2020.3.1 風見鶏 “オールド”リサーチャーの耳目

“将来世代の利益を考える”のは誰か?

経済同友会財政健全化委員会(委員長 佐藤義雄 住友生命保険 取締役会長代表執行役)は、昨年11月、「将来世代のために独立財政機関の設置を-複眼的に将来を展望する社会の構築に向けて-」と題する報告を公表しました。その中で、財政健全化は国家の重要課題の一つであり、(1)経済・財政・社会保障にかかる中立的な見通しの提示、(2)将来世代の利益の代弁、(3)政策の費用対効果の提示、の3点に立って、具体策として独立財政機関を参議院に設置することを提言しています。制度設計のポイントとして、政府からの独立、中立的な分析・意思決定、分析・前提条件や意見決定プロセスの公表(公開)を取り上げていて、統治機構改革の第一歩として政策決定プロセスに将来世代の視点を反映することを提示しています。国家の統治機構改革という政治的課題において、将来世代の視点を取り入れようとする画期的な提言として評価できるものです。

この報告書の提言を受ける形で、経済同友会は早速、昨年12月に「将来世代の利益を考えるシンポジウム-意思決定プロセスに将来世代の視点を取り入れるために-」を開催し、参議院議員や有識者による議論を広く公開の場で行っています。残念ながら、議論のなかでは標題となった“将来世代の利益や視点”はあまり話題とならず、具体的な提言にある「独立財政機関」の参議院への設置の是非自体に議論が集中してしまって少し物足りない印象でした。このシンポジウムで提示されている、将来世代の視点を意思決定プロセスに取り入れる方策やそのための努力という肝心な切り口への踏み込み不足で議論の盛り上がりは十分ではありませんでした。要するに、ここでも将来世代の利益を考えたり、代弁することが、現世代の人達にとっては大変に難しいことであることが実感できました。しかし、今回の経済同友会の企画は、経済団体としていわゆるフーチャー・デザインの領域に踏み込んだ画期的なものでした。

そもそも、現代の社会システムには、将来世代の利益を現代の意思決定に取り込むための仕組みは備わっていません。人間の特性とも言える「近視性」や「楽観性」、将来世代の利益に関する仕組みを欠いている「市場」や「民主制」の下では、現世代のセクター間の分配問題を解決する方策を生み出すことはできても、将来世代を含めて世代間でどう分かち合うのかという世代間分配問題の観点が欠ける傾向にあります。例えば、今回の経済同友会の報告書の中でも、(1)内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」では結果的に高い経済成長率を前提にしていること(1998~2018年度名目成長率;内閣府予測の平均値1.52%に対し、実際の平均値は0.16%と下振れ)、(2)財政の長期推計でも、定期的な内閣府の予測は10年先までの見通ししかないこと、が指摘されています。これこそ近視的・楽観性の証であり、これを受け入れてきた民主制の構造問題とも言えるものでしょう。

さらに、昨年6月には政府の財政制度等審議会から「令和時代の財政の在り方に関する建議」が既に提出されています。そこでは、“受益と負担の乖離と将来世代へのツケ回しに歯止めを掛ける時代”や“”甘い幻想や根拠のない楽観論は慎むべき“との立場から、高齢者数がピークを迎える2040年代半ば頃までの財政の長期的なあるべき姿を想定して、堅実な経済前提に基づく財政の長期推計が必要と述べています。さらに財政健全化という困難な道筋においては楽観論や奇策などの誘惑に負けない強い意志が必要で、財政制度等審議会は将来世代の代理人として子や孫達の世代のために責任を果たそうとする現在の世代とともに羅針盤の役割を果したいという強い決意を表明しています。

他方、こうした近視性、楽観性、市場、民主制に由来する問題を解決して持続可能な意思決定の仕組みを考える、フューチャー・デザインを提唱する動きがあります。一般的には世代間倫理と呼ばれるもので、将来世代の利益に配慮することを要求しようとする倫理と定義付けられています。問題はこの世代間倫理が実現可能かということです。提唱・批判・反論が繰り返されていて、さまざまな意見の中で現実には、参加型討議の実践が小規模な自治体で身近かな課題に対し社会実験的に行われているに過ぎません。ただ、こうしたフューチャー・デザイン的な考え方を出発点にして、政府の審議会や経済団体が具体的な建議や提言を行う段階にまでなってきたことが重要なところです。

意思決定プロセスに将来世代の視点を取り入れることへの取り組みがこうして進む一方で、例えば、経済財政政策論議の中でMMT(現代貨幣理論、Modern Monetary Theory)が急速に盛り上がっている状況があるので、本当にどのような仕組みで、どこで誰が責任を持って将来世代の利益を考えるのか懸念と不安を覚えます。MMTの学術的な理論や主張について、私自身十分な知識や理解はありませんが、ただ一部の有識者や政治家がこれを現実の財政運営に取り入れようとする意図、即ち、現在世代が負っている課題の解消(決して解決ではなく)のためにうまく説明がつくからということは見て取れます。そこには将来世代の利益を代弁する意思は見られず、意思決定プロセスに将来世代の視点を取り入れる姿勢は示されていません。要は学術理論を根拠にした社会モラルの稀薄化現象とも言えるものです。

私にはフューチャー・デザインの取り組みや方法論の是非を判断する知識はありませんが、他方、国連サミットで採択された持続可能な発展目標、SDGs(Sustainable Development Goals)で取り上げられている項目のほとんどすべてが、将来世代のための目標となっていることに注目しています。SDGsは、2016~2030年の15年間に達成する全部で169項目に及ぶ目標で、内容的には2030年以降の将来世代の利益を考えて行動することを国際社会に求めています。私達は胸にSDGsバッチを付けるだけではいけません。少なくとも子や孫達、将来世代の代理人として責任を果たすことが求められているのです。このことは現在の高齢世代には当然のことですし、加えて今の若い世代の人達にもその先の将来世代の利益を踏えた積極的な行動が必要だと思っています。財政健全化を始めとして多くの課題解決に向けた社会的・政治的な勢力が生まれることを期待しています。最後に私の好きな言葉で終わります。

眼前の繰廻しに百年の計を忘れる勿れ(渡辺崋山 八勿の訓)

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