2016年5月2日掲載 ICT利活用 風見鶏 “オールド”リサーチャーの耳目

シェアリングエコノミーの懸念―身近の民泊への不安



今年2月29日付の日経新聞朝刊に「日本でもシェア経済を根付かせたい」と題する社説が掲載され、シェアリングエコノミーの普及・拡大の必要性が取り上げられていました。シェアリングエコノミーは全世界的な潮流であり、これまでにない社会経済構造を生み出す力を持っているので、政策レベルでも経済全体の生産性を引き上げる利点があることを示していました。

確かに、訪日外国人2000万人のインバウンド需要創出策のなかで当面問題となっているタクシー不足、旅館・ホテル不足を解消する方策として、個人の自家用車を活用した配車サービスや使っていない部屋や家を旅行者に一時的に貸し出す(宿泊させる)民泊が話題を集めています。前者の自動車の配車サービスではUBERが、後者の民泊では、Airbndが世界的に有名で、実際、世界中で利用できて既に旅行者・訪問者や出張者にとってはどこでも、いつでも低価格で便利に使えるサービスとして定着しています。日本でもこうしたシェアリングエコノミーを普及して、新しいサービス需要に応じられるよう制度整備と規制改革を実施すべしとの声が大きくなっています。もちろん、配車サービスや民泊に限らず、それ以外の物やサービスを広くシェアして活用していこうとする新しい流れは、近年のICTの浸透、特にスマートフォンの普及によって支えられているだけに、ICTの活用こそ、これからの経済成長の原動力と考えている私にとっては大いに歓迎すべきことと考えています。ただし、シェアリングエコノミーにも限界があり、適用すべき場所や環境を配慮しないと逆に大きな問題を引き起こし、さらに将来にツケを大きくして残すことにもなりかねないことを指摘しておきたいと思います。

シェアリングエコノミーは、スマホの普及を前提にしてICTを活用したマッチングに特色があり、需要側と供給側とをオンラインで短時間(瞬時)に付合して実現するものです。まさにオンライン上で市場を成立させて多数者の需給をマッチングし取り引きを成立させています。この点では広義には最近何かと話題となっている新しい金融取引(Fintech)にも、こうした資金需要(借入)者と資金供給(貸出)者とを合致させるのにICTやAIを用いるマーケットプレイス取引とも通ずるものです。問題となるのは、その際のマッチング取引での品質、信頼性です。

即ち、ICTを活用したオンライン上のマッチングでシェア取引を成立させるので、継続的な関係は想定されず一時的な取引となることから、相手側の事情、サービス内容・水準、トラブル発生時の保証など、一般に見られる品質面での確認が十分行なわれないということです。こうした品質確保の担保となるのは、継続関係から生み出される評判(のれんとも言う)であり、クレジットカード会社などによる信用調査・保証というのがこれまでの通例でしたが、シェアリングエコノミーではこうした個別の評判・保証を多数の利用者の声(Web上の書き込み)を公開することで解決しています。つまり、物やサービスをシェアしているだけでなく、評価・保証、品質という継続を前提とした対応から、利用者の声を公開することで情報もまたシェアしています。これこそシェアリングエコノミーの本質だと考えます。

ところで私自身、このシェアリングエコノミー拡大のなかで1点不安に感じていることがあります。それは、既存業界の既得権益や業界秩序、該当産業の構造変化への懸念といった大きな経済問題ではなく、市井の生活者としての社会問題といえるものです。それこそ民泊についての不安です。隣近所の民泊がもたらす住環境の悪化、日常生活への悪影響への不安が忍び寄ります。民泊がシェアリングエコノミーの中心課題となるのは、訪日旅行者の宿泊施設不足があるからであり、加えて全国的に拡大している空き家対策につながるからということが言われています。しかし現実に民泊の浸透で問題が顕在化しているのは、都会地の駅や観光地・繁華街近くの集合住宅、特に居住者の多い分譲マンションなのです。大規模の分譲マンションは利便性が評価を決めますが、分譲後はそのマンションの管理状況が個人所有物件の資産価値を左右するのが実態です。管理会社の業務執行はもとより、そのマンションの管理組合の活動もまた重要な要素となっています。こうした日常管理のなかで大きな困難となるのは、ゴミ出し、生活騒音、近隣関係など多数の人が1つの建物に集まって居住し生活する上でのコミュニティーの決まり事を住民が守り合っていくことに尽きます。多くのマンション管理組合の悩み事であり、総会や理事会での議題となっていると思います。

そこで民泊の拡大への不安が差し迫った問題となっています。特定の地域のマンションでは多くの苦情が寄せられていると聞いています。実際のところ、多くのマンションの場合、標準管理規約が採用されているようですが、その標準規約第12条で「区分所有者は、その専有部分を専ら住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない。」と規定しているので民泊を実質的に禁じています。これは分譲マンションで国家戦略特別区域法に基づく民泊を行う場合、標準管理規約を採用している場合には規約の改正が必要であるとの見解を国土交通省が示していることで分かります。しかし現実の懸念は別にあって、一部の住戸が管理組合に無断で民泊用に貸し出されトラブルになっている事例が発生していることです。マンション住民全体の生活面のトラブルとなる恐れのある民泊を安易に分譲マンションに拡大適用することは回避してもらいたい、また万一、無断で違法・管理規約違反で民泊が行われた際の解決策をあらかじめ検討し策定しておいてもらいたいと願うものです。

シェアリングエコノミーにおける品質評価の担保が多数の利用者の声の公開、即ち、情報の開示に基づくと述べましたが、この情報開示の範囲に需要側と供給側の利用者だけでなく、広く街の声、マンションや近隣住人の声、町内会など利害関係者の声なども取り上げ公開する方途や機会をマッチング事業者は工夫しておく必要があります。ICT活用時代には、それに相応しい幅広い情報開示と多くの利害関係者の声が反映できるからです。また、こうした関係者の間のトラブルが生じた際に解決する第三者の存在も併せて求められます。マッチングを中核とするシェアリングエコノミーには、当事者相互が具体的に目に見えなかったり、当事者以外にもその行動の影響が及ぶことが認識されなかったり、いろいろな新しい課題が想起されます。これまでの一物一価的な市場取引とは別の取引ルールやモラルが必要となりますので、そこでもICTの利活用を広く検討しておくことが望まれます。

冒頭の日経新聞の社説のように、前向きにシェアリングエコノミーを捉える姿勢は、何より現下の経済情勢や国際競争力、規制緩和による成長戦略を踏まえると重要なことは十分に理解できますが、逆にあまりにシェアリングエコノミー礼賛が過ぎると、規制に守られた業界秩序を打破して顧客主導の市場を創造するというプラスの効果だけでなく、現実の日常生活の安寧、安心・安全にダメージを与えてしまうことにもなりかねないことに注意が必要です。多義的にバランスを取るためにもICTを使うことができます。民間事業者だけでなく、業界や行政・マスコミもICTを活用して多くの声を集め・聞き、健全なシェアリングエコノミーの発展に貢献してくれることを願っています。

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