2022.9.13 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

萌芽期を迎えた「農業デジタルツイン」

近年、農作物の栽培・管理支援や販売・マーケティング等、農業ビジネスにおけるバリューチェーンのさまざまな領域において、「デジタルツイン」(現実世界(物理空間)の情報をデジタル化し、仮想空間(デジタル空間)上に再現した現実世界に対応させたモデル)を活用した「農業デジタルツイン」が萌芽期を迎えている。

周知のとおり、農業業界では農業の後継者不足や、農作業の省力化などの課題解決に向け、農業データと、IoT・AI(人工知能)・ロボティクスなどの先端技術を掛け合わせた、所謂、「デジタル/データ農業」や「農業DX」(以下、アグリテック)などが積極的に推進されてきた。

ただ、従来型のアグリテックは、現実世界(物理空間)における農作物等の情報/データを念頭に置いているため、農作物の成長に合わせたデータ蓄積には膨大なコストと時間を要することがアグリテック関連テクノロジーやソリューション開発上の大きな課題となっており、そのことがアグリテックの普及を妨げてきた面は否めないものと思われる。

「農業デジタルツイン」は、そのような従来型のアグリテックの課題を乗り越えようとするもので、例えば、圃場を仮想空間(デジタルツイン)上に高精細に再現し、その仮想の圃場を活用しながら農作物の栽培・管理支援ソリューションや、農業向けロボティクスの開発支援などを提供するものである。

本稿では、「農業デジタルツイン」に関するいくつかの展開事例を紹介したい。

デジタルツイン×農業ロボティクス

まず最初に、農業ロボティクスの開発支援にデジタルツインを活用している事例を紹介する。

農作業用ロボットなどの開発支援にデジタルツインを活用しているのが、プラスプラス社の「Smart3tene」である。同社は、2020年2月、「スマート農業開発のオープンイノベーション」をコンセプトにした農業シミュレーター「Smart3tene」を発表している(図1)。

【図1】Smart3tene:AIによる強化学習導入全天候型3Dシミュレーター

【図1】Smart3tene:AIによる強化学習導入全天候型3Dシミュレーター
(出典:プラスプラス社HP)

「Smart3tene」は、仮想空間に農園を再現し、その中で仮想のロボットを動作させて機械学習を実施することで、実際の農作業ロボットの挙動を開発するための農業シミュレーターで、アルゴリズムを用いて3DCGで表現された仮想空間に多様な樹木・果実・野菜を大量に生成した全天候型バーチャル農園環境を高精細に再現し、ロボットを用いての摘果や収穫のシミュレーションが可能となる。

AIや機械学習を活用したスマート農業が注目されているが、実際にAIによる機械学習には莫大なデータが必要となることや、農作業の育成状況は日々刻刻と変化することから、現実世界では、農作業のデータを収集することは容易ではなく、そのことが、スマート農業の普及に向けての一つの課題となっている。

その点、「Smart3tene」は、仮想空間上に全天候型のバーチャル農園を精密に再現し、仮想空間では、季節や天候、時間の経過の設定が可能であるため、現実世界では得難い条件を網羅した膨大な数の育成データ環境を再現・作成しつつ、仮想空間でのシミュレーション環境を構築することで、効率的で低予算な開発環境を提供している。

デジタルツイン×栽培管理プラットフォーム

次に、デジタルツインを活用して、農作物の栽培管理向けのプラットフォーム環境を提供しているのが、Happy Quality社である。同社は、2022年6月、フィトメトリクス社と共同で開発した「農業版デジタルツインプラットフォーム」をさらに高度化し、農業用無人走行車(UGV:Unmanned Ground Vehicle)の開発、および同プラットフォームの各農場へのカスタマイズ提供を開始した。

同プラットフォームは、デジタルツイン農場の製作プラットフォームで、Unity(3Dゲームエンジン)を用いて植物や農業用ハウス、地面など周辺環境をVR(仮想空間)上で高精細に完全再現する。それにより、遠隔地でも現場の圃場をほとんど現実と遜色なくVR空間上で確認することが可能となり、遠隔での栽培指導も可能となる(図2)。

【図2】リアルな空間データ(左図)とデジタルツインのプラットフォーム上VRデータ(右図)

【図2】リアルな空間データ(左図)と
デジタルツインのプラットフォーム上VRデータ(右図)

(出典:Happy Quality社HP)

Happy Quality社のプラットフォームは、現状では、トマト栽培を念頭に置いたものであるが、今後は、多品目のデジタルツイン農場製作をオーダーメイドで受注し、デジタルツイン農場のラインナップ強化および大規模農業への展開を目指していく方針である。

デジタルツイン×営農支援

通信キャリアや、ICTベンダーもデジタルツイン農業への参入を表明している。

NTT西日本など8組織(NTT西日本、理化学研究所、福島大学、北海道大学、東京大学、前川総合研究所、大阪環農水研、筑波大学)は、生産者の安定的な果樹栽培を支援するとともに、環境再生につながる農業の推進を持続可能な環境再生型農業の普及・拡大を目的とした共同研究として、2022年2月21日、農場から土壌や微生物、作物に関するデータを収集・解析し、AIで分析するためのデジタルツインを構築すると発表した(図3)。

【図3】農業生態系のデジタル化のイメージ

【図3】農業生態系のデジタル化のイメージ
(出典:NTT西日本報道発表資料)

この共同研究は温州みかんを対象とし、栽培手法が異なる日本全国の有機栽培、特別栽培、慣行栽培(化学農薬や化学肥料を使用する従来型の栽培)の農場から、それぞれの土壌と果実の両方を収集し、農業のためのデジタルツインを構築する。

具体的には、土壌および微生物叢については、化学性や物理性に加えて、従来の土壌分析では実施されていない土壌マイクロバイオームを評価し、評価した土壌で栽培された作物について、収量、糖度、酸度、香り成分などの品質を多角的に評価し、高品質な作物が栽培される土壌条件を解明していく方針である。

また、NECとカゴメは、デジタルツインとスマート農業の合弁会社「DXAS Agricultural Technology」を2022年7月にポルトガルに設立し、AIを活用した営農アドバイスサービスや、圃場可視化サービスの販売などを行っていくと発表した。 

デジタルツイン×販売・マーケティング

ここまでは、デジタルツインを活用した農業従事者向けのソリューションの動向について展望してきたが、顧客コミュニケーションや農作物の販売・マーケティング領域においても仮想空間を活用する動きが出始めている。

例えば、山梨県でフルーツの栽培と販売を行うカンジュクファームは、3D仮想空間であるメタバース「GAIA TOWN」に設計した自社専用スペースにてフルーツの販売を、2022年6月20日よりスタートした(図4)。

【図4】3D仮想空間メタバース「GAIA TOWN」に設計した自社専用スペース

【図4】3D仮想空間メタバース「GAIA TOWN」に設計した自社専用スペース
(出典:JAcom)

今後は、桃に続いてキウイフルーツやシャインマスカット、あんぽ柿も旬に合わせて販売していく予定である。

おわりに

本稿では、「農業デジタルツイン」に関するいくつかの展開事例を紹介した。

本稿で述べてきたとおり、農業デジタルツインは、農作物の栽培管理や営農指導、販売・マーケティングなど、農業バリューチェーンのさまざまな領域で活用され始めている。

筆者自身も静岡県で温州みかんを生産する農業生産者ではあり、土壌管理や、施肥、剪定、毎月の防除、販売活動など、年間を通じ、作業量は膨大である。

今後、デジタルツイン関連テクノロジーが、農作業の省力化や、高品質作物の栽培、販売・マーケティング活動にさらに活用され、現状の農業が抱えるさまざまな課題解決や、農業ビジネスにおける新たなイノベーションを創出していくことを期待したい。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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