AIで全方位の医療改革 ~医療の何が変わる、何を変える

医療AIとは何か
近年、医療におけるICT(Information Communication Technology)の活用が飛躍的に進んでいる。特に注目されているのがAIである。国は、科学技術・イノベーションの実行計画「統合イノベーション戦略2025」(2025年6月6日閣議決定)において、具体的な戦略分野として「AI開発」「医療・健康」をあげている。両者は不可分の関係にあり、「医療AI」というひとつのジャンルを形成している。
医療AIが目指すのは、医療の質の向上や効率的な医療提供の実現であり、AIの適用領域は、治療、診断支援、ゲノム(遺伝子)医療、創薬、介護、予防医療、健康増進など多岐にわたる。
医療分野にAIの活用が浸透した背景には、2000年代に入ってから急速に進んだ医療のデジタル化の流れがある。医療・ヘルスケアは多種多様なデータの宝庫であり、データの質と量が医療のレベルを左右する。近年では、生体情報(バイタルデータ)、検査データ、診療記録(カルテ情報)など医療提供側で取得・生成されるデータだけではなく、患者や生活者の日々の身体データ、運動記録、生活情報などユーザー発のデータもスマートフォンやスマートウォッチ等のウェアラブル端末を使って計測・取得可能だ。IoTによってネットワークにつながった多種多様なデバイスからこれらのデジタルデータがリアルタイムに測定、収集され、データの流通量は爆発的に増えている。そこへ登場したのがAIである。AIはビッグデータを精緻に解析して個人に最適化された治療やヘルスケアサービス[1]の開発・提供につなげていく。AI医療にはデジタルデータを活用したさまざまなICT技術が結集しており、AI応用の最先端分野のひとつとなっている。
AIが医療技術の革新を牽引
日本で国を挙げてAI医療を推進しようとする動きが高まったのは2010年代半ばである。「ディープラーニング」(深層学習:deep learning)によって飛躍的な進歩を遂げた「機械学習」に脚光が当たり、AIを活用して医療技術のイノベーションを推進するという政策目標が掲げられた。2017年に「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」が取りまとめた報告書において、わが国がAI開発を進める重点領域として、(1)ゲノム医療、(2)画像診断支援、(3)診断・治療支援、(4)医薬品開発、(5)介護・認知症、(6)手術支援の6分野が掲げられた。
このうち最も先行していたのが(2)画像診断支援である。当時、GAFAM[2]やIBMなど世界のICT大手がこぞってこの分野に参入し、我先にと先進的な技術開発にしのぎを削った。日本でも医療用ICT機器のメーカーや大学病院発のスタートアップなどが名乗りを上げ、東京大学発ベンチャーのエルピクセルがAI活用の医療画像診断支援技術「エイル」をいち早く開発。オリンパスなど医療機器メーカーも次々と製品開発を進めていった。
それ以外の重点分野も、当初の見通しを前倒しする形で実用化が進んでいる。例えば、大腸内視鏡や胃カメラなどの消化器内視鏡、MRIやX線機器等の検査機器にはばAI技術が既に導入されており、(6)手術支援に関わるAIにもAnaoutの「Eureka」などの製品が登場している[3]。画像診断支援や一部の内視鏡検査でのAI活用も、診療報酬の加算対象になっている。
高度なAI技術を医療現場に実装させる上では、IoT関連技術との連携が欠かせない。例えば手術支援においては、ロボット技術や遠隔医療技術の活用が進んでいる。メディカロイドが手掛けるAI手術ロボット「hinotoriサージカルロボットシステム」は、ロボット手術におけるプロセスや運用を通じて蓄積したビッグデータをAIで解析して、手術における異常発生を検知したり手術運用のサポートを行ったりしている。同社は、NTTコミュニケーションズ(現NTTドコモビジネス)と共同で、2024年6月に国内で、2025年6月には日本と欧州間で、遠隔ロボット手術の実証実験を成功させた(図1)。
(3)診断・治療支援では、病理医の診断支援システムの開発が進められている。病理医は極めて専門性が高い職種であるが、医療の高度化や高齢化により検査数が増加しているにもかかわらず全国的に絶対数が不足しており、地域格差も大きい。病理医のいない地域の医療施設に対して、ネットワークを介して遠隔にいる病理医が診断支援を行う取り組みも行われているが、人手に頼った対応は作業効率が悪く正確性に不安が残る。そこでAIを活用して人間が見落としがちな微細な異常を検出し、診断の正確性を向上させるシステムの開発が進められている。まだ国の承認を得たシステムは存在しないが、将来的に遠隔医療と組み合わせれば、医療リソースが限られるへき地医療にも役立つ。実際、病理医不足が深刻な徳島県では、徳島大学病院と県内2つの医療施設との間で「遠隔病理診断ネットワーク」を構築しており、2020年にはこのネットワークを使って病理診断AIの実証実験が実施された。
生成AIの登場で適用領域が拡大
AIを搭載した医療機器は多くが高額で高度に専門的な技術に特化しているため、機器の導入先は大病院に偏り、一般的に普及しているとはいいがたい。日経リサーチの調査(2025年5月)によると、AIを搭載した医療機器を導入している医療機関は全体の28%である[4]。
一方、生成AIの登場によって医療AIに新たな展開が生まれた。生成AIの基盤技術である「LLM(Large Language Models:大規模言語モデル)[5]」の進化により、データ解析の精度が大幅に向上し、特定の用途に限定されない汎用性の高い活用が可能となった。現在、世界中で多くの企業が競ってLLM開発を進めており、OpenAI、Google、Meta、中国のDeepSeekなどが熾烈な開発競争を展開している。それに伴い、医療AIのグローバル市場[6]は急速に拡大している。プレシジョンリサーチによると、2024年から2034年にかけて年率45.7%成長して458億ドルに達するという(図2)。
国内でも独自のLLMを開発する企業が増えている。国産LLM製品は、日本語への対応力に加えて、医療の観点からは、院内データとの統合が行いやすい、オンプレミスの情報処理によって情報漏洩のリスクを軽減できるといったメリットが打ち出されている。
既に生成AIを活用した医療向けの製品・サービスが登場している。用途としては、医療文書作成、診断支援、創薬などが代表的である(表1)。
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医療現場で広がる生成AIの活用、医療DXへの橋渡し
進化し続ける医療AI、未来の医療へつなぐ
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] 代表例として、AIで細胞を遺伝子レベルで分析し、個々の患者に最も適した治療法を提示するオーダーメード型の医療「プレシジョン・メディシン(Precision Medicine:精密医療)」がある。NTTプレシジョン・メディシンが先駆的に事業展開している。
[2] Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon、Microsoftの5社
[3] 診断や治療を支援するAI技術は「プログラム医療機器(SaMD)」と呼ばれ、既存の検査機器や診断支援機器にソフトウェアとして搭載する形で活用される。製造、販売においては本体機器とは別に、薬機法(「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」)に基づく承認を取得する必要がある。
[4] 日経リサーチ「医療情報システム導入調査」(2025年5月)https://service.nikkei-r.co.jp/report/ healthcare _id297
[5] ディープラーニング技術を利用して膨大なテキストデータを学習し、人間のような言語処理や生成を可能にするAIモデル。
[6] 画像診断支援、診断・診療支援などAIを活用した医療向けアプリケーションの売上規模に基づく
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