2023.9.14 DX InfoCom T&S World Trend Report

中堅中小DXの今 (1)ITコーディネータ協会

Image by Mohamed Hassan from Pixabay

はじめに

企業におけるDX(デジタル・トラスフォーメーション)が浸透している中、中堅中小企業は大企業に比べ、DXの進展が遅れている状況である。IPA(独立行政法人情報処理推進機構)『DX白書2023』の従業員規模別のDXの取組状況を見ると、従業員数1,000人以上の企業では、DXに取り組んでいない企業がわずか5.2%程度であるが、従業員数100人以下の企業では、約6割の企業がDXに取り組んでおらず[1]、企業規模が小さいほどDXの取り組みが進展していない状況にある。

一方で、中小企業は人材面や資金面などで不足しがちであることに加えて、新型コロナウイルス感染症の収束や、エネルギー・原材料の価格の高騰などの経営環境の変化に伴い、様々な経営課題を抱えており、DXがその課題解決の有効手段の一つになっている。しかし、中小企業にはノウハウなどの不足でどのようにDXを進めればいいのかが分からない企業が多いため、DXを推進するための支援が求められている。

そこで、中小企業のDXを現場で支援しているITコーディネータ協会に、中小企業のDXの実態と課題、今後の展望について取材した。

ITコーディネータ協会について

ITコーディネータ協会は、資格の認定等を通じてITコーディネータの育成・普及を図り、企業や団体への戦略的なIT投資の浸透を通した経済の活性化、国際競争力の強化など、広く社会の公益に寄与することを目的として2001年2月に設立された[2]。ITコーディネータは経済産業省推進資格であり、「経営者の立場に立って、経営とITを融合し、真に経営に役立つITサービス利活用の推進・支援を行い、IT経営を実現するプロフェッショナル」である。2001年の同資格制度創設以来、2023年3月末時点の資格取得者累計は1万人を超え、資格保有(資格維持)者は6,919人となっており[3]、全国において地域の金融機関や商工団体、自治体などと連携しながら、中堅中小企業の経営改革を支援している。今回はITコーディネータ協会の野村真実会長[4]に話を伺った。

新型コロナ収束後の中小企業の経営環境・課題とその解決策となるDX

野村氏によると、「2023年5月以降、新型コロナウイルス感染症の5類移行につれ、社会生活や経済活動の正常化が期待される一方、中小企業を取り巻く経営環境も変化している。具体的には、中小企業は、①景気の回復基調(売上高が増加傾向)やインバウンド需要が回復する(図1)中で、人手不足の深刻化(図2)、②コロナ時の借入・融資の返済(図3)に加え、人件費や仕入価格の高騰(4)で財政が厳しさを増し、③経営者の高齢化(図5)、少子化による後継者不足などの経営環境の変化に直面している」という。

【図1】中小企業の売上高推移

【図1】中小企業の売上高推移
(出典:中小企業庁「2023年版中小企業白書・小規模企業白書概要」(2023年4月)
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/ 20230428003/20230428003-1.pdf)

【図2】中小企業従業員過不足DIの推移(業種別)

【図2】中小企業従業員過不足DIの推移(業種別)
(出典:中小企業庁「2023年版中小企業白書・小規模企業白書概要」(2023年4月)
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/ 20230428003/20230428003-1.pdf)

【図3】コロナ関連融資の返済開始時期の実績と見通し

【図3】コロナ関連融資の返済開始時期の実績と見通し
(出典:中小企業庁 中小企業政策審議会金融小委員会(第7回)配布資料
「資料2 事務局説明資料」(2022年11月)をもとに作成
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/shingikai/kinyu/007/02.pdf )

【図4】エネルギー・原材料価格の高騰による企業業績への影響(経常利益)

【図4】エネルギー・原材料価格の高騰による企業業績への影響(経常利益)
(出典:中小企業庁「2023年版中小企業白書・小規模企業白書概要」(2023年4月)
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/ 20230428003/20230428003-1.pdf)

【図5】中小企業の経営者年齢の分布(年代別)

【図5】中小企業の経営者年齢の分布(年代別)
(出典:中小企業庁「2023年版中小企業白書・小規模企業白書概要」(2023年4月)
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/ 20230428003/20230428003-1.pdf)

経営環境の変化に加え、中小企業はいくつかの課題も抱えており、「一つは、新型コロナで経験した経営環境の急激な変化への今後の対応が求められ、事業継続性計計画(BCP)の必要性への認識が高まったことが挙げられる。もう一つは、海外企業や大企業がDXを推進することで、これまで中小企業の市場であったニッチな領域まで進出してくる脅威だ。こうした経営課題の解決策として有効なのがDXになる。その理由は次のとおりである。まず、DXを推進することによって、企業はデータドリブン経営により環境変化にプロアクティブかつ迅速に対応できる。また、DXにより業務プロセスを変革することで、業務の効率化と品質の向上に加え、新たな顧客価値を獲得できるため、ビジネスモデルを変革し競争力を高めるうえでも有効である。さらに、重要なのは自社だけでなく、取引先やサプライチェーン全体との連携を通じてDXに取り組み、取引プロセスを変革することである」と野村氏は指摘する。

中小企業のDX取組実態

コロナ前と比べDXの取り組みが確実に進展

中小企業のDXの取り組みはコロナ前と比べ、確実に進展しているという。感染症対策のため、オンライン商談やテレワーク環境の整備が必要になり、リモート会議等のオンラインコミュニケーション、業務システムのクラウド化、モバイル等の導入や利活用が進んだ。また、ペーパーレス化や押印レスの実現のために書類の電子化やワークフロー等の導入も進んだ。これまでIT活用に積極的ではなかった企業も、BCP対策の観点や取引先からの要求もあり、ITの重要性・有効性を認識するきっかけとなった。

中小企業のDXの取り組みの特徴

中小企業はDXの進展が大企業に比べ遅れている一面もあるが、DXの意思決定は大企業より早いという特徴もある。ITコーディネータが企業のDXを支援しているが、大企業の場合は、様々なリスクを考えた上で常に100点の支援をしないといけない。一方、中小企業の場合は、速攻性が必要で、分析が長引くと環境が変わるため、経営者の早めの判断が求められ、その意思決定も早いということである。例えば、クラウドを導入する場合、複数の製品がある中で、まずは一つの製品を使用してみれば、その効果と課題が分かる。自社に合わなかったら、そのクラウドの使用は3カ月で止めてもよいので、すぐに別の製品に変えて、使用してみて、自社に合う製品を見つけるまで、スピーディーなトライアンドエラーを続ける。

中小企業のDXの現状と課題

中小企業のDXは進展しているが、その取り組み内容として、コスト削減や業務の効率化等の守りのIT活用のウエイトが大きく、顧客拡大・付加価値向上等の攻めのIT活用ができている中小企業はまだ多くないのが現状である。

また、中小企業はDX推進にあたり、人材面や資金面などの課題に対応する必要があるとのことで、野村氏からは以下3点の課題が指摘された。

① 経営者のDXに対する理解の不足

新型コロナの影響でDXへの認識が高まったが、経営者の理解が不足している企業がまだ存在している。例えば、変革の必要性を認識していない。DXとIT化の違いを理解していない。DXを理解していないため、DXの前に優先すべき事項が多い。対応策としては経営者への啓発が必要である。

② ノウハウと人材の不足

中小企業は大企業に比べ、DXのノウハウと人材が不足がちで、ベンダーに依存する傾向がある。新たな人材確保が難しい中、既存人材のリスキリングとITコーディネータ等の外部の支援者の活用が必要である。

③ 資金の不足

中小企業は資金面においても不足がちであるが、特に、コロナ前に業界に特化したシステムを導入した企業の中に、古いシステムのメンテナンスで困っている企業もある。自社の業務に特化したシステムであるため、移行は簡単ではなく、場合によって、システムを移行するには2~3億円のコストがかかるケースもあり、こうした状況によりDXを推進したくてもできない中小企業もある。このような資金不足への対応として、まずは公的施策の活用や低コストで実現できる方法を知る必要がある。また、すぐにできる業務の効率化を進め、削減したコストをDX推進に投資する対応方法もある。

サプライチェーンの連携でDXを推進
-中小企業共通EDI-

また制度面では、中小企業の喫緊の課題として、2023年10月から開始されるインボイス制度[5]への対応と、2023年末の改正電子帳簿法[6]の猶予期間の完了への対応が挙げられる。インボイス制度と改正電子帳簿法へ対応するために、取引相手との電子取引データ等の交換と保存が求められる。したがって、自社が注文書や請求書の交換をデジタル化したくとも、相手が対応していなければ、従来の非効率な紙の書面による対応を継続せざるを得ず、DXの推進の大きな障壁になっていると野村氏は指摘する。この課題を解決するために、中小企業庁では、中小企業の受発注業務を電子化し、関連のデータを活用するための仕様として「中小企業共通EDI」の仕様を策定し、実証事業により、その効果が確認され普及が進められている。中小企業共通EDI(EDI=Electronic Data Interchange:電子データ交換)とは、「ITの利用に不慣れな中小企業でも、簡単・便利・低コストに受発注業務のIT化を実現できる汎用性の高い仕組み」と位置づけられている。受発注業務が中小企業共通EDIにより標準化されることで、取引先ごとに用意していた専門端末や用紙が不要となり、伝票をデータで一元的に管理できるほか、①業務効率アップによるコスト削減②人的ミスの軽減③過去現在の取引データの検索の簡素化を実現できる[7]。これまでの大企業を中心として利用されてきたEDIもあるが、コストが高く中小企業が利用することが難しかった。そのため、中小企業共通EDIは、中小企業でも安価に使用できるEDIの仕様として開発された。実証事業では、受発注企業ともに約50%程度の業務時間削減効果が確認されており7、DX推進の一環として、共通EDIの導入により企業間取引のデジタル化による取引プロセスの変革に取り組む企業も増えてきているという。また、ITコーディネータ協会は中小企業共通EDI標準仕様の維持管理と、仕様に準拠したITツールの認証を行っており、企業の導入をサポートしている(図6、7)。

【図6】中小企業共通EDIの構成

【図6】中小企業共通EDIの構成
(出典:ITコーディネータ協会資料)

【図7】中小企業共通EDIの目指す姿

【図7】中小企業共通EDIの目指す姿
(出典:ITコーディネータ協会資料)

中小企業におけるDX支援実態

中小企業のDX相談先としては、よろず支援拠点などの公的支援機関、商工会議所・商工会、金融機関などが提供する相談窓口やITべンダーが挙げられる。DXを推進するには、より高度なIT知識が必要になることに加え、経営や事業変革を伴う場合も多いため、企業に密着した伴走支援が必要になり、支援機関やITべンダーによる対応には限界がある。

そこで、経営とITの知識を兼ね備え、企業の伴走支援にも対応できる「ITコーディネータ」の必要性が高まっており、人材紹介の問い合わせも増えている。金融機関がDX支援サービスを強化するための人材として、担当者にITコーディネータ資格を取得させるケースも増加している。また、IT   コーディネータの中でも、企業間のデータ連携の仕組みである中小企業共通EDIのノウハウを持つ「共通EDI推進サポータ」は、「複数の企業が連携して取り組むべき経営課題の解決に対して、面的な支援が行える人材として評価されている」とのことだ。

中小企業のDXについての今後の展望

今後DXが進展すると予想される中小企業の特徴

新型コロナへの対応の必要性が後押しし、中小企業のDXが着実に進展しているが、野村氏は新型コロナ収束後もDXが進展する中小企業には次のような特徴があると指摘する。

  1. 業種業界として、古い体質の業界はDXが難しく、新しい業界に属する企業、スタートアップの方が進めやすい。また、企業より個人によるIT活用が進んでいるため、BtoBと比較してBtoCビジネスの企業が比較的DXを進めやすい。
  2. 創業年数が長い企業でも経営者の代替わりでDXが進む。また、経営者が危機感・変革意識を持っている企業がDXを進めやすい。
  3. 自社の製品、サービス、ビジネスモデル、業務プロセス、販売方法等に強みを持っている企業がDXを進めやすい。
  4. 人材面について、ある程度のシステム修正を自社で対応可能なIT人材が存在する。もしくは、外部の支援人材を適切に活用している企業がDXを進めやすい。
  5. 他社との連携の必要性を認識して積極的に進めている企業がDXを進めやすい。

今後中小企業のDXが進展する要因と具体的な取り組み領域

今後は、政府によるデジタル化推進施策、生成AI技術を始めとしたIT技術の進歩と低価格化などの要因により、中小企業のDXがさらに進展すると見込まれる。具体的に、今後中小企業のDXが進展する要因として、以下の点が挙げられる。

  1. 国のデジタルインボイスやデータ連携基盤の取り組みの加速
  2. 電子帳簿保存法等の法的要求
  3. 国の施策や補助金等の充実
  4. 生成AIの実用化の加速、IT技術の進歩と価格の低下
  5. 市場の競争激化
  6. 金融機関からのアプローチ(DXを進めていない企業は評価が低い)
  7. 人材が育ち、経営者承継(代替わり、若返り)
  8.  ITコーディネータ・共通EDI推進サポータによるDX推進支援体制の整備
  9.  中小企業共通EDIによる安価な価格での企業間取引のデジタル化の実現。

また、今後中小企業のDX が進展すると予想される具体的な取り組み領域としては、以下が挙げられ、生成AIやメタバースなど新たな技術の活用によりDXの進展が期待されている。

  1. AIが活用できるものはすべて急速に進む(特に生成AI)
  2. 顧客とのコミュニケーション、デジタルマーケティングによる製品・サービス開発
  3. 企業内の業務システム間および企業間のデータ連携
  4. 更なる業務効率化(自動化)
  5. メタバースへの参入

まとめ

中小企業は大企業に比べ、DXの進展が遅れているものの、コロナ前に比べDXが着実に進展している。その背景には、感染症対策への対応のため、オンラインコミュニケーションやテレワーク環境の整備が求められ、DXの必要性への認識が高まったことがある。また、新型コロナ収束後も、人手不足の深刻化や財政難などの課題を抱えている中小企業が多く、その解決策となるのがDXによる業務プロセスやビジネスモデルの変革である。

一方、中小企業はノウハウが不足しているため、外部によるDX支援が求められる。中小企業のDX支援にあたっては、ITだけでなく、経営とIT両方の知識を備えているITコーディネータが活躍している。また、中小企業のDXの取り組みの特徴としては、中小企業では速効性のあるものが必要で、迅速な意思決定の下、自社の課題に効果があるITツールを導入するために、トライアンドエラーを大企業よりもスピーディーに行っており、アジャイル型の支援を求めていることである。あわせて、取引先を含めたサプライチェーン全体の連携によるデジタル化の対応が中小企業のDXをさらに進展させている。

今後は、政府によるDX推進政策や、IT技術の進歩などにより、中小企業のDXがさらに進展すると期待できる。例えば、生成AI技術は業務効率化と人手不足への対応として既に採用している企業もあるが、中小企業でも手軽に導入・活用できるため、こうした新たな技術の普及によって、中小企業と大企業の間のDXの格差が徐々に縮小されると予想できる。

また、中小企業のDXを支援するためには、政策のサポートだけでなく、中小企業共通EDIのような業界連携など産業界自らの取り組みが今後より重要になるだろう。

[1] IPA『DX白書2023』(2023年3月)https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108041.pdf

[2] ITコーディネータ協会について https://www.itc.or.jp/society/activity/

[3] ITコーディネータ制度の概要 https://itc-shikaku.itc.or.jp/wp-content/uploads/2023/06/ ITCseidogaiyou_202304.pdf

[4] ITコーディネータ協会会長の挨拶は下記のURLに記載されている。 https://www.itc.or.jp/society/ greeting/

[5] 国税庁「インボイス制度の概要」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice_about.htm

[6] 国税庁「電子帳簿保存法の内容が改正されました」 https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/pdf/0023003-082.pdf

[7] 中小企業庁「中小企業共通EDI」 https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/gijut/edi.htm

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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