インダストリー4.0が促すプライベート5Gの進展と産業分野への展開
1.はじめに
製造業のデジタル変革を象徴する概念である
インダストリー4.0は、近年、その推進に伴いAIの導入を加速させている。その具体的な取り組みの中心にあるのがスマートファクトリーであり、AIやIoTを活用して、人間の介入を最小化した自律的かつ効率的な製造エコシステムの実現を目指すものだ。
このような高度な製造エコシステムを支えるには、膨大なデータをリアルタイムで収集・分析し、その結果を瞬時に現場へフィードバックする仕組みが不可欠である。その基盤となるのが、高信頼性と低遅延性を兼ね備えた通信インフラである。加えて、製造現場で扱われる機密性の高いデータを保護するためには、強固なセキュリティとプライバシー対策が求められる。特に、重要なデータを外部に流出させることなく、組織内部で完結できるネットワーク設計が重要な鍵となる。
こうした要件水準を満たす通信基盤として、近年プライベート5Gが注目を集めている。既に海外では複数の導入事例が報告されており、AIやIoTの活用を支える通信基盤として、その実効性が実証されつつある。
本稿では、まずプライベート5Gの定義や特徴を整理したうえで、導入動向や制度的背景を概観し、さらに製造業を中心とした海外のユースケースを紹介する。これらを通じて、普及を促す要因を捉え、今後の発展可能性を展望する。
2.プライベート5Gとは(定義と特徴)
プライベート5Gとは、特定の組織や施設内に限定して運用される「閉じたモバイル網」である。従来の閉域網が固定回線を基盤としていたのに対し、プライベート5Gはモバイル通信の5G技術を活用する点に大きな特徴がある。不特定多数が利用するパブリック5Gとは対照的に、特定の組織やエリア内のユーザーに限定して運用される非公開ネットワークとして機能し、国際的には「プライベートネットワーク」あるいは「Non-Public Network(NPN)」と呼ばれる。
移動通信の国際標準化団体である3GPP(Third Generation Partnership Project)[1]は、仮想ネットワーク要素と物理ネットワーク要素を組み合わせ、多様な構成でNPNを展開できると定義している。また、産業分野における5G活用を推進する5G-ACIA(5G Alliance for Connected Industries and Automation)[2]は、NPNを大きく4つの導入形態に分類している。すなわち、完全に独立したスタンドアロン型(図1)、パブリックネットワークと設備を段階的に共有する2種類のハイブリッド型(図2、3)、そして公衆網を全面的に利用しソフトウェアによって閉域を実現するスライシング型(図4)である[3]。なお、日本で「ローカル5G」と呼ばれる形態は、このうち設備を専有するスタンドアロン型に該当する。

【図4】公共ネットワークに展開されたNPN
(出典:5G-ACIA, “White Paper 5G Non-Public Networks for Industrial Scenarios”, July 2019)
これらの形態はいずれも、公衆網から独立した帯域を確保できるため、外部通信との干渉を受けない点が大きな利点となる。その結果、セキュリティリスクを軽減しつつ安定した通信品質を担保することが可能となる。
従来の閉域網は、主に固定回線を用いた専用線方式で構築されてきた。ラストワンマイルにおいては無線を利用することも可能であったが、その多くはWi-Fiなど免許不要帯域の電波に依存していた。Wi-Fiは2.4GHz帯や5GHz帯といった免許不要周波数を使用するため、5G通信に比べて外部の電波干渉を受けやすい傾向がある。特に工場やキャンパスといった大規模な施設で通信インフラを構築する場合には、システム規模や敷地面積が拡大するほど、安定性や信頼性の確保が難しくなる。これに対し、プライベート5Gは免許制のsub6やミリ波といった周波数帯を活用できるため、干渉に強く、高品質な通信を実現できる。
こうした特性により、プライベート5Gは産業用途に求められる高信頼な通信基盤として期待されている。
3.プライベートネットワーク導入の動向
GSA[4]の最新調査レポート(2025年9月)[5]によれば、LTEを含むプライベートネットワークの導入事例は、累計で1,846件に達している(図5)。年次推移を見ると、新規導入件数の伸びはやや鈍化しているようにも見えるが、GSAは「件数の伸び鈍化は市場の停滞を意味するものではなく、既存ユーザーがトライアル段階から複数拠点への展開へと移行していることを反映している」と分析している。ただし、導入技術の内訳(図6)を見ると、依然として約半数がLTEにとどまっている点には留意が必要である。5Gの導入は増加傾向にあるものの、その多くは教育機関や研究施設での長期試験運用にとどまっており、産業現場での本格運用事例はまだ限定的である。

【図6】採用技術別プライベートモバイルネットワーク顧客数
(対象:10万ユーロ超の収益を伴うプライベートワイヤレスネットワークを導入した顧客1,846件)
(出典:GSA, “Summary: Private Mobile Networks-September 2025”)
一方、分野別の導入件数を見ると、製造業が最も多く、次いで教育・学術研究、鉱業、防衛・平和維持など、複数の分野で展開が進んでいることがわかる(図7)。このことから、産業用途におけるニーズが着実に形成されつつあることがうかがえる。さらに、実運用へと移行した事例では、投資対効果の早期実現が確認されている。NokiaとGlobalDataの「2025 Industrial Digitalization Report」[6]によれば、プライベート5GおよびエッジAIを既に導入・活用している産業企業の88%が、「導入から12カ月以内に投資対効果を得られた」と回答している(図8)。これは、プライベート5Gが実運用段階においてもビジネス価値を生み出し得ることを示唆する結果といえる。

【図7】セクター別:プライベートモバイルネットワークを試験導入および商用導入している顧客数【上位抜粋】
(対象:収益10万ユーロ超のプライベートワイヤレスネットワークを導入した1,846組織)
(出典:GSA, “Summary: Private Mobile Networks-September 2025”をもとに作成)

【図8】導入したプライベートワイヤレス/インダストリアルエッジ技術における投資回収(ROI)期間
(出典:Nokia and GlobalData, “2025 Industrial Digitalization Report”, Summer 2025)
こうした動向から、プライベート5Gは依然として発展途上にあるものの、製造業を中心に産業利用の実効性が着実に示されつつあると考えられる。
InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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4.産業分野における昨今のプライベート5G導入のユースケース
5.まとめと今後の展望
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] 3GPP公式ウェブサイト参照(https://www.3gpp.org/)
[2] 5G-ACIA 公式ウェブサイト参照(https://5g-acia.org/)
[3] 5G-ACIA, “White Paper 5G Non-Public Networks for Industrial Scenarios”, July 2019, https://5g-acia.org/whitepapers/5g-non-public-networks-for-industrial-scenarios/
[4] GSA公式ウェブサイト参照(https://gsacom.com/)
[5] GSA, “Summary: Private Mobile Networks--September 2025”, https://gsacom.com/paper/private-mobile-networks-september-2025/
[6] Nokia, “2025 Industrial digitalization report”, https://www.scribd.com/document/914367797/Nokia-2025-Industrial-digitalization-Report-EN
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