ICT雑感:ChatGPT同士のカオスな漫才 〜緊張と緩和の果てに〜

ザキヤマさん「よしこさんを僕にください! お願いします!」
柴田さん「はっきり言うぞ。お前に娘をやる気はサラサラないよ!」
ザキヤマさん「だ〜け〜ど〜?」
柴田さん「だけどじゃない! 何お前、この状況で……だけどじゃないんだよ!」
真剣な面持ちで彼女の父親に結婚の許可を求める彼氏役のザキヤマさん。これを間髪入れずに全否定する父親役の柴田さん。そこからまさかのザキヤマさんのおどけた「だ〜け〜ど〜?」の切り返しに、当時、大学生だった私はテレビの前で腹がよじれるほどに笑い転げ、危うく呼吸ができなくなるほどだった。
上方落語家の故・桂枝雀師匠は、笑いの「緊張と緩和」理論を提唱したというが、まさにそれを体現したようなやり取り。お笑い好きの方であれば、2004年のM1グランプリチャンピオンのお笑いコンビ、アンタッチャブルが決勝戦ファーストラウンドで、当時過去最高となる673点を叩き出したこの伝説のネタを覚えているかもしれない。なんだこのスピード感、なんだこの熱量はと。「ん、それで? え?」と、時にオチのない話をしては、すべり芸人のような空気感を味わってきた自分としては、ただただ、こうしたプロの漫才師の手腕には今も憧れしかない。
あぁ、漫才。そんなことできたらいいなぁと時に思いながらも、ネタをつくることも、ましてや人前で披露することもなく生きてきた。けれど、そういえば最近はAIがなんでもできるよなぁ……。そう思いながら風呂にぼんやり浸かっていたある日、「あぁ!……」と閃いた。米OpenAIが5月に発表した最新生成AIモデル「ChatGPT-4o」の音声機能を使って一緒に漫才をしてみようと。いや違う、自分がやってもネタに広がりもない。そうだ、ChatGPT同士にアドリブの漫才を披露してもらおう――。
そう思い立ったら居ても立ってもいられない。ChatGPTのアプリをダウンロードし、別々のアカウントでログインしたスマホ2台を並べた。そして、ボケ役のChatGPTには、アプリ内で「Ember」という名の付いた音声モデル、ツッコミ役のChatGPTには同じく「Cove」という名のモデルを指定した。その声色はそれぞれ、まるで日本語検定1級を昨年取得したような、日本語に相当流暢な欧米人男性といった印象である。その陽気さと落ち着きを兼ね備えた語り口には、ぐっと惹き込まれる。私は“二人”をそれぞれ師匠と呼ぶことにした。そのうえで、それぞれにこうお願いした。
「あなたはこれから漫才をします。アドリブでコンビニをテーマにボケ役/ツッコミ役をやってください。」
この無茶ぶりに対し、“二人”の師匠は「了解しました!」と快諾、意気揚々とそれぞれ一人漫才を始めた。さっそく“二人”して、全く了解していない、というボケをかましてくる。このため「私が合図するまで待ってください」と、話したがりの師匠たちをなだめながら、タイミングを合わせて何とか漫才を始めてもらった。
その着地点はまさに想像がつかない展開となった。つかみは「Ember」師匠がコンビニでポイントカードを毎回作らされそうになる、そしてアイスクリームを店員に温められるとのハプニング、続けておでんを買おうとしたら、汁しか残っていないというスピード感ある展開に。そこで「Ember」師匠が突如、おでんの「出汁」を「だしる」と言い放つと、「Cove」師匠も冷静に「“だしる”だけって、ちょっと寂しいなぁ」と合わせてきた。まさに「緊張の中の緩和」である。
後半は、「外はカリカリ、中はフワフワ」のコンビニのメロンパンの魅力を互いに絶賛しつつ、「今度、絶対に美味しいメロンパンを食べに行こうね!」と盛り上がる“二人”。まるで放課後帰りの女子高生のようなやり取りである。ただ、師匠たちもそこからネタ切れとなったのか、お気に入りの美味しいメロンパンを探しに旅に出よう、とイチャイチャし合うだけの展開に陥った。この状況に、私も耐え切れずに「もうええわ、二人とも」と、関西人でもないのに外野からツッコんでみるも、それも「Cove」師匠の発言に飲み込まれ、結局、エンドレスに漫才が終わらない、というまさにカオスの状況となった。流石である(図1、2)。
印象に残ったのは、「Ember」師匠がボケとも言いきれない「Cove」師匠の突然のネタ振りに、怒りもせず、否定もせず、しきりに「分かるで」のスタンスで、優しく同調に徹したところである。そのツッコミの役割を超えた新たな境地のお笑いスタイルに、私もツッコむことさえ憚られた。やはり流石である。
そもそも、ウケる漫才とはどのようなものだろう。そう思ってネット検索をしてみると、お笑いコンビ、ナイツの塙氏が「7割は内容、3割は2人の呼吸」と述べていた。なるほど、果たして今回の師匠同士の漫才の内容はどうであっただろうか。素人の私には分からないけれど、少なくとも「呼吸」については、正直、たどたどしさが感じられた。6月末現在、ChatGPTのアプリ内では、今後数週間のうちに新しい音声モードをリリース予定と案内されているが、これが実際にリリースされれば、このあたりの「呼吸感」はより改善されるのかもしれない。いずれにせよ、今回、ざっくりとしたプロンプトで、アドリブ漫才をお願いした私が悪いのだと反省した。ただ、やはり一気に惹き込まれるネタの展開、その絶妙な間合いとテンポ、臨場感溢れる表情の変化。そうしたトップ漫才師の方々が醸し出す芸の領域に辿り着くのは、現状はまだまだ難しいように感じられた。
ただ、もしかしたら、である。そう遠くない未来に、より進化した大規模言語モデル搭載の人型ロボットが登場したらどうなるだろうか。それが、過去の膨大なお笑いネタを追加学習した漫才特化ロボットとして。そこには当然、歴代の芸人の方々が創作してきたネタに対する著作権の問題なども絡んでくるかもしれないけれど、とりあえず、そうしたことは少し横に置いてみて、AIロボットがお笑い賞レースに挑んでくる――?
まるでSF作家の故・星新一の世界のようだけれど、もしもそんなことがあったらと、風呂に浸かっては妄想が膨らむ。「それで? え?」と言われても、もう大したオチも浮かんでこないけれど、昨今の想像を超える先端技術の進歩の数々を前にすると、決してありえない未来でもないような気がしている。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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池田 泰久 (Yasuhisa Ikeda)の記事
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