オーバーツーリズムの現状と対策 〜デジタル技術と地域資源を活用した持続可能な観光の実現へ
背景
昨今、観光などを目的に日本を訪れる外国人が増えていることは、多くの人が実感しているであろう。実際に、訪日外国人旅行者数は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により2020年から2022年まで大幅に減少したが、2023年以降は回復に転じ、2024年には過去最高を記録した。同様に、2024年の訪日外国人旅行消費額も過去最高を更新している。
しかし、訪日外国人旅行者数の急増に伴い、近年では「オーバーツーリズム(観光公害)」が問題視されるようになってきている。具体的には、観光客が特定の地域や時間帯に集中することにより、過度の混雑やマナー違反が発生し、地域住民の生活への影響や、旅行者自身の満足度低下が懸念されている。
本稿では、訪日外国人旅行者の現状を各種統計情報などに基づき概観し、現在取り組まれているオーバーツーリズム対策の概要と、今後の展望について考察する。
訪日外国人旅行者の現状
1 好調が続く訪日外国人旅行者数と消費額
日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2024年の年間訪日外客数は3,686万9,900人で、これまでの最高であった2019年を約500万人(15.6%)上回り、過去最高を更新した。また、前年の2023年と比較しても約1,180万人(47.1%)増と大幅に上回っている[1]。この勢いは2025年に入っても継続しており、同年6月時点の累計訪日外客数は既に2,000万人を突破、前年同期を約370万人上回り、過去最速のペースになっている[2]。この傾向が続けば、2025年も過去最高を更新する可能性が高い。
観光庁の発表によると、2024年の年間訪日外国人旅行消費額は8兆1,257億円で、これまでの最高であった2023年を約2.8兆円(53.1%)上回り[3]、こちらも過去最高を更新した。この勢いは2025年に入っても続いており、1-3月期および4-6月期の訪日外国人旅行消費額はいずれも前年同期を上回っている(1-3月期:2.28兆円、前年同期比28.8%増[4]、4-6月期:2.52兆円、同18.0%増[5])。この動向からも2025年も過去最高を更新する可能性が高いとみられる。
なお、訪日外国人による消費は、国内総生産(GDP)統計上「サービス輸出」に分類される。主要産業の輸出額と比較すると、2024年の訪日外国人旅行消費額(約8.1兆円)は、2023年度において最大の輸出額である自動車(17.3兆円)に次ぐ規模であり、半導体等電子部品(5.5兆円)や鉄鋼(4.5兆円)を上回っている[6]。このことから、訪日外国人による消費は、日本経済において極めて重要な位置を占めていると言える。
2 現在発生している問題点
訪日外国人旅行者数と旅行消費額の好調が継続している一方で、いくつかの問題点も顕在化している。第1の問題は、訪日外国人の訪問先や旅行消費額が限られた地域に集中していることである。まず、訪日外国人の訪問先都道府県のトップ10を図1に示す。東京都・大阪府・千葉県・京都府が上位4都府県となっており、5位以降と大きな隔たりがあることが読み取れる。2024年においては、上位4都府県で全訪問者の約60%を、上位10都道府県で約80%を占めており、特定地域へ集中する傾向が明らかである。

【図1】都道府県別 訪日外国人訪問者数(トップ10)
(出典:国土交通省 観光庁「インバウンド消費動向調査 2024年暦年の調査結果(確報)の概要」に
基づき情総研作成 https://www.mlit.go.jp/ kankocho/content/001856155.pdf)
次に、訪日外国人の都道府県別の消費額について、トップ10を図2に示す。こちらは特に東京都への集中が顕著である。2024年においては、東京都だけで訪日外国人消費額全体の約40%を占め、上位10都道府県で約90%に達している。これは、前述の訪問者数の地域分布よりも一層高い集中度を示しており、結果として、訪日外国人による経済的恩恵が特定の都道府県に偏在している状況がうかがえる。

【図2】都道府県別 訪日外国人消費額(トップ10)
(出典:国土交通省 観光庁「インバウンド消費動向調査 2024年暦年の調査結果(確報)の概要」に
基づき情総研作成 https://www.mlit.go.jp/kankocho/
content/001856155.pdf)
第2の問題は、観光客の過度な集中による生活・環境への影響である。かつて日本の首都であり、寺社仏閣などの歴史的観光資源を多数有する京都市では、市内在住者に対して「京都観光に関する市民意識調査」を実施している。令和6(2024)年の調査結果によると、「一部観光地やその周辺等が混雑して迷惑した」と回答した割合は合計71.4%にのぼり、令和5(2023)年の前回調査から5ポイント増加した。また、「バスや地下鉄の混雑による迷惑」や「観光客のマナー違反による迷惑」についても、いずれも前回調査より増加している(図3)。

【図3】京都市 観光による迷惑に関する意識
(出典:京都市「令和6年『京都観光に関する市民意識調査』の結果」(2025年2月21日) https://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/cmsfiles/contents/0000337/337752/hodo2.pdf)
このような現象こそが、本稿冒頭で述べた「オーバーツーリズム」問題である。その主な要因の一つは、観光客が特定の場所や時間帯に集中することであり、したがって、観光客の分散を図ることがオーバーツーリズム問題の解決につながると考えられる。
オーバーツーリズム対策
1 国による対策
観光庁は、令和6(2024)年度補正予算による「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業」を推進している。これまで、公募は3回(2025年2月・5月・8月)実施されており、事業実施期間および完了報告期限は2026年2月末までとされている。
同事業で支援対象となる取り組みは、①受け入れ可能人数の増加、②需要の分散・平準化、③観光客のマナー向上の3つに大別される。特に②については、「需要の適切な管理」「需要の分散・平準化」「地域住民と協働した観光振興」など、さまざまな取り組み方法が想定されている。また、「混雑状況の可視化」や「人流データの収集・分析」といったデジタル技術の活用も重視されている点が特徴である。
同事業の成果は今後公表される見込みであり、機会があれば本誌でも改めて紹介したい。
2 デジタル技術を活用した対策
オーバーツーリズム対策として、デジタル技術を活用した取り組みが各地で進んでいる。ここでは、その代表的な事例を2つ紹介する。
1つ目は、北海道函館市の事例である。函館市内で特に有名な観光名所は、函館山山頂展望台から眺める夜景である。その絶景は、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』(2020年2月改訂第6版)で「三つ星」を獲得している。2024年に函館市を訪れた観光客数は602.2万人に達し、前年より73.6万人(13.9%)増加した[7]。それに伴い、夜間の山頂展望台での混雑が深刻化していた。
この問題に対し、函館市はAIカメラを用いて混雑状況をリアルタイムに可視化するシステムを2025年1月9日より導入した。JR函館駅などに設置されたデジタルサイネージやウェブサイトを通じて、最新の混雑状況が配信されている(図4)。訪問予定者が事前に混雑情報を確認することで、訪問時間の調整が可能となり、混雑の分散化や、より質の高い体験価値の提供、観光満足度の向上が期待されている。なお、同様の混雑状況可視化マップとして、京都市の「京都観光快適度マップ」や鎌倉市の「鎌倉観光混雑マップ」などがある。

【図4】JR函館駅の混雑情報表示用サイネージ
(出典:株式会社ネットリソースマネジメント「函館山/AIカメラを用いて周辺の混雑状況の可視化を開始」PR TIMES(2025年1月8日) https://prtimes.jp/main/html/ rd/p/000000006.000110209.html)
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[1] 日本政府観光局「訪日外客数(2024年12月および年間推計値)」(2025年1月15日)
[2] 日本政府観光局「訪日外客数(2025年6月推計値)」(2025年7月16日)
[3] 国土交通省 観光庁「インバウンド消費動向調査 2024年暦年の調査結果(確報)の概要」(2025年3月31日)
[4] 国土交通省 観光庁「インバウンド消費動向調査2025年1-3月期の調査結果(2次速報)の概要」(2025年6月30日)
[5] 国土交通省 観光庁「インバウンド消費動向調査2025年4-6月期の調査結果(1次速報)の概要」(2025年7月16日)
[6] 産経新聞「訪日客消費はGDP統計で『輸出』扱い 今やお家芸の製造業しのぐ勢い」(2025年1月15日)
[7] 函館市観光部観光総務課「令和6年度(2024年度)来函観光入込客数推計」(2025年6月2日)
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