ICTおよびオープンデータ活用の取り組み~兵庫県神戸市×NTTドコモの取り組み事例を通じて
近年、自治体や企業など組織内でしか利用されていないデータを社会で効果的に利用できる環境(オープンデータ流通環境)を整えようという動きが高まりつつある。総務省は2012年度より防災情報や公共交通情報に関する実証など、国内や海外の先進的な取り組み事例を関連Webサイトで紹介し、オープンデータ流通環境の整備を国内でも広く推進しようとしている[1]。
オープンデータ流通環境整備に早くから取り組んでいる自治体の一つである神戸市は、2016年4月に神戸市「子育て」「教育」「交通」などの分野別キーワードでオープンデータを活用できる環境「Open Data Kobe」を立ち上げるなど、取り組みを加速している[2]。
神戸市の取り組みに呼応するように、NTTドコモでは2016年4月より同市と事業連携協定を締結し、オープンデータを活用した新しいサービスの共同検討を同市と開始した[3]。今回は本取り組みの中心的な役割を担う、神戸市企画調整局創造都市推進部およびNTTドコモ イノベーション統括部の皆さんに話を聞いてみた。
―神戸市とNTTドコモが事業連携協定を締結するに至った経緯を教えてください。
ドコモ【長沼】:私たちは自社の研究開発技術を効果的に世の中へ浸透させていくためには、他の企業や自治体の方々との連携が助けの一つになるだろうと考えていました。それは行き当たりばったりでどこかの自治体や企業に自社で考えた研究開発技術の活用提案を持ち込むことではなく、もともと取り組みに熱心な自治体の方々を探し出すことこそが重要だと思い、数年前から様々な自治体や企業の話をうかがう機会を多く持つよう意識し始めました。
ドコモ【加納】:そんな中、神戸市の皆さんがオープンデータ活用により、地域社会への積極的貢献を模索されていることを知り、さっそく研究開発技術の活用を提案することにしました。
神戸市【中川】:ドコモさんからお話をいただいたちょうどそのころ、神戸市でもICT創造担当という部署が設置され、公共データの活用推進を本格的に検討し始めるようになったため、私たちも取り組みを加速する大きなパートナーを得ることができると思いました(【図1】神戸市との取り組みを参照)。
神戸市【長井】:私たちもたくさんの企業の方から様々なご提案を受けるのですが、ドコモさんの提案は他と違っていました。妙に商売っ気がないというか(笑)。ドコモさんの研究開発技術やサービスは二の次で、私たち自治体が抱える課題について、東京から何度となく足を運んでくださり、膝を突き合わせ同じ視線に立ってともに検討してくださる姿勢は頼もしく感じました。そんな雰囲気が事業連携協定につながったような気がします。
ドコモ【田居】:私たちの組織は研究開発部門にあるのですが、よく周囲からは「サービス部門や営業部門ではなく、なぜ研究開発組織が神戸市と直接事業連携の働きかけをしているの?」と不思議がられます。もちろん連携の際には社内の各部門の力を借りますが、連携の肝は「自治体や企業が抱える社会課題に研究開発技術をどのように活用できるかに思いを巡らせること」であり、それは研究開発部門だからこそできることだと考えています。
―ドコモのどのような研究開発技術と神戸市のどのような社会課題を結びつけたのですか
神戸市【中川】:神戸市は1995年に阪神・淡路大震災が発生し甚大な被害を受けました。人口は一時的に減少したものの、市内の再開発事業により2004年には人口が震災前を超えました。現在では、高齢者世帯以外にも、大阪で働く方々のベッドタウンとして子育て世帯が増加し、約150万人の方が神戸市にお住まいです。そんな中、市役所内外のデータを効果的に組み合わせつつ、高齢者の方や小学生のお子さんたちが犯罪被害に遭わないよう、いかにして見守ることができるかが社会課題の一つとなっていました。
ドコモ【加納】:ドコモではモバイル空間統計[4]など、人口動態を推計する技術はサービスとして拡がりつつあります。このように携帯電話を使って人や物の位置を特定する技術はたくさんありますが、私たちはお年寄りやお子さんのプライバシーを守りつつ、低コストでゆるやかに見守るためにBLE[5]タグを用いる仕組みの開発に着手していました。「どうしたら現場で活用してもらえるか」という使い方の部分や「なるべく安く使ってもらえるためにはどのような技術の組み合わせが重要なのか」というコストや利用イメージの部分に思いを巡らせることができたとしても、自治体特有の社会課題の解決に向けて主体的に踏み込んでいくのはなかなか難しい面があります。
ドコモ【長沼】:この部分は自治体で施策に取り組んでいる方の”感度”に大きく左右される部分だと思うのですが、私たちが神戸市で施策を担当される皆さんに研究開発技術を社会課題に役立ててみないかという点について説明すると、責任者の松崎さんからはもちろんのこと、今日ここにいらっしゃる長井さん、中川さんや服部さんなど、細やかな実務にあたっておられる方からも市民への対応方法や市役所内の調整に向けた段取りといった点について、それぞれがお持ちの視点からご意見をいただくことができました。そして話は進み、市内5つの小学校を対象に、まずは児童を対象とした見守りの実証実験をしてみましょうという話に発展していきました。
―神戸市で行った実証実験とその効果について教えてください。
神戸市【服部】:最近は街中いたるところに防犯カメラが設置されていて、犯罪抑止効果ももちろんあるとは思うのですが、反面監視されているといった印象も拭えません。私たちが目指したかったのは「ゆるやかな見守り」でした。街全体が一体となって児童をさりげなく見守る安心・安全なまちづくりです。そのためには私たちが乗り越えるべき壁が3つありました。(1)数百人の児童たちに無理矢理携帯電話を持たせることなく、確実に見守るためにはどうすればよいのか? (2)実証実験だけで終わらないよう極力コストをかけず使いやすくするためにはどうすればよいか? (3)悪用されず、かつゆるやかに見守るためにどのような工夫を設けるべきか? の3つです。
ドコモ【長沼】:まず(1)のアプローチでは、児童の位置の情報は携帯電話を持っている人(親や自治会の人たち、地域の警備員やタクシードライバーなど)を介してサーバー側で把握できるようにしました。私たちが実証実験で用いた仕組みはこうです。まず子供にBLEタグを持たせます。タグは自分の持つ番号(タグID)を数秒程度の間隔で常時発信していて、子供はランドセルに取り付けるだけで特段操作をする必要はありません。そのタグを検知するのは携帯電話です。タクシードライバーや親の携帯電話はそれぞれのBLEタグがどこで検知されたかをサーバー側へ伝えることができ、データが集まってくる仕組みをつくり上げました。もちろん店舗、駅、小学校など、固定設置できそうな箇所には専用のレシーバーを設置し、タグを検知する仕組みを補完しました。
神戸市【長井】:次に(2)のアプローチですが、これは私共も含めて非常に頭を悩ませる問題です。まずいのは、重厚長大な仕組みを作ってしまったあまり、維持運用コストと利用収入のバランスが取れなくなるパターンです。そのような悪いパターンにはまってしまわないよう、高価な専用機器を開発するのではなく、なるべく安く、既存の規格や技術を使い、使い方を単純化することをこころがけました。神戸市内の5つの小学校(宮本、西灘、山の手、こうべ、桂木)を対象にトライ&エラーで進めていくことで、見守る側の保護者や事業者の方々が持つご意見を聞かせていただけることも利用者側の視点を持つ助けになりました。主婦や年配の方々へ複雑な使い方を強いるようでは仕組み導入を説得できませんからね。
ドコモ【加納】:最後の(3)について、ここでは難しくなるので詳細の説明を省きますが、簡単に申し上げると、タグの位置を検知するスマートフォンの用い方(設定してもらうときの手順など)に工夫をほどこし、不特定多数の第三者が悪用できないようなセキュリティ上の仕組みを設けました。タグの位置を検知、送信することによる通信コストについても保護者や地元の関係者に過度な負担を強いることなく実現できたので、それが協力を仰げた一つの要素かもしれません。
―この取り組みに苦労された点はどのような点ですか? またどのような成果が得られましたか?
神戸市【長井】:まず市役所内や関連機関の調整には十分配慮するよう努めました。市民の方から見て良い取り組みであったとしても、こうした実証実験を行う際は交通、教育、福祉といった各分野の関連業務を担う担当部署や、学校・教育委員会など市の関連機関へタイミングを計って事前説明や通知文等を出しておかなければ、スムーズに協力を得ることができません。早すぎても「できてから改めて相談して」ですし、遅すぎても「なんでもっと早く教えてくれないのか」ですから、タイミングが重要なのです。
ドコモ【長沼】:私たちも同じですね(笑)。「研究開発部門がなぜ法人営業部門や新規事業開発部門、支店営業担当者に断りもなくお客さんと勝手に話を進めてしまっているのか?」と言われないよう社内調整に努めました。ベンチャー企業のようなスピード感をもって一気に進めてしまうためには、そうした細かな配慮も必要なのですよね。長井さんほどうまくいったわけではありませんが。
神戸市【長井】:やはり私の人徳ですよね(笑)。冗談はさておき、自分の持つ人的ネットワークもうまく活用できたかもしれません。協力してくれた商店街の皆さんが知り合いでしたし、PTAの会長が友人でしたから、話を通しやすかったというのはあるかもしれませんね。普段から市役所の外へ出かけていき、いろいろな人との何気ない会話を楽しむことが重要だと思っています。意外と業務への示唆をもらえたり、新しいアイデアを出すことにつながったりするからです。
神戸市【服部】:あとは実証実験できるシステムの環境を整えることが大変でしたよね。スマートフォンの設定準備やうまく動作するかについての検証については十分時間をかけて行いましたし、固定設置できそうな場所に置く専用レシーバーの取り付けなど、真冬に設定設置作業をやっているときは寒くて凍えそうでした。今日ここに同席していないのが残念ですが、今年4月に異動した山本という者も私たちとともに苦労を重ねた一人です。彼のように自律的に動けるメンバーがいたからこそ環境を整えられたのだと思います。
神戸市側だけでなく、ドコモの加納さんもそうだと思いますが、情報技術 (IT) を使うと言いながら、準備段階においては足でかせぐ場面が意外に多かったですね(笑)。
ドコモ【加納】:これ(図5)を見てください。この実証実験で検知したタグの分布状況を示していますが、一つ一つの情報が誰であるということを常時把握するということではなく、児童が通常近寄らない場所や時間帯等を把握することができました。これが先ほど服部さんがお話された「ゆるやかな見守り」だと考えています。今後神戸市の皆さんとともに、こういったデータを広く活用できる仕組みの整備や異分野への適用を検討していくつもりですが、これまでの取り組みから得られた知見をもとに、広く他の方々にも使っていただけることを目指し、2017年10月にドコモとしてサービスを立ち上げることができました。ロケーションネットと言います[6]。神戸市さんと自社の取り組みの成果を踏まえ形にできたサービスとして誇らしく思っています。現在、他の自治体や企業の方からお問い合わせを多くいただいている段階です。
ヒアリングを終えて
神戸市、NTTドコモ、双方の実務担当者の視点から今回の取り組みについて聞くことができた。彼らに共通していたのは社会課題解決に対する素早い行動力だった。IoTおよびデータ活用技術を社会課題解決に活用し、価値化していくためには、自治体と企業の持つ知恵を互いに発揮できるよう各所へ働きかける意欲とスピードが必要だ。
オープンデータ活用ではあらゆる異なるデータの組み合わせから知見を導き出すことが肝要だが、今回の例で言えば、図5のような児童の持つタグの分布状況を示すデータと市内の時間帯別の道路交通量のデータを組み合わせることで、登下校時のルート変更など、安心安全の仕組みに活用できるようになるかもしれない。また使い方を応用することで地域の高齢者を、該当地域のコミュニティバスのドライバー等がさりげなく見守る仕組みを実現することもできるだろう。さらにはインフルエンザの罹患者数の地域毎のデータを定期的に提供することで、どこで流行しているか等の情報を分析し、ワクチン配備対策や流行の拡大防止等の取り組みにつなげられるかもしれない。いずれにせよオープンデータ活用のためには利用者が利用しやすいデータの提供形態や頻度を意識する必要があるだろう。
またタグの設置対象を人だけではなく物にも広げることで、倉庫の物品管理や家畜の見守り等への応用によりデータの取得対象範囲を次第に拡大していくことも可能となるだろう。彼らの取り組みはまだ道半ばだが、こうした知見導出の可能性をどのように拓いていくのか、今後の取り組みを追っていきたい。
(写真:インタビュー中の写真はすべて筆者撮影)
[1] 総務省 オープンデータ戦略の推進
https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/ictriyou/opendata/index.html
[2] 神戸市 オープンデータポータル
https://data.city.kobe.lg.jp
[3] 神戸市と株式会社NTTドコモとのICTおよびデータ活用に関する事業連携協定
https://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2016/04/20160418041801.html
https://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/2016/04/18_00.html
[4] 本誌2017年11月号「人口動態より見えてくる社会~ドコモのモバイル空間統計を通して」安部孝太郎参照。
[5] Bluetooth Low Energy(低消費電力ブルートゥース)。近距離無線通信技術Bluetoothの拡張仕様の一つ。通信にかかる電力を低くできるため、センサーの電池などをとりかえずにデータを長期間収集できるようなサービスや製品に用いられている。
[6] ロケーションネットの提供開始
https://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/2017/10/19_00.html
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。
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