2023.8.30 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

サイバネティック・アバターとプライバシー ~3段階の展開・転回を踏まえて~ 「サイバネティック・アバターの法律問題」 連載5回

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1.CAとプライバシー

サイバネティック・アバター(CA)において、プライバシーが重要な法律問題として指摘されている[1]。例えば連載第3回において検討したVTuber裁判例の中にも、(秘匿されていた)VTuberの「中の人」が誰であるかを暴露したことがプライバシー侵害とされた事例等が含まれている[2]

ここで、プライバシーについて、山本龍彦は三段階の展開・転回を指摘する。すなわち、プライバシー論は、歴史的に見て、「宴のあと」事件[3]における古典的な私生活秘匿権から自己情報コントロール権へ、そして構造論へと展開・転回しているという[4][5]。本稿は、このような三段階にわたる展開・転回を踏まえ、CAとプライバシーの問題を私生活秘匿権(2)、自己情報コントロール権(3)、そして構造論(4)という3類型に分けて検討する。

なお、CAとプライバシーに関する重要論文として、石井夏生利「サイバネティック・アバターとプライバシー保護を巡る法的課題」[6]や同「アバターのなりすましを巡る法的課題:プライバシー保護の観点から」等[7]、CAのプライバシーを「なりすまし」の観点から検討する論文がある。たしかにCAの「なりすまし」は重要な問題である[8]。しかし、なりすましという問題に関連する権利利益は、プライバシー以外にも肖像権、名誉権、氏名権、アイデンティティ権等多岐にわたる。よって、第8回において「なりすまし」について別途総合的に検討したい[9]

また、いわゆる自己決定権や自律権としてのプライバシーも重要であるものの、本稿はいわゆる情報プライバシーに限定して検討する[10]

2.私生活秘匿権

(1)「宴のあと」基準

宴のあと事件においては、いかなる場合に私生活の公開が違法となるかという文脈において、「公開された内容が(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立つた場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによつて心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要とし、このような公開によつて当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とする」と判示されている。すなわち、私生活の公開事案で、①私事性、②秘匿性及び③非公知性の要件を充足した場合にプライバシー侵害となることが示されたものである。現時点でも様々な裁判例において、この「宴のあと」基準が適用されている[11]。この基準が適用される典型例はVTuberの中の人を晒す行為によるプライバシー侵害の事案である[12]

なお、プライバシー侵害について違法性阻却が問題となることがある。一般には比較衡量による判断の結果として、違法性の有無や受忍限度の範囲内か否かが判断される。例えば最高裁は、前科に関し、ノンフィクション逆転事件[13]では「ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない」とした。長良川事件[14]においても、最高裁は、上記ノンフィクション逆転事件を引用して「プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立する」とした上で「本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位、当該犯罪行為の内容、これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度、本件記事の目的や意義、公表時の社会的状況、本件記事において当該情報を公表する必要性など、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し、これらを比較衡量して判断することが必要」としている。

(2)CAの活動の保護

ア 秘匿性が認められ得るCAの活動

CAは様々な活動を行っているところ、CAの活動の中には例えばVTuberがその配信する動画内で実施する活動のように、基本的にプライバシーの問題がないようなものはあるだろう[15]

しかし、CAの活動内容によっては秘匿性を有することもあり、それがますます増加していることを指摘しておきたい。例えば「お砂糖」とも呼ばれる恋愛関係等がメタバース上で成立するところ、そのような関係にあるCA同士のメタバース上における活動に秘匿性が認められることはあるだろう。また、メタバースで寝る人も増えているところ、寝言等の睡眠中の言動にも秘匿性が認められることはあるだろう。

そして、アバターを透明化して他人(この場合はプライバシー侵害の被害者)に見えないようにすることで、密かにこのような様子を覗き見たり、メタバース上のワールドの設計の際に、当該ワールドにおいて発生しているCA同士のやり取りをすべて密かに録画したりすること等は、技術的には可能である。

このような秘匿性が認められるCAの活動が、例えば2人だけのプライベートな空間で行われていれば、非公知性があり、それを密かに公開する等の行為は受忍限度を超えると判断されるだろう[16]

イ メタバースのオープンスペースでの活動に関する議論

しかし、公道等のいわゆるパブリックスペースにおける行為については、撮影等を受忍すべきだとされ、少なくとも、違法性が阻却されないかを比較衡量に基づき判断する際において本人にとって不利に解される可能性がある。そして、CAについても「プライベート性のないメタバース上の空間について、公道などと同じく撮影等を受忍すべきパブリックスペースと捉えるべきかは、引き続き議論すべき課題との見解も示されている」[17]とされる。

ここで、メタバースでは特定少人数のみに限定した交流が可能な空間が構築され、その中において秘匿性の高い内容も含む情報のやり取りがされているという場合がある。このような空間であれば、パブリックスペースという理解は及ばないだろう。

問題は、一応オープンワールドであって、誰でも自由に入ることができるものの、時間帯であるとかそのワールド全体における位置関係等を踏まえ、(本人たちが既に想定している一部の人を除く)他人に見られることはないだろう、と考えて行った活動である。このような、潜在的には誰でも見ることができるものの、実務上は見られないという状況をどのように評価すべきか、以下非公知性と違法性阻却事由について検討しよう。

ウ 非公知性

一般には、一部で公開し/されているだけでは、ただちに非公知性は否定されないとされている。

例えば、石に泳ぐ魚事件控訴審[18]は、「被控訴人の顔に大きな腫瘍があること」も含めた事実関係を「いずれも被控訴人がみだりに公開されることを欲せず、それが公開されると被控訴人に精神的苦痛を与える性質の事実というべきであるから、本件小説の公表はプライバシーの侵害に当たるというべきである」としている[19。そして、普段の生活で顔を晒しているからといって、その外貌に関わる事実を本人の意思と関係なく公刊物で公表してよいことにはならないとも指摘されているところである[20]

また、インターネットに関し、既に一部掲示板やSNSで同種の投稿がされていても、それだけを持って非公知性は否定されないとする裁判例が多い[21]

そこで、いわばメタバースの片隅で潜在的には誰でも見ることができるものの、実際上はほとんど誰にも見られないという状況において行った行為というのは、それが単に見ようと思えば見ることができたというだけで、直ちに非公知性は否定されないだろう。

エ 違法性阻却事由

そして違法性阻却事由についても、その具体的な状況において問題となる事実を公表されない法的利益がどのようなものかに基づき判断されるだろう。

例えば、メタバースの規約がどのようになっているか、そのメタバースを利用するCAユーザーの間においてそのような行為が公開されることを予期しているか(CA同士の撮影を含む交流においてどのような慣習があるか)、何らかの予期がされていたとして、具体的な撮影や公開の態様等がそのような予期の内容と合致しているか等が判断要素とされるのではなかろうか。

なお、「カメラ画像利活用ガイドブックver3.0」[22]や「犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会報告書」[23]等の議論は一定程度参考になるものの、その状況において撮影されていることが予見される/予見できるようにしているか、という点において、リアルワールドとメタバースでは相違がある場合も多いように思われる。だからこそオープンメタバースにおいては運営事業者がガイドライン等を公表して、そのような予見を可能とすることが重要である。

InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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3.自己情報コントロール権

4.構造論

5.CA活動の自由を守るために

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

  1. 誠子夜火猫(金子敏哉)「知的財産権の対象としてのアバターの名前・肖像(あるいは私自身)」法学教室2023年8月号を参照。なお、メタバースにおいても参照の可能性の高いプライバシーに関する書籍として、斉藤邦史『プライバシーと氏名・肖像の法的保護』(日本評論社、2023)は必読である。
  2. 東京地判令和2年12月22日(D1-law文献番号29063032)及び東京地判令和3年6月8日(D1-law文献番号29065053)参照。
  3. 東京地判昭和39年9月28日下民集15巻9号2317頁。
  4. 山本龍彦『プライバシーの権利を考える』(信山社、2017)3頁以下。
  5. なお、近時、いわゆる四段階目として、曽我部説(例えば曽我部真裕「憲法上のプライバシー権の構造について」毛利透編『人権II』所収)や音無説(音無知展『プライバシー権の再構成:自己情報コントロール権から適正な自己情報の取扱いを受ける権利へ』(有斐閣、2021))等が論じられることがある(その批判的検討につき、斉藤前掲注1・28頁以下)が、ここでは言及しない。なお、斉藤は、最高裁がプライバシーに「属する」情報(プライバシー固有情報)と「係る」情報(プライバシー外延情報)を区別(斉藤前掲注1・84頁以下)するとした上で、人格的自律権説では自己情報コントロール権の枠外とされるプライバシー外延情報について、私人間における手段的・予防的保護法益を補完的に提供するものとして信頼としてのプライバシーの意義を論じる(斉藤前掲注1・101頁)。
  6. 石井夏生利「サイバネティック・アバターとプライバシー保護を巡る法的課題」人工知能36巻5号(2021)578頁以下。
  7. 石井夏生利「アバターのなりすましを巡る法的課題:プライバシー保護の観点から」情報通信政策研究6巻1号(2022)1頁以下。
  8. メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理」(2023年5月)<https://www.kantei.go.jp/ jp/singi/titeki2/metaverse/pdf/ronten_seiri.pdf>(2023年8月10日最終閲覧、以下同じ)33頁も参照。
  9. なお、複数名の「中の人」がいたり会社が運営したりしているCAの場合に関連し、取締役会議事録等の会社関係の文書が公開された事案(大阪高判平成17年10月25日平成17年(ネ)第1300号裁判所HP)では、任意開示等した取締役会議事録をみだりに公表されることがないという会社の期待ないし利益は法的保護に値するとされており、法人が問題となっているにもかかわらず、一種のプライバシー的な利益の保護を認めている(佃克彦『プライバシー権・肖像権の法律実務』(弘文堂、第3版、2020)181-183頁は反対)ところ、本稿ではこの点をこれ以上深くは検討しない。
  10. この点については、新保史生『プライバシーの権利の生成と展開』(成文堂、2001)96頁以下(特に135頁以下)及び410頁以下を参照。
  11. 松尾剛行著『最新判例にみるインターネット上のプライバシー・個人情報保護の理論と実務 [勁草法律実務シリーズ]』(勁草書房、2017)91頁。
  12. 前掲東京地判令和2年12月22日及び東京地判令和3年6月8日参照。
  13. 最判平成6年2月8日民集48巻2号149頁。
  14. 最判平成15年3月14日民集57巻3号229頁。
  15. なお、上記のとおり、そのVTuberの活動について「このVTuberの中の人は●だ」と投稿することはプライバシー侵害になり得る。
  16. スワッピングパーティーにおいて全裸で立っている写真の掲載について東京地判平成2年3月14日判時1357号85頁は写真をみだりに公表されないという利益の要保護性を認める。佃・前掲注9)134頁はこれをプライバシーとするところ、これと同様に考えることができそうである。
  17. Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会「Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会報告書」(2023年7月18日)<https://www.soumu.go.jp/main_content/000892205.pdf >33頁。
  18. 東京高判平成13年2月15日判時1741号68頁。
  19. なお、上告審である最判平成14年9月24日集民207号243頁は「原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害された」としている。
  20. 佃・前掲注9)136頁。
  21. 松尾・前掲注11)113-114頁。大阪地判平成24年7月17日裁判所HP参照(平成23年(ワ)第4576号)、東京地判平成26年7年17日(Westlaw Japan文献番号2014WLJPCA07178001)、大阪地判平成20年6月26日判タ1289号294頁等を参照。なお、例えば東京地判平成9年12月22日判時1637号66頁は公開チャットの内容に対して直ちにプライバシーにあたらないとせず、事実認定の問題として処理(佃・前掲注9)196頁参照)しているところ、一度公表されても態様は様々で、現実にどのように公開利用されているかにより個々の結論が異なるとされる(佃・前掲注9)197頁)。
  22. IoT推進コンソーシアム、総務省、経済産業省「カメラ画像利活用ガイドブック0」(2022年3月)< https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220330001/20220330001-1.pdf>
  23. 個人情報保護委員会「犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会報告書」(2023年3月)<https://www.ppc.go.jp/files/pdf/ cameragazou_yushikisyakentoukai_houkokusyo.pdf>

 

 

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