地域の未来を拓くICTシナリオ ~波及効果から読み解く戦略的産業支援の可能性

近年、地域経済の活性化を推進する上で、ICT(Information and Communication Technology)は不可欠な要素となっている。デジタル田園都市国家構想やスマートシティ政策の進展により、ICTは単なる一産業という範ちゅうを超えて、地域の構造変革の原動力となることが期待される。
ICTの導入は、地域の産業構造を変革し、新たな雇用機会を創出する可能性を秘めているが、地方自治体がICT関連施策を進める際には、地域の特性や強みを生かした戦略的なアプローチが求められる。本稿では地域経済の分析に基づいた戦略的なICT導入による産業支援がもたらす経済効果の可能性について述べる。
特化係数にみる地域経済の潜在力
地域の産業構造を分析する手法の一つに「特化係数」がある。これは、特定の産業が地域内でどれだけ集積しているかを示す指標であり、地域の強みや弱みを定量的に明らかにする。
表1は、弊社が策定を支援した宜野湾市産業振興計画における産業分析で使用した特化係数の例である。数値が1以上(着色部分)の場合は、当該産業に強みがあることを示している。

【表1】宜野湾市産業分野の特化係数(経年推移)
(出典:第三次宜野湾市産業振興計画
https://www.city.ginowan.lg.jp/material/files/group/18/3sangyousinkoukeikaku.pdfをもとに筆者加筆)
このデータを読み解く際に気を付けなければならないのは、地域内で働き暮らす人々に必要な産業と、地域外から“外貨”を稼いでくる産業とは、性格が大きく異なることである。この点で鍵を握るのが、「基盤産業」と「非基盤産業」の違いである。
基盤産業とは、地域外の顧客や需要者を対象とし、地域外から収入を獲得する産業を指す。観光業や製造業、ICT・コンテンツ産業などが典型例であり、地域経済における外貨の流入源である。一方、非基盤産業とは、基盤産業から派生する需要によって成り立つ地域内向けのサービス業等を指す。建設業や医療・福祉などがこれに当たる。両者は共存関係にありつつも、基盤産業が拡大することによって初めて、非基盤産業の活性化が可能になるという構造的特徴を持っている。
宜野湾市の例では、基盤産業に限定すると、製造業、情報通信業、卸売業・小売業(ただし、このうちの観光客向けのみ)、宿泊業、飲食サービス業の特化係数が平成24年、平成28年、令和3年と継続的に高い傾向がみられる。つまり、これらの産業が宜野湾市経済の中心となる強みのある産業であり、ICT導入によって更なる地域経済の成長を導く潜在力を秘めているといえる。
ICT導入がもたらす経済波及効果
ICTの導入は、地域経済に多大な波及効果をもたらす。宜野湾市の産業振興計画には、前述の強みのある産業についてICT導入による経済波及効果がどの程度期待できるのかについて、弊社が行ったシミュレーション結果が記載されている。
ここでいう経済波及効果のイメージは図1のとおりである。ある産業でICTを導入することで当該産業の売上等が増加すると、その産業の中間サービスや原材料の購入が拡大することで他産業の売上等も増加する。地域内産業の売上等の増加額をすべて合わせたものが経済波及効果である。
製造業から食料品製造業、卸売業・小売業から飲食料品小売業を抽出して成長シミュレーションを行った結果が表2のとおりである。

【表2】ICT利用が進展する場合のシミュレーション結果一覧
(出典:第三次宜野湾市産業振興計画https://www.city.ginowan.lg.jp/material/files/group/18/3sangyousinkoukeikaku.pdf)
食料品製造業がICTを導入することで9億4,900万円の売上増加が見込めるが、食料品製造業が生産を行うためには原材料となる農林水産業の産物、梱包材、製品出荷のための輸送サービス等様々な製品・サービスが必要となるので、その他の産業の売上も増加する。これらが他産業への波及効果であり、農林水産業で2,100万円、製造業で6,600万円等を合計した全産業で2億1,700万円となる。したがって、ICT導入による市内経済の拡大効果は食料品製造業自身の分と波及効果とを合わせた11億6,600万円となる。このうち、原材料の購入費を引いた儲けの部分が付加価値増加額4億7,800万円である。さらに、各産業で売上増加が生じる際には新たに従業者を増加させる必要が生じるが、これらの雇用創出効果を合わせると全産業で従業者増加数は31人となる。また、市の税収増加額[1]は600万円となっている。
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おわりに
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[1] 市町村民税の個人分と法人分の値のみを算出している。
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