2023.9.14 DX InfoCom T&S World Trend Report

企業の経営方針におけるDXの位置づけ

はじめに

我が国では、少子高齢化の進展等によって国内需要の減少、労働力の不足、国際競争力の低下など様々な社会的課題が表面化している。新型コロナによる非対面・非接触ニーズの高まりだけではなく、人々の趣味・嗜好・ライフスタイルが絶えず変化する社会において、企業にはデジタル技術を活用した変革「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」が求められている。

企業活動におけるDXについては、2015年に市場調査会社IDCが「IDC FutureScape」の中で「DXエコノミー」の台頭を予測し、今後はDXを意識しながらビジネスを進めていく必要があると述べた。日本では2018年9月に経済産業省が「DXレポート」を公表し、その中で日本企業のレガシーシステムが抱える課題に対して「2025年の崖」というキーワードで警鐘を鳴らしたことで広く注目されるようになった。その後、新型コロナの感染拡大によって企業は半ば強制的にデジタル化を進めることになり、そのような状況下において、DXがより一層注目されるようになった。

足元では、新型コロナが落ち着いている一方、ロシアのウクライナ侵攻や円安、物価高などによって社会経済環境は大きく変化しており、企業の経営方針や事業課題も変わっていると考えられる。そこで今回は、有価証券報告書をもとに企業の経営方針やDXの取り組み、事業等のリスクについて考察してみたい。なお、有価証券報告書は、株式を発行する上場企業等が開示する企業情報であり、一般にも開示されている[1]。各企業のホームページの他、金融庁のEDINET(金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム)などを通して閲覧できる。EDINETではAPI機能も提供しており、2019~2023年の各年5-6月に提出された有価証券報告書をダウンロードして活用した。

経営方針

有価証券報告書では、売上高や純利益といった主要な経営指標に加え、事業の内容や経営方針、サステナビリティに関する考え方および取り組み、事業等のリスク、コーポレート・ガバナンスの概要などが記載されている。経営方針については、経営環境(例えば、企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービスの内容、顧客基盤、販売網等)についての経営者の認識の説明を含め、企業の事業の内容と関連付けて記載することが求められている。

そこで、まずは企業の経営方針について記述されている文章の中に特定のワードがどの程度登場するのかを集計した[2]。具体的には、DX(デジタルトランスフォーメーション、デジタル・トランスフォーメーションを含む、以下同様)、デジタル、AI、イノベーション、改革というワードを取り上げた。経営方針の中にこれらのワードが1回以上記載されている企業の割合を示したものが図1である。DXやデジタルというワードを使う企業が2019年度から2020年度にかけて大きく増加しており、コロナ禍においてDXが経営方針においてかなり重要な位置づけになったことが想像できる。その後、2021年度、2022年度にかけては大きな増加は見られず、DXに取り組む意欲のある企業は概ね着手を終えたものと想像される。

【図1】経営方針に含まれるワード

【図1】経営方針に含まれるワード
(出典:各年の有価証券報告書をもとに作成)

また、経営方針でDXに言及している企業(以下、「DX企業」)の割合を企業規模別に集計した[3]。従業員が300人以上の企業は300人未満の企業に比べてDXに言及している割合が大きいものの、従業員が300人未満の企業でもコロナ禍でDXに言及する企業が大きく増えており、2022年度には約2割がDXに言及している。ただ、DXは抽象的なワードであり、企業によって捉え方や具体的な取り組みが異なっていると考えられる点には留意が必要である(図2)。

【図2】経営方針でDXに言及している企業の割合(企業規模別)

【図2】経営方針でDXに言及している企業の割合(企業規模別)
(出典:各年の有価証券報告書をもとに作成)

DX企業の経営方針

次に、DX企業がDXと同時に何に言及しているのかを集計した。その結果、9割を超えるDX企業が「強化」、「成長」というワードを挙げている。また、これまで日本企業はICTを業務効率化やコスト削減といった目的で利用するという、いわゆる守りのICT投資が多く、ビジネスモデルの変革など攻めのICT投資が少ないと指摘されている[4]。経営方針の中でも「コスト」や「効率化」といったワードは約半数の企業で挙げられている一方、攻めのICT投資という表現の中で用いられることが多い「新製品」、「新サービス」、「新規事業」、「ビジネスモデル」などは比較的少ない。そのため、DXでは製品やサービス、ビジネスモデルの変革が求められているものの、従来の業務効率化やコスト削減を目的としてDXを推進している企業が一定数存在している可能性がある(表1)。

【表1】DX企業の経営方針に含まれるワード

【表1】DX企業の経営方針に含まれるワード
(出典:各年の有価証券報告書をもとに作成)

InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
以下ご覧になりたい方は下のバナーをクリックしてください。

業績等の比較

事業等のリスク

まとめ

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] 金融商品取引法で、有価証券の発行者(株式を発行する企業等)に提出を義務付けており、提出期限は、事業年度終了後の3カ月以内となっている。例えば、3月末決算の企業であれば6月末日が提出期限となる。

[2] 集計対象は2018年度(2,617社)、2019年度(2,111社)、2020年度(2,593社)、2021年度(2,351社)、2022年度(2,524社)である。

[3] 2018年度から2022年度までの従業員数の平均を用いた。

[4] 例えば、経済産業省「『攻めのIT投資』について」https://www.itc.or.jp/news/dlfiles/itcc2014_06.pdf

当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。InfoComニューズレターを他サイト等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。また、引用される場合は必ず出所の明示をお願いいたします。

情報通信総合研究所は、先端ICTに関する豊富な知見と課題解決力を活かし、次世代に求められる価値を協創していきます。

調査研究、委託調査等に関するご相談やICRのサービスに関するご質問などお気軽にお問い合わせください。

ICTに関わる調査研究のご依頼はこちら

関連キーワード

鷲尾 哲の記事

関連記事

メンバーズレター

会員限定レポートの閲覧や、InfoComニューズレターの最新のレポート等を受け取れます。

メンバーズ登録(無料)

各種サービスへの問い合わせ

ICTに関わる調査研究のご依頼 研究員への執筆・講演のご依頼 InfoCom T&S World Trend Report

情報通信サービスの専門誌の無料サンプル、お見積り

InfoCom T&S World Data Book

グローバルICT市場の総合データ集の紹介資料ダウンロード