2015年3月30日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

ラストワンマイル

思い立ってこの年の変り目にゴルフクラブのセッティングを替えた。ほぼ“総取替え”だ。加齢が原因か以前のような飛距離が出なくなり、あれっ?と思うことがしばしば。ドライバー以外は何世代も前の“骨董品”を使用していたこともあって、そろそろ替え時と以前から考えていたところだった。人間面白いもので、一旦決めたらすぐにでも手にしたくなる。ネットであれこれ品定めをし、ゴルフショップに出かけて実物にも触り、その晩「(最)安値&翌日配送」の条件で、2カ所のオンラインショップの商品をクリックした。すぐにR社の注文内容確認メール。翌朝ショップの「ご注文ありがとう」メールに続き、夕刻「本日発送しました」メールが来る。元旦にもかかわらず、である。宅配便の追跡サービスで夕刻の発送を確認し、眠りにつくと翌朝10時過ぎに自宅に到着した。指定どおりの時間帯だ。群馬と大阪からの発送だったが、大阪もしっかり翌朝到着だった。


ラストワンマイル──。有線・無線を含め、ブロードバンドの世帯普及率がほぼ100%となった今日、もはや当たり前の環境として情報通信の分野では死語に近い言葉だ。流通する情報量は幾何級数的に増大し、コストも劇的に下がった。今このラストワンマイルがホットなのは、ネット通販の成長にともなって改めて注目される「店舗⇒消費者」間の物流の分野だ。リアルなモノの流通の世界では、輸送手段や道路網の発展に支えられ、時間の短縮と大量輸送が実現したが、ラストワンマイルはまだまだマンパワーに依存し、かかるコストも大きい。


かつては買い物といえば、家具や家電製品などの重量物を自宅まで配送してもらう以外は、基本的に消費者がスーパーなり百貨店・専門店など目的とする店舗に出向いて購入し、自宅に持って帰ってくるスタイルだった。いわばラストワンマイルのセルフサービスだ。多少高くても配達を希望すれば、酒屋、米屋、クリーニング店など個人商店が御用聞きも兼ねて配達もしてくれてはいたが、ネット通販の成長であらゆる商品が自宅まで配送され、それも時間指定、当日配送までが現実のものとなってきている。


国内ネット通販市場をリードするのはアマゾン、楽天だが、ラストワンマイルのサービスを提供するには、自社で物流網を構築するか宅配業者に委託するしかない。事実、楽天がネットスーパーで中小宅配業者を活用して自社配送網を構築し始めているほかはヤマトを中心とした大手宅配業者に依存しているのが実態だ。ヤマトは一昨年8月に大型物流拠点「厚木ゲートウェイ」を稼働させ、関東~関西の大都市圏を結ぶ即日配送の体制を整備するとともに、配送の最後のラストワンマイルがボトルネックにならないよう近隣に住む主婦を活用した「チーム集配」を導入するなど、ネット通販のニーズへの対応を強化している。


一方、リアル小売り業者の取り組みとして、セブン&アイグループのオムニチャネル戦略は、全国1万7,000のセブンイレブンの店舗網を受取り拠点として活用したラストワンマイルを克服するための取り組みともいえる。すでにセブンイレブンは弁当の宅配を全国の店舗網で展開しており、当初ヤマトに委託していた配送を内製化し、御用聞きサービスへの進化を目指しているという。また、イトーヨーカドーも人口密集エリアで宅配サービスに特化したネットスーパー「ダークストア」を新たな出店形態として開始した。消費者により“近く”、コストを抑制しながら“速く”届けるための「店舗」と「配送センター」の融合モデルだ。


もともと米アマゾンが大型のフルフィルメントセンターをいくつも建設して、翌日配達、当日配達といった配送サービスを充実させてきたのも、「アマゾン・プライム・エア」プロジェクトで、無人飛行機(ドローン)を使って注文から30分で商品を配送する実証実験を進めようとしているのも、ラストワンマイルを制するための取り組みだ。


一方、米グーグルは生鮮食品などの即日配送サービス「グーグル・エクスプレス」を米主要都市に拡大している。配送センターは抱えず、小売り業者と提携した在庫を持たないモデルだが、アマゾンが商品検索の分野でグーグルを凌駕する勢いであることに対抗する狙いもあるという。グーグルも同様に「プロジェクト・ウィング」でドローンによる配送システムの開発を進めている。こちらは10分以下を目指しているという。グーグルはクルマの自動運転の開発にも力を入れているが、上述のような文脈で見ても、注目される動きだ。SFの世界では未来都市のイメージとして、ドームやカプセルのような建物に網の目のようにつながる道路、自動走行する乗り物や空を飛ぶ飛行物体が描かれてきたが、それが現実のものとして見えてきたということだろうか。


ネット通販は、消費者が店舗から商品を持ち帰る手間がかからない「店舗⇒消費者」というラストワンマイルの配送も提供しているからこそ支持され、その利便性に付加価値がある。そのラストワンマイルをめぐって、上述のような熾烈な攻防、主導権争いが行われている。御用聞きや宅配機能を強化する小売業者、自ら物流拠点と配送手段を手掛けようとするネット通販業者、そしてB2C、C2Cの物流を担いさらにそのサービスを高度化しようとする宅配業者。攻める側も守る側も顧客に対してどのような付加価値を提供するかのせめぎ合い。それが選択されなければ、成長は止まり、最悪マーケットから退場するしかなくなる。それぞれのプレイヤーはコアビジネス(通販、ネット検索、小売り・・・)を持ち、それをさらに成長・拡大するため、また、コストがかかってもやらなければ生き残れないとなれば、座して死を待つわけにはいかない。攻める側、守る側、ともに攻守所を変えてあらゆる可能性を考え、手を打っている。ラストワンマイルを制する者が覇者になると言われる所以だ。


ラストワンマイルをめぐるプレイヤーの攻防を考えると、究極の手段が思い浮かぶ。いわゆる人やモノの“瞬間移動”、テレポーテーションだ。半年ほど前にたまたま「物質の『瞬間移動』が可能に?」という記事(「日経ビジネスオンライン」H26.7.24)を目にした。発表元は国立情報学研究所とロシア科学アカデミー(H26.6.30)。いかにも確からしい筋の発表で、科学の進歩もそこまで来たかと思いながら読んでみると、「量子テレポーテーション」の研究成果に関する内容だった。典型的な文系故、理解するには高度すぎるが、要は、これまで原子や光子などの微小な粒子のテレポーテーションは実験で成功しているものの、それよりも多数の粒子が集まる大きな物体では困難とされていたのが、今回、“巨視的物体”でも外からの様々な影響を抑制できる“量子もつれ状態”を発見し、それを克服する方法を開発した、というのだ。このもつれ状態を使って、何千以上もの原子のテレポーテーションが可能であることが、理論的に証明されたということのようだ。


では人やモノのテレポーテーションが本当に実現するのか。研究者のコメントによると、「量子テレポーテーションでは、物体の状態を示す情報しか飛ばすことができない。人間をテレポートさせたい場合には、原子などの材料を別の場所で用意する必要がある」「人間の体に含まれる情報は、今回提案した手法で移動できる情報より、はるかに複雑」で、「原理的には可能かもしれないが、現時点では不可能に近い」とのことだ。


もし人やモノのテレポーテーションが将来実現することがあれば、ラストワンマイルどころか交通・輸送手段の進歩をはるかに超越する画期的な(という陳腐な修飾語では言い表せない)発見・発明になる。「現時点では不可能に近」くても、仮に数百年後に実現したとしたら、運輸・通信業界の区分もなくなり、人、モノ、情報を包括的に運ぶサービスを提供する事業主体が出現しているかもしれない。余計なお世話だが、ついでにそのネーミングも考えてみた。「NIPPON TELEPORTATION AND TRANSPORT CORPORATION」、略称NTTだ。


新しいゴルフクラブを手にしてとんでもない妄想を膨らませてしまったが、最後に付け加えて言うなら、“クラブを替えればスコアアップする”というのも妄想にすぎない。“安易に道具に頼ることなく地道に腕を磨くべし”、これが教訓だ。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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