2022.7.21 イベントレポート InfoCom T&S World Trend Report

今月の注目Startup: Security / Sustainability / Mobility / cPaaS

本記事は、NTTコミュニケーションズ イノベーションセンターの小室智昭氏より寄稿いただいた原稿をそのまま掲出しています。

1. はじめに

アメリカでは室内や空港などの公共施設でのマスクの義務化が続いていますが、カンファレンスやオフィス内ではマスクをつけている人は激減し、新型コロナに感染する人が増えています。人によって症状や後遺症は異なるようですが、軽症とはいえ、感染しないことに越したことはありません。

本稿では、4月に出会ったStartupから注目すべきStartupを紹介します。

2. Startup紹介

2-1. Security

(1) Protopia社

 日本では電車など、これまでは事件と無縁と思われていた空間での事件が増えている。その都度、監視カメラの必要性を訴える声が大きくなるが、Privacyが大きな壁となって立ちはだかっている。また、企業のDXを推進するキーポイントの一つにデータ共有があるが、日本ではあまり進んでいない。それは、部門間の壁、データ管理のサイロ化、データ漏洩の危機感が障壁となっている可能性がある。今回紹介するProtopia社は、企業の部門間の壁、データ漏洩の課題を解決してくれる。
 一般的にデータは、データ管理者がデータに暗号をかけ、アナリストがデータの暗号を解いてデータを分析する。しかしこの流れだと、データ分析の前にデータ漏洩のリスクが伴う。社外にデータ分析を依頼する必要がある企業は、この時点でデータ分析を諦めてしまう。それは、複数の異なるデータから新たな気づきを得る機会も逃すことになる。

 Protopia社は、既存の分析モデルに手を加えることなく、データをセキュアな状態なままで分析が可能な技術を開発した。Protopia社は特許申請中の独自のアルゴリズムに従ってノイズを発生し、そのノイズをオリジナルデータと分析モデルの両方で利用する。例えば、個人情報が書かれた表は、Protopiaの技術を使うと意味のない文字の羅列に変換され、画像や映像は難解なモザイク模様の画像や映像に変換されるため、人の目では何のデータなのか分からない。しかし、分析モデルはノイズのアルゴリズムを知っているため、ノイズが乗ったデータを問題なく分析できる。

【図1】Protopia社のプラットフォーム概要図

【図1】Protopia社のプラットフォーム概要図

 Protopia社の技術を使ったCase Studyとしては、駅構内や電車、公共施設などで監視カメラの映像からPrivacyを保護した上で不審者や不審物の発見が考えられる。またショッピングモール、店舗などで使えば、Privacyを保護した上で監視カメラで店舗の様子を確認するだけでなく、顧客の購買行動を分析することもできる。ある日系企業と話をしたとき、「工場や倉庫の様子を監視・分析したいが機器などの企業秘密は外に出したくない」というジレンマがあることを感じた。Protopia社の技術であれば、そのような課題とニーズを同時に解決できるだろう。

【図2】Protopia社の技術の導入案

【図2】Protopia社の技術の導入案

 Protopia社CEOのEiman Ebrahimiさんの説明では、変換したデータが流出してもデータは非可逆なので、復元できないそうだ。実際にノイズを載せた写真を復元しても復元できなかった画像を見せてくれた。
 秘密分散のようにデータが暗号化されたままでもデータ分析が可能なソリューションは2021年後半から増えてきている。その中で、テキストデータだけでなく映像にも対応しているProtopia社の技術は、とてもユニークなソリューションだと思う。

(2) AllCart社

 Cookieはサイト訪問者とサイト運営者の両方にとって便利な技術だが、広告ビジネス全盛の今日では、ユーザーが知らないところで個人データが使われてしまうという問題もある。皆さんも、検索サイトで何かを検索した直後に検索した内容がSNSに広告として表示されるという経験をしたことがあると思う。これは、3rd Party Cookieが原因で、アクセスしたサイトと他の第三者の広告主とに交わされた契約が原因である。
 そこで今、3rd Party Cookieを規制しようという動きが起きている。3rd Party Cookieの規制は、広告収入をメインのビジネスにしているFacebook社などの企業にとっては大打撃だ。
Apple社はすでにトラッキング機能を停止している。その背景には、Privacyに関する規制強化がある。米国の場合、California州など38の州がPrivacyに関する法律を制定し、この流れはさらに広がりを見せるだろう。Google社はChrome BrowserでのCookielessの対応を発表しているが、開発は当初の予定より大幅に遅れている。

 そのような状況においてAllCart社は、“Cookieに代わってユーザーの行動を予測する”をコンセプトに企業向けに独自のDataBaseとAIを活用したユーザーの行動予測を可能とするプラットフォームを開発している。AllCart社の予測プラットフォームは行動予測以外に、検索機能とレコメンド機能も提供している。

【図3】AllCart社のサービス概要図

【図3】AllCart社のサービス概要図

 データ管理プラットを提供している事業者は、AllCart社と連携することで、データを管理するだけのプラットフォームからデータを提供するプラットフォームへと進化させることができる。
 AllCart社のプラットフォームは、自社だけのデータでユーザーの行動を分析したい企業や複数の企業のデータをもとにユーザーの行動を分析したい企業のニーズにも対応している。データが増えれば、行動予測の精度は向上するのはいうまでもなく、異業種のデータと連携させれば、異業種間のユーザーの行動の予測も可能となる。

【図4】他者データと連携したデータ分析概要図

【図4】他者データと連携したデータ分析概要図

 AllCart社のビジネスモデルは二つ。一つは、事業者向けのAPI提供によるレベニューシェアモデル。もう一つはデータ提供で、実際にHollywoodのブランドが利用しているそうだ。
 現在AllCart社は、米国とカナダでサービスを開始していて、日本市場への進出にも意欲的だ。

2-2. Sustainability

(1) SEaB社

 皆さんも日本でのCarbon Footprintへの関心の急速な高まりを感じていると思う。そのトレンドを背景に分析、可視化、オフセットなどのソリューションが数多く誕生している。しかし、究極は「二酸化炭素を出さない」ことだろう。ここでは破棄された食品や排泄物などを利用したコンテナ型のマイクロ発電装置を開発しているSEaB社を紹介する。SEaB社は食品ロス、増え続けるゴミと二酸化炭素の問題、電力供給の可用性と信頼性を解決しようとしている。

 SEaB社のコンテナには、廃棄された食品などから発電する設備(マイクロ発電装置)がコンパクトに納められている。
 SEaB社のマイクロ発電装置は、まずは食品などの生ゴミをバクテリアで分解してバイオガスを作る。次にそのバイオガスを利用して発電する。発電は基本的には”コジェネレーション”や"CHP(Combined Heat and Power)"と呼ばれるエネルギー供給システムの仕組みと同じで、コンテナ内で熱とエネルギーを生み出す。
 SEaB社のCEOのSandra Sassowさんによると、生ゴミの80%は水分のため、バクテリアがゴミを分解する過程で水が生成され、水が抜けた生ゴミは堆肥として活用できるそうだ。

 SEaB社のプロダクトは、日本ではバイオマス発電と呼ばれている。日本にも多くのバイオマス発電所が稼働しているが、発電効率が良いとは言えない。この低い発電効率もSEaB社がマイクロ発電装置で解決したい課題の一つだ。

【図5】SEaB社のコンテナ型発電装置の仕組み

【図5】SEaB社のコンテナ型発電装置の仕組み

 SEaB社のマイクロ発電装置は、需要に応じてコンテナを追加すれば、発電量を増やすことができる。コンテナの設置も場所に応じて水平に設置したり、垂直に積み上げて設置したりと設置の自由度が高い。

【図6】自由度が高いSEaB社のデプロイメントモデル

【図6】自由度が高いSEaB社のデプロイメントモデル

 SEaB社のコンテナ型のマイクロ発電装置は、本社があるイギリスだけでなく、フランスや米国でも導入事例があるようだ。
 Sandraさんは、「コンテナの特性を活かして、ビルの地下スペースにマイクロ発電装置を設置し、ビル内のレストランなどから出されるゴミをその場でエネルギーに変換できるようにしたい」と話してくれた。
 日本では、毎年のように豪雨による自然被害が各地で起きている。避難所での水と電力の確保、ゴミ、排泄物の処分を一つのコンテナで対応できるSEaB社のソリューションは日本でも需要があると思う。
 また、「エネルギーの地産地消」が注目され始めている中、農業との連携も面白いと思う。

【図7】フランス、米国での導入実績

【図7】フランス、米国での導入実績

2-3. Mobility

(1) Eye-Net Mobility社

 日本の交通事故件数は減少傾向にある。新型コロナの影響とも言われているが、2020年の交通事故死亡数は統計を開始して以降、最小となった。自転車による交通事故件数も減少傾向のようだが、歩道、車道を縦横無尽に走る自転車は、見ていてもヒヤッとする。日本では2022年4月の道路交通法改正により、16歳以上であれば最高速度が時速20km以下のeScooter(電動キックボード)の場合、免許なし、ヘルメットは着用任意で運転ができるようになる。
 交通渋滞が激しいIsraelのTel Aviv市内では電動自転車、eScooterなどのMicromobilityが若者の交通手段として大人気だが、歩行者、自動車との交通事故が後を絶たない。この事態を重くみた日本の国土交通省にあたるIsrael National Road Safety Authority(NRSA)は、2021年1月に、運転資格をこれまでの16歳から18歳に引き上げた。もしかしたら、今後、日本も同様な状態になるかもしれない。

 今回紹介するEye-Net Mobility社は、Micromobilityを含めた交通事故をITの力で交通事故を防ごうとしている。Eye-Net Mobility社が提供するサービスはV2Xというカテゴリーのサービスで、事故を警告するアシストサービスを無償で、検知・通報するサービスを有償で提供している。

【図8】フランス、米国での導入実績

【図8】フランス、米国での導入実績

 Eye-Net Mobility社はSmartphoneアプリに組み込めるSDKを開発した。Eye-Net Mobility社のソリューションは、SDKを通じて移動に関する情報をCloudに通知し、SDKが稼働しているSmartphone同士の移動速度、位置情報、事故の確率を分析してSmartphoneに警告を出すようになっている。さらにEye-Net Moblity社は、事故の警告をリアルタイムに発信できるEye-Net Proの開発をしていて、近日中に発表するそうだ。

【図9】Eye-Net Mobility社のV2Xの仕組み

【図9】Eye-Net Mobility社のV2Xの仕組み

 Eye-Net Mobility社のShuki Herzlingerさんが送ってくれた実験映像には、正確に自動車と自転車の位置と移動速度を把握し、事故が起きる前に両車両に警告を出している様子が写っていた。

 自動車や自転車であれば、ナビゲーションやシェアリングサービスなどのアプリがEye-Net Mobility社のSDKを組み込む代表的なアプリ例になる。それらのアプリをインストールすれば、自動車や自転車を運転していない時でもEye-Net Mobility社の機能は利用できるが、歩行者に抵抗感なく同社のSDKを組み込んだアプリをインストールしてもらうには工夫が必要だ。

 Cornes Technologies社やJetroがEye-Net Mobility社のパートナーになっているため、日本の企業がEye-Net Mobility社のソリューションの評価をしているようだ。

 2-4. cPaaS

(1) Productive社

 ここでは、Gartner社が一推しのcPaaS(Communication PaaS)を提供しているProductive社を紹介する。

 アメリカでは、多くの人が個人所有の携帯電話を業務で使っている。企業がBYODを認めていることも理由の一つだが、業務も個人的な利用も1台の携帯電話で済ませたいと思っている人が多いからだ。ただ、セキュリティのリスクや会話の聞き間違いの問題もある。

【図10】米国のBYOD普及状況

【図10】米国のBYOD普及状況

 ZoomやSlackなどのコミュニケーションツールには、APIを通じて多くのアプリケーションと連携しているが、携帯電話での通話にはAPIがないため、他のアプリと連携できない。皆さんも外出先で、通話中にメモが取れなかったり、伝えた内容が間違って伝わっていた、という経験をしたことがあると思う。

【図11】リモートワーカー向けのビジネスツールマップ

【図11】リモートワーカー向けのビジネスツールマップ

 そこで、Productive社は携帯電話の通話のキャプチャー、キャプチャーした会話の重要な部分のタスク化、SalesforceやHubspotなどのCRMでの管理・共有を可能とした。

 Productive社のCEOのEnlai Chuさんは打ち合わせの中で、同社のアプリの仕組みを分かりやすく説明してくれた。
 電話を着信した時は、Productive社のアプリが先に入電をキャッチしてSmartphoneの標準の通話アプリを起動する。電話をかけるときはSmartphoeの標準の通話アプリがProductive社のアプリを起動する。Productive社のアプリは通話中、全ての通話をキャプチャーし、デジタル化し、メールの受信箱のようなインターフェースで会話を管理する。CRMへの登録はユーザーの任意で、ユーザーの操作で登録できる仕組みになっている。
 CRMはSalesforce、Hubspot、Zohoなどに対応していて、「EvernoteやSlackの対応に向けた開発もしている。」とEnlaiさんは教えてくれた。
 タスク化において、Productive社はAIとNLPを活用している。ただ、現時点では英語にしか対応していないため、日本語の言語分析に関する技術を有する企業との連携にEnlaiさんは興味を示した。

【図12】Productive社の携帯電話のワークフロー自動化の仕組み

【図12】Productive社の携帯電話のワークフロー自動化の仕組み

 Productive社の通話に対するソリューションだけでなく、ボイスメモ機能も提供している。このボイスメモ機能を使えば、訪問先からオフィスに戻らず、しかもパソコンを開くことなく営業日報などを音声でCRMに登録できる。
 Enlaiさんは、オフィスの外で働く機会が多い、不動産業、建設業、金融・保健業などの市場と外出が多い営業担当者をターゲットを絞っている。

【写真13】Productive社が狙う市場

【写真13】Productive社が狙う市場

 ProductiveのビジネスモデルはFreemiumでInbound Callの管理は無料で利用できる。私も早速インストールしてみたが、簡単にインストール、セッティングが完了した。

3. おわりに

シリコンバレーでは、徐々に対面でのイベントが再開されている。6月はSan Francisco市で全米最大のセキュリティカンファレンスのRSAC 2022が開催される。思い起こせば、一部企業は出展を見合わせたが、RSAC 2020はコロナショック前の最後の大規模イベントだった。
数字だけを見ると、RSAC 2022はコロナ前にほぼ戻っているようなので、とても楽しみだ。

本記事は、NTTコミュニケーションズ イノベーションセンターの小室智昭氏より寄稿いただいた原稿をそのまま掲出しています。
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