世界の街角から:ブータン王国の通信事情
以前、国際協力に携わっていたことがあり、その際ブータン王国とご縁があった。本稿では、ブータン王国の通信事情について、ブータン王国情報通信省(MoIC)[1]の公表資料[2]を用いて概観してみたい。
ブータン王国の概要や観光スポットについては、ブータン政府観光局[3]、日本ブータン友好協会[4]および地球の歩き方ホームページ[5]やガイドブック等を参照頂ければ幸いである。
ブータン王国の通信事情の全体像
ブータン王国では、固定電話加入者数に比べて、モバイル通信加入者数が圧倒的多数である。固定電話普及を経ずして、モバイル通信が通信インフラの主体となっており、リープフロッグ現象が起きている。インターネット加入者数においても、専用線接続・固定ブロードバンド接続加入者数に圧倒的な差をつけ、モバイル接続(モバイルブロードバンド接続・GPRS/EDGE接続)の加入者数が大宗を占めている。
1.固定電話
固定電話では、ナショナルフラッグキャリアのBhutan Telecom Limited(BTL)が唯一のサービス提供事業者となっている。2021年12月現在の加入者数は19,680となっており、その内訳として、全20県の中で上位3県を並べると、首都ティンプーのあるティンプー県で10,006加入、インドとの国境にある商業都市プンツォリンのあるチュカ県で2,003加入、首都ティンプーの隣県で国際空港のあるパロ県で1,426加入という状況である。
既述のとおり、固定電話の普及をスキップしてモバイル通信が普及し主流となっているため、図2のとおり、加入者数が年々減少している状況である。
- ミニコラム:BTと言えば……
- “BT”と聞くと、情報通信業界での経験がある方なら、英国のBT(旧British Telecom)を思い浮かべるのではないだろうか。だが、ブータン王国の情報通信に関わった人であれば、第一想起ブランドは、Bhutan Telecomなのである。言を俟たない……はず。
2.モバイル通信
ブータン王国では、モバイル通信の提供事業者として2社があり、Bhutan Telecom Ltd.がB-Mobileというブランドで、Tashi Info-Comm. Ltd.がTashi-Cellというブランドでモバイルサービスを提供している。既述のとおり減少トレンドにある固定通信加入者数に対して、図3のとおり、モバイル通信加入者数は増加トレンドにあり、増加数も桁違いとなっている。2021年12月には、加入者数が778,008となった。ブータン王国統計局[6]による2021年の人口予測値は756,129であり、加入者数が人口を超えている状況である。
2社のマーケットシェアの推移は図4のとおりである。Tashi-CellのマーケットシェアがじわじわとBhutan Telecomのマーケットシェアを侵食している。
- ミニコラム:NTTグループとブータン王国の関わり
- NTTグループは国際協力(技術協力)としてブータン王国、特にBhutan Telecomに専門家を派遣し、長年支援してきた。直近の支援としては、NTT東日本が国際協力機構(JICA)プロジェクトとして、事業継続計画(BCP)策定および運用方法等の技術移転を実施 した。私は、本プロジェクトの企画段階から関わり、専門家としても参画した。また、NTT東日本はBhutan Telecomと協力覚書を締結 する等良好な関係を築いている。
3.インターネット
インターネット接続サービスについては、Bhutan TelecomとTashi Info-Commが、固定およびモバイル接続を提供している(Bhutan TelecomのサービスブランドはDruknet、Tashi Info-CommのサービスブランドはTashi-Cell)。上記2社以外にも、主として専用線接続での提供事業者として、DrukCom、Supernet InfoComm、Bitcom Systems、Datanet Wifi、Nilo Fibernet、Nano が認可されている。
インターネット加入者数の推移を見てみると、図5のとおり、予想に反して右肩上がりの増加を続けていないことが見て取れる。その理由を明らかにするため、インターネット接続手段毎に推移を見てみる。
①専用線接続
専用線接続のインターネット加入者数は、右肩上がりに増加しているが、後述するモバイルブロードバンドの爆発的な増加と比べると、堅実な伸びを示している。
②固定ブロードバンド
既述のとおり、専用線接続が堅実な伸びを示している一方で、ADSLや光ファイバーによる固定ブロードバンド接続は減少傾向にある。情報通信省は後述するモバイルブロードバンド接続の急速な普及が原因ではないかと推測している。
③モバイルブロードバンド(3G/4G)
モバイルブロードバンド接続と分類されているのは、3G、4Gサービスである(5Gについては、商用サービスが2021年末にスタートしたばかりであり、モバイルブロードバンド接続加入者数には含まれていない)。近年、モバイル通信加入者数が増加する一方で、モバイルブロードバント接続加入者数が減少している理由について、情報通信省は、複数SIMを使用している利用者が、インターネット接続用としては1社に絞ったからではないかと推測している。
- ミニコラム:パロ空港の離着陸
- ブータン王国唯一の国際空港、パロ空港への着陸はちょっとしたスリルがある。国土の大半が山岳地帯であるブータン王国の国土で、限られた広い平坦地をフル活用した空港ではあるが、着陸にあたっては、狭い山岳の隙間をぬうアプローチと、短い滑走路でしっかり止まることが求められる。毎回上手いなあ……と感心し、心の中で拍手していた。また、離陸時は、短い滑走路のためか、高地で空気が薄いためか、Airbus A319 がエンジン音を唸らせて急加速して離陸していく。一定高度に達して、ヒマラヤ山脈が眼下に見えるようになると、機内食の時間だが、付け合わせにエマダツィ(唐辛子のチーズ煮)が出てくると、出張が終わったことを実感したものである。
まとめ
以上、足早にブータン王国の通信事情についてレビューした。他アジア諸国と同様に固定通信よりもモバイル通信が普及の主軸となっており、通信市場は拡大基調ではあると考えられる。一方で、ブロードバンド接続の拡大については踊り場を迎えるなど、ブームに乗れば成長できるという段階は終わっており、イノベーションが求められる状況である。
ブータン王国での国際協力に関わって強く印象に残っていることは、ブータン王国の通信事業関係者の取り組み姿勢の真摯さである。ブータン王国の国土は九州程の広さで、かつ、険峻な山岳地帯が大部分を占める。そのような環境で、例えばBhutan Telecomは2020年末現在656人の従業員[10]という限られた人的資源で、サービス運営・開発に懸命に取り組んでいる。
国際協力という文脈での接触ではあったが、学びを得ることが多く、個人的には大きく影響を受けた仕事だった。
ブータン王国の通信事業関係者と彼らの活動を支援する日本の国際協力活動従事者の今後の益々の発展を祈りつつ筆をおくことにしたい。TASHI DELEK(タシデレ)
[1] https://www.moic.gov.bt/en/
[2] Annual Info-Comm and Transport Statistical Bulletin (13th Edition, 2022) Policy and Planning Division, Ministry of Information and Communications, Royal Government of Bhutan
[3] http://www.travel-to-bhutan.jp/
[4] http://www.japan-bhutan.org/
[5] https://www.arukikata.co.jp/country/BT/
[6] https://www.nsb.gov.bt/
[7] 詳細については https://journal.ntt.co.jp/article/6205 参照
[8] https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/20200728_01.html
[9] Drukair(ロイヤルブータン航空)の使用機体については、https://www.drukair.com.bt/Corporate-Information を参照
[10] Annual Report 2020, Bhutan Telecom LTD
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