2024.7.29 イベントレポート

Collision 2024レポート 〜 カナダ最大のTech Hubで開催された北米最大のStartup Event 〜

Collision 2024のCenter Stage(出典: 筆者撮影*1) *1、以降、注記がない場合は筆者撮影のものである

本記事は、NTTコミュニケーションズ イノベーションセンターの小室智昭氏より寄稿いただいた原稿をそのまま掲出しています。

1. はじめに

(1) Toronto市エリアの様子

北米で4番目に大きい都市で、北米で3番目に大きいTech HubであるToronto市は多くの銀行が集まる金融都市で、過去のCollisionでは銀行のブースを見かけた。しかし、今ではAIやSaaSに関するStartupが多く誕生している。北米最大のInnovation HubもToronto市内にありAmazon社、Alphabet社、Microsoft社、富士通(株)などのハイテク企業がMaRS周辺に活動拠点を構えている。

多くの優れたStartupが誕生し、ハイテク企業がToronto市周辺に集まるのには理由がある。Toronto市があるOntario州はCanadaで一番人口が多い州だ。7万人以上がSTEM(Science, Technology、Engineering、Mathematics)の学位を得て、IT関連のビジネス規模は$9.3Bに達している。Ontario州でICT関連の仕事に就いている人の割合はToronto市が全体の3分の2と圧倒的だが、Ottawa市、Waterloo大学があるKitchener-Waterlooエリアにも多くのハイテク企業、Startupが存在する。

本稿は、Collision 2024に参加していたStartupから最新の技術トレンドを考察する。

2. Collision 2024

(1) カンファレンス概要

Collisionは、Startup Eventとして有名なWeb Summitの北米版という位置付けで多くのStartup、企業、投資家、政府や自治体が参加する。COVID-19以前は、ほとんどのCanadaの州政府の出展目的は観光誘致だったが、COVID-19を経て地元のStartupの支援や企業誘致へと大きく様変わりした。

Collision 2024の前日から最終日までToronto市のあちこちで、投資家、Incubator、政府機関がNetwork Eventを開催し、Collision 2024を盛り上げていた。

Collision 2024期間中に開催されたNetworking Event(出典: Luma)

Collision 2024期間中に開催されたNetworking Event(出典: Luma)

Collision 2024の主催者はCollision 2024開催直前に参加者などのデータを発表した。

  • 参加者: 114以上の国と地域から35,000人以上が参加
  • パートナー: 200以上の企業と団体
  • 投資家: 800社以上
  • スピーカー: 600人以上
  • メディア: 1,200人以上
Collision 2024に関するデータ (出典: 筆者撮影の写真にCollision 2024の公開データを重ね合わせ)

Collision 2024に関するデータ
(出典: 筆者撮影の写真にCollision 2024の公開データを重ね合わせ)

(2) Startup動向

Collisionでは500社以上のStartupが日替わりで展示するため、3日間で1,500社以上のStartupと話ができる。Startupは成長ステージごとのZoneのAlpha、Beta、Alpha-beta、Growthの他に企業、政府・自治体、Incubatorなどのブースで展示を行う。Alpha、Beta、Alpha-beta、Growthに限ると、Collision 2024ではAlphaに約1,100社、Betaに約300社、Growthに30社が参加していた。Category別に見ると、AlphaはSaaSに関するStartupが一番多かったが、二番目に多かったAI&MLとの差はほとんどない。BetaはAI & MLに関するStartupが一番多かった。Collision 2024の出展傾向を見ると、しばらくはAI関連の動向から目が離せないと言える。

Collision 2024におけるStartupブース (出典: Collision 2024の公開データに筆者撮影の写真を重ね合わせ)

Collision 2024におけるStartupブース
(出典: Collision 2024の公開データに筆者撮影の写真を重ね合わせ)

 (3)Startup紹介

以下に、Collision 2024で出会ったStartupの中から興味を持ったStartupを紹介する。

(3-1) DeepTech

(a) Pontosense社

Pontosense社は、家族や病院の患者を見守る無線信号を用いたセンサーを開発している。市場にはWi-Fiを使ったセンサーはあるが、Pontosense社のセンサーはmmWaveを使用していることが特徴だ。Pontosense社のMarkさんによると、mmWaveを使用することでWi-Fiよりも正確に心拍数などのバイタルデータ、行動の分析ができるそうだ。Markさんは、Pontosense社のブースで離れたスペースにいる人の発見と追跡のデモを見せてくれた。デモはなかったが転倒検知もできるようだ。ペットを自宅に残して仕事に出かける人がいると思うが、Pontosense社のセンサーはペットの心拍数や行動も見守ることができる。

Pontosense社のセンサーはとても軽量で壁のコーナーに取り付けて利用する。壁に取り付けたセンサーはWi-Fi接続してクラウドにデータを転送する。Markさんの説明では、一台のセンサーで同時に4人程度の検知ができるそうだ。

Pontosense社はMobility業界もターゲットとしている。Markさんは、「このセンサーは、車内に取り残された子どもの検知やドライバーの疲労、眠気、集中力の低下などを検知できるため、安全な乗車体験を提供できる。」と説明した。

ビジネスモデルは、約$100.00のセンサーの販売と$5.00程度の月額課金の組み合わせとなっている。

左: Pontosense社のセンサー、中: 取り付け方法、Pontosense社が人を検知している様子

左: Pontosense社のセンサー、
中: 取り付け方法、Pontosense社が人を検知している様子

(b) ZeroSound社

今日、Noise Cancelling機能がついたHeadphoneやEarbudsは広く普及している。HeadphoneやEarbudsで採用されているActive Noise Control(ACN)は、簡単に言うとノイズの波形と逆位相の波形を電気回路で作り出してノイズの波形にぶつけて相殺させている。ZeroSound社はそれを屋外で実現しようとしている。

ZeroSound社はNoise Cancel用のパネルを屋外に設置し、屋外の広いエリアでの騒音を低減しようとしている。既存の騒音対策用パネルは高価でデザイン性が悪く、多くの枚数が必要だったが、ZeroSound社は少ない枚数のパネルでも効果的に騒音を軽減できるそうだ。

Collision 2024でZeroSound社が見せていたデモビデオは住宅地の近くにある変電所からの騒音を軽減するというものだったが、「道路を走る一般車両の騒音や緊急車両のサイレン、建設現場、鉄道、工場、発電所、風力発電の風車などの騒音にも対応できる。」とZeroSound社CROのRichard Simpsonさんは教えてくれた。

ただ、花火などの突発的な騒音には今は対応できないようだ。

左: パネル設置前(イメージ)、中: パネル設置後(イメージ)、右: 実際のパネル

左: パネル設置前(イメージ)、中: パネル設置後(イメージ)、右: 実際のパネル

(3-2) Enterprise

(a) Layerpath社

サービスや社内システムのマニュアルの作成には膨大な時間がかかる。マニュアル作成担当者は、サービスや社内システムを立ち上げ、プロセスごとに画面をキャプチャーしてPowerPointやWordに画面を貼り付けて説明を加える。クリックするボタンや入力欄には図形を追加して吹き出しで説明を加えたりと、気が遠くなりそうな業務量だ。

Layerpath社は、AIを活用してTour(プロダクトツアー)、Guide(マニュアル作成)、Vido(プロモーションビデオ作成)を効率的に行えるプラットフォームを開発した。

Layerpath社のプラットフォームは環境設定も簡単だ。ユーザーはLayerpath社のアプリケーション(Layerpath)をWeb BrowserのExtensionとしてインストールするだけで環境設定は完了する。ユーザーはWeb Browserでアプリを起動してアプリケーションの動作を録画する。Layerpathは録画した内容から自動的にアプリケーションのWalkthroughを作成する。ユーザーはLayerpath社のDashboardでWalkthroughをStep by Stepで確認・修正できるようになっている。確認が終わって”Convert”ボタンを押すと、WalkthroughをTour、Guide、Videoの3つのスタイルで変換する準備が完了する。

Guideについては、Google Docs、HTML、MDX Knowledge based fileに変換できる。作成したTour、Guide、VideoはLayerpath社のIDEで書式変更、スライド追加、編集が可能となっている。また、音声によるナレーションを追加も可能だ。

マニュアル作成の流れ(左: 録画、中: 編集、右: テンプレート変更)(出典: AppSumo)

マニュアル作成の流れ(左: 録画、中: 編集、右: テンプレート変更)
(出典: AppSumo)

(b) Mail Magic社

SlackなどのChatツールを利用する機会が増えているが、電子メールは今でも一番多く利用されているビジネスアプリケーションだ。Microsoft社の調査によると、一般的な社員は1日に2時間、1週間に8.8時間を電子メールのチェック・返信に費やしているそうだ。Statista社によると、電子メールのユーザーは2026年までは増え続けるそうなので、電子メールに費やす時間は今後さらに長くなると予想される。

そのような状況を改善するためにMail Magic社は、AIを活用して電子メールにおける業務改善を提案している。

Mail Magic社はAIを活用して、送信ボックス内の過去の電子メールをすべて分析し、ユーザーのメールの書き方のパターンだけでなく会話の流れを学び、ユーザーのトーンとスタイルで効果的なメールの下書きを作成する。

Mail Magic社はGmailとOutlookの両方に対応していて、各メールアプリがメールを受信するたびに、自動的にユーザーに代わって下書きを作成する。ユーザーの役目は作成されたメールのチェックと下書きの変更依頼だけだ。変更依頼は、Generative AIのScriptを書くように入力欄に文字で記述するだけだ。

Mail Magic社は独自のAI利用してサービスを提供しているが、企業ユーザーには、Llama 2などの企業ユーザーの好みのAIを利用できるオプションが用意されている。

ビジネスモデルは月額課金だが、個人事業主と企業では料金が違う。個人事業主も下書きの量によって月額料金が$14.99/monから$84.99/monと幅がある。

左: 企業における電子メール利用トレンド、デモ画面(中: 電子メールの例、右: TikTokの例)

左: 企業における電子メール利用トレンド、デモ画面(中: 電子メールの例、右: TikTokの例)

(3-3) Inclusivity

(a) Glidance社

目の不自由な人をサポートする盲導犬は誕生から引退まで、長い年月をかけて人との信頼関係を築く。日本では盲導犬にかかる費用は補助金や寄付などで賄われているが、米国ではサポートが必要な人が盲導犬にかかる一時金、月々かかる食費や医療費などの費用を負担する。また、申し込みの手続きに6ヶ月、実際に盲導犬と生活を始めるのに2年かかると言われている。さらに盲導犬との生活を始めるには利用者自身もトレーニングを受ける必要がある。

そこでGlidance社は目の不自由な人が不便なく自由にいつでも外出できるようにSelf-GuideしてくれるMobility Robotの”Glide”を開発した。

Glidance社Founder & CEOのAmos Millerさんは20歳代の時に失明し、白杖や盲導犬とともに生活してきた。Amosさんはいつも「目の不自由な人が一人で自由に外出できるような新しいMobilityを探してきたが、ついには自分で開発した。」と説明してくれた。

“Glide”はカメラとAIを搭載したMobility Robotで、利用者の目的地までナビゲートするだけでなく、障害物の存在などの周囲の様子を音声で教えてくれる。

Glide本体には二つの車輪が付いていて”Glide”という名前の通り滑らかに歩道やフロアーを移動できるようになっている。またハンドル部分は伸縮可能で、一番短くすると6ftくらいになるため、飛行機にも簡単に持ち運べるそうだ。会場でインタビューに応えてくれたGlidance社co-FounderのLuke Buckberroughさんが展示していたGlideを持たせてくれたが、とても軽く「これならどこにでも持って行けそうだ」と思った。

Glideは利用社が過去に行った場所、通ったルートを記憶できるようになっているため、通勤や日々の買い物も不便なく外出できるそうだ。他にも地図アプリとの連携や音声コマンド対応など、さらにGlideを進化させていく予定だという。

最新のテクノロジーが小さなロボットのGlideにギュッと詰め込んだGlidance社のソリューションは、解決したい課題が明確で社会的なインパクトが非常に大きいと感じた。

左: Glideを説明してくれたGlidance社co-FounderのLuke Buckberroughさん、 右: Glideを使ってCollision 204会場を歩き回るGlidance社Founder & CEOのAmos Millerさん

左: Glideを説明してくれたGlidance社co-FounderのLuke Buckberroughさん、
右: Glideを使ってCollision 204会場を歩き回るGlidance社Founder & CEOのAmos Millerさん

(3-4) Space Tech

(a) Stratosyst社

CzechからはるばるToronto市にやってきたStratosyst社は、通信衛星をバルーンを使ってどこからでも打ち上げられる仕組みを開発した。

Stratosyst社のバルーンはLEO(Low Earth orbit)と呼ばれる低軌道での通信衛星を成層圏まで運ぶ。通信衛星を成層圏まで運んだバルーンの寿命は6ヶ月程度のため、通信衛星はパラシュートを使って地球に帰還することになる。ただ、帰還した通信衛星は再利用可能なため、新しいバルーンを使って通信衛星を再度宇宙へ打ち上げることができる。

Stratosyst社は現在、2024年後半に予定している打ち上げ実験のために開発を加速させているそうだ。

最近会った別のStartupの話によると、ロケットを使って宇宙に衛星を打ち上げる場合、最短でも18ヶ月かかるそうだ。そのことを考えると、いつでもどこでも簡単に通信衛星を打ち上げられるStratosystの仕組みは、災害地の通信手段確保のための通信衛星を打ち上げるための仕組みとして利用できると思う。

Stratosyst社のユニークな通信衛星の打ち上げ方法

Stratosyst社のユニークな通信衛星の打ち上げ方法

(3-5) Sustainability

(b) Agapyo社

Collision 2022ではリンゴの皮から人工皮革を製造するStartupに出会い、Collision 2023ではキノコの軸を使って人工皮革を製造するStartupに出会った。そしてCollision 2024では木材からプラスチックを製造する技術を開発しているAgapyo社を見つけた。

Agapyo社が開発しているのは、Agapyo Jamという木材からプラスチック製品を製造するための特殊なパウダーだ。プラスチック製造業社はAgapyo Jamを使うと石油由来のプラスチック製品の代わりに、木材由来のプラスチック製品を製造できる。Agapyo Jamのすごさはこれだけではない。”Agapyo starts with nature and ends with nature”というコンセプトに表されるように、「Agapyo Jamを使って製造したプラスチック製品を土に埋めると微生物分解が始まり、6〜7ヶ月でプラスチック製品は自然に還る。」とAgapyo社FounderのAlina Grenier-Arellano(以降、Alina)さんは教えてくれた。

またAlinaさんは、私のバッジを見て「通信分野だとルーターやアンテナのフレームに使われるプラスチック製品も作れる。」と説明したが、スピーカー、化粧品のパッケージ、コンピューターの周辺機器などへの適用を考えているようだ。

Alinaさんに「机の上に置いてあるコーヒーカップを作るのにどのくらいの木材が必要なのか?」と尋ねたところ、プロダクションに関する評価はこれからのようで、「Agapyo Jamの製造およびAgapyo Jamを用いたプラスチック製品の製造に関する検証はできているが、商業フェーズに乗せるための検証は、現在実施しているところだ。」とAlinaさんは説明してくれた。

左: Agapyo社が開発中の特殊なパウダー、右: Agapyo社のCircular Economyのコンセプト

左: Agapyo社が開発中の特殊なパウダー、右: Agapyo社のCircular Economyのコンセプト

3. おわりに

5年間Toronto市で開催されたCollisionは、2025年から場所をVancouverに移し、Web Summit Vancouverとして再出発する。CollisionはWeb Summitの北米版として発展してきたが、Web SummitがRio de Janeiro市、Qatarへと拡大しているなか、ブランド名を統一してリバレッジを高めたいと考えているのかもしれない。

会場がVancouverに移ることで、Silicon Valleyを含む西海岸に拠点があるStartup、企業、投資家が参加しやすくなるため、Web Summit Vancouver 2025は、今まで以上に盛り上がるだろう。

Web Summitに参加するStartupはEarlyなStartupがほとんどだが、Startupの活動は先述の通りAIなどの世界的なトレンドと合致するため、早い段階からWeb Summitに参加しているStartupに注目・接触すべきだと思う。

過去にはSandvine社やBlackberry社など、業界から注目されて一時代を築いた企業がCanadaから生まれていたことを考えると、今後もCanadaのStartupから目が離せない。このレポートを読んでWeb Summit Vancouverに興味を持った人は、ぜひ参加してほしい。ただ、Vancouver市は、近年の急速な発展に宿泊施設や道路などのインフラが発展に追いついていない。そのため、Web Summit Vancouver 2025開催に向けてホテル不足、価格高騰が予想される。Web Summit Vancouver 2025に参加する場合は、早めに手続きを取ることを薦める。

Web Summit Vancouverのロゴ(出典: Web Summit)

Web Summit Vancouverのロゴ(出典: Web Summit)

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