2023.6.29 法制度

サイバネティック・アバター(CA)と人格権に関する裁判例 〜名誉毀損・名誉感情侵害を中心に 「サイバネティック・アバターの法律問題」 連載3回

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1.はじめに

本連載の前2回においては、鳥瞰編上下として、サイバネティック・アバター(CA)1の法律問題を大雑把に挙げていった4。今回からは、各論に入っていく。

まず、CAについてこれまでの裁判例がどのような判断を下しているかを検討していきたい。ここで、広い意味における「メタバース」、例えばWeb3のような分野を含めて先例を探ると、例えば、暗号資産の流出関係の裁判例等が多数存在する。しかし、第1回でも述べたとおり、本連載は、CA、つまりアバターにフォーカスするものである。よって、あえて暗号資産等の裁判例には触れず、主にCAと人格権に関する裁判例を検討したい。その結果、VTuberに関しては別紙に列挙した19件の裁判例(巻末の別紙記載の【1】等の裁判例の番号と本文記載の番号は対応している)が存在するところその多くが名誉毀損・名誉感情侵害に関するものである4ことから、これらを中心に検討していきたい(以下、判決は初出のみ出典を記載し、2回目以降は省略する)。

2.名誉毀損・名誉感情侵害

裁判例の中で、名誉毀損及び名誉感情侵害が争われたものが最も多かった。にじさんじを運営するANYCOLOR株式会社及びホロライブを運営するカバー株式会社の連名で、VTuberに対する誹謗中傷に警鐘を鳴らす共同声明が公表されている4ところ、実際に多数のVTuberに対する名誉毀損・名誉感情侵害事件が発生していることが、この類型の裁判例が多数存在することの理由ともなっているものと思われる。

(1)同定可能性が問題となった事案

まずは、同定可能性、即ち、当該投稿が誰について述べているものかという点が問題となった事案について見ていこう。

ア 【17】大阪地判令和4年8月31日判タ1501号202頁

裁判例のうち比較的有名なものが、本論考で取り上げる19判決のうち唯一刊行物に掲載されている、【17】大阪地判令和4年8月31日である。この裁判例は、「宝鐘マリン」という名称を用い、VTuberとして活動する原告が、掲示板における投稿者の投稿によって名誉感情を侵害された等として、投稿者にかかる発信者情報の開示を求め、プロバイダーである被告を訴えた発信者情報開示請求事件である。この事案では、「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」という投稿が社会通念上許される限度を超える侮辱であるか、及び、その投稿が原告、つまりVTuberの「中の人」である個人に対して向けられたものであるか(同定可能性)が問題となった(前者の問題につき、下記(2)アを参照)。

後者の、同定可能性の問題につき、裁判所は「『宝鐘マリン』としての言動に対する侮辱の矛先が、表面的には『宝鐘マリン』に向けられたものであったとしても、原告は、『宝鐘マリン』の名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって、動画配信などの活動を行っているといえること、本件投稿は『宝鐘マリン』の名称で活動する者に向けられたものであると認められる」として同定可能性を肯定した。

この判示のうちの「アバターの表象をいわば衣装のようにまと」うという部分は、原田論文5を意識したものと理解される6

ここで、本判決における、アバターと中の人の関係を、比喩的にいえば衣装のようなものとした認定が、あくまでも本件の具体的なアバターとその中の人の間の関係を踏まえたものであることについては十分に留意が必要である。即ち、裁判所は、「原告は、配信活動等を行うに当たっては、原告の氏名(本名)を明らかにせず、『宝鐘マリン』の名称を用い、かつ、原告自身の容姿を明らかにせずに架空のキャラクターのアバターを使用して、YouTubeに動画を投稿したり、ツイッターにツイートしたりしている。そして、『宝鐘マリン』であるとする架空のキャラクターを使用し、宝鐘マリンにつき、宝鐘海賊団の船長であるなどのキャラクターを設定しているものの、『宝鐘マリン』の言動は、原告自身の個性を活かし、原告の体験や経験をも反映したものになっており、原告が『宝鐘マリン』という名称で表現行為を行っているといえる実態にある」(傍点筆者)という事実を認定しており、上記の同定可能性の認定の際には、かかる事実認定が前提とされている。

上記原田論文において、原田が「パーソン型」「キャラクター型」というVTuberの分類軸を提起しているように、一口にVTuberと言っても、アバターと中の人の関係は必ずしも一律ではない。そして、様々なVTuberのあり方の中の一例として、中の人が一定の設定を付した上で、仮想空間において芸能活動を行う(例えば、YouTube等で実演を公表し、多くの視聴者やファンを獲得する)という場合が存在する。そして、人間の芸能人の中に「前地獄副大魔王にして悪魔教教祖」や「○○星出身のアイドル」等の設定を付して芸能活動を実施する者が存在するところ、その場合に、当該芸能人に対する誹謗中傷がなされれば、本人への誹謗中傷として同定可能性が肯定される。これと同様に、VTuberのうち中の人が一定の設定を付した上で、仮想空間において芸能活動を行うような場合、すなわち、「中の人」がいわば、バーチャルな衣装類似の位置づけのアバターを纏って芸能活動を行う、と認められる活動実体を持っている場合においても、単に、VTuberだという一事を持って同定可能性を否定すべきではないだろう。そして本判決は、このようなVTuberと中の人の間の具体的な関係を前提に、同定可能性を肯定する判断をしたものと言えるだろう。

そのような具体的な事案に即した判断であるからこそ、本判決がすべてのVTuberに対して直ちに名誉毀損事案や名誉感情侵害事案における同定可能性を認める趣旨のものではないことには十分に留意すべきである。

イ 【14】東京地判令和4年7月1日(D1-Law文献番号29073480)

本判決でも、VTuberたる原告に対する投稿が原告に対する名誉感情侵害となるかが問題となった(名誉感情侵害の問題につき、下記(2)イ参照)。

同定可能性に関し、裁判所は、「一般閲読者の普通の注意と読み方を基準にすれば、いずれも、キャラクター自体ではなくVtuber(ママ)としての『X’』を話題とする内容であるといえるから、『X’』として活動する原告に関する投稿であると認めるのが相当である。原告の氏名や住所等、原告の特定に資する情報が述べられていないことをもって、同定可能性が認められないとする被告の主張は採用できない。」として、同定可能性を肯定している。

ここで、本件において問題となった投稿の内容が、原告であるVTuberが、かつて精神的に不調をきたしたところ、「もう一回心が壊れた方がいい」旨を述べるものであったことに注目すべきであろう。ここで、精神的不調をきたしたのはまさに「中の人」たる原告であった。即ち、投稿の文脈から、それが「中の人」に対するものであることが判明する事案であったことから、比較的あっさりと同定可能性が認められている。

ウ 【8】東京地判令和3年12月17日(D1-Law文献番号29068269)

本判決ではVTuber兼YouTuberである原告に対する投稿が名誉毀損や名誉感情侵害であるかが問題となった(名誉感情侵害の問題は下記(2)ウ、名誉毀損の問題は下記(3)をそれぞれ参照)。

同定可能性については、原告がVTuberとしてだけではなくYouTuberとしても活動していたことから、「『vtuber(ママ)』と対比する形で『X’さん』の言動に言及する内容であるところ、原告は『X’』の名義でユーチューバーとして活動するとともに、ホロライブプロダクションに所属して『X’’』名義でバーチャルユーチューバーとして活動しており(中略)、その事実がインターネット上で明らかにされていること(中略)を踏まえると、本件記事2は、『X’』及び『X’’』名義で活動している原告を対象とする表現であると認めるのが相当である。」と認定して同定可能性を肯定している。

このようにVTuberとしてだけではなく、YouTuberとしても活動していれば、同定可能性を比較的容易に肯定することができるだろう。

エ 【2】東京地判令和3年4月26日(D1-Law文献番号29064372)

VTuberである原告に対する掲示板上の投稿の名誉感情侵害の有無が問題となった本件において、裁判所は、「『C』の動画配信における音声は原告の肉声であり、CGキャラクターの動きについてもモーションキャプチャーによる原告の動きを反映したものであること(中略)、『C』としての動画配信やSNS上での発信は、キャラクターとしての設定を踏まえた架空の内容ではなく、キャラクターを演じている人間の現実の生活における出来事等を内容とするものであること(中略)も考慮すると、VTuber『C』の活動は、単なるCGキャラクターではなく、原告の人格を反映したものであるというべきである」(傍点筆者)として同定可能性を認めた。

ここで当該判決は、「原告の人格を反映したもの」であるかを問題としている。確かに、アニメキャラのような架空の人格であれば名誉感情侵害等の人格権侵害は認められないという当該判決の判断の背景にあるであろう一般論は支持することができる7。しかし、常に一人の「中の人」の「人格」を反映しなければ同定可能性が否定されるべきかは更に議論を深めることが必要であろう。

(2)社会通念上許される限度を超える侮辱であるかが問題となった事案

ア 【17】大阪地判令和4年8月31日

上記【17】大阪地判令和4年8月31日においては、社会通念上許される限度を超える侮辱であるかも問題となった。

この点について、裁判所は、「『バカ女』『精神が未熟』というように分断して捉えるのではなく、本件投稿の内容を一体として捉えつつ、その表現が見下すようなものになっていることや、成育環境に問題があるかのような指摘までしていることをも踏まえれば、特段の事情のない限り、本件投稿による侮辱は、社会通念上許される限度を超えるものであると認められる」とした上で、特段の事情もないとして、社会通念上許される限度を超える侮辱であるとした。

投稿に含まれる単語を分断するのではなく、文脈全体から、それが社会通念上許される限度を超えるか否かを検討するというアプローチは名誉感情侵害に関する一般的なアプローチである。

イ 【14】東京地判令和4年7月1日

上記【14】東京地判令和4年7月1日においては、2つの問題となった投稿のうち1つが社会通念上許容される限度を超える侮辱行為だとされ、もう1つが社会通念上許容される限度を超える侮辱行為ではないとされたことが興味深い。

まず、「もう一回心が壊れた方がいい」旨を述べる投稿については、原告がかつて精神的に不調をきたし、活動を休止した期間があったこと、原告がその当時、心が壊れた旨を投稿したことを踏まえ、上記事実に関連付けて、当該VTuberがもう一度心が壊れた方がいいと述べるものであるといえるから、社会通念上許容される限度を超えて、原告の名誉感情を侵害するものであるというべきとした。

次に、「気持ち悪い」という投稿は、原告や女性VTuberに対する嫌悪感を示すものであるといえるが、具体的な事実を摘示することなく単に抽象的に「気持ち悪い」と指摘するにとどまるもので、社会通念上許容される限度を超える侮辱行為であるとまでは認められないとした。

最判平成22年4月13日8は、(傍論ではあるものの、)同事案で問題となった投稿が社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められるかの判断において、「本件書き込み中、被上告人を侮辱する文言は上記の『気違い』という表現の一語のみであり、特段の根拠を示すこともなく、本件書き込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば、本件書き込みの文言それ自体から、これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはでき」(ない)としている。

そして、上記のとおり、【14】判決も、抽象性や繰り返しの有無、そしてその前提や背景となる事実を踏まえて特定の名誉感情侵害投稿が社会通念上許容される限度を超えたものかを検討するというアプローチを採用しているところ、これは最高裁も採用するアプローチと同様のものといえるだろう。

ウ 【8】東京地判令和3年12月17日

上記【8】東京地判令和3年12月17日では、VTuberである原告に関して、掲示板上で行われた投稿について、原告の容姿などを揶揄する、原告の発達障害を指摘し、原告の言動を揶揄する、原告が知的障害を有する者である旨指摘を行う等であって、原告の名誉感情を侵害することが明らかとした。

確かに、それが揶揄であるというだけでは、必ずしも直ちに社会通念上許容される限度を超えるものではないだろう。しかし、本件では、その具体的内容が容姿、発達障害及び知的障害等に関するものであることも勘案して、社会通念上許容される限度を超えたと判断されたのだろう。

エ 【4】東京地判令和3年9月8日(D1-Law文献番号29066422)

本判決では、VTuberである原告について、原告同様に本件事務所に所属するVTuberである「F」や「E」と比較して、「ゴミ」であるとか、「ただのうるさいババアじゃん」などというものであって、原告を、「かまってちゃん」であるといい、「E>>>>メンヘラおばさん」であるとして、原告がEよりも劣っているという感想を述べ、「かまってちゃん」、「メンヘラおばさん」などとして揶揄する投稿が問題となった。裁判所は、「穏当さを欠く表現であって原告が不快な感情を抱くことは否定できないものの、これが社会通念上許容される限度を超える侮辱行為であって原告の人格的利益を侵害することが明らかであるとまでいうことはできない。」等としていずれも違法な名誉感情侵害ではないとした9

裁判所は、これらの投稿について、「結局、原告のゲームスタイルがうるさくて嫌いだということをいうものと解されるところであって、単なる好悪の情を示しているにすぎない」としている。このような判断の背景には、原告自身がVTuberとして実演を全世界に配信している以上、それを嫌う人は出てくるものであり、原告を嫌いである旨を述べる投稿は直ちに社会通念上許容される限度を超えるとはいえない、というものがあるのだろう10

オ 【3】東京地判令和3年6月8日(D1-Law文献番号29065053)

このような【4】判決の裏にあると考えられる理解をより直截に述べたのが【3】東京地判令和3年6月8日である。

本判決では、VTuberに対する、掲示板上の「X’てまじで慢心すごいわ 成金の品のなさ出てるな」という投稿が問題となった。

裁判所は、「慢心」、「成金」、「品がない」などの感想を一部の者が抱くことはあり得ることであって、その表現も、原告に対し否定的ではあるものの、原告個人の具体的なエピソードや家庭環境などをもとに人格攻撃しているものとも解されないから、表現者として作品を提供する原告として受忍すべき限度の範囲内にあるというべきであるとした11

ここで、裁判所は、そのような判断の前提となる一般論として、「配信動画に限らず、芸術・芸能作品に対する批評は最大限保障されるべきであることはいうまでもなく、かつ、不特定又は多数である社会一般に作品を提供する者は、その帰結として肯定的・否定的な批評を受けること自体は当然甘受すべきものであるから、その批評が人身攻撃に及ぶなど批評(意見ないし論評)の域を逸脱しているなどの場合を除き、不法行為を構成するとはいえないというべき」としている。

VTuber自らが実演を公表し、世の中に自らの実演を問うている以上、それに対する批評自体はあり得るものである。そこで、単にネガティブな意見・感想だからといってそれが直ちに社会通念上許容される限度を超えるものではない。そこで、このような理を述べる限りで、本判決は支持できるだろう。

カ【2】東京地判令和3年4月26日

それでは、いかなる場合に、その批評が人身攻撃に及ぶなど批評(意見ないし論評)の域を逸脱しているなどとして、社会通念上許される限度を超えたといえるのだろうか。この点については、上記【2】東京地判令和3年4月26日が参考になる。

本件は、VTuberに関する掲示板上の投稿が原告の名誉感情を侵害するものであったとして、発信者情報の開示が請求された事案である。この事案において、問題となる投稿は、VTuberである原告自身の実演の中で、原告が食事を残したことについて、スレッド内で批判的な投稿が続いている中で行われた。そして当該投稿は、単にそのようなエピソードを批判するのみならず、「片親だから」、「オヤナシだから」、「母親が居ないから」などとして、その行動を原告の生育環境と結びつける形で批判するものであった。

裁判所は、「原告が父子家庭であることは事実である一方で、『C』について、母親がいないとのキャラクター設定は存在しないものと認められる(中略)から、このような事情の下で、あえて生育環境と結びつけてまで原告を批判する本件各投稿は、単なるマナー違反等を批判する内容とは異なり、社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものとして、その名誉感情を侵害することが明らか」とした。

要するに、単なる実演の内容に対する批判(マナー違反という批判)を超え、生育環境と結びつけて批判するというのは、それは行き過ぎだ、というものであり、VTuberの実演に関連して行われた批判的言動について社会通念上許される限度を超えるとされるラインを理解する上で参考になるだろう。

(3)社会的評価の低下の有無が問題となった事案

上記の【8】東京地判令和3年12月17日では、原告が金銭の提供と引き換えに性的なサービスを提供している旨の事実を摘示した投稿について原告の名誉を毀損することが明らかとした。

これまでの裁判例の傾向からすればこのような摘示については、社会的評価の低下が認められやすいだろう12

(4)その他

その他のVTuberに関係する名誉毀損・名誉感情侵害裁判例についても概観しよう。但し、以下の裁判例は必ずしもVTuberそのものの名誉毀損・名誉感情侵害の有無が直接問題となってはいないことに留意されたい。

ア 【19】知財高判令和5年3月9日裁判所HP(令和4年(ネ)第10100号)等

本判決は、VTuberの所属事務所が著作権を有しているVTuberのイラストやその動画について、侵害者が、それを素材に、キャラクターの両目の下にそれぞれ涙の絵柄を付し、また、キャラクターの顔の周りに首つり用の縄の絵柄を付し、さらに、「死ぬ」及び「ぺこ」との文字を付したいわゆるコラージュ画像をTwitterのサーバーにアップロードして複製したことを複製権侵害とした。

そして、所属事務所が二次創作について当該キャラクターの名誉ないし品位を傷つける行為をしないことなどを条件として、非独占的に許諾するという規約を定めていたところ、キャラクターが自殺しようとしており、かつ、その様子を自ら配信しているというものであると認められることからキャラクターの名誉ないし品位を傷つけるものとした。

本判決は、少なくとも直接的には名誉毀損や名誉感情侵害が争われている事案ではないものの、自殺が名誉を傷つけるかが問題となり、「社会通念上、自殺が否定的な印象を持って受け止められていることは明らかであるから、控訴人(引用者注:VTuberの所属事務所。以下同じ。)キャラクターが自殺しようとしている様子を描く本件画像の作成等を行うこと自体、控訴人キャラクターの名誉を傷つけるものといえるし、自殺の様子を自ら配信するという行為に至っては、控訴人キャラクターの品性が疑われるものであるといわざるを得ないから、控訴人キャラクターが自己の自殺の様子を配信している様子を描いているという点でも、本件画像の作成等を行うことが控訴人キャラクターの名誉ないし品位を傷つけるものであることは明らか」と認定した。

確かに、自殺を不名誉と理解すべきではない、というような考えもあり得るところである。この点、「部落出身者」「精神病者」「同性愛者」等に否定的評価を与えるという日本社会の風潮自体が不当な「差別」であって、このような事項を摘示したからといって、対象者の社会的評価が低下したというべきではないという見解も存在する。しかし、伝統的には、社会に偏見・差別が現に存在する以上、そのような事実を摘示されれば社会的評価が現実に低下するのであるから、なお名誉毀損に当たるとしており、裁判例もそのような傾向である13。本判決は、(生身の人間ではないVTuberであるという特徴はあるものの、)「自殺」においてこれらと同様の判断を行ったものと理解される。

なお、【18】東京地判令和5年1月31日裁判所HP(令和4年(ワ)第21198号)も同様の事案であるが、「暴力的な表現」に該当するとされており、名誉ないし品位を傷つける行為については判断されていない。

イ 【15】東京地判令和4年7月19日(D1-Law文献番号29073241)等

本判決は、ゲーム制作活動をする原告がVTuberとトラブルになり、「うーんガイジ・・・」等という投稿がされたところ、これは原告のことを障害を持つ児童として、SNS上の原告に対する誹謗中傷に乗じて、原告を侮辱するものとみることができ、かかる表現態様に照らし、原告がゲーム公開等を行う者であることを前提としても、このような侮辱までも甘受すべきものとはいえないとし、原告の名誉感情を侵害する侮辱表現として権利侵害の明白性があるとした。

【10】東京地判令和4年3月18日(D1-Law文献番号29070168)も同様である14

ウ 【13】東京地判令和4年4月7日D1-Law文献番号(29070571)

本判決ではVTuberとトラブルになったゲーム制作者である原告が、VTuberを讃える投稿と、VTuberを毛嫌いする投稿を行っており、その複数の投稿間に矛盾があった。そのことを持って投稿者が「精神分裂症」と表現した投稿をしたことが社会通念上許容できない名誉感情侵害かが問題となった。

裁判所は、「本件投稿を読んだ通常の読者は、19番投稿及び本件投稿の対象となっている者が、事実として、「精神分裂症」を患っているとは理解しないものといえ、そうであるとすると、本件投稿は、揶揄的な表現であることは否定はできないものの、意見として全く不適格なものとまではいえず、また、あくまでも比喩表現であることも考慮すると、社会通念上許容できない程度を超えた名誉感情の侵害が生じるものとはいえない。」とした。

確かに原告は自ら元となる投稿をしており、その内容が矛盾していた。それに対し、その間の投稿が矛盾するという趣旨の投稿がされること自体は、言論の自由市場に身を置いた以上は甘受すべきだろう。しかし、それを超えて「精神分裂症」といった人格攻撃とも言える投稿についてまで甘受すべきかについては、やや疑問が残らなくもない15

エ 【12】大阪地判令和4年3月31日裁判所HP(令和3年(ワ)第5988号)等

本判決ではVTuber事務所公式の漫画家を務めていた原告が、VTuber事務所の対応に激怒してSNSや動画配信サイトでVTuber事務所を批判したところ、被告である電気通信事業者が管理するサイト上で、原告の一連の行為に関する投稿がなされ、発信者情報の開示の可否が争われる中、当該投稿が名誉毀損に当たるかが問題となった。当該投稿は、VTuber事務所に対して原告が激怒した原因が、VTuber事務所との契約締結後に、VTuber事務所に対し、当該事務所のVTuberを同人誌で描いても良いかと尋ねたところ、なるべく控えて欲しいと言われたことであるという旨を摘示していた。また、漫画の反響の大きさやVTuber事務所のVTuberの市場の大きさを考慮すると、取り分が少ないように感じたため、原告がVTuber事務所に交渉したが応じてもらえなかったことや、原告が今後の漫画の取り分を何%か貰う権利があると思ったが聞き入れられなかったことなどを摘示していた。裁判所は、当該投稿が、閲覧者に対し、原告が、いったん成立した契約内容の条件変更を求め、それが聞き入れられないと激怒し、合理的な理由なく一方的に相手方を非難する理不尽な人物であるとの印象を与えるものである等として名誉毀損を認めた16

このような判決の認定の限りでは、名誉毀損を認めたこと自体は理解できるものの、本判決は同時にかかる投稿が「社会通念上許容される限度を超えて原告を侮辱するものと認められる」として名誉感情侵害をも認定している。この点は具体的投稿の表現方法に基づくと理解されるものの、判決文だけからはよく理解できないところである。

ここで、【9】東京地判令和4年2月15日(D1-Law文献番号29069354)も、【12】大阪地判令和4年3月31日と類似した背景事情の下で投稿された、【12】とは別個の投稿についてのもので、VTuber事務所公式の漫画家を務めていた原告が、VTuber事務所から受託した業務について、予想以上に反響が大きかったことなどから、報酬の増額等についてVTuber事務所と交渉をしたものの、奏功しなかったという事実を摘示したにとどまり、原告がVTuber事務所との合意を反故にし、後になってから不平不満を述べて条件交渉をする人物であるという事実を摘示したものとは解されず、原告の社会的評価を低下させる事実を摘示したものとまでは認められないとした17

なお、【7】東京地判令和3年11月30日(D1-Law文献番号29067949)も類似事案であるものの、【7】判決においては、「事後的な状況を踏まえて再交渉すること自体が不当なこととはいえないにせよ、合意が成立している以上その交渉がまとまらないことが相手方との関係を解消したり、激しい怒りを表明する合理的な理由にはならないと考えられる」とし、そのことからすれば、上記摘示事実は、一般閲覧者に、原告が、VTuber事務所に何ら非がないにもかかわらず、一方的に報酬の増額を要求し、その要求が通らないと分かると、激しく怒り、VTuber事務所との関係を一切解消する旨を宣言するという理不尽な対応をしたとの印象を抱かせるものであり、原告の社会的評価を低下させるものとした。

名誉毀損に関し、以上の3判決を検討するに、【12】と【7】は社会評価低下を肯定し、【9】は否定している。ここで、【12】はいったん成立した契約内容の条件変更を求め、それが聞き入れられないと激怒し、合理的な理由なく一方的に相手方を非難する理不尽な人物であるとの印象を与えるものとして、理不尽性を印象付ける事実摘示であったと認定され、また、【7】でも同様に理不尽性が認定されていることが重要であろう。反面、【9】は単にVTuber事務所と交渉をしたものの、奏功しなかったという事実を摘示したものにとどまるとされた。背景事情は類似していても、どこまで踏み込んだ内容まで摘示しているかによって結論が分かれたものと理解すべきだろう。

オ 【11】大阪地判令和4年3月31日裁判所HP(令和3年(ワ)第5989号)等

本判決はVTuberとトラブルになった同人誌作家の原告について、気持ち悪い、背が小さい、気持ち悪すぎる、女全員より小さいなどと、原告の身体的特徴や外見について揶揄するものであるところ、原告の名誉感情が侵害されたことが明らかとした。もし気持ちが悪いという投稿が単独でなされていたのであれば、【14】東京地判令和4年7月1日等を踏まえると、それだけの投稿を持って社会通念上の許容範囲を超えたと認めるべきか疑問があるものの、それ以外を含む総合的な判断であれば理解可能である。(なお、【11】の判決文からは「気持ちが悪い」という投稿の前後の文脈は判然としない。)

(8)小括

以上、VTuber関連の名誉毀損・名誉感情侵害に関する判決を概観したところ、VTuberと中の人の同一性ないし同定可能性がまずは重要な論点となっている(上記(1)参照)。また、VTuberがYouTuber等と同様に公に実演を行い、それを多くの視聴者が視聴することを前提に、そのようなVTuberの性質から、一定範囲の実演に対する論評や批判は感受すべきであるとされ、その観点からは単なる純粋な一般私人よりは名誉感情侵害等が成立しにくくなっている(上記(2)、とりわけエ 以下参照)。もっとも、それでも、いわゆる人格攻撃の域に達しているものについては名誉毀損・名誉感情侵害を成立させていることが重要であろう(上記(2)とりわけカ参照)。

3.その他

最後に、その他のVTuber関連裁判例を概観したい。

【16】東京地判令和4年8月18日(LEX/DB文献番号25606979)は、VTuberと紛争が生じた同人誌作家である原告に対し、「今さら擦り寄ってもおせーよ」などと、やや乱暴な表現で原告を非難した上で、「こいつの息の根を止めてやる」として、原告が今後活動することができない状態にするつもりである旨の意思を強い表現で表明したことを持って、原告に身体的又は精神的な危害を加えることを示唆するものであって、社会通念上許される限度を超えて原告を畏怖させるものであり、原告の自由な意思決定を阻害するとした18

【6】東京地判令和3年10月21日(LEX/DB文献番号25602823)は(原告が)VTuberを誹謗中傷するのが趣味だという旨の投稿が問題となった発信者情報開示請求事件であるところ、プロ責法の論点のみについて判断され、原告の発信者情報開示請求が棄却された。

【5】東京地判令和3年9月9日(D1-Law文献番号29066483)は、VTuberの未公開動画を閲覧できるURLが掲示板に投稿されたことにつきVTuber事務所運営企業の営業権侵害が認められた。

上記【3】東京地判令和3年6月8日においては、侮辱について権利侵害が否定されているものの、VTuberである原告の顔写真が電子掲示板に投稿されたことにつき、原告のプライバシーを侵害するものであったとして、写真に関する発信者情報の開示が認められた。

【1】東京地判令和2年12月22日(D1-Law文献番号29063051)は、VTuberである原告の本名と年齢を明らかにする内容を電子掲示板に投稿したことにつき、原告のプライバシーを侵害するものであったとした。

4.小括

以上19判決を検討してきたが、VTuberに関する司法判断は既に名誉毀損・名誉感情侵害を中心に行われているところ、それらの判決の多くは、これまで作られてきた判例法理をいかに具体的事案に当てはめるか等の観点から、VTuberの同定可能性や、侮辱行為の社会通念上の許容範囲超過の有無、そして社会的評価低下性等を検討している。

もっとも、本稿はあくまでも2023年6月13日時点において、D1-Law、WestLawJapan、LEX/DB及び判例秘書(順不同)という4つの商用データベース上で検索可能な裁判例を検討したものに過ぎない。そして、上記の、VTuberに対して誹謗中傷をしないよう求める共同声明の後も、VTuberに対するインターネット上の誹謗中傷事案は引き続き散見されるところである。そのこと自体は大変遺憾ではあるものの、逆にCA法の発展という意味では、今後も引き続き判断が蓄積されることが予想されるともいえるかもしれない。筆者も引き続きこれを注視し、研究を続けていきたい。

◇◆◇

本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものである。本稿を作成する過程では慶應義塾大学新保史生教授及び情報通信総合研究所栗原佑介主任研究員に貴重な助言を頂戴し、また、早稲田大学博士課程杜雪雯様及び同修士課程宋一涵様に裁判例調査及び脚注整理等をして頂いた。加えてWorld Trend Report編集部の丁寧なご校閲を頂いた。ここに感謝の意を表する。

別紙:判決一覧

【1】 東京地判令和2年12月22日(D1-Law文献番号29063051)

【2】   東京地判令和3年4月26日(D1-Law文献番号29064372)

【3】   東京地判令和3年6月8日(D1-Law文献番号29065053)

【4】   東京地判令和3年9月8日(D1-Law文献番号29066422)

【5】   東京地判令和3年9月9日(D1-Law文献番号29066483)

【6】   東京地判令和3年10月21日(LEX/DB文献番号25602823)

【7】   東京地判令和3年11月30日(D1-Law文献番号29067949)

【8】   東京地判令和3年12月17日(D1-Law文献番号29068269)

【9】   東京地判令和4年2月15日(D1-Law文献番号29069354)

【10】 東京地判令和4年3月18日(D1-Law文献番号29070168)

【11】 大阪地判令和4年3月31日裁判所HP参照(令和3年(ワ)第5989号)

【12】 大阪地判令和4年3月31日裁判所HP参照(令和3年(ワ)第5988号)

【13】 東京地判令和4年4月7日D1-Law文献番号(29070571)

【14】 東京地判令和4年7月1日(D1-Law文献番号29073480)

【15】 東京地判令和4年7月19日(D1-Law文献番号29073241)

【16】 東京地判令和4年8月18日(LEX/DB文献番号25606979)

【17】 大阪地判令和4年8月31日判タ1501号202頁

【18】 東京地判令和5年1月31日裁判所HP参照(令和4年(ワ)第21198号)

【19】 知財高判令和5年3月9日裁判所HP参照(令和4年(ネ)10100号)

  1. なお、その意義については第1回に譲るが、CAとは身代わりとしてのロボットや3D映像等を示すアバターに加えて、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するICT技術やロボット技術を含む概念で、Society 5.0時代のサイバー・フィジカル空間で自由自在に活躍するものである。内閣府「ムーンショット目標1―2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現―」<https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub1.html>(2023年6月13日最終閲覧、以下同じ)
  2. なお、本稿執筆中の2023年6月7日に改正不正競争防止法が成立した。法案等につきhttps://www.meti.go.jp/press/2022/03/20230310002/20230310002.htmlを参照のこと。
  3. なお、6月13日時点で閲覧できた裁判例による。そこで、2023年3月に下されたとされる、VTuberの「枕営業」の指摘が名誉毀損となった判決については触れられていない(塚田賢慎「人気女性VTuberの「中の人」騙った悪質な動画販売、「権利侵害」認めた判決の意味」2023年6月9日弁護士ドットコムニュース(https://www.bengo4.com/c_23/n_16106/))。加えて、判決になっていない事案も多数存在すると予想される。筆者がVTuberを代理して国際動画共有プラットフォームを名誉感情侵害で訴えた事案も判決に行く前に円満に解決している。松尾剛行「プラットフォーム事業者によるアカウント凍結等に対する私法上の救済について 」情報法制研究10号66頁(https://www.jstage.jst.go.jp/article/alis/10/0/10_66/_article/-char/ja)
  4. https://files.microcms-assets.io/assets/5694fd90407444338a64d654e407cc0e/60de641278e94221910d4a452fc10cd1/%E5%85%B1%E5%90%8C%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87.pdf
  5. 原田伸一朗「バーチャルYouTuberの人格権・著作者人格権・実演家人格権」静岡大学情報学研究26号(2021)53頁
  6. 原田・前掲注3)の論文を「参照しているものと思われる」とする原田伸一朗「バーチャルYouTuberとして活動する者に対する名誉感情侵害を認めた事例」TKC Watch239号(文献番号z18817009-00-032392286)(2023)
    <http://lex.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-032392286_tkc.pdf>注3参照。
  7. なお、「キャラクターの名誉権・同一性保持権…は…むしろキャラクターという存在に対する適切な取り扱いを求める倫理として機能し得る概念」とする原田伸一朗「キャラクターの名誉権・同一性保持権 : キャラディス・キャラ改変からのキャラクターの保護」翻訳の文化/文化の翻訳18巻別冊(2023)141頁(http://doi.org/10.14945/00029542)も参照。
  8. 民集第64巻3号758頁
  9. なお、このように社会通念上許容される限度を超えて名誉感情侵害があることが明らかとはいえないと認め同定可能性は議論されていない。
  10. そのような考え方そのものは理論的には十分に理解できるが、具体的当てはめとして、既に人格非難の域に達しているのではないか、という点は留意が必要なように思われる。
  11. 少なくともこの侮辱が問題となった投稿については同定可能性は検討されていない。なお、別の投稿によるプライバシー侵害に関する判断については、その他の【3】判決に関する説明を参照のこと。
  12. 松尾剛行=山田悠一郎『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版 [勁草法律実務シリーズ]』(勁草書房、2019)125-126頁
  13. 前同104頁
  14. 加えて、「原告が『ゴミ』であるとするものであるところ、これは、汚い、不要などといった趣旨で侮蔑するものであるといえ、社会通念上許される限度を超える侮辱行為に該当し、原告の名誉感情を侵害することが明らかである」との判断もされている。
  15. 但し、事実として、通常の読者が「精神分裂症」を患っているとは理解しないという文脈であることはこの判決も前提としている。
  16. 「金でもめたってことやな。そういうの表にだすなよ。」という表現は判決文から読み取れるものの、それが直ちに社会通念上の許容限度を超える侮辱かは不明である。
  17. 参考まで、本判決においては、別の投稿も問題となった。この別の投稿では、原告を「地雷」又は「ゴロ」と表現し、また、「ガイジゴロ」又は「池沼」と表現していた。裁判所は、これらは障害者に対する蔑称として使われる言葉であり、これらの投稿は原告を無理に侮蔑し、社会通念上の許容範囲を超える侮辱行為として、原告の名誉感情を侵害するものと認められるとした。
  18. 「息の根を止めてやる」という部分はホロライブのキャッチコピーである「とまらない」という言葉と掛けたものに過ぎない旨主張するが、そのような事情は上記結論を左右しないともされている。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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