そうやってデジタル知識を身に着けた住民が、身近で関心の高いヘルスケア、子育てといった分野のサービスをデジタル技術によって便利に利用できると知れば自分事として利便性を実感し、さらに積極的にデジタルを利用するようになっていくと思われます。歩数アプリと地域通貨とを連携させ、歩いた分だけポイントが溜まり、それを地域通貨に交換して地域内での買い物に利用するといった施策がいくつかの地域で講じられ、成果を生んでいることがその典型例でしょうか。またICタグ等を高齢者や子供に持たせ、現在どこにいるのかを家族が確認できる見守りサービスも自分事となりやすいかもしれません。人口減少に伴って公共交通機関の存続が危ぶまれている昨今ですから、移動も関心が高いテーマと言え、オンデマンドバス等も住民にとって便利さを実感できるサービスと言えるでしょう。

さらに公園や公民館といった公共施設の整備が進めば住民が集まる機会が増加し、コミュニティ形成もより強固になっていくと言えます。住民にとって暮らしやすい環境が整えば、便利さを実感した住民がそれを情報発信し、共感した人々が地域外から流入し、さらに魅力ある地域となっていくという好循環が生まれていくと考えられます。住民同士の直接的なコミュニティを活性化させることによって住民の幸福度を向上させることが目的ですので、その実現のためにデジタル技術という強力な手段をどう活用すればよいのかを考えることがスマートシティ実現に向けての大きな鍵になってくると思います。

<データ連携・都市OS>

またデジタルの世界においては、様々なデータが単独ではなく、互いに連携することで付加価値が大きく向上します。ヘルスケア、子育て、見守り、移動といった各サービス、あるいは行政サービスや防災関連の情報等がそれぞれ個別に存在するのではなく、すべてのデータが互いに連携することで住民にとっての利便性が大きく向上すると思われます。例えば現在は引越しをする際に、自治体への申請だけでなく、電気、ガス、水道、電話、新聞といったサービスごとに事業者への手続きをする必要があります。これがスマートフォン等で一度入力するだけですべてが連動して変更手続きが済んでしまえばどんなに便利だと感じることでしょうか。

このように様々なサービスをつなぎ合わせ、住民がシームレスにいろいろなサービスを享受できるうえで大きな役割を果たすのが、都市OSと呼ばれるシステムです。都市OSとはスマートシティを実現しようとする地域が共通的に利用する機能が集約され、様々な分野のサービスの導入を容易にするITシステムの総称で、求められる機能は大きく以下の3つに整理できます。

  1. 相互運用(つながる):都市内・都市間のサービス(アプリ等)や、他都市における都市OS、他分野のシステムと「つながる」ことを可能にする仕組み
  2. データ流通(ながれる):地域内外の様々なデータを仲介して連携させる仕組み
  3. 拡張容易(つづけられる):スマートシティの発展にあわせて段階的に都市OSが拡張していく為に、最小機能単位での稼働など拡張を容易にする仕組み

なお、「OSの誕生によって異なる種類のコンピューターで同一のソフトウエアが利用できるようになったことに由来し、データ連携基盤などのことを比喩として『都市OS』と呼ぶ」ものの、「コンピューターと違い、(都市)OSがなくとも都市自体は機能することから、OSというよりも『様々な都市のデータやサービスを繋ぐネットワークのノード(結節点)』だと捉える方が正確」です[3]

もともとスマートシティは街のエネルギーの効率化等都市計画の推進を目的に始まった経緯があり、日本国内の複数の地域では、欧州での競争力強化と社会・公共分野のスマートアプリケーション開発を支援するために開発されたFIWAREという都市OSを導入しています。FIWAREは街中に設置したカメラやセンサー等をつなげる、いわゆるIoTのためのデータ共有基盤としてオープンデータの収集・蓄積・仲介に優れているという特徴があります。そのため、防災や見守りといった領域で活用されています。

また、いくつかの地域ではエストニアで導入されているX-Roadを日本の実情に合わせて改良したJP-LINKという都市OSを導入しています。これは、組織間をP to P(1対1)でつなぐことでデータが各企業や各自治体に分散保存される仕組みで、秘匿データを取り扱うことに優れているという特徴があります。そのため、個人のヘルスケア情報と電子マネーポイントとを連携させるといった領域で活用されています。

デジタル田園都市構想において住民サービスの向上(QoLの向上)が求められていることからすると、街のエネルギー効率化や防災といった都市としての機能を保全する情報に加え、住民個人が持つ情報についても連携することが求められるようになってきています。住民はヘルスケアや子育て、移動といった自身の生活に根差した身近な情報から、防災、見守りといった安心・安全な生活を送るために必要な情報まで一連のサービスをシームレスに利用したいと考えていますので、住民の目に触れる部分(例えばスマートフォンのアプリ画面)においてはあたかも一つのシームレスなサービスとなっている必要があると思います。一方ではそれを支えるサービス基盤としての都市OSは複数のシステムが連携して全体として住民サービスを支えるという形態になるのかもしれません。IoTのためのデータ共有基盤としてオープンデータの収集・蓄積・仲介に優れているFIWAREのような都市OSと秘匿データを取り扱うことに優れているX-ROADのような都市OSとの連携が実現している事例はまだ少ないので、今後の進展が期待されます。

<まとめ>

上記で述べたとおり公民連携はとても重要ですが、公といっても一つの自治体だけでは自ずと限界があり、同じような課題を抱える自治体が一緒になって検討することで検討が加速していく可能性があります。違う地域に住む住民同士、活動領域が異なる企業同士が交流することで新しい化学反応が起きて斬新なアイディアが生まれる可能性もあります。自治体ごとに置かれた状況、課題はそれぞれ区々であるとはいえ、共通している課題も多いと思われますので、うまく連携することで相乗効果が出てくるのではないでしょうか。さらに日本だけでなく世界の各地でもスマートシティに取り組んでいるということを踏まえると、海外の都市と連携することもスマートシティ実現に効果的かもしれません。海外で成功している技術やノウハウがあれば、多少のカスタマイズは必要かもしれませんが、可能な限り活用することにより効率的に検討を進めることができるのではないでしょうか。

また、かつては意味があって制定されたものの、現在では逆にスマートシティの実現を阻害してしまうような仕組み・制度が残っているケースもあります。日本の多くの地域・住民がスマートシティに自分事として積極的に取り組み、便利さを直接享受することで、このままでは立ち行かない、変革しなければならないという意識が広く醸成されて、やがては法律を含めた仕組み・制度までも変更することが可能になっていくのではないでしょうか。

私自身としても、できるだけ多くの関係者の方々と連携をしつつ、具体的な地域の課題解決に一緒に取り組んでいくことでスマートシティの実現に貢献していきたいと考えています。

[1] 内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省 スマートシティ官民連携プラットフォーム事務局https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/index.html

[2] https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20230215/2000071109.html

[3] 内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省 スマートシティ官民連携プラットフォーム事務局「スマートシティガイドブック」(https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/index.html)参照。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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