2023.11.13 DX InfoCom T&S World Trend Report

柑橘分野におけるスマート農業の展開 ~柑橘栽培技術の高度化等に向けたIOWNへの期待

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1.はじめに

本稿は、我が国の温州みかんに代表される柑橘分野における、スマート農業[1]の動向を展望するとともに、今後の柑橘栽培技術の更なる高度化や、果実品質の向上等に向けたIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)への期待について論じる。

2.我が国における柑橘生産額の現状

まず、我が国における柑橘生産額の現状を展望する。農林水産省「果樹をめぐる情勢」(令和5年5月公表)によれば、農業総産出額8兆8,384億円のうち、果実(果樹)の産出額は9,159億円(農業総産出額の約10%)となっている。同果実(果樹)産出額に含まれる「みかん」の産出額は1,651億円(果実産出額の18%)であり、我が国の柑橘市場の規模(産出額ベース)は約1,600億円の規模となっている(図1)。

【図1】我が国における柑橘の産出額

【図1】我が国における柑橘の産出額
(出典:農林水産省「果樹をめぐる情勢」(令和5年5月公表))

3.柑橘栽培の流れ(年間)

本節では、年間の柑橘栽培の流れ、および果樹農家が直面している諸課題について、筆者も携わっている「藍照果樹園」(静岡県富士市、須津地区)における温州みかんの栽培事例をもとに紹介する。

一般的に、温州みかんに代表される柑橘栽培においては、米(約30 時間)と比べて非常に多くの作業時間が必要となるが、温州みかんを栽培する際の年間の作業項目と、作業に要する時間(10a≒300坪当たり)は、おおよそ次のとおりである(表1)[2]

【表1】柑橘栽培に必要となる労働時間:「藍照果樹園」の事例(作業別/平地の場合、10a当たり)

【表1】柑橘栽培に必要となる労働時間:「藍照果樹園」の事例(作業別/平地の場合、10a当たり)
(出典:「藍照果樹園」の圃場管理データをもとに筆者作成)

まず、2~5月には、春肥の施肥と併せて、当年の新芽や花芽形成等を目的に、土壌改良や整枝・剪定作業を行う。整枝・剪定作業は、いわば樹の植物ホルモンをコントロールすることでもあり、その技術は極めて高度であるが、その後の果実品質に重要な影響を与える作業である。

その後の7~11月にかけては、樹に着果した果実の一部を落とす摘果作業を行う。摘果は葉に蓄積された養水分を果実に効率よく送り込むための作業であり、最終的には葉20~25枚に対し、果実1果程度が着果している状態になるまで、数カ月かけて(概ね、粗摘果1回、仕上げ摘果2回程度)作業を行う。摘果作業を行わないと、着果過多となり、樹勢低下や隔年結果(果実がなる年と、ならない年が交互に生じる現象)を招くこととなり、温州みかんの安定的な生産量の確保には必要不可欠である。

10月~翌1月にかけては、果実の収穫作業と、収穫した果実の選別・出荷、販売活動が行われる。

その他の定期作業としては、病害虫を予防するための防除(3~11月に毎月実施)や、草払機での除草作業(4~10月に毎月実施)を行う。なお、防除については、柑橘の場合、使用する薬剤や防除時期によって、薬剤を散布する場所が、樹の株元や内部、葉の裏、葉の表と異なるため、ドローンによる空中からの薬剤散布のみでは賄いきれず、手作業による散布が必要となる。

このように、温州みかんの栽培においては多大な労力を要するが、「藍照果樹園」における年間の総作業時間は221時間となっている。総作業時間のうち、防除や、摘果、収穫、選別・出荷作業に割く割合が大きい。

4.柑橘栽培におけるスマート農業の展開動向

前節では、柑橘栽培における年間の流れを紹介し、柑橘栽培には、多大な作業時間が必要となることを述べた。近年、他の農作物栽培と同様に、柑橘栽培においても、人手不足への対応や、省力化、単収増などが大きな課題となっており、ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する、いわゆるスマート農業の実装に向けた取り組みが行われている。本節では、農林水産技術会議「『スマート農業実証プロジェクト』について」をもとに、柑橘栽培におけるスマート農業の展開について展望する。

同プロジェクトでは、柑橘に限らず、さまざまな農作物分野におけるスマート農業の実証実験プロジェクトが行われているが、その中から柑橘分野における主な実証実験プロジェクトを抽出したものが、表2である。

【表2】柑橘分野における主なスマート農業の実証実験

【表2】柑橘分野における主なスマート農業の実証実験
(出典:農林水産技術会議「『スマート農業実証プロジェクト』について」をもとに筆者作成)

柑橘分野におけるスマート農業に関し、近年のトレンドで注目すべきは、柑橘における栽培現場へのドローンや、除草ロボット、運搬補助ロボットなどの機材・ロボティクスの導入にとどまらず、AIやクラウド、データ等を活用した柑橘全体のフードチェーンの効率的マネジメントや、技術の伝承などを目標とし、推進していることである。

とりわけ、長崎県「with コロナ対応型地域内新流通の構築とカンキツの計画出荷によるスマートフードチェーンの実証」においては、ドローンやクラウド型かん水設備等のハード面に加え、生産・出荷・販売が連動するスマートフードチェーンの構築が目標とされており、柑橘バリューチェーンの全体視点からのスマート化の取り組みが推進されている(図2)。

【図2】カンキツの計画出荷によるスマートフードチェーンの実証

【図2】カンキツの計画出荷によるスマートフードチェーンの実証
(出典:長崎かんきつスマート農業実証コンソーシアム)

また、愛媛県「スマート技術導入による日本一の温州ミカン産地持続モデル実証」においては、地域トップリーダーが蓄積してきたノウハウをシェアリングするという取り組みが行われており、従来の農機等のハードウェアに加え、知見やノウハウといった無形資産・暗黙知のシェアリングにも取り組んでいる。

上述したように、柑橘分野におけるスマート農業に向けての取り組みは、従来の機器・ハードウェア活用型から、柑橘バリューチェーン全体を含めたデータ・ノウハウ活用型へと範囲が拡大している状況である。(現時点においては実証実験段階にとどまっているものの)このことは、単なる柑橘栽培作業そのもののDX(デジタル・トランスフォーメーション)ではなく、柑橘作経営・運営のDXが進行しているとも言えよう。

InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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5.柑橘栽培技術の高度化等に向けた

IOWNへの期待

6.おわりに

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] 農林水産省は、スマート農業を「ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する等を推進している新たな農業のこと」と定義している。https://www.maff.go.jp/j/ heya/sodan/17009/02.html

[2] 筆者の栽培園地は平地であるが、中山間地域や勾配がきつい園地の場合は、作業時間はさらに多くなる。

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