ICT雑感:高校生棋聖の誕生とAI

連日のコロナウイルス関連のニュース報道に気分も沈む中、数少ない明るい話題の一つが藤井聡太棋聖のニュースではなかろうか。現役高校生でありながら、10歳も20歳も年上の強豪棋士を追い込んで“負けました”と言わせ、それでいて全く偉ぶらずに謙虚な姿勢で対局に臨む姿は、見ていて非常に清々しく、俄かファンになった人も多いと思う。筆者は将棋のルール程度は知っているが、趣味として将棋を指したことはない。しかし、2016年に中学生だった彼がプロデビューしてからいきなり29連勝して新記録を打ち立てたあたりから、すっかり“観る将”になってしまい、ネットで中継される対局をいくつも観戦してきた。先日、彼がコロナ禍の中で打ち立てた最年少タイトル挑戦や戴冠の記録は、連日ワイドショーでも報じられたのでご存知の方も多いだろう。
そのタイトル挑戦の対局で、AIが6億手読んで初めて最善とした手をたった23分で指した、というニュースがあった。なぬ、AIが6億手? と興味を持ち少し調べてみた。
そもそも、将棋の局面数(盤上の駒の配置と持ち駒の状態の数)は、持ち駒を使うことのないチェスなどに比べると圧倒的に多い、と言われていて、2008年に奈良女子大学の篠田教授が、大体1068~1069程度だと推論している。1068と言われてもピンと来ないのだが、直感的に理解できる数字で例えることが難しいくらい大きな数らしい。理論的には、すべての局面を解析すれば、必勝手というのが分かるらしいが、これだけ局面数が多いと、今のスーパーコンピュータを使っても時間がかかり過ぎて現実的ではないようだ。
そうなると、各々の局面の状態から、どういう手を指すと勝利に近づけるかという推論を、的確なアルゴリズムと膨大なデータ(過去の棋譜や、先に進みうる局面など)に基づいて、コンピュータに計算させることになる。そしてコンピュータそのものが高速化し、それに伴ってソフトウェアも進化して、2015年くらいにはトップクラスの棋士でも勝てないレベルになったと言われている。
コンピュータも、複雑な局面ではそれなりに読み込んで形勢を判断するらしいのだが、今回のケースでは6億手(28手先)を読んで到達した最善手らしい。それでも、それなりの性能の家庭用コンピュータを使えば1分もかからずに読めてしまうというのもビックリだが、それをたった23分で読んで指せる藤井棋聖の脳は一体どうなっているのだろうか。
実は、こうした将棋の局面のように、手数によって指数関数的に増える(組み合わせ爆発)場合の計算には量子コンピュータが得意と言われている。将来、量子コンピュータが本格的に実用化されて、将棋も必勝手が分かってしまう時が来るかもしれない。そうなると、将棋を見る楽しみ方も変わるのかと思いきや、そうでもないようだ。現時点でも、対局中継では、画面にコンピュータの読み筋(候補手)や評価値が表示されている。観客自身の読み筋と、コンピュータの読み筋と、プロが実際に指す手を比べながら観るのも、確かに楽しい。
藤井棋聖も、自らの研究に将棋ソフトを活用しているそうだ。実際に6億手を読むわけではなく、大局観から感覚的に答えを導く能力を獲得するのにも、AIが役に立つということだ。いくらAIが進化しても、人間にしかできないことはなくならない(と信じている)が、これからは、彼のように、AIを活用して人間の力を高めていくことが当たり前になっていくのだろう。そして、AIを使いこなすことができないと、逆にAIに使われる立場に追い込まれるのかもしれない。筆者もそうならないように精進せねば。
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出口 健(転出済み)の記事
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